12/29/2010

自衛隊見学記

仕事の関係で参加させてもらっている政府や企業の交流会がある。研究会と称する定期的な集まりのほかに、いろいろな研修(ということにしておく)プログラムがあるのだが、先週の平日2日間を使ってそのひとつに参加させてもらった。

テーマは「自衛隊見学」なのだが、参加団体でもある防衛省の全面的なご協力のもと、通常ではあり得ない充実した内容になっている。

初日の朝は埼玉県の入間基地前に集合。そこから航空自衛隊C1輸送機に搭乗させてもらって長崎空港に飛ぶ。

初めて乗った自衛隊機。輸送機なので内部は貨物トラックのコンテナのようなもの。そこに壁に沿って通勤電車のような折りたたみ式パイプ座席がついている。当たり前だがクッションなどはない。

通常の飛行ではかなり効率性を重視した操縦をするのだろうが、今回は我々外部の人間を運ぶ事実上の旅客業務なので、離発着などは一般の旅客機と同じやり方だ。

同じ交流会で知り合った防衛省の人が、イラクに派遣された時の体験を聞いたことがあるのだが、敵の攻撃を少しでも回避するため、着陸時は滑走路上空から錐揉み旋回で降下するらしく、それはもう生きた心地がしないとのこと。少しだけ期待していたのだが、今回はまったくの安全飛行だった。

その日は、海上自衛隊の佐世保基地に入り、停泊しているイージス艦「こんごう」に乗船させてもらって、内部の見学をさせてもらう。旧日本帝国海軍の艦船を象徴する大砲や対空砲は数基しかなく、代わりに32基の発射口を備えたミサイルランチャーが艦橋の前後に1門ずつ配置されている。実際にそれらがフルに稼働する様を思うと恐ろしい。

隣接する米軍佐世保基地には、強襲揚陸艦のエセックスが入港していた。こちらはとんでもなくデカイ。艦長は戦艦大和とほぼ同程度とのこと。戦艦と駆逐艦と空母を一緒にしたようなもので、艦艇兵器としては最強の部類に属するものらしい。コワッ。

その日は佐世保市内に宿泊。夜は基地の皆さんとの懇親会が催された。詳しくは書けないが、皆さんとの会話はそれなりに楽しいものだった。

翌日は海自のヘリポートからCH47輸送ヘリに乗せてもらい、福岡にある航空自衛隊芦屋基地に向かう。初めてのヘリコプター。前後にあるエンジンの音がハンパなくけたたましい。搭乗者はイヤーパッドの装着を義務づけられる。

それでもクセナキスの電子音楽のような金属音が終始耳から脳に入ってくる。先のC1もそうだが、機には外部を確認できる最小限の窓しかない。座席はもちろん横向き。なので搭乗中はじっとうつむいて考えごとでもするしかない。それだけ精神的なタフさが求められるということだ。それを除けば40分間の飛行は快適なものだった。

芦屋基地では、空自の機構と基地についての説明を受けたあと、同地に配備されている弾道迎撃ミサイルPAC3を見学。その日まで知らなかったのだが、迎撃ミサイルは航空自衛隊の所属なのだ。あいにくの雨模様だったが、ミサイルランチャーやレーダー装着などの実機を前に、丁寧に説明を受けた。

このミサイルが稼働する時は、日本に対する他国からのミサイル攻撃が行われることを意味する。解説でうかがい知るPAC3の性能は頼もしい限りだが、実際にこれが動くことは絶対にあって欲しくない。

大村基地、芦屋基地では実際に部隊で食べられている食事をいただいた。内容は体育会系の合宿所で出されるものと似ている。同席した基地の総務課長は「これを若い隊員たちと毎日きっちり食べていたら、身体が大変なことになる」とこぼしていた。

入間への帰途はかつて民間でも活躍していたYS11の航空自衛隊配備機だった。僕は民間機で過去に2回搭乗したことがあるのだが、永久の耐久性といわれる整備が行き届いた機体での飛行は、とても快適なものだった。先の経験からかエンジン音もほとんど気にならなかった。

日の丸がつけられたYS11の翼の下方に、日本の美しい景観が次々に通り過ぎて行く。それを眺めながら今回の一連の体験を思い起こしてみて、国を護るということのいろいろな意味合いが頭の中を巡った。

それはまだ当面はなくてはならないものだし、また実際に稼働することは望まれないもの。そして、そこには大きなお金や技術、そして人間がつぎ込まれる。矛盾を嘆いても何も始まらない、人の世は不思議なものだ。


本年のろぐはこれが最後です。この1年間えぬろぐを読んでいただいて、ありがとうございます。皆さんも、よいお年をお迎えください。

平和な世の中でありますように

12/19/2010

えびす村のカツ

先週は別の忘年会があった。また男2人のサシ呑み。相手は妻が務める会社の知り合いである。いろいろ迷った挙げ句に結局今回も会場は恵比寿西の横丁となった。

一軒目は徳之島料理の「大吉」。渋谷警察署御用達(理由は女将さんに訊いてください)のこのお店、名物は美味しい海鮮料理と大きなグラスになみなみとつがれる焼酎やウィスキーなどハードリカーのオンザロックなのだが、さすがに最近の体調を考慮してビールと熱燗で過ごした。

今回、彼に会うにはちょっとした訳があった。ひとつは父が遺した書籍でクラシック音楽に関係するもの3点を、音楽好きの彼にもらってもらうこと。もうひとつは身近に起こったあることを相談すること。趣味の話と人生の話というちょっとずれた2つの話題を行ったり来たりしながら、いつものように楽しい時間が流れてゆく。

二軒目はどうしようかと思ったのだが、やはり大吉で呑んでいるうちに思いだしてしまってガマンができなくなったので、「やっぱりアレ食べに行こうよ」と提言して満場一致で梯子酒となった。向かった先はすぐ近くにある居酒屋「えびす村」。このあたりでは結構有名な居酒屋らしい。ご主人の豪快な料理がとてもおいしい。

僕らにとっての「アレ」とはトンカツのことである。初めてこのお店に来たときにご主人のすすめで食べて以来すっかりファンになっている。カツに熱燗が合うという僕の持論もその時の体験からである。

こういう居酒屋で食べ物を注文する時は、悩まずにお店の人に今日は何がおいしいのと尋ねるのが一番いい。おすすめを中心に懐具合と相談して判断した方がよっぽど間違いがない。ここのご主人は素材に自信のない料理は絶対に薦めてこない。

僕らが初めてトンカツを食べたのもご主人のすすめがあったから(そのときはもうかなり出来上がっていたのだが)。なのでトンカツを注文する場合は、お店の人に今日の(トンカツは)調子はどう?と尋ねれば間違いはない。その日の豚肉に自信がなければ、名物のメンチでもチキンカツでも十分に旨いから。

結局、今回はトンカツとチキンカツをつまみに、相手は焼酎のお湯割りを、僕は熱燗をやり続けた。どちらのカツも最高だったよ。二軒合わせてお会計はひとり5500円と飲んだ量からすれば大変リーズナブルである。

またまた呑む話だけになってしまったが、音楽はいろいろなものを聴いていてどれを紹介しようかなと迷っている。そのうちまたまとめて取り上げたいと思っている。音楽も居酒屋も表通りから少し入ったところにいいものがある。

週末は2週間ぶりの早朝ウォーキングで始まった。5時半出発だとあまりにもあたりが暗いので6時出発に。それでも大桟橋についた時はまだ日は昇らなかった。やっぱり朝の港は美しかった。山下公園を抜けて帰りに通った元町の商店街では、早くもお店の準備を始めている人を見かけた。やはり30分の違いで街の様子はずいぶん違うものだ。

しかし結局、妻が少し体調を崩してしまったので、子どもの面倒をみる負担を減らしてあげようと僕が食事を作ったりお風呂に入れたりした。妻がいっしょにいないと相変わらず泣くこともあるが、お散歩ではずいぶん長い時間歩ける様になったなあとか逞しさを実感したりすることもあり、妻には悪いが子どもとはそれなりに楽しめた週末だった。

クリスマスの来週は仕事関係で機会を得たちょっとしたイベントがある。通常だとまず体験することはできないことをさせてもらう2日間、詳しくは無事に戻ることができてからご報告させていただく。

12/14/2010

ほうちゃん&マディで忘年会

年の瀬に忘年会と称して、堂々と呑みに行けるのは楽しみなのだが、職場関係で開催される大規模な忘年会はこのところサッパリ面白くない。気がつけばもう十何年もそんな状況が続いている。

なので僕にとってここ10年間ほどは、一緒に呑みたいと思っている人に声をかけて、その都度々々でこじんまりと楽しむのが忘年会になっている。最近ではそういう人は多いのかな。

翻訳会社に勤める幼馴染みにも声をかけたのが11月の終わり頃だった。二つ返事でOKかと思いきや、返ってきたメールにはドクターストップでしばらく酒が飲めないとある。

聞けば食道と胃の具合に異常が見つかったのだという。胃袋騒動があったばかりの僕としても、さすがにそれは気がかりだった。とりあえず食道の炎症を治す薬が処方され、それを飲んだ効果が出ているかの検査結果を待つことにした。

ところが、数日後に届いたメールでは結果はあっさり良好だったようで、さっそく呑みに行こうとあった。開催されたのは先の土曜日。場所は彼の要望で山手のほうちゃんに決まった。うれしいことである。

本来なら、せっかく山手まで来ていただくのだから、妻と子供も少しだけご一緒させてもらうつもりだったのだが、あいにくお店の座敷が満席とのことで、やむなくカウンターを予約して2人で呑むことに。

注文はいつもと同じ。おまかせ串4本、ガツ刺し、大とろホルモン、ホルポン、レバカツ、ハムカツ、生キャベツ大、特製シロモツ、それに生ビールや生樽ホッピー、焼酎ハイボール、熱燗など。何度食べても美味しい。人気のわけである。週末休前日はカウンターでも予約は必須だ。

果たして、薬で治療中の彼がどの程度までお酒を飲んでもいいものか気がかりではあったが、いろいろな話をしているうちにいつものペースになった。一通り食べてお腹がふくれると、彼の方から「せっかく山手まで来たのだから、1杯だけマディに寄っていこう」となった。

マディも夏に会社の同僚と行って以来だ。お店はそのままだった(当たり前か)。先客は2名、薄暗い店内、ブルースが流れる中でマスターはせっせとコップを拭いている。カウンターのなかにいるバーテンダーとは、シェイカーを振るかグラスを拭くかのいずれかのポーズを強いられるんですよ、と言わんばかりだ。

幼馴染みはハイボールを飲み、僕はビールを飲んだ。1杯で終わるはずはない。途中、お客が僕らだけになった(決して短くはない)時間があり、マスターにお気に入りのブルースをかけてもらいながら音楽の話をした。

店を後にして名物のデルタ階段を下ったのは午後9時半頃だった。5時半から飲んでいるのだからまあこんなものだろう。山手の夜はいい。

しかし、せっかく胃腸を大切にしなきゃねとか言う話をしたのに、なぜか小腹が減ってコンビニで妻から頼まれていた食パンを買ったついでに、サッポロ一番みそラーメンを買ってしまった。家に帰って、子どもを寝かしつけて本を読んでいる妻の目の前でそれを鍋から直に食べて顰蹙をかう。結果はしっかり胃もたれに。おかげでよく眠れず翌朝のウォーキングは果たせずだった。

やはり酒はコワいものでもある。

12/05/2010

キース=ジャレット トリオの四半世紀

キース=ジャレットが、ゲイリーやディジョネットとトリオで活動し始めてすでに25年以上が経過する。これまでにこのユニットで発表されたアルバムは20タイトル近くあるはず。僕もそのうちのかなりの数を持っていた。

最近、CDの処分を考えるにあたって、これまでは聖域としてきたそれらの作品も対象に考えてみることにした。結果、何枚かのスタンダードものを中心にしたアルバム〜"Whisper Not"や"Bye-bye Blackbird"あるいは"The Cure"といった作品〜を手放すことに決めた。

このトリオは現在もなお活動中で、つい先ごろも来日している。先日、森山を一緒に聴きに行った同僚も横浜公演に行ったらしいが、彼の話を聞く限りは、忘れ難い演奏会というほどのものではなかったようだ。

これからもまだ色々な録音がECMから発売されるかもしれないが、ここ数年間に発売されたものを聴いていると、トリオとしてのピークは2001年ごろにあったということが明らかになってきていると僕は思う。

僕にとっては、このトリオの最高傑作はスタンダード集の"Standards Live"と、オリジナル曲と即興演奏で構成された"Always Let Me Go"のいずれかだ。極端なことを言えば、これら以外の作品は手放してもいいと思っている。

そんななかで、処分するにあたっていま一度彼等の作品を聴いてみて、あらためて素晴らしさを再発見したのが"Inside Out"である。

即興演奏を中心に構成されたこの作品は、"Always..."の前年である2000年7月にロンドンで行われたコンサートの模様を収録したもの。最初の4つの演奏はキースの作ったモチーフを元にしており、途中フェードインとフェードアウトがそれぞれ1個所ずつあるものの(それに対するキース自身の言い訳がライナーに記されている)、内容は"Always..."に匹敵する名演である。

そしてアンコールで演奏されたこのアルバム唯一のスタンダード曲"When I Fallin' Love"がまた素晴らしい。余分な音がまったくないとさえ思える、非常に抑制された美しさがいい。

とは言え、この時期の彼等の素晴らしさはやはり即興演奏にあると思う。そしてそれはスタンダードを演奏することで養われてきたこのトリオによる音楽表現の創造性が、既存の楽曲という拠り所を超えた域に達していることの現れであり、同時にこのトリオのピークを示しているのだと思う。

だから僕は数多くある彼等の音楽のなかで、どの作品を手元に残しておくかについて、ようやく自分なりに納得のいく判断ができるようになったのだろう。

トリオ結成して2,3年でスタンダード中心のスタイルが確立し、ビジネスの流れも手伝ってその後10年間はその時代が続いたが、"Standards Live"で示された斬新さとパワーにあふれる演奏は明らかにひとつの頂点である。

そして、トリオが熟成するに従って、自然発生的に、性ともいうべきか、生まれた即興演奏の追求が開化して生まれたのが"Always Let Me Go"に代表される2001年前後ということになる。このスタイルこそが、このトリオの本質であり彼等が音楽を通して表現したいことそのものなのだと思う。

それが商業的に見てどうかということは別の問題であるが、個人的には今後もう少し時間をかけてでも、この時期の音源を発表していく価値は十分にあると思う。

一方、彼等の演奏家としての年齢的な問題も合わせて考えれば、スタンダードであれ即興演奏であれ、このトリオに新しい何かを期待するとすれば、それはかなり次元の異なる内容になるのではないだろうか。僕にはそこまでの期待はない、もう十分だと思う。

11/28/2010

こどもの近況など

1歳8ヶ月になった、うちのこどもの近況について。

すっかりママっ子である。妻から離れると時と場合にもよるが、大抵は「ママ〜っ」と泣き声で探し回る。

つまりは、少しだけ言葉が話せるようになった。圧倒的に出るのは「ママ」だが、これにはいまのところ2つの意味がある。ひとつは母親のこと、そしてもうひとつは英語でいうところの"Help!"である。

それ以外に出るのは「ワンワン」「チューチュー(ネズミ)」「カキ(柿)」「ネンネ」「バイバイ(ワイワイと発音される)」「タッチ」「イナイイナイバア〜(もっぱら幼児向けテレビ番組のタイトルとして)」「ティンティン(…アレですf^_^;))」「プップ(クルマ)」「ブーン(飛行機やヘリコプター)」、そしてママと同じくらい出るのが「ハイ」である。まあこんなものかと思う。

最近では、僕らの会話を耳で覚えて真似ているのか、音はわけのわからない内容でも、イントネーションは会話という話芸を盛んに披露してくれる。提言あり説教あり嘆きありと多様である。

近頃は僕らと同じものも少しずつ食べるようになった。というより僕らが食べているものを欲しがる。それはもうすごい食欲である。好き嫌いはなさそうだ。青物がやや苦手だが、食べないわけではないし、離乳食初期に与えて泣きわめいた納豆も、ある時遅く帰った僕が食べているのを指差して「ハイッ!ハーイッ!」と欲しがるので、試しに与えたところがアンコールの嵐となった。

妻は平日の昼にママ友たちとフードコートでランチした際、自分用に買ったリンガーハットのチャンポンを半分持っていかれたそうだ。お菓子はやはり好きだが、なるべく果物など自然なものを食べさせるようにしている(バナナが大好物)。

歩くのはかなり達者になった。散歩に出かけても15分以上歩き続ける時もある。しかしまだベビーカーは必需品だ。走るのもかなり危なっかしいがなんとかできる様で、追っかけっこをけしかけると本人はいたって楽しそうである。ジャンプはまだ出来ない。

階段は、高さによっては手すりなどにつかまる必要があるものの、昇り降りできる様になった。階段のところに勝手に行かないようにする柵を買わなきゃねとか言っていたが、結局買わずに済んだ。動作はいまのところもっぱら慎重である。

人見知りは比較的強い方か。少し前までは同じくらいの歳の子とあまり交わろうとしなかったようだが、最近は少しずつ変わってきたようだ。

寝相は悪い。毎晩妻が寝かしつけてくれるのだが、なぜか布団から出て妻とは垂直の関係になって寝ている。夜中に何かの夢を見ているのか、時折泣いたりすることもあるが、概ね9〜10時間程度は寝ている。お昼寝は日によって様々だ。これは日頃の生活パターンと関係が深いのだろう。

お風呂も大好きになってくれた。いまはできるだけ3人で入るようにしていて(その方が圧倒的に経済的である)、湯船の中でも自分でしゃがんで肩まで浸かったりする。身体があったまるともっぱらオモチャ(といってもプラスティックのコップや空のペットボトルなど)で延々と遊んでいる。昨日、湯船でバランスを崩して顔をつけた時は泣いた。髪を洗う際に顔に水がかかるのはまだまだ苦手だ。

音楽はいろいろと聴かせているが、結構反応がいい。お気に入りはマイルスの「ウォーキン」とか、スタン=ゲッツ&オスカー=ピーターソントリオの「アイ ウォント トゥ ビー ハッピー」など。明らかにメロディとリズムを楽しんでいる。なかなか通である。

とりとめもなく書いてみたが、ともかく元気に育っています。このところ僕が仕事から帰宅すると、音を聞きつけて2階からひとりで降りて来てくれる。僕と目が合った時の笑顔は至福のもの。ろくに仕事もせずにまったく親バカである。

11/21/2010

アップルの「忘れたい日」

先週水曜日、アップル社からこの日が「忘れられない日になる」という思わせぶりな発表があるということで、大いに期待していた。僕の予想は音楽配信の新しいスタイルが始まるということだろうなあ、とワクワクしてその日を待った。

しかし・・・ガッカリだったよ、全く。

僕はビートルズの音楽は好きだけど、ビートルズに対する行き過ぎた扱いがキライだ。今回の発表はそのものだった。音楽配信の世界では画期的なことだと思うけど、この日のことは、逆の意味で忘れられない日になりそうだ。できることならさっさと忘れたい。

さて、僕にとってはより画期的だったアマゾンジャパンの音楽配信サービスを、初めて利用してみた。買ったのは"Musica Nuda"という女性ヴォーカルとベースのデュオ作品。これは先週野毛の一夜を楽しんだ同僚のお勧めだった。

ダウンロードサービスは、あらかじめ専用の小さなプログラムをインストールしておく必要があるが、非常に使いやすいものである。入手した音楽ファイルはiTunesのライブラリに自動的に登録されるから、iTunes Storeで買うのと同じ感覚だ。もちろんアマゾンのポイントがそのまま使える。音質も期待通りのもの。僕の耳には十分なクォリティである。

肝心の演奏については悪くないとは思ったが、こういうユニットだとどうしても期待が高まり過ぎるのか、意外にもストレートな印象だった。デビュー作ということなので、以後の作品になるともっと味の濃い演奏になっているのかもしれない。奇しくも1曲目はビートルズの"Eleanoa Rigby"である。

それにしても、やはり日本のダウンロード配信は値段が割高なものが目につく。

今回買ったアルバムは900円というダウンロードとしては納得のいく価格だったが、昨日買いたいと思った、ウィリアム=パーカーの2枚組CDの場合、海外からの輸入販売になるアマゾンマーケットプレイスで配送料込みで1800円と少しで買えるのに、ダウンロードはナント3000円もする。ちなみに米国アマゾンのダウンロード価格は18ドルちょっとである。何か変だよねこの値段。もちろんそれに関しては僕はCDを買った。

驚いたのは、「忘れられない日」に配信が始まったビートルズの音楽は、アルバムが1枚2000円なのだそうだ。はあ?って感じ。さすがは「音楽ビジネスの父」ということか。

まあ便利になったとは思うけど、利用する僕らの側も含めて、別の何かがもう少し進化する必要がある様だ。

11/14/2010

森山威男4@ドルフィー

この週末はAPEC開催にともなう厳戒態勢のなか、横浜野毛にあるジャズクラブ「ドルフィー」で森山威男クァルテットのライヴを楽しんだ。

2カ月ほど前にたまたま覗いたドルフィーのサイトでこの予定を知った。2日間の出演で、金曜日が若手メンバーを中心としたセクステット、そして土曜日は峰厚介、板橋文夫、望月英明というヴェテラン揃いの超豪華メンバーのプログラム。

冬にブランフォードを一緒に聴きに行った会社の同僚にメールで連絡すると、すかさず返信あり。お互い同じことを考えていたようだ。僕の独断で2日目の方に行くことにした。

当然のことと思うが、2日目は開演1時間半前の午後5時から整理券を配布するというので、桜木町で待ち合わせて2人して並んだ。もらった番号は19、20番だった。50人ほどのキャパの店だからたいしたものである。お店の人からは開場前の6時20分に戻ってくるように言われる。

さて、しばらくは野毛の街で一杯やりましょう、ということでホルモン屋の店先にあった露店のテーブル席に腰をおろす。落ち着いてしまって時間に遅れるとまずいという配慮である。なかなかいいお店だった。生ビールとホッピーを1杯ずつ飲んだ。

向かい側にある古い飲み屋に常連と思われるお客が次々に入って行くのを眺めながら「あの店はきっといい感じなんだろうね」などと言いながら、塩味のホルモン煮込みをほおばった。

このところこういう機会自体がなかなか有難い僕らにとっては、こんなひと時の後に森山の演奏がたっぷり楽しめるということが、もう信じ難いね、こんな日があっていいものかね、などと緩く興奮した気持ちをホッピーでなごませた。

予定通りにドルフィーに戻ってそこそこいい席に陣取った。缶ビール1本を注文し、結局それだけで2ステージを存分に楽しんだ。内容はただただ素晴らしい!の一言につきるものだった。これまで3回森山のグループを聴いているが、やっぱりこのメンバーのがグループ全体のバランスが取れていて、一番いいと感じた。

峰厚介を生で聴くのは実はこれが初めて。うーん、スゴイ!テクももちろんだが、テナーの音が圧倒的にイイ。森山や板橋の音数音量型大暴れに対して、音の厚みとかフレーズの深さで対抗する感じ。森山が峰のソロの途中で何度か唸り声をあげるのも納得である。

最後の方はさすがに2日連荘の森山さんは表情が辛そうで、「渡良瀬」や「ハッシャバイ」を終えて、板橋と2人フラフラと楽屋に消えて行った後は、アンコールを求めながらもどこか気の毒な気がした。「E.J.ブルース」で応えてはくれたが、さすがにもうこれ以上は無理という演奏。お疲れさまでした、もう十分です。

ということで、ライヴがハネたのが午後10時。これはもう一軒行って熱を冷ましましょうと、さっきのホルモン屋の向かい側にある居酒屋「大黒屋」に入った。

ジャンジャン横丁とかにありそうな白木のカウンターにテーブル席と座敷というお店。そこで天ぷらや刺身を注文し、熱燗を注文して2人でニタニタしながら余韻に浸った。

各国の首脳が集まっている会議場から、わずか1キロも離れていない下町で楽しんだジャズと酒。まことにディープで素晴らしい野毛の夜であった。横浜は懐の深い街である。

今朝はしっかりと午前5時に起床してウォーキング。大さん橋で海を眺めるつもりが、警備で桟橋に入れず山下公園から眺めることに。APEC最終日は曇り空となったが、寒さもなく気持ちのよい一日だった。

11/09/2010

アマゾンのMP3ダウンロード

待ちに待った、アマゾンの音楽ダウンロードサービスが日本でも始まった。まだ詳しくは見ていないが、ジャズなどの洋楽カタログはアメリカのものとほとんど同じようだ。

ただ価格が、アップルのiTune Storeに近く、アルバムは新しいものでアメリカだと9.99ドルのところ、日本では1,500円が基準になっているようだ。最近のレートだと、日米でほぼ倍の値段ですよ、これって。うーん、これはちょっと期待はずれ。せめて直近の為替レート+アルファ程度に設定して欲しかった。

やっぱり日本向けのダウンローダは、アメリカのサービスには使えないんだろうなあ、とかヨコシマなことを考えてしまう。

まあそれはともかく、これでMP3形式のファイルフォーマットでいろいろな音楽を買うことができる様になった。アップルのフォーマットは悪くないけど、やっぱり独自フォーマットはちょっと気味が悪い。

中古CDの相場がまた下がるかなあ。処分したいものはさっさとした方がいいかもしれないなあ。などと考えながら、ダウンロードサイトのページをあれこれと眺めている。

11/03/2010

文化の日にレコードを売る

実家の荷物を整理した際に、大学時代に買ったLPレコードの残りが40枚ばかり出てきた。さすがに不用品として処分するには忍びないので、僕らが欲しいと思った食器やなんかの荷物と一緒に横浜に送り届けてあった。ちょうどディスクユニオンでLPの買取査定アップのキャンペーンをやるというので、文化の日の今日それを売りに出した。

40枚となるとそれなりの重さである。いまの子どもの体重よりは少し軽い程度だろう。それを手提げに入れて関内のディスクユニオンに赴いた。それらのレコードを僕が買ったのは25年近く前のこと。特にとっておきたくて残してあった訳でもないものなので、内容は僕らしさはあるものの実に様々なものがあった。

中古LPの市場はジャズに限っていえばまだそこそこ健在であることは、同店に出入りしていれば何となくわかる。しかし相場がどの程度のものなのか皆目見当がつかなかった。こちらにやってきてからは、中古LPの棚は素通りしてきたのだから。

査定結果は14,600円だった。総額ではまあこんなものかと思う。しかし、明細を見るとやっぱりどこか釈然としないものがある。

別に自分のお気に入りのアートストの査定が低いとかいうことではなく、明らかに査定者個人の好みや見識が出ている。たぶん御茶ノ水や新宿に出していたら、また違った結果があっただろう。それは過去にCDを何枚も処分してきた経験から思う。結局、中古品の査定というのは、専門店といえどもそういうものなのだ。

ともかく、2日前に衝動的に買ったミリタリージャケットの代金には少し足りなかったが、それを補うに満足するだけのお金はもらうことができた。別に未練も何もない。聴きたくなれば、CDでもダウンロードでも手に入れられるのだから。

それでも、僕の手元には4枚のLPが残っている。これらはいずれ額にでも入れて飾ることになるだろう。何が残ったのかは、いずれ拙宅にお越しいただいた時のお楽しみとさせていただこう。

10/31/2010

バド=パウエルの芸術

手持ちのミンガス作品をいろいろと聴き回してみた。どれもいい。特にあらためて素晴らしさを認識したのは、アトランティックから出ている"Mingus at Antibes"だ。

ドルフィーを含む3管編成のフロントにミンガスとリッチモンド、絶頂期と言ってもいいノリにのった演奏が楽しめる。しかも現在は比較的安価にダウンロードやCDで簡単に入手できる。ミンガスを初めて聴くにもちょうどいい作品ではないだろうか。

このアルバムのひとつの聴きどころが、"I'll Remenber April"だ。

お馴染みのテンポでも、しっかりとミンガスのアレンジが施されたテーマで始まるのだが、ピアニストが演奏に加わっていることに気づく。そして耳覚えのある人にはクレジットを見なくとも、すぐにそれがバド=パウエルだとわかる。最初にこれを聴いたときの感動はいまも忘れない。

バドはこの日のミンガスグループのスペシャルゲストだったのだ。

ピアニストはそれぞれ個有の音色を持っている。それが楽器固有の音色を超えてしまうのだから本当に不思議だ。ここで聴かれるバドのそれも、あたかも過去の彼の名盤からそのままオーヴァーダビングしたのかと思えるくらい、そのものなのである(当たり前なのだが)。そこがまたパウエル好きにはグッとくるのだろう。しかもこの人にしてこの曲ありのものだから。

というわけで、僕の耳がしばし寄り道して、バドの作品に駆け込んだのは言うまでもない。いまは5枚のリーダー作を手元に残してある。ブルーノートの作品もいいが、やはり彼の演奏はルーストに残されたあの1枚「バド=パウエルの芸術」に尽きると思う。僕が「これを聴かずして」と思う数少ない音楽作品である。

特に素晴らしいのは言うまでもなく、最初に発表さた1947年録音の8曲。この後のすべてのジャズピアニストに大きな影響を与えたと言われる所以が、当然の様に思える。いまは1950年代以前のジャズはあまり積極的には聴かないが、もちろんこの作品は別格である。

それと結構好きなのがブルーノートの"Amazing Bud Powell Vol.3 Bud"である。「クレオパトラの…」で有名なVol.5よりも個人的には断然こちらの方がいい。前半のトリオはもちろん、後半のカーティス=フラーを加えたセッションもご機嫌だ。

うーん、やっぱりいいなあバドは。

10/24/2010

ミンガスの喜怒哀楽

前々回のろぐで取り上げたヘンリーの作品を聴いているうちに、同じ様な野太いベースの演奏をもっと聴きたくなった。そのとき心に浮かんだのはミンガスだった。

手持ちのミンガス作品を思い浮かべるとほぼ同時に、いま自分が求める音楽はこれだとばかりに主張してきたのが「ミンガス プレゼンツ ミンガス」(原題は"Charles Mingus Presents Charles Mingus")。これまでにも何度も聴いてきたが、iPodでヘビーローテーション的にじっくりと繰り返し聴いたのは初めて。

彼の音楽は玄人筋にもファンが多いが、人によってある程度好みが分かれる音楽ではないかと思う。特にこの作品はタイトルが示す通り、ミンガスの音楽が持つ重要なエッセンスを盛り込んだ代表作には違いないのだが、いろいろな評論のおかげで音楽そのものとは別の側面で語られることが多いのではないだろうか。そしてそのことが結果的に、ミンガスに対するイメージを狭くしてしまっているところがあるのではと、僕個人は感じている。

よく言われるのが、"Original Faubus Fables"に示される政治的側面だ。この楽曲は確かにミンガス音楽のそれを代表する最たるものであるが、だからといってアルバム全体のコンセプトは政治作品ではない。

それから、"What Love"の半ばで繰り広げられるミンガスとドルフィーの「対話」もよく聴きどころとして引き合いに出されるのだが、決まって、「グループ脱退を決めたドルフィーを咎める(あるいは慰留するとかいう人もいるが)ミンガスと、それを退けるドルフィー」というエピソードがまことしやかに言われる。

オリジナルのライナーノートで、プロデューサーのナット=ヘントフ自身がそう書いているので、さもありなんであり、まあ上手いことを言ったものだとは思うが、あまりそういう先入観を持たせて聴き手のイマジネーションを狭めるのは、個人的にはちょっとどうかと思う。

実際、この作品についてふれたいろいろな文章で「欧州行きを決意したドルフィーと、残留を懇願するミンガスのやりとりはあまりにも有名」とか書かれているのを見るたびに、何か虚しいものを感じる。ああいうタイトルなのだから、巷に溢れる恋のやりとりぐらいに聴いておくのがいいのではないか。

一方で、あまり語られないのが、この作品におけるグループの編成である。ジャケット写真でベースを背景にしたミンガスが、ピアノの前に座っているというのに、実際はミンガス、ドルフィー、カーソン、リッチモンドというピアノレスのクァルテットである。

この編成で収録されたミンガスの作品は、これが唯一のものらしいが、その下敷きになっているのは、収録当時のジャズシーンをにぎわせていたオーネット=コールマンのクァルテットであることはあまり知られていない。

もちろん演奏内容はコールマンの様式とはまったく異なるが、インタープレイやアドリブを大胆に織り込んだスタイルは、ミンガスの新しい時代を開くものになっている。ベースがリードするアドリブ主体の音楽というスタイルは、僕個人としてはとても共感できるところが大きい。このカッコ良さこそミンガスミュージックの醍醐味だろう。そしてそれはミンガスというベーシストにしかできないスタイルでもある。

ちなみに「フォーバス」を除く3曲のタイトルには、音楽的な意味合いがある。非常に興味深いものなので、詳しくはナットのライナー(あるいはそれをまる写したにわか評論家の解説でも)をご参照いただきたい。

それにしても4曲目の長いタイトルは、ミンガス自身が「別に深い意味はない」と語ったそうだが、音楽とは関係なしにその意味するところについてはつい考えてしまう。楽曲の冒頭でミンガスが語っている様に、この作品は「すべての母親に」献上されているのだが、もちろん答えはわからない。彼が一体どこでそんなインスピレーションを得たのかわからないが、不思議なタイトルである。

この作品が録音されてから今月20日でちょうど50周年になる。僕自身がアナログ盤を初めて買って聴いたのが25年前。そのときもそこそこは感心したが、いまこうして聴いてみて受けている感動の方が大きい様だ。

いまの僕には、4つの楽曲でミンガス自身の「喜怒哀楽」が、そっくりそのままその順番に表現されていると感じる。アルバムタイトルはまさにそういうことを意味しているのだろう。これも余計な一言かもしれないが。

ミンガスというベーシストが、僕のなかで一層大きな存在になった。

10/20/2010

胃袋騒動

会社では定期的に健康診断を実施してくれる。バリウムを飲んでの検査や心電図などを含めたいわゆる成人病健診も、30歳とか40歳とかの節目節目でやってもらえるのだが、今年から希望すれば少しの費用を負担することで、そういう節目でなくとも受診することができるようになった。

このところ急に便秘体質(いままでが快調すぎたのかもしれないが)になったり、腹部になんとなく違和感があったりという状況でもあり、知人がそういう検査を受けたという話を(呑みながらではあるが)聞くにつけ、自分も受けてみようかなと思いたち、今月の始めに受診した。

その結果が先週返って来たのだが、さすがにオールAというわけにはいかなかった。しかしそれにしても、経過観察とか要再検査とかならまだいいのだが、要精密検査となるとちょっとしたショックを受ける。それもちょうど気になっていた消化器系のところなのでなおさらである。

ということで、近所の専門病院に予約を入れて、本日仕事を休んで胃の内視鏡検査、いわゆる胃カメラを受けて来た。

数年前の成人病検査で同じ様な判定を受けてやったことがあったのだが、そのときは初めてだったこともあってか、珍しい体験をしたという記憶があるばかりで、結果がシロだったことも手伝って、さほど悪い思い出ではない。

今回も軽い気持ちで臨んだ。受診前に軽い全身麻酔で意識を鈍らせることもできるが、いかがでしょうかというお奨め(どうやらそういう「苦しくない」胃カメラがウリの様だ)を受けた。それだけ余分に費用がかかるわけだし、何より自分が何をされているのかわからないのは余計に不安だ。前回受けた際もさほど苦痛ではなかったしというのもあって、丁重にお断りした。

まあ実際にやってみると、それなりに辛いところもあった。特に管が胃と十二指腸の境目あたりの奥の方まで進んで来た時の、何とも言えない圧迫感と気持ちの悪さは、なかなかのものである。それから最後に管を抜く時の、強制的にげっぷを起こさせられる様な感覚も、やっとこれで終わりだという感覚なしにはしのび難い。麻酔の奨めをお断りしたことへの後悔も一瞬よぎる。

若干赤くなっているところがあり、強制的に組織を採取された(同意書にサインもしているしもはやあの状況では断り用もない)が、医師の所見では、とりあえずさほど心配する様なことはなく、あなた位の年齢であればこの程度の症状があるのは珍しいことではない、とのことだった。

ということで、一週間後にまた採取された組織の分析結果を聞きにいくという約束を一方的に作られてしまったが、ひとまず安心というところである。

やはり身体には気をつけないとなあという自戒は、しっかりと残った。前回のヘンリーではないが、やはり生きてこそだから。

とりあえずビールを呑みたいところだが、組織も採取したことだし、今日のところはガマンする。

10/17/2010

ヘンリー=グリムズのソロ

ヘンリー=グリムスのソロアルバム"Henry Grimes Solo"を買った。これはベースとヴァイオリンによる彼の即興演奏を2枚のCDに収録したもので、2時間半におよぶ演奏は一切編集が施されていないという。

そんな奇特な作品があると知るやどうしても気になってしまい、半ば衝動的に買った。おまえは相変わらず物好きだねと思っていただければ幸いだ。そして買ったからにはとばかりに、僕はこれまでにこれを5回通して聴いた。

一聴して、特別に心に響く様なフレーズが奏でられるわけではないし、ハッとする様な技巧が出てくるわけでもない。しかし、聴いてぐっと引き込まれる何かを持った演奏である。このエネルギーというかインスピレーションは一体どこからくるのだろうか。

彼は1960年代を中心に活躍したベーシストで、たぶん一番有名なのはアルバート=アイラー等フリージャズのシーンで活動したことだろう。ESPやインパルスなどに残された多くの作品で、彼の演奏を聴くことができる。

最近になってディスクユニオンのブログなどで彼の新作が発表されたことを知った。それはラシッド=アリとのデュオアルバムだったのだが、それによりヘンリーがまだ音楽活動を続けていること、そして正直に言うとまだ存命であったことを知ったのは驚きだった。

そして、さらなる驚きはネットで調べてわかった彼の60年代以降の経歴だ。詳細は彼自身のウェブサイトなどにあるが、かいつまんで書くと、1960年代の終わりにアメリカ西海岸をツアー中だった彼は、愛用のベースを破損し、その修理代を支払うことができないままツアーメンバー達(その中にはギタリストのアル=ジャロウもいたらしい)と別れ、それっきり消息不明となってしまったのだ。

それから40年以上経過した2002年になって、ソーシャルワーカーでジャズファンだったある人物が、一般には死んだと思われていたグリムズに関心を持ち、彼の消息を調べた結果、奇跡的にロスアンゼルスでその生存が確認される。

彼は壊れた楽器を処分して音楽の世界から去り、その後はずっといろいろな仕事をしながら安いアパートを借りて食いつなぎ、詩を書いていたりして生活していたのだ。発見された当時、30年以上前にアイラーが死んだことさえ知らなかったという。彼はベースを所有していなかったが、演奏することを切に願った。

そして、彼の偉大な過去を知る人間たちーデヴィッド=マレイ、ウィリアム=パーカー、ハミッド=ドレイク等々ーの協力により、ヘンリーは見事に音楽シーンに復活したのである。

まったく信じられない様な話ではないか。そして僕にはどこか勇気づけられるような話だ。40年間のブランクの間も、彼は音楽のことを想い続け、そして音楽によって自分が表現したいもののことを考え続けたのだ。

その想いがこの長いソロパフォーマンスに凝縮されているのだと思うと、僕はますますこの作品に親しみと尊敬を抱くようになった。想いを捨てずに生きてこそ、そんなことをしっかりと教えてくれる作品だ。

10/08/2010

街角のブランデー

金曜日の朝、ある駅で電車を降りて歩いていると、駅近くのコンビニの前で、中年の男が2人で座り込んで楽しそうに談笑している。いずれも周囲を忙しそうに歩いている出勤途中のサラリーマンとはおよそ異なるラフないでたちだが、別にホームレスとかいうわけではなさそうだ。

彼等に目線が流れたのは、あまりにも楽しそうに豪快に笑いあっていたから。地下鉄の駅も近い街角の喧騒のなかで、黙々と歩く周囲の人たちからすると、まだ陽がさしていないにもかかわらず、そこだけがそれはそれは浮いた光景だった。

僕の目を(そしておそらくは他の多くの周囲の景色に敏感な通行人の目も)釘付けにしたのは、2人の間に置かれたニッカの安いブランデーのボトルだった。そこのコンビニで買ったものなのだろう。ボトルは既に半分くらい空いていたが、赤味を帯びた琥珀色の液体が独特の存在感で輝いていた。

2人の間にあるのはボトルだけ。グラスはおろか紙コップすら見当たらない。おつまみらしいものも見当たらない。2人で替わるがわるラッパ飲みなのか、それとも、色褪せた赤いニット帽を被った男か、ほとんど描き様もないほど特徴がないネズミ色の服を着た男か、いずれかのマイボトルなのか、残念ながらそのまま過ぎざるを得ない通りすがりの僕には知ることはできなかった。

こんな街中で、ある秋の金曜日午前7時半の風景としては、久しぶりに刺激的でイカしたものだった。

それから2時間ほどたった後に、用件を済ませた僕が同じ場所を逆向きに通った時には、2人の姿はもうなかった。彼等が座っていた場所は、秋の暖かい日差しにさんさんと照らされていて、何の変哲もない場所に戻っていた。その時そこに目をとめた人間は、おそらく僕一人だけだったに違いない。

10/03/2010

「てっぱん」と「慟哭」

10月になった。気候は普通に初秋である。もちろん真夏日も熱帯夜もない。2、3日晴れては雨が降るという、この時期お馴染みの天候が続いている。

週末のウォーキングは相変わらず朝5時半に家を出ているが、ずいぶんあたりは暗くなり空気も冷たくなった。まだ半袖だが、歩き始めてしばらくすると身体がほてり、かといって汗をだらだらかくわけでもなく、ちょうどいい感じだ。朝日が昇る横浜港は格別だ。

NHKの朝の連続ドラマも新しいお話に替わった。前作「ゲゲゲの女房」は久しぶりにかなり好評だったようで、僕も最終回までほぼ毎回しっかりと楽しませてもらった。しかしながら、「ゲゲゲ・・・」に続く新しいお話「てっぱん」が、これまたとても面白そうで楽しみなのである。

主人公のあかりちゃんが明るくて元気でカワイイし、トランペットとお好み焼きを道具に、尾道と大阪という舞台で展開する設定は、僕にはとって親しみがもててとてもいい感じである。第1週目を終えて、これは毎回見逃せないなと早くも期待を寄せている。いまの僕には家族以外には貴重な平日の楽しみだ。

夜が涼しくなったこともあって、ベッドを処分して小さなテーブルとラグマットだけになった1階の寝室に布団をひいて、家族3人で寝ることにした。やはりリヴィングで寝るのと違って、寝室だなあという感じがして落ち着いて眠れる。

そして、もうひとつうれしいのは、妻が子供を寝かしつけてくれる間、僕にはリヴィングでゆっくり音楽を聴ける時間ができたこと。決して長い時間ではないが、じっくりと聴くことができると「音楽鑑賞」という、いまや使うのが小恥ずかしい言葉にも深みがでる。

こうなってくるともうやっぱり「フリーな気分」である。この手の音楽はスピーカの前で聴く方が、味わいが断然深くなる。

9月最後に買ったCDは、鈴木勲、原田依幸、トリスタン=ホンジンガーによる2009年の作品「慟哭」だった。ディスクユニオンのブログで知ったものだが、評判通りの素晴らしいセッションだった。

原田のピアノ演奏を聴くのはこの作品が初めて。非常に粒の細かいキレイな音を弾き出す人だ。鈴木の演奏は素晴らしいが、音がいまどきのピックアップサウンドなのがちょっと残念である。久しぶりに聴いたホンジンガーのチェロはさすがなものだ。

やや大袈裟なタイトルがつけられた3つのセッションが収められていて、いずれも秀逸なフリーインプロビゼーションを楽しませてくれる。こんな演奏が身近に楽しめる東京や横浜は恵まれた場所だと思う。

フリーという言葉は、最近では「カロリーフリー」とか「アルコールフリー」の様に食べ物や飲み物の成分について使われたり、「ストレスフリー」の様にやや概念的なところでも使われるが、とにかく煩わしさがない気軽さや気持ちのよさを表す言葉としての使われ方が多い。

「フリージャズ」のフリーも考えてみればまったく同じだなといういことに、あらためて気がついた。もちろん僕はいまでもそういう意味だと思っているが、フリーな演奏とはもっと気持ちよく行われるものであって、気軽にたのしめるもののはずだ。何の煩わしさからの解放かと言えば、安定や固定といったものからの逃れたいということ。新しいものとは本来そういうものだ。

一時期フリージャズに政治的な意味合いを持たせたことが、少しこの手の音楽のイメージを汚してしまったところがあるように思う。何とも残念なところである。

即興演奏をするのに極度に感情的になる必要はないし、ましてや怒る必要もない。音が大きく音数が多く旋律が複雑であれば、それは怒りの表現であるとは、あまりにも単純な解釈である。音のあり様は自由であっていいし、それが音楽の始まりでもある。部屋の隅に立ててある僕のベースが何かを待っている様な感じがする。

素晴らしい作品です。是非聴いてみてください。

9/26/2010

コルトレーン最後のニューポートフェス

今月に入って買ったCDの3枚目は、コルトレーンの"Last Performamce at Newport July 2, 1966"である。彼は計4回ニューポート・ジャズ・フェスティバルに出演しているが、これはその4回目の演奏を収録した作品である。

演奏時期はタイトルにある通り。これは彼の死の1年前の演奏であり、2つの演奏記録が残されている僕の愛聴盤"Live in Japan"の少し前の演奏ということになる。メンバーもファラオを含む同じクィンテットだ。

これが発売されたのは昨年のこと。さすがに死後40年以上を経て未発表の音源が出てくるのは、宣伝文句通り「奇跡的」とも言えるが、音源の存在はそれなりのファンの間では知られていたし、一部は既に10数年前に発売されたドキュメンタリー映像作品のなかで登場しているので、別に驚くにはあたらない。

1時間弱のステージで3曲が披露される。冒頭のギャリソンのベースソロとテーマ演奏がカットされた"My Favorite Things"、日本公演で演奏された"Peace on Earth"に代わるバラードとして"Welcome"(これはかなり聴き応えのある演奏だ)、そして"Leo"である。

演奏内容は日本公演と極めて近いもので、その意味では僕には親しみやすくかつ感慨深いものであった。トレーンのソロはここでも激しさと美しさに溢れており、ただただ圧倒されて聴き惚れてしまう。

ただ録音は必ずしもいいとは言えず、ところどころにテープの傷みが残されているのと、いずれの演奏曲目についても、ハサミが入れられているのは不満が残る。その辺事情については、ライナーノートにこの演奏を記録した人物の回想が出ている。その意味では演奏がこうした形で再現されて発売されるのは奇跡的なのかもしれない。あとはマイクがややトレーン寄りになっていて(それだけ彼の音がデカいということか)他のメンバーの音がやや奥まっている様に感じた。

ともかく"Live in Japan"が好きで好きでたまらず、同時期の他の演奏を切望する僕の様な人には、嬉しい内容である。日本公演が現在は廃盤になってしまっているので、この時期のコルトレーンを知るには貴重な音源と言わざるを得ない。

ということで、ここまで3回に渡って書いたようなCDを買っては、通勤途上や子供が寝てしまった後の一息に楽しむという相変わらずのささやかな音楽生活である。実は月後半に入ってまた2枚買ってしまったのだが、またそちらについては追い追いご紹介してゆきたい。

音楽は素晴らしい。

9/20/2010

マイルスの「ビッチズブリュー」

せっかくの3連休だったのだが、実家の荷物整理を行うことになり、最初の2日間は和歌山で過ごした。かび臭い家のなかでの作業は心地よいものではない。しかし、父や母の遺した品物はやはりついつい見入ってしまう。

今回は引越業者や片付け屋等を呼んで部屋の内部を見てもらい、必要な品物の配送や、(大半がそうなのだが)不要な家財の廃棄にかかる費用を見積もってもらった。どの業者の見立てでも容量については大差はなく、いわゆる4トントラック2台分の荷物を処分するには、まあそれなりの金額が必要になってくる。これは仕方ないことだ。

それにしても、業者によっていろいろな個性があって面白いものである。ひとつ感じたのは、やはり売り込みモードの強すぎる業者は、僕らにとっては印象が悪い。彼等が実際にいくらでどういうサービスをしてくれるか以前に、お付き合いしようという気持ちが起こらない。困ったものである。いくら勉強しまっせと言われても、そういう問題ではないことがわからないらしい。

業者は来週までには目処をつけて連絡し、来月あたりに作業を行うことになる。

さて、9月に買ったCDの2点目はマイルスの"Bitches Brew"である。以前からこのろぐを読んでいただいている皆様には、「何だおまえはあれほど誉めておきながら持っていなかったのか」と言われそうだが、これにはちょっとした事情がある。

僕は以前には1997年頃発売された4枚組のボックスセットを持っていた。ところがこれがケースの不良で、肝心の本編が収録されている1枚目の盤面に深刻なダメージがある代物だった。MP3等のリッピングは何とかできたが、通常の再生はほとんどできなかったのだ。

それは僕が当時初めてアマゾンドットコムで買った商品で、クレームをつけようにも、アメリカに品物を返送するのが面倒だし、困ったなあとブツブツしているうちに、時期が経ってしまい、結局そのまま持ち続けていたのである。

また収録されている、同時期の演奏はそれなりに魅力的ではあったが、やはり自分としてはそれらが本編の6曲と一緒になっていることに違和感を禁じ得なかった。その意味であのセットは、これまでにも何度か書いた「別テイクなどの未発表演奏の類いには気を付けないといけない」という、僕の思いの大きな要因になっているのだ。

ここで少し話が逸れるが、同セットより少し後になって発売された"In a Silent Way"の3枚組セットは、僕にとっては数少ない例外である。また別の機会に詳しく書きたいと思っているが、このセットにはあの作品の本編について、テオ=マセロによってあの様な作品に編集される前の、実際に演奏された本来の姿を聴くことができるという点が重要なのだ。

当初発表された「編集版」は、構成としてはそれなりに見事なものであるとは思うが、いかんせん編集(テープの継ぎ接ぎ)に乱雑なところがあり、後でオリジナル演奏を聴いてわかったのだが、かなり不自然なことをしているとも思う。プロデューサーの力量ということなのだと思うが、僕にはちょっと受け入れ難い。

さて、話を"Bitches"に戻すと、この度同作の発売40周年を記念した版が2種類発売された。以前に持っていた問題のセットは引越時の大量処分で手放していたので、この作品についてはやはり手元にCDを持っておきたいという想いが強かった僕は、そのうちの"Legacy Edition"というのを買った。

これはオリジナルの本編6曲に加えて、それらの別テイクとシングルバージョンなるもの6曲が余白に収められている(言うまでもないがあくまでもオマケである)。そしてもう1点オマケとして、本作の収録に先立つ数ヶ月前にデンマークのコペンハーゲンで行われた演奏を収録したDVDがついている(こちらはかなり貴重なもので内容も非常に良い)。

本編の6曲についてはいまさら何も言うことはない。やっぱりこれは僕にとってはマイルスのベスト盤である。

音学は素晴らしい。

9/12/2010

トニー=ウィリアムスの「トーキョー・ライヴ」

最近、音楽の話題が乏しいと思われるかもしれない。確かに新しい音楽を手に入れる頻度は、時間的そして経済的な理由によって以前よりもかなり鈍っている。

しかし、それでも今月になって、新たに3枚のCDを購入した。いずれもこのろぐではもはや目新しいものではないが、せっかくなので今回からまとめてご紹介しておこうと思う。

先ずはトニー=ウィリアムズが新生ブルーノート在籍時に、ブルーノート東京で行ったライヴレコーディング"Tokyo Live"だ。

この作品は長らく入手困難な状況にあり、僕もあれこれと手を尽くして探し続けていたのだが、先日ふと訪れたアメリカのアマゾンで偶然にもこれが入手できることがわかり、即座にクリックしてしまった。

実はこれはアマゾンのサービスであるオンデマンド型のCD販売によって、見事に復刻されたもの。要するにアマゾンがレーベルと契約してマスターとなる音源ファイルを管理していて、顧客から注文が入るとCD-Rでプレスして販売するという仕掛けだ。もちろんちゃんとレーベル印刷とジャケットも付けられており、見た目はオリジナルのCDと何ら変わりない。

値段はCD2枚組の本体が34ドルにプラス送料である。日本経済の先行きに暗雲をもたらす円高の恩恵もあって。3300円程度でこの幻の?名盤が手に入れられてしまった。日本のアマゾン中古品販売で法外な値段をつけて売りに出している人もいたが、ご苦労様である。

内容の方は、先にご紹介したこの時代のトニーのスタジオ録音作品にヤられてしまった僕としては、もう待ち望んだライブ演奏だっただけに、冒頭からトニーが叩き出す一打一打に心踊らせるばかり。しかもスタジオ盤と同じメンバーが勢ぞろいなのである。

そんな演奏が2時間半も楽しめるのだから、文句のあるはずもない。しかもそれが、自分にもなじみのある会場(現在の場所に移転する前の狭いブルーノート東京でのライヴ)のものであるだけに、感慨もひとしおだ。ライヴとは思えないほどクリアな音質もうれしい。ある夜のトニーのグループを2セット通しで楽しむがごとくの至福の時間が過ごせる作品である。

それにしてもこのオンデマンドCDや、MP3ダウンロードといった、アマゾンがアメリカで展開しているサービスを満足に享受できない日本は、本当に不幸である。オンデマンドCDはアカウントさえあれば取り寄せることができるが、MP3ダウンロードの方はサービスが始まって2年が経過するというのに、未だに日本には入口が閉ざされたままだ。

一方で、了見の狭い音学産業の言いなりに商売をしてきた渋谷HMVの閉店に時代を感じるなどと、周回遅れのペシミズムとも言える感覚がニュースのネタになるのだから仕方ない。僕にとってあの店は、もう10年以上前から役に立たない「コンビニCDショップ」に過ぎなかった。開業した頃はもう少しマシだった様に思うのだが。

トニーの縦横無尽なリズムワークの上に踊るウォレス=ルー二ー、ビル=ピアース、マルグリュー=ミラーの素晴らしい演奏。新しい技術とそれに裏付けられたビジネスモデルでよみがえった、20年近く前の名演。

音楽は素晴らしい。

(今回ご紹介した作品の、 アメリカのアマゾンサイトへのリンクはこちら

9/05/2010

スカイツリー

週末前の金曜日の朝早く、目が覚めてしまって眠れなかったので、わが家のバルコニーから日の出前のまだ薄暗い景色をぼんやり眺めていると、澄みきった空気の彼方に東京スカイツリーを確認することができた。

職場の窓からは比較的よく見えるので、現時点での姿形が頭に入っていたこともあって、少し勘をはたらかせて探してみると、それはすぐに見つけることができた。

このところ信じられないような暑さが続いているが、日射がなくなって湿度がある程度下がれば、まだなんとか過ごせるものだ。都心や埋立て地などコンクリートばかりの土地は確かに暑いが、山手周辺は海が近いし小高い丘や緑も多いせいか、駅を降りても何となく暑さが和らいで感じられる。

天気予報は来週もまだ当分この暑さが続くと、ほとんど予報を放棄したかの様なことを言っているが、日が少し短くなってきていることなどを感じるにつけ、そろそろ気温は下がり始めるのではないかと思う。

エルニーニョだかラニーニャだか知らないが、実際にはそれはまだセイレーンやポセイドンといった類いのことと、それほど大きな差はないのではないだろうか。

そう言えば、今週は自動でろくがしてある「ゲゲゲの女房」を、まだ一度も観ていない。といっても、1週間分まとめて観る余裕はなさそうだ。今週分は土曜日の放送でガマンすることにしよう。

8/29/2010

間で育む

結婚した当時に買ったベッドとパソコンラックを不要品処分の業者に引き取ってもらった。かれこれ10数年お世話になって来たもので、引越の時に処分した品の中にも入らず、まだしばらくは活躍を期待していたものだったのだが、ここにきて見切りをつけることになった。

夏のいまはエアコンがある2階のリヴィングに家族3人川の字に寝ている。やっぱり床に寝るのはいい。夏が終ったら(まだ当分終わりそうにないが)また1階の寝室でベッドと布団に分かれて寝るのもなんだかなあ、ということは以前から感じていた。ここにきて急にそれを処分してしまおうということになった。

これらの品は残念ながら粗大ゴミという扱いになる。引き取ってくれる人をもっと真剣にいろいろと探せば、誰かいたのかもしれないが、結局のところ自分達でお金を払って処分するのが手っ取り早いことがわかった。

引取り業者に連絡して見積もってもらったところ、手数料が2点で1万6000円かかるという。一応、廃棄代行ということなのだが、粗大ゴミとして自分達で区に連絡して廃棄しても、2点で5千円くらいはかかる。業者に頼むのは一見割高に思える。

いま考えれば自分達で処分するのでもよかったのかもしれないが、トラックでやってきていますぐにでも持って行きますよ、という彼等の術にあっさりとハマってしまった。彼等が持って行った先で、それらを実際にどうなるのかは僕らにはわからない。

ベッドとパソコンラックがなくなった8畳の部屋は、すっきり何んもない部屋になった。引っ越して来た当時を思い出し、あたかも部屋がひとつ増えたような感覚にさえなった。

予定ではここに安くて見栄えのするカーペットを敷いて、その上に座布団やクッションをいくつか並べ、小さなちゃぶ台とテレビを買って床で過ごせるもうひとつのリヴィングにしようという計画だ。大きな家具はもうこりごりである。

8/21/2010

バルコニーにて

夏休みが終った今週は、妻と子供が実家に里帰りすることになっていた。なので、月曜日から9日間は僕独りで横浜に過ごしている。寂しさもあり気楽さもありといったところだが、いかんせん仕事があるので、先ずはそれになれなければならない。

加えて火曜日から3日間続けて夜の会が入り、平日はバタバタと慌しく過ぎていった。いずれの飲み会も楽しく過ごせた。お酒も飲みすぎる程でもなかった。と思っていたのだが、量的には程々でも3日続けて飲むと少し身体にくる様になったらしい。

明け方にふくらはぎがつったり、溝落ちのあたりが重く感じられたりして、その症状は日を追うごとに溜まっていく感じだった。「まあ俺等もいい歳だからねえ」と3日目に呑んだ翻訳会社の幼馴染が言った。あれだけ酒を呑んでいた彼も最近ではかなりセーブしているのだそうだ。

そういう状況なので仕事もそこそこに、金曜日の夜は酒をやめて、夕方に髪を切ってもらい、帰りに山手駅近くの古い洋食屋「やまて食道」で白身魚フライの定食を食べた。店のおばさんが妻と子供はどうしたのかとたずねたが、広島に里帰りしているのだというと、「ああそう」と言って、それからお互いの出身地について少し話し合った。彼女は姫路の出身なのだそうだ。

魚フライは素朴で美味しかった。隣のテーブルでは仕事帰りの中年のご夫婦が、マカロニサラダをつまみに冷酒を仲良く飲んでいた。いい雰囲気である。僕も麦酒を飲みたくなったが、ガマンした。

土曜日は5時に起きて、大さん橋までウオーキング。少し日が短くなったとはいえ、出かける頃にはもう日が昇っている。早く桟橋からの日の出が見られる様になって欲しいものだ。

自宅の植栽にある伸び過ぎたラベンダーの剪定をしたり、バルコニーの枯れてしまったポットを整理したり(どちらもそれなりに手間がかかる)、まとまった作業をやった。おかげでバルコニーはずいぶんきれいになった。

マイニエリの作品を聴いて、頭の中のコルトレーンに関する記憶が刺激されたこともあってか、久しぶりに"Live in Japan"に収録されている"Crescent"が聴きたくなった。ギャリソンのベースソロも含めると大方1時間近い演奏を2回続けて聴いた。やっぱりいいなあ、とまたその夜のライヴで演奏された3曲を通しで聴いてみたりして、少しうとうとした。エアコンはつけずともそれなりに気持ちいい風が窓から入ってきた。

いつも感じることだが、演奏の終盤で興奮したお客の歓声と拍手がわきあがるのを聴くと、40数年前のある日にコルトレーンは本当に日本にやってきて、何人かのお客さんを前にこの演奏をしたんだ、という当たり前のことが、とても感動的なことに思えて涙が出そうになる。

最近ではなかなかこんな時間を過ごすことはできなかった。やっぱりたまにはいいものである。

今夜は「横浜レゲエ祭」なのだそうだ。片付けたバルコニーで蚊取り線香を焚いて、ビールをやりながらこれを書いている。赤レンガ倉庫の方角でフィナーレの花火が上がっているのが少し見え、やがて静かになった。

8/15/2010

夏休みの終わりにキース=ジャレットなど

9日間の夏休みを終えた。

熱海の温泉に一泊旅行に出かけた以外は、ほとんど横浜市内で過ごした。もちろん大半の時間は妻と子供とで過ごした。大船にあるフラワーセンターに行ったり、金沢区にある動物園に行ったり、最終日は海の公園で子供と海水浴を楽しんだ。

子供はずいぶんと水に慣れ、少しくらいなら顔に水がかかっても平気になった。熱海で入った海は(地名に反して)少し冷たくて波もあったので、子供はいまいち気に入らなかったようだが、海の公園は3回目ということもあってか、とても楽しそうに海藻だらけの海ではしゃいでいた。

途中、半日だけ妻が友達と食事をするのに、子供を連れて出かけた時があり、その時ばかりは僕も独りの時間を楽しんだ。

関内に出かけて、博多ラーメンを替玉で食べ、その後、ディスクユニオンに寄って久しぶりに中古CDを買った。買ったのはキースの2枚組作品"Invocations / Moth and the Flame"である。2つのタイトルをカップリングしたもので、前者はパイプオルガンとソプラノサックスによる作品、後者はピアノソロ作品である。

最新作の"Jasmine"を聴いて以降、これまでのキースの作品もいろいろと聴いていた。ECMの作品にしてもまだ聴いていないものが何枚かあるのだが、いま思うのは1983年のトリオ結成以前の作品にはまだまだ聴かれるべきものがたくさんあるということだ。

今回手に入れた(セール価格ということもあって1000円しなかった)これらの作品も素晴らしい内容だった。キースはジャンルを超えて音楽を追求するという現代的な意味において、最も進んだ音楽家であると思う。

このあたりの話はいずれ何かの機会にまとめておきたいと思うのだが、最近はなかなかそうした時間が取れないでいる。でもこの数週間でキースの音楽を聴いてみて、かなり彼の音楽の全体像に近づくことができた様に思う。

いつか僕が考えるキースの推薦盤について書いてみたいと思っている。

リンクに表示されるテキスト

8/06/2010

夏休みのマイニエリ

今日は立秋だった。一年で最も暑くなる時期、実際に東京も暑かった。休み前の仕事は午前中で終え、午後は休みをもらって夏休みに入った。子供も3週間続いたプールを終え、少しは水に慣れてくれたようだ。

久しぶりに、最近買った音楽を紹介したい。マイク=マイニエリの最新作「クレセント」である。

タイトルで既にお分かりの方もいると思うが、コルトレーンへのトリビュート作品だ。同時に、もう一人の献上先として、共演者であるサックス奏者チャーリー=マリアーノの名前が記されている。この作品はマリアーノの遺作でもある。

マイニエリとマリアーノの出会いは、2003年の初共演よりももっと以前からのことらしい。詳しくはアルバムのライナーを参照していただくとして、今回の作品は、そんな2人のデュオではなく、加えてマリアーノがやはり最近デュオアルバム等で共演したベーシスト、ディエテル=イルグが参加するトリオ編成で収録されている。CD2枚にコルトレーン縁の作品を中心にしたスタンダードナンバーが収めらている。

マイニエリ自身ももはや71歳らしい。これにはちょっと驚いた。演奏は見事だが、確かに往年の飛び跳ねるようなマレットさばきは、むしろ転がるようなと言えるものに変化していて、それはそれで新たな魅力である。録音の良さもあいまって本当に綺麗なバイブラフォンの音色であり、本作品の大きな聴き所となっている。

聴いた当初に少しは戸惑うのはマリアーノのサックスである。コルトレーントリビュートの宿命として、サックス奏者にかかる一定の期待は免れない。彼の持つ資質がそれに沿うものであるか、これは微妙なところである。マイにエリの意図がそこにあることは分かっていても、聴き手にはそこまではにわかには伝わらない。

果たしてマリアーノの丸いアルトで"Giant Steps"をやる必要があったのだろうか。なぜオープニングが"Mr.Syms"なのか。このあたりの理由を見出せるまでには少々時間がかかるのだが、結果的にはアルバム全体としてはコルトレーンのイメージとは一定の距離を置いた不思議な聴き応えがあり、僕は気にいってしまっている。

ベースのイルグはかなりの実力者である。最近ではベースのソロアルバムも発表しているようだ。決してバカテクではなく、堅実なベースプレイをしっかりと聴かせる演奏としてできる人物だ。このアルバムでは、その意味でマイクとチャーリーを間を取り持つ存在として欠かせない。

僕はとにかく少人数の編成が好きだ。このアルバムが僕の心にすっと入り込んでくるのも、そういう理由があることも大きい。いい音楽を奏でるのに、必ずしも多くの人は要らない。

夏休みの夜はじっくりとこいつに耳を傾けることになりそうだ。

8/01/2010

水に慣れる

先週末は子供を連れて海に行ったりしているうちに、すっかり疲れてしまい、ろぐの更新をサボってしまった。申し訳ありません。

子供は夏の間だけ開催される横浜YMCAのベビースイミングのコースに参加している。スイミングといってももちろん泳ぐわけではなく、親と一緒にプールに入って水に慣れるのが目的である。

もっぱら、申し込んだ妻が連れて行ってくれている。初日は45分間ずっと泣き通しだったらしい。二日目の次の日も半分以上は泣いていたらしいが、もはや泣いているのはうちの子だけだったらしく、さすがに妻も疲れたようだった。

これには僕も納得せざるを得なかった。やはり父親譲りの性格なのだろう。はっきり憶えているわけではないが、僕が顔に水がかかっても平気になったのは、物心ついた後だった。

それでも4日目の土曜日に僕が初めて一緒について行った時までには、やっと少しプールにも慣れてなんとか泣かなくなっていた。その勢いで、次の日曜日に、鎌倉の由比ケ浜に連れて行くことになった。

由比ケ浜は昨年の夏にもこの子を連れて行って、波打ち際で少しだけ足をつけてあげた。今回は子供も水着を来て初めての海水浴となった。汗疹が他の子よりひどいので、塩水につけてあげて肌を強くした方がいいというのもあった。

その日は暑い一日だった。ビーチパラソルを借りて、海に近い所に立ててもらい、2時間程の海水浴を家族で楽しんだ。

プールのおかげかどうかわからないが、海は楽しかったようだ。水面に支えてやって波の動きに合わせてプカプカ動かしてやると、それなりに笑顔で楽しんでいた。はじける笑顔とまではいかないが、心底水を怖がっているわけではないということは十分にわかった。

今週末は僕がプールに一緒に入ったが、まあ何とか泣かずクラスを終えるようになったものの、どうもあまり楽しんでいる様子はない。やっぱり狭い屋内に人が大勢いるし、インストラクターのお姉さんが元気な声で指示をくれるのにも少し気後れしているのかもしれない。

日曜日の今日はまた、我が家から一番近い海水浴場である海の公園に連れて行き、2週続けての海水浴となった。やはり太陽の下で波に揺られるのは、プールよりはまだ少し楽しいらしい。疲れたのか、テントの下で水浴用のオムツを履いたまますやすや眠ってしまった。

子供も僕も妻もかなり日に焼けた。

7/19/2010

父と母の納骨

週末は金曜日に仕事をお休みさせてもらって4連休として、僕の実家がある和歌山に家族3人で帰った。1歳と4ヶ月になった子供にとっては初めての帰省である。

目的は、両親と祖母の納骨を京都のお寺でやるので、それに参加することと、この機会に父母それぞれの兄弟姉妹達に子供をお披露目すること、そして長らく懸案になっている実家の様子を見て、今後の処分についての算段をすることの3つである。幸い家族3人とも体調に大きな問題もなく、無事に予定を過ごすことができた。

親戚達との交流では、やはり子供が懐くのが他の人に比べて早かった。僕らが気楽に接しているので、子供にもそれが伝わるのだろう。初日の夜には母方の親戚達が、和歌山市内の料亭で宴席を持ってくれ、とてもくつろいだ一時を過ごさせてもらった。

母の兄弟姉妹3人とその家族が集まってくれたが、70歳を過ぎてなお元気に酒を飲む彼等を見ていると、うちの酒呑みはこちらの家系からなんだなと、いまさらながら実感した。

実家の方は、家の中は閉め切っていたせいで、重く澱んだ空気に少しカビ臭さが漂っていたが、特に大きな変わりはない。家の外はやはりいろいろな植物が元気に茂っていて、見た目は少し荒れた感じだった。まあ2年近く放ったらかしだったのだから、この位は仕方ないだろう。

今回は親が買い集めていたちょっとした品々の整理をして、これから家の処分に向けてどう進めて行くかを兄と話し合った。子供はあまりきれいでない空気に触れさせるのも良くないので、エアコンのかかった応接間でおやすみしてもらった。

今回、和歌山に2泊したが、実家はそんな状態なのでもはやとても泊まるわけにはいかず、市内で宿を探したのだが、限られた条件のなかで考えた結果、ウィークリーマンションを日貸ししてくれるサービスがあったので、それを利用させてもらった。ホテルに比べて部屋が広々としているので、結果的にはとても快適だった。やっぱり子連れの旅行には、床で暮らせるところがいい。

2日目の夜は兄と4人で市内の居酒屋で食事を楽しみ、子供もすっかり兄には懐いているので、のんびりじっくり酒を楽しむことができた。結構呑みましたよ。

最終日は朝から列車を乗り継いで、京都の長岡京市にあるお寺「光明寺」に向かった。

納骨をしたのは、3年前に亡くなった父と、4年前に亡くなった祖母、そして11年前に亡くなった母、という3人のお骨である。納骨というのは、なじみのない人も多いかもしれない。僕自身も初めて参加する行事だった。

一般的には今回の父のタイミングで行なうものらしい。つまり亡くなって3年間はお骨は遺族の仏壇に供えられ、いわゆる3回忌の仏事が済んでから行うものなのだそうだ。このあたり地方や宗派によっていろいろな考え方がある。

祖母のお骨については、彼女が92歳の大往生の末亡くなった翌年に、父が逝ってしまったので、父の妹たちは祖母の納骨については便宜上父と一緒にと考えた結果こうなったまでである。納骨とはそういうもののようだ。

問題は母のお骨である。11年前に亡くなった母の骨はそのまま、残された父の手元に委ねられたわけだが、母の死に際して決定的な本人の信条であることが明らかになった母の信仰の問題が、それまでの父にとっての常識的な観念であったあらゆる形での埋葬を拒んだ結果、父は結局、生きている間にその母の骨をどうすることもできないままに逝ってしまったのである。

その間の父の苦悶は、本人以外には解り様のない程に壮絶なっものであったと思う。もちろん兄や私に対しても時折そのことをくちにはしたし、死に至る病床においても時折その悩みは父の口をついて現れた。

今回、父の納骨に際して母のお骨も同じ仏教の習慣に従って施すことに関しては、両家の親族を含め、近親者の誰からも異論は出なかった。僕自身も母の信仰には多少の理解はあったつもりだが、やはりこうするのが一番いいという考えに揺らぎはなかった。

納骨の仏教的な意味合いはさておき、たとえ散骨の様な方法を選んだにせよ、残された者どもにとって現実的に意味するところはそれなりに切ないものがある。つまり亡き者の肉体に由来する最後のものを手元から放すということだからだ。

光明寺は西山浄土宗の総本山として法然上人を祀った聖地とのこと。そういう意味合いは別にしても、広大な寺の境内はひとつの神聖な場所としてとても美しいところだった。京都の市内から少し離れた長岡京という場所にあることも、父母それぞれの実家ではないという点でいい場所だ。

境内の一番奥の高みにある納骨堂の入り口まで、兄と父の妹と僕ら3人の5人で、3人の骨壺に付き添った。納骨堂の入り口に通じる長い廊下の手前で、若い僧侶がお経をあげてくれるなか最後のお焼香を済ませ、両親の骨は揃って納骨堂の奥に消えていった。

僕の子供に会ってくれた親戚たちは、みんな決まって、父や母が生きていたらどんなにか・・・という意味のことを口にしてくれた。しかし、そんなことを嘆いてもやはりどうにもならないことは変わらない。

今回の納骨にどうしても子供を連れて来たかったのは、たとえ生きた姿でなくとも、僕の父と母それぞれの肉体に由来する最後のものを見送るその機会だったからである。

父母の兄弟姉妹達に可愛がってもらい、父母が暮らした家を訪れ、そして父母のお骨がこの世で最後にたどり着く場所に納まるのを見送る。わが子にせめてそれだけのことをさせてあげることができたこの3日間は、僕にとってとても幸せで充実した毎日だった。

子供の記憶にもしっかりとこの日々のことが刻まれたと思う。

7/11/2010

軽い風邪をひいてしまいました

蒸し暑い毎日が続いている。そろそろ半袖の上下で床に入り、布団を被ったり除けたりを繰り返し一夜が過ぎる季節になった。

こういう季節への変わり目には風邪をひかない様にと思っていた矢先に、軽くひいてしまったようだ。喉を少し腫らしてしまった。

音楽のことやら、子供と八景島に行ったことなど、いろいろと書きたいことはあるのだが、今回はお休みしてゆっくりすることにした。

来週末は前回延期にした和歌山への帰省を行うので、更新は月曜日になる予定だ。

皆さんも体調に気をつけてください。

なお、お昼と投票をかねて山手駅あたりまで出かけたのだが、駅前のバー「マディ」の看板に「店主骨折治療のため、もうしばらく休業します」という紙が貼ってあった。まさか階段から転げたのではあるまいか。心配である。

7/04/2010

ジャスミン

久しぶりに顔をあわせた人達との飲み会あり、一年間一緒に活動を続けて来た人達との最後の締めくくりありと、いろいろあった一週間だった。週末にそれらが続いたので少し疲れてしまい、大きな口内炎ができてしまった。

子供は子供で、妻の実家においてあったジャングルジムとすべり台を組み合わせた遊具が送られて来て、毎日それでトレーニング?にはげんでいる。たいした高さではないのだが、何度か転落をおこしては大泣きしている。部屋の中を走り回っては時折転倒して顔をぶつけて泣くのも相変わらず。子供にとっては新しいお楽しみと、親にとってはひとつの喜びと気がかりががまた増えたというところか。

少し夏バテ気味なのか、何でももりもり食べていた少し前とは違って、味が淡白なものやパサパサしたものをいやがる様になった。妻が献立と食べさせることに苦労している。まだ好き嫌いと言えるようなことではないので、あまり気にはしていない。子供の好き嫌いは親の恥だ。

さて、このところ家では、キース=ジャレットとチャーリー=ヘイデンによるデュオアルバム「ジャスミン」をよく聴いている。この2人が、キースの自宅のスタジオで最近録音した作品ということで、当然それなりの期待があり、それがそのまま作品として世に出たという感がある。

期待のベースとして、2人のこれまでの演奏家としてのキャリアの他に、数年前に同じく自宅のスタジオで収録されたキースのピアノソロ作品"The Melody at Night, with You"の存在があるのはもちろんである。そしてその期待はまったく自然に受け入れられたのである。

キースの多様な音楽作品に対してはいろいろな嗜好があると思うのだが、"The Melody..."については、ほとんどのリスナーがその素晴らしさを認めるものだろう。だからといってそれを彼の最高傑作とするかについては、必ずしも意見の一致を見ないであろうところが、またキースらしいところだと思う。

ということで、キースのこれまでの作品を振り返って、少し自分なりに考えていることをまとめてみようと思ったのだが、ちょっと今夜は疲れてしまったのでそれは次回に回して、今夜は貴重なひとときをゆっくり音楽と酒で過ごさせていただくことにしたい。

6/27/2010

子供が発熱

妻と子供が喉風邪にやられて相次いで発熱してしまった。子供が本格的に発熱するのは実はこれが初めて。冬にノロウィルスで一家総倒れとなった時も、彼だけは一晩ちょっと熱が出ただけだったのだが、今回は39.5度まで上がった。抱っこしても頭と身体がかなりホットである。

幸いだったのは、それでもぐったりする様なことはなく、笑ったり声をあげたりしていたこと。食欲がにぶかったり、いつもよりは幾分おとなしい感じではあったものの、こちらが見ていてどうしようもなく心配になるという様子はなかった。

本来ならこの週末は、金曜日に仕事をお休みして僕の実家がある和歌山に二泊三日で行く予定だった。両親と祖母の骨を京都のお寺に納めるついでに、両親の兄弟姉妹たちに子供を会わせて、それから実家の片付けもやろうということになっていた。

直前のことで親戚達や広島からやってくる兄には申し訳なかったが、前々日の夜に、旅程を延期する判断をした。金曜日になって妻はもう熱が下がっていたが、子供の方はまだ少し熱があり、結果的にはその判断は正しかった。

この週末は天気もあまりぱっとしなかった。土曜日は庭で茂りすぎた植栽を刈り込んだりして過ごした。

夜は、先週の日曜日が父の日ということで妻が買ってくれたウィスキー(キリンの富士山麓)を、ECMの音楽をツマミにしながら飲んだ。家でこういうハードリカーをやるのはひさしぶりである。毎日だと癖になってしまって良くないだろうが、たまにやるのはいいものだ。ウィスキーの濃厚な刺激とオンザロックの冷たさがちょうどいい。

和歌山行きは3週間延期になった。それまでの間に仕事やなんやらでゴチャゴチャした毎日になりそうだ。この週末はのんびり過ごしている。幸い子供の熱も下がったようだ。

6/20/2010

レスターボウイのブラスファンタジー

レスター=ボウイの"The Fire This Time"が突然復刻されたので、アランの店で買った。

これは彼が率いたブラスバンド「ブラス・ファンタジー」が1992年に行ったコンサートの模様を収録したもの。ジャケットに掲げられた炎上する建物の写真は、この公演の前日に起こったロス暴動の一コマであり、アルバムタイトルの由来でもある。

レスターと言えば、"Great Black Music"を標榜するフリージャズユニット「アート・アンサンブル・オブ・シカゴ」の活動が有名だが、「ブラス・ファンタジー」はレスターのもうひとつの顔を伝えるユニット。吹奏楽版のジャズオーケストラで、ドラムとパーカッション以外はすべて金管楽器で構成され、フリージャズとは縁遠い、ストレートで親しみやすい演奏が魅力である。

レスターはこのユニットをAEOCとは独立して行っていたが、この公演でパーカッションを務めるのはAEOCのドン=モイエである。その理由は、アルバムのライナーに記された「このアルバムをフィリップ=ウィルソンの想い出に捧げる」と、2曲目の名曲"For Louis.."の冒頭でレスター自身が語るあるエピソードをお聞きいただければわかるようになっている。一聴して受ける音楽の印象とは裏腹に、やや過激な感じのジャケット写真やアルバムタイトルにまで通じる重く哀しいお話である。

ブラスバンドが苦手でなければ、レスターの音楽に触れてみる作品としてこれは非常におすすめである。パーカッションを除いてたった8人のブラスバンドが奏でるジャズは、とても楽しく美しく、哀しく力強い。

レスターが世を去ってもう10年以上がたつ。ブラス・ファンタジーとその関連の作品はECMなどから数枚のアルバムが発表されていて、"The Great Pretenders"と"I Only Have Eyes for You"はいまも人気の名盤だ。

個人的には"For Louis..."のオリジナルを収録していながら、現在廃盤になっている"All The Magic"をなんとか復活させていただきたいと思う。ブラスファンタジーの演奏とレスターのソロ演奏をカップリングしたいわくつきの2枚組なのだが、そこはやはりオリジナルのかたちで再発を願いたいものである。

僕にとっても決して忘れられないジャズトランぺッターだから。

山手の「マディ」

金曜日の夕方、翻訳会社の幼馴染が仕事で横浜までやってくるというので、帰りに「ほうちゃん」で一杯やっていこうということになった。僕としては願ったりである。

午後6時に駅で待ち合わせ、そのままお店へ。実はこの日は賞与支給日、いわゆるボーナスの日だったのだが、会社の業績不振と個人としての怠慢で大幅な減額となった。まあ仕方ない。それでもいただけるだけまだありがたいものである。ほうちゃんでこうして気の合う馴染みと呑めるのだから。

この日も、串4本に始まり、いつものメニューを次々に平らげながら、色々な話に花がさく。美味しいホルモンや串揚げに、名物の生樽ホッピーをどんどん注文。気がつけば2人とも結構デキあがってしまった。

その勢いで、もう一軒行こうということになり、駅のすぐ近くにあるブルースバー「マディ」を覗いてみることになった。ここは山手に来たときから気にはなっていたのだが、なかなか入りづらいところだった。店名の由来は(何か深い所以があるのかもしれないが)とりあえず言わずもがなだろう。

3階建ての小さな雑居ビルの一番上にあり、1階の案内板にはブルースのレコードジャケットとともに、アイリッシュパブを思わせるメニューが掲げられている。不思議な取り合わせである。お店に行くにはビルの外にある階段を登ることになる。

中に入ってわかったのは、このお店はブルースが流れるアイリッシュバーだということ。並べられたモルトウィスキーはかなりこだわりを感じさせるもので、僕が知っているようなメジャーなラベルはひとつもなかった。

そんなわけで、店主はブルースパブのマスターというよりも、アイリッシュバーのバーテンダーである。ブルースパブというところから、勝手にTシャツにジーパンでひげを生やした豪快オヤジを想像していただけに、そこのところは僕のなかでイメージが先行し過ぎていた。

近場でこんなに本格的にウィスキーを楽しめるお店があるのは嬉しいかぎりである。が、しかし、今回はすでにほうちゃんの生樽ホッピーにかなりやられてしまっていたので、マディで呑んだ2杯については何も覚えていない。翌日に連れにわざわざ確認したのだが、会計をどのようにしたのかも覚えていない。次回はもう少しゆっくり楽しめる様に訪れたい。

このお店で気をつけるべきことは、帰るためにはさっき登ってきた三角型の螺旋階段を下らねばならないこと(あたりまえだが)。マスターから「お気をつけてお帰り下さい」と丁寧なご忠告をいただいたのだが、酔いと折からの雨もあってそれは意外にハードな下り途であることがわかった。せっかくのお楽しみのひと時を台無しにしないためにも、これは要注意だ。

また近くに新しいお店ができた。僕の生活はますます「こちら側」になる。

6/13/2010

徒然なるままに・・・iPad

iPadを買った。

職場の同僚が発売と同時に手に入れたものを触らせてもらい使い心地に感動したものの、いざ買おうかとなるとしばらく悩んだ。一週間程してからもう一度触らせてもらい、すこし使いこなせるようになった彼の話しを聞いているうちに、やっぱり欲しくなった。昼休みに職場でアップル社のサイトを眺めているうちに、いつのまにか購入ボタンを押してしまっていた。

届くのは一カ月先の7月上旬ということだったのだが、実際にはそれよりも少し遅れるのだろうという予想に反して、品物は注文してから1週間と少しで我が家に届けられた。まだ2日目であまり使いこなせていないが、とにかくこれはいいなと思ったのは、大きな画面に表示されるキーボードの使いやすさである。普通のキーボードと何ら遜色のない感覚でどんどん文字が入力できる。加えて、携帯の日本語入力ではお馴染みの予測変換が圧倒的な利便性を提供してくれる。680gの手軽な本体とこの機能だけでも十分に価値がある。

という訳で今回のろぐはiPadでお届けする。

今週から週の始めである月曜日と火曜日は家でお酒を飲むのをできるだけ止めることにした。ノンアルコール飲料をやりながら「ゲゲゲの女房」を楽しんだ。ビールとは似ても似つかぬ味だが、ジュースでもお茶でも水でもない飲み物としてそこそこいけるものである。

仕事は行き詰っているので、いろいろな人に会って話しを聞くことにした。水曜日には先にリタイヤした以前の上司と横浜で飲んだ。前半は妻と子供もご一緒させていただき、彼のお孫さんの話しを聞かせてもらいながら楽しい一時を過ごさせていただいた。後半は2人になって仕事の話しをじっくりさせていただいた。まあ具体的なアドバイスがいただけたわけではないのだが、狭くなっていた視界を拡げさせてもらった様に思う。

結局ウィークデイは坦々と悶々と過ぎ去り、相変わらず週末を中心に回る1週間が終わった。

土曜日は朝早く起きて久しぶりのウオーキング。5時半に家を出ても既に日はある程度の高さに昇っていて、それなりに暑さも感じる。それでもやはり気持ちがいいものだ。梅雨に入るとこうして週末に歩きに行けるのか、ちょっと微妙になるのが心配である。たとえ平日でも天気が許せば早起きして歩いた方がいい

日曜日に子供を連れて家の前にある植込みに水をあげていると、近所の子供が2人近づいてきて一緒に過ごしていた。自動車を停めるスペースに細く掘られた植込みに草木と玉砂利がしいてあり、レンガがアクセントで置かれている。水に濡れた玉砂利を見た近所の男の子がキレイだねと言ったので、僕はその子に砂利を触ってもいいよと言った。

男の子が小石に手を伸ばしたとき、すぐ近くの植草のなかから大きなムカデが這い出てきた。あまりに咄嗟の出来事で声をあげて驚いてしまった。幸い誰も咬まれることはなかったのだが、他にも少し小さめのがもう一匹出てきて退治するのにちょっとした騒動になった。

これまでこういう経験がなかったので、家にムカデがいたことがちょっと気になった。少し調べてみれば、植栽やガーデニングをしていると珍しいことではないとわかったのだが、実は2週間程前に家の中で1匹出ていたので、やはりあまりいい気分ではない。あまり草木を茂らせておくのは良くないこともあるのだと悟った。

午後には妻の友だちが2人遊びにきてくれて、昼間からワインを飲んで過ごした。最初人見知りして泣いていた子供もすぐに慣れて、楽しい一時となったが、やっぱりムカデのことは僕の頭を離れなかった。それにしても昼間から酒をやると調子が狂う。酒は薄暗いところで飲むのがいい。

とまあ、明暗いろいろなことがあった1週間だった。今夜は残りの時間でiPadで遊びたいと思うので、この辺にしておく。これからが楽しみであり、いろいろな素晴らしさを感じさせるも。ムカデのせいなのかはわからないが、そこに何かの影を感じながら夜がふけてゆく。

6/06/2010

古谷暢康の弁道話

昨日、またアランのところに4枚の注文を出した。なんだ、CDはもう買わないとか言っていたではないかという声もいただきそうだが、これにはちょっとしたわけがある(ということも一応言っておきたい)。

彼の店では買い物10ドルごとにクーポン券が発行される。それがなんとも不思議な代物で、このEコマースの時代に仰々しいデザインの名刺大カードが小包に同封されてきて、これを30枚ためると15ドル相当のクーポン(なぜかそれは電子クーポンなのだが)に換えてもらえるのだという。ところが電子クーポンをもらう為には、たまったカードをアランに郵送しなければならない。

僕は一度彼に対して、同じ仕組みなら、いまの時代、もう少し効率的にやる方法があるだろうが、と言ってやったのだが、アランの返事によると、いろいろと考えた挙げ句にこういう形をとることになったらしい。

これまで彼の店でいろいろ買ってきて、クーポン券は30ドル相当分がたまっていた。しかもこれは15ドルずつに分けて使わなければならないという仕掛けである。前回のマクラフリンを買ったのはその1回目だったというわけだ。

いくら円高だといっても、送料のことを考えるとやはり3枚くらいまとめて買わないとあまりメリットがない(このあたりやや表現が曖昧であるが)。なのでマクラフリンと一緒に買ったのは他に、デイヴ=リーブマンのソロ作品と、古谷暢康という演奏家の作品だった。

古谷氏については最新作の情報をディスクユニオンのブログで知って興味を持った。神奈川県生まれで現在はポルトガルのリスボンに在住し演奏活動をしているらしい。残念ながら最新作は取り扱っていなかったので、彼のデビュー作である"Bendowa(弁道話)"を買った。

ベースとドラムを従えたトリオ作品で、収録されている5つのトラックはトリオによる即興のようだ(曲にタイトルはつけられていない)。古谷氏はサックス以外にフルートとバスクラを演奏するいわゆるマルチリード奏者なのだが、演奏を一聴して彼のあるいはこのトリオの背景に、アイラーの"Spiritual Unity"があるのは誰しも感ずるところだろう。

ただそれだけならこの作品をここでわざわざ取り上げたりはしない。テナーがアイラーっぽくてフルートとバスクラがドルフィーっぽいとはいえ、非常に印象に残る作品なのである。おそらくその理由として何よりも素晴らしいのは、このトリオの完成度にあるのだと思う。

まだそれほど深く聴き込んだわけではないけど、同じトリオによる最新作もいずれ聴いてみたいと思うほどに、いいコミュニケーションを持ったグループだと感じた。

5/30/2010

トゥ・ザ・ワン

ジョン=マクラフリンの新作が登場。さっそくアランの店で購入して聴いている。タイトルは"To The One"。最近、彼が組んでいるユニット"The 4th Dimension"によるレコーディングだ。

最近はこういう音楽を何と呼ぶのだろう。やっぱりまだ「フュージョン」とか言うのだろうか。まあそんなことはどうでもいい。リズムは4ビートでも8ビートでも16ビートでもない、かといってポリリズムなどというのすら憚られる。とにかくとてもスリリングな超ハイテク・ジャズ・ギター・アルバムなのである。ジョンはもちろん、キーボード、ベース、ドラムいずれも超一流の技工師達で固められており、どこをとっても溢れ出るフレーズの洪水だ。

音と音の間や一音々々の味わいを重視した作品が幅を利かせる昨今、この手の音楽はともすれば嫌みや古さを感じさせてしまいがちだが、そこはさすが大先生である。こういう内容で聴けば聴く程に味が出る作品というのは、なかなか出会えるものではない。

ジョン自身によるライナーによると、この作品のインスピレーションとなっているのは2つの源があるとのこと。1つはコルトレーンの"A Love Supreme"、そしてもう1つは自分自身による過去40年間におよぶ探求なのだそうだ。何ともカッコいいではないか。前者だけなら誰でも言えそうだが、後者はそうそう言えるものではないし、2つを並列するなどもう限られた人にしか許されませぬ。

彼が熱心なコルトレーンフリークであることは、1990年代にエルヴィン等と録音したアルバム"After the Rain"に端的に現れているが、ここで再びコルトレーンの名前を引っ張り出しているのは、よほど最近になってまた強い刺激を受けたのだろう。冒頭の"Discovery"を聴けばそのあたりはすぐに納得できるはずだ。

脱帽!感服いたしました!ははあ〜m(_ _)m

5/23/2010

ゲゲゲの・・・

NHKの朝ドラ「ゲゲゲの女房」を毎回楽しみにしている。朝はもちろん視ている時間などないので、ハードディスクに録画してもらった番組を、毎晩ビールを飲みながら楽しんでいる。個人的には2年前の「ちりとてちん」以来の当たり作品と思う。

思えば、あの番組のテーマ音楽でピアノを弾いていたのは、今回主演の松下奈緒だった。これも何かの縁だろうか。彼女は一見してかなりの大柄なのだが、それでもいろいろな役柄を演じられるのは、そうした外見上の特徴を超えた何かが演技のなかにあるのだろう。今回の出演でますますファンになった。

相手役の向井理もいい役者だし、加えてお父さん役の大杉漣がまた素晴らしい。昔気質の父親を演じさせてこれほどハマる人もいないのではないか。いきものがかりが唄う主題歌もいい。

今回は実在する人物の伝記ものなので、最近の朝ドラ作品にみられた途中から話のすじが訳の分からないことになる心配もないだろう。

これから暑い夏を迎えるが、毎週少しずつドキドキとハラハラと涙と笑いを楽しみながら、9月末までおつきあいしていきたいものである。

やっぱりNHKはいい番組を作ってくれますなあ。

5/16/2010

はじめての「おひとりさま」

週末に妻の両親が遊びにやってきた。

金曜日の夕方に横浜にやってきたのだけど、その夜は義父の旧友と中華街で会食して、桜木町に宿をとっていた。僕もその方には2度ほど会ったことがある。妻はもちろんよく知っている。

会食には妻も子供を連れて参加。大珍樓本店で高級中華を満喫したようだ。僕も誘われたのだが、まあそこは皆さんでお楽しみいただくことにして、1人で食べて帰ることにした。

決して計画的ではなかったのだが、僕は生まれて初めて独りで居酒屋に入り、40分ばかり食事をかねて飲み食いを楽しんだ。いわゆる「おひとりさま」である。

で、どこに入ったのかというと、それはもう近所のホルモン屋「ほうちゃん」である。カウンターはまだ誰もいなかったので、一番隅の席に陣取り、生樽ホッピーとおまかせ串焼き4本を注文。しばらくして串揚げのハムとレバーを追加して、ここで少し迷ったのだが熱燗を1合だけ足してみた。本当はアルコールは1杯だけのつもりだったんだけどなあ。

お食事はコンビニのおにぎりで済ませることにして、早々に切り上げた。なかなかいいものである。

お店はあっという間に混んできて、隣に若い男性2人が座ってなにやら仕事の話を始めた。どうやら船に乗るのがご職業らしく、その内容には少し興味を覚えた。あのカウンターにもう少し慣れて酔いが進んでいたら、たぶん僕は彼らに話しかけていたのだろう。

義理の両親は、わが家には土曜日の朝早くにやってきてその夜に一晩泊まっただけで、翌日の昼にはまだ新幹線まで十分に時間があるというのに、近くのそば屋「百花」でお昼を食べてそのままさっさと帰ってしまった。

それでも孫とのふれ合いをたっぷりと楽しんでいってくれた。妻もいつもとは少し違う週末にリラックスできたようだ。

両親を山手駅で見送った後、せっかくの好天なのだからと、やってきたバスに3人で乗り込んで港の見える丘公園まで行った。ローズガーデンのバラが満開できれいだった。途中「えの木てい」に立ち寄って、お茶とケーキを楽しんだ。

子供はこの数日間でも仕草や表情が確実に成長。

ラルフ=タウナー

最近はギターミュージックな気分です。

久しぶりにラルフ=タウナーを聴いてみました。
2001年発売の「アンセム」。

あんまり深く聴き込んでこなかった作品だったのですが、今回初めて中身をひも解き、じっくりと何度も聴き込みました。

とてもいいアルバムです。連休明けの気怠い心をいい感じに癒してくれました。

この人のアルバムでは、毎回(ビル=)エヴァンスに関連する作品が取り上げられるのが、お決まりになっていて、ここでは"Gloria's Step"が披露されます。

きれいに並べられたオリジナル作品の中に、ふっと箸休めのように現れる軽快なテーマ。見事です。

こうなると、また他の作品を聴いてみたくなる、あの病気がまた出そうです。

5/09/2010

横浜の7日間

前半の兄に続いて、連休の後半にも2組のお客様が自宅まで来てくれた。おかげで連休の7日間は一歩も横浜市を出ることがなかった。妻と子供と一緒に過ごす毎日が充実していたことはいうまでもない。体力的にはかなり疲れた。それが空けの木曜日に肉体面からもやる気を削いだのだろうか。

半ばにやってきてくれたのは、ちょくちょく呑みに出かけている翻訳会社に勤める幼馴染み。連休中に山手あたりで一杯やるついでに子供の顔を見に来てくれたのだ。

残念ながら(たぶん彼が髭をはやしていたからだと思うのだが)子供は彼に対して人見知りを起こしてしまい、家にいてもらった2時間程のあいだとうとう完全に馴れることはなかった。友人には申し訳ないと思ったが、子供が彼の存在を必死で受け入れようとしながらも、耐えきれずに下唇を突き出してしみ出す様に泣く様は、僕と妻の笑いを誘った。

一方、彼は彼で子供に悪いと思ったのか、「ごめんね、もう君の方は向かないから許してね」などといいながら、子供とは逆に相手の存在を認めつつも無視しようと努めてくれる、これも僕にはおかしかった。

結局その後、彼と僕は家を出て、山手のホルモン屋「ほうちゃん」に足を運んだ。僕自身も2回目だったが、前回かなり絶賛してあっただけに、思い違いだったらどうしようという気持ちも少しあったが、いざお店に入ってみるとそんな不安は吹き飛んだ。

「自分にとって最も理想の飲み屋に近い」というのは、「最も理想的な飲み屋」にまた一歩近づいた。本当に素晴らしいお店です。この日もたっぷり飲んで食べて2人で8000円でありました。

連休最終日に来てくれたのは、会社で付き合いの長い同僚と奥様と男の子2人の4人家族である。

到着時に子供が珍しくお昼寝に入ってしまい、起きて知らない人がいるのにびっくりして泣きはしないかと心配だったのだが、とても素直で明るい子供達のおかげで、最初はおどおどしていたうちの子もすぐに慣れて一緒に楽しく遊んでもらった。10歳と5歳と1歳の3人の男の子が、部屋のなかで遊んでいる光景はとても微笑ましかった。少しでも彼らにも何かの想い出になってくれればいい。

こうして連休も終わり木曜日からは仕事に戻った。最初の日はもうどうしようもないくらいにブルーな会社での時間に、じっと耐えなければならなかった。みんなどうしてそんなにすぐ仕事を始められるのか不思議でしょうがない。通勤電車はまだ少し空いていた。

金曜日には会議などもあって、まあなんとか仕事らしい一日を過ごすことができた。やはりこういう時は人と話をするのが一番である。自らふさぎ込んでしまっては出口はないも同然だ。

5/02/2010

お座敷と育児

今年は7日間の大型連休。ときに9連休というのも少なくなかっただけに、ちと寂しい気もする。まあお休みはお休みだ。今年もどこにも行かず横浜の自宅でのんびり過ごす。

連休前半は広島から兄が遊びにきてくれた。ほとんど子供と遊ぶのが目当てのようなもの。これといった観光をするわけでもなく、連休直前の金曜日の夕方から3泊4日間を横浜で過ごしていった。

近所の森林公園にお弁当を持って出かけたり、山下公園から馬車道を歩いたり、元町の沖縄料理屋でロフトに陣取って4人で食事+呑みを楽しんだりした。葉月というロフト付きのなかなかいいお店だった。

料理はおいしいしハッピーアワーなら1500円でいろいろなお酒が飲み放題になる。僕はオリオン生ビールを3杯飲んだあと、泡盛の古酒をロックで頼んだのだが、自宅でコーラを飲む様な感覚で、角氷が5、6個入ったデュラレックスのタンブラーに、泡盛がすり切り一杯並々と注がれている。これには兄もびっくりですぐさま追加注文して大満足だった。

料理はどれもおいしくて次々と注文。授乳中でお酒が飲めない妻はここぞとばかりにソーキそばにソーキ焼きそば、さらにはお店特製のアップルパイまでしっかりがっつり楽しんでいた。

さほど広くないがロフトを一番喜んだのは妻と子供だった。最初のうちはご飯を食べさせてもらいながらおとなしくしていたが、宴がのってくるとテーブルを端に寄せて半分を空けたスペースで、お店のロゴが入った紙製のコースターをあちらこちらに隠したりしながら、楽しそうにはしゃいでいた。

兄が帰る日、お昼を外で食べて帰ろうと、期間中一度も行かなかった中華料理を食べることになった。僕が思いついたのは、桜木町の新雅。ここは独身時代からちょくちょくお世話になっているお店だが、横浜に再び越してきてからは初めて訪れた。

お店は空いていたが、奥のお座敷を使えないかとお願いすると快く通してくれた。ここは12畳の広さで、大きな中華円卓が2つ置いてある。当然僕ら4人の貸し切り状態だった。お座敷の存在を知らなかった妻は驚いて、子供と一緒にまた喜んだ。

このお店も何を頼んでも美味しいお店。野菜炒めに名物の巻き揚げ、餃子、大盛りチャーハンにネギそば、どれも素晴らしい味である。子供は中華円卓の回転するテーブルに気づいてしばらくそれをまわしながら室内を走り回っていたが、やがて疲れて眠ってしまった。

せっかく居心地がいい部屋で子供も寝たので、ここでゆっくりしようということになり、杏仁豆腐を追加で注文。結局2時間近く居座ってしまった。混雑する中華街で下手な店に入るよりよっぽど満足できた。

お店を出て間もなく兄は出発の時間になり、桜木町でお別れした。子供には何度か会っているのと、兄自身子育ての経験もある(いまは事情あって別々に暮らしている)ので、よく面倒を看てくれたし子供もなついているようだった。その意味でも妻も僕も助かった面もあり感謝である。

お座敷で寛ぐというとどこか贅沢なイメージがあるが、捜せば普通のお店でも似た様なスペースを持っているところは多い。妻も子供も喜ぶのならそういうお店をいろいろチェックしておくのもいいものだと思った。

4/25/2010

浅川マキさんを愉しむ

少し前にノーノの音楽を聴きまくっていた時期があった。面白いことに、この手の音楽にハマった時は、決まって途中から別の種類の音楽を耳に入れたくなってくる。ちょうどウィスキーを楽しむのにチェイサーが欲しくなるのに似ている。

ノーノの音楽がウィスキーなら、チェイサーは何か。ジャズではない。ジャズはビールの様なもの。口当たりはいいがウィスキーと一緒にはあまり飲みたくはない。今回僕が聴きたくなったのはロックだった。記憶に刻まれる程何度も聴いたストレートな音楽が欲しくなった。

もの入れの箱に閉まってあるCDを思い浮かべて、聴いてみたくなったのはジミ=ヘンドリックスとグランド・ファンクだった。何となくわかっていただけるだろうか。

それらのCDを取り出すためにポップス系のお蔵を開けた途端、目に飛び込んできたのが浅川マキのベスト盤だった。そういえば今年に入ってすぐに亡くなったというニュースを観た。僕はこのアルバムを持っていることを忘れていたわけではないが、アルバムのカバーにあるマキさんの写真が、ウィスキーとチェイサーを楽しんでいた僕に、突然マスターから薦められたコニャックのラベルの様に映った。

浅川さんのアルバムは今はすべて廃盤になっているらしい。現在は「ダークネス」と題されたマキさん自選のCD2枚組のベスト盤が、全部で4セット発売されている。僕が持っているのはその第1集である。

1枚目は初期作品集、2枚目はジャズミュージシャンとのセッションを集めた内容になっている。どちらもマキさんのブルースであることに変わりはない。実際にこれらの曲順をごちゃ混ぜにシャッフルして聴いても何ら違和感はなく、しっくりと流れる。

時代を感じさせる歌詞だが、やっぱりいま聴いても彼女のメッセージはしんと沁みるものがある。特に夜に仕事帰りの通勤電車のなかで流れると、自分も含めた目の前の人々をそのまま歌っているかの様だ。隣で寝入っているおじさん、ドアにもたれて窓の外を眺めているお姉さん、疲れてもどこかで仕事のことを考える僕。

ブルースの根底にあるのは人間の陰であり鬱だ。そこには決して攻撃や破壊のイメージはない。その原因が自分自身にあることを唄う人は悟っている。基本的なことなのだが、知恵や経験がつくと人はそれを忘れる。

どうやらこれは間違いなく残りの3セットも買うことになりそうだ。国内盤は値段が張るのがちと痛い。

疲れているあなた。マキさんの音楽を聴いてみませんか。

4/18/2010

地潮のドラマー

手に入れたのはもう2ヶ月程前になるだろうか。ジャクソン=ハリスンというピアニストのデビューアルバム"Land Tides"はなかなか素晴らしい作品だ。

レーベルはあのHat Hut RecordsのHatologyである。というとまたフリー系ですかと呆れられそうだが、この作品はそういう趣向のものではない。むしろモダンジャズピアノの王道に位置づけられる作品だろうと思う。

ハリスンは1981年オーストラリア生まれというからまだ30歳の手前であるが、それでいてこれだけ洗練された音空間を作り上げてしまうところはタダ者ではない。僕は冒頭に響く鍵盤の一打で、あっという間にこのアルバムの虜になってしまった。

さらに素晴らしいのは2人の共演者、ベースのトーマス=モーガンとドラムのダン=ウェイスである。彼らはいわゆる「リズムセクション」ではなく、エヴァンスやジャレットのトリオ同様に互いにまったく対等な関係で語り合う。その語り口がもつ独特の現代的な時間感覚が、作品に一貫して流れる魅力だ。あのテザードムーンに通じるところも感じられる。

そのタイム感の中心にいるがドラムのダン=ウェイスである。彼はまったくもって素晴らしい。先の例から引き合いに出すわけではないが、まるでポール=モチアンとジャック=ディジョネットをブレンドしてさらに洗練させたようなドラマー。時代の最先端を行く演奏家だ。

少しだけ彼の作品を追いかけて聴いてみたのだが、その恐るべきパルスの源はインドにあるらしいと言うことがわかった。彼はタブラ奏者でもあり、タブラソロのアルバムやインド音楽のリズムに基づいたドラムソロの作品なども発表している。それらについてはまた別の機会があれば書こうと思う。

この作品がジャズピアノトリオの歴史に新たな1ページを残すものであることは間違いない。52分間続くさり気ない緊張感の連続は、ダンをはじめとする若い世代の恐るべき才能を感じさせるに十分である。これは聴くべし!

4/11/2010

.....苦悩に満ちながらも晴朗な波...

「楽園への道」を読んでいると、僕は自然とノーノの音楽を催した。理由はわかっている。フローラ=トリスタンの物語が、労働運動をテーマに欧州と南米という舞台で展開されるから。

ノーノについては以前も少し書いたかもしれない。生い立ちなどについてはウィキペディアなどを参照していただきたい(あまり十分な内容ではないが)。

僕はいわゆる現代音楽もいろいろと聴きかじってきたが、いままでのところでその人の作品をできるだけ多く聴いてみたいという気になるのは、ケージとノーノそれから武満の3人である。

ノーノの作品に関しては、僕は世に出ているCDは8割がた持っている。これで彼の全作品の7割程度はカバーしているはずだ。といっても枚数にしてたかだか10枚程なのだが、それが世間一般の彼に対する評価だと思う。低い評価のようでもあり妥当な評価のようでもある。

この2週間はもっぱら彼の作品を中心に耳を傾ける毎日だった。

ノーノは約半世紀におよぶ音楽家としての人生のうち、最後の10年間を除く期間においてイタリア共産党に在籍し、資本主義やブルジョワ的なものへの反発と告発を作品のテーマにおいて活動した。

そのことが彼の作品にもたらしている特徴はいくつかある。特に声楽による言語メッセージを含んだ作品が多いことや、作品のタイトルに象徴的で強いメッセージをもった言語表現がつけられていることもその現れだ。

今回とりあげた「.....苦悩に満ちながらも晴朗な波...」(原題は".....sofferte onde serene...")というタイトルもいかにもノーノらしい。これは僕の大好きな作品のひとつである。

この音楽は偉大なるピアニスト、マウレッツィオ=ポリーニ夫妻に捧げられたピアノ曲である。あらかじめテープに収録され加工されたポリーニの演奏と、楽譜に記されたピアニストによる生の演奏が、言わばインタープレイとして挑発し合いながら展開するという仕掛けになっている。

なので、本来は生演奏で聴くのが一番いいのだが(もちろんどの様な音楽もそうあるべきだと思う)、僕は残念ながら数少ない機会を逃してしまった(数年前のポリーニ・プロジェクトで2度演奏されている)。しかしCDでもじっくりと聴けば、テープの部分と生の部分は比較的容易に判別できる。

この音楽が持つ独特の緊張と躍動に満ちた美しさには、とてつもなく素晴らしく深い趣がある。現代音楽のピアノ作品として極めて重要なものだと思う。ポリーニ自身は一時期「ある種のジャズ」に興味を持っていたこともあるらしい。そのせいもあってかテープ演奏とのインタープレイはとてもリアルな緊張感に満ちている。

タイトルの意味については、ノーノ自身が語った内容がCDのライナーに記されている。彼が住んでいたヴェネツィアという海の上にある水の街で、様々に鳴り響く鐘をモチーフに人々の生活や思いを表現したものということらしい。それがなぜこの様な音楽になるのか、不可解に思われる人も多いかもしれないが、これがノーノの音楽である。

共産主義と資本主義のどちらが正しいかに対する答えはないが、社会的な実践という面では後者に少しだけ分があった、というのが今日までの状況から言えることだと思う。

ノーノがある時期共産主義に共鳴し、それを創作の原動力としていたことは、政治思想の是非を超えた芸術の世界において非常に好ましい成果をもたらしたといえる。そして社会主義に失望し、より純粋に音の表現に向かうことになった最後の10年間の作品においても、そこに強いメッセージを込めることは変わらなかった。そしてそのことは結果的にさらに素晴らしい作品群を残すことにもつながったと思う。

僕はこの作品以降のノーノの音楽を特に多くの人に薦めたい。

さて、肝心の本作品はいったいどんな音楽なのかと言われれば、それはもう聴くしかないと答えざるを得ない。しかしインターネットのこの時代、この作品全編の演奏映像が、なんとYouTubeに2本に分かれてアップされている。素晴らしいことだ。もちろん音質などの点でこの映像だけでこの作品を判断するのは好ましくないが、興味のある方は是非ともご覧いただきたい。



4/04/2010

楽園への道

このところ音楽の話題が少ないのは、また仕事の行き帰りに読書をしていたから。読んでいたのはペルーの作家マリオ・バルガス=リョサが書いた小説「楽園への道」。先にご紹介したケルアックの「オン・ザ・ロード」と同じ河出書房新社世界文学全集の第2巻である。竹之丸地区センターのライブラリで借りた。

この小説は19世紀前半を生きた女性活動家フローラ=トリスタンと、19世紀後半を生きた画家ポール=ゴーギャンのそれぞれの半生を綴った物語り。それぞれの人物が後世に名を残すことになる人生への第1歩を踏み出した時から亡くなるまでを描いている。すなわち、トリスタンは労働運動家としての行脚に旅立つその日から、ゴーギャンはパリを離れてタヒチに渡るその日から物語りが始まる。

全部で22の章からなり、フローラとポールそれぞれのお話がかわりばんこに現れる構成。物語りの途中でわかることなので、種明かし的になってしまうかもしれないが、ある程度知られた史実であるということに免じて書くと、実はこの2人は血縁関係にある。すなわちフローラはポールの祖母にあたるのだ。しかし2人の間には面識はない。

章ごとに半世紀の時間が前後し、地理的舞台も赤道と日付変更線を何度も前後する。さらにそれぞれの物語のなかでも、己の人生の前半を回想するシーンが何度も現れ、ポールの章のなかで突如として祖母フローラの逸話が語られたりする。壮大なスケールでの時間と空間を描く構成はまさに圧巻である。

本をこれまであまり読んでいなかった僕が言うのも説得力がないのかもしれないが、じっくりと時間をかけた、地道な取材と緻密な構成で描かれたこうした作品こそ、文学が本来もつべき醍醐味だろうと思う。一時の思いつきでさらりと描かれる最近の人気小説には、切なくももろい感性に満ちているが、人の心を捉えて揺さぶる力の差は歴然としたものがあると思う。

最終章で克明に描かれる2人それぞれの死に様が、異なる時空を行き来して綴られてきた2つの人生の物語りが、作品のタイトルである「楽園への道」という言葉によって、はかなくも見事に結びつけられるようで感動的だ。僕はまだ本を読んで涙を流したことはないが、ゴーギャンの命が消え入ろうとする最後のシーンでは、涙腺がうるうると来てしまった。

今回はいろいろあって2週間の貸し出し期間内に読み切ることができず、3週間お借りしてしまいセンターにはご迷惑をおかけした。ゆっくりとではあったが完読することができ、得難い感動をものにすることができたことに感謝したい。

歩く

4月に入った。桜が満開である。日曜日の今日はご近所の家族が集まり、森林公園でお花見会が催された。あいにくの曇り空で公園は少し肌寒かったが、日頃あまりお話しすることのない隣家の人たちと楽しいひと時を過ごした。

ところで、4、5日前からその気配はあったのだが、今日になって突然、子供がひとりで立って歩き始めた。午前中はまだつたい歩きの途中で距離の短いところを2、3歩歩いたりする程度だったのが、午後になると壁をつたわずにリヴィングルームの真ん中を、きゃあきゃあ声をあげながらドタドタと歩いている。これには妻も僕もちょっと驚いた。

夜には部屋の中でクリスマスに買ってあげたボールを使って、子供とサッカーのまねごとをした。ボールを蹴れるわけではないが、僕が彼に向かって蹴ってはずむボールを、彼は楽しそうにあとを追ってくる。うーん、こんなにあっという間に発達するものなのだろうか。

彼はまたひとつ前に進んだ。

3/28/2010

リセンヌ小路のゾウリカフェ

先日、和歌山に住む幼馴染みが仕事の出張で横浜にやってきた。水曜日の夜なら時間が取れるというので、少し遅い時間からだったが元町で一杯やることにした。実のところ、横浜に越してきて以降、元町で夜を過ごしたことがほとんどない。日頃歩き慣れた通り沿いで、行き当たりばったりによさげなお店に入ればいいだろう程度に考えていた。

元町で面白いのは元町商店街ではなく、その1本裏にある通りだと思う。とりわけ石川町から山手方面にのびる「リセンヌ小路」は魅力的な通りだ。子供の誕生日のケーキでお世話になったH.B.Cafeもこの通りにある。

夜の8時に駅の改札で待ち合わせ、そのままリセンヌ小路をぶらぶらして入るお店を物色した。僕はどこでもそれなりに魅力的だと思ったけど、最終的には彼の好みで欧州系の料理を出すZouli Cafe(ゾウリ・カフェ)に入ることにした。

こじんまりとした店内は若い女性の姿が目立つ。僕らは奥の低いソファー席に座った。テーブルカバーのガラスの下は細かく仕切られてアクセサリーが売られている。中年男2人にはやや場違いか。

アンティパストの盛り合わせに始まり、自慢の鮮魚や肉料理からパスタに至るまでいろいろな料理を堪能し、その美味しさにビール(なぜかドイツビールである)が次々に空いていった。最後にバーボンをロックで1杯ずつ飲んだところでお店を移ることにした。これで1万1000円である。まあリーズナブルなのではないだろうか。

次に入ったキャラクターズはその名の通りのかなりポップなカフェ。連れは完全に居心地が悪そうだったが、ここでもバーボン2杯ずつとお店自慢のスペアリブをおつまみでいただいた。しめて4000円は安い。平日の夜に久しぶりに結構飲んだが、家から一駅という近さは有難いことこのうえない。

ゾウリカフェはお昼もランチを営業しているようだったので、昨日妻と子を連れて行ってあげた。ランチメニューはパスタ、リゾット、魚料理、肉料理の4種があり、値段はそれぞれ単品で800円から1100円である。

何と言ってもおすすめは、それにプラス300円でつけることのできるランチセットで、前菜3点盛に、やわらかくて美味しい自家製パンが食べ放題、さらにデザートとコーヒーor紅茶までつく。僕はパスタを妻は肉料理を注文し、2人ともためらわずランチセットを追加した。

前回と同じソファー席で子供もゆっくりすることができた。といっても途中から店内のあちこちが気になり始め、お店のお姉さんに愛想は振りまくは、厨房に入っていこうとするはで結構大変だったが、厨房の人たち含めお店の人はみんな親切にしてくれた。料理の味も素晴らしく妻もここをとても気に入ってくれたようだ。

リセンヌ小路とそれにつながる「ひらがな商店街」には、まだまだ他にもいろいろと楽しそうなお店があるようだ。これから少しずつ探検していきたい。

3/22/2010

満1才になりました

3連休は子供の満1才のお誕生日をお祝いした3日間だった。

プレゼントは横浜ベイクォーターに新しくオープンしたアネックスで購入。ベビー用品や子供服を扱うお店が揃っている。いろいろなオモチャがあるなか、車輪付きの木製のカエルから柄がのびていて、手で押して転がすとカエルの手足を模したひも付きの玉がくるくると回転するフランス製のものがあった。何気に妻がそれを動かしてみせると子供が妙にいい反応をするので、すぐにこれを買ってあげることに決まった。


誕生日当日の夕食には、妻が子供用にカップケーキとヨーグルトとイチゴで特製ミニケーキを作ってくれて、僕のお手製パスタ(塩を入れ忘れた)と白ワインなどで乾杯。子供もいつになくご機嫌なディナーとなった。

大人用のバースデーケーキ(?)として、元町リセンヌ小路にある「H.B.Cafe」で18cmのホールケーキを注文。フルーツやクリームが満載のホームメイドケーキは食べ応えがあってとても美味しかった。これで3000円はお買い得である。考えてみれば自宅用にホールケーキを買うのは初めてのことだった。来年は一緒に同じケーキを食べられるだろうか。

いろいろな意味ですっかり子供中心の生活になった1年間。子供と妻には毎日楽しい想い出をありがとうと言いたい。これからもいろいろなことがあるだろうけど、3人で頑張っていこうと思う。

3/14/2010

ハードロックカフェ

久しぶりにいい天気の週末になった。

土曜日は朝早く起きて港の見える丘公園までウォーキング。ずいぶん朝が明るくなった。少し前までは午前6時はまだ真っ暗だったのに、いまはもう日が昇りかけている。時間は同じなのだが周囲が明るいので、ちらほらと人の姿が目に入る。実際に出くわす人の数は、たぶんそれほど変わりはないと思うのだが、あまり朝早いという感じがせず、ちょっぴり残念なような気分である。

横浜駅に最近新しくできた商業施設「横浜ベイクォーター」に家族3人で出かけて、お昼ご飯を食べた。このところ横浜のベイエリアは再び新しい商業施設がいろいろできている。来週末にはベイクォーターの別館や桜木町駅間にも新しい大型施設が開業するらしい。ますます便利に楽しい街になるのはいいが、どこかにゆとりというものをしっかり持っていてもらいたい。

明日はホワイトデーなのでこの日は僕のおごりということに(といってもひとり1000円のハワイアンランチだった)。そこここでちょっとした買い物をしながら、ジャックモールを経てみなとみらい方面まで歩いた。子供もかなり長い時間、ベビーカーにおとなしく乗ってくれるようになったものだ。

さすがに少し疲れたので、どこかでお茶を飲んで帰ろうということになった。パンパシフィックホテルのカフェは満席で入れなかった。どこかいいところはないかなと考えて思いついたのが、ハードロックカフェ横浜だった。

みなとみらいにはもう何度も足を運んでいるが、クィーンズスクェア開業当初からあるこのお店にはいままで一度も足を踏み入れたことはなかった。それどころか六本木や上野などにあるどのお店にも行ったことがない。僕にとっては初めてのハードロックカフェだった。

店内は往年のロックの名曲がPVとともに大きな音量で流れている。僕らが席に案内してもらった時には、キム=カーンズの"Betty Davis Eyes"だった。この歌は僕も好きだった。外国人の姿が目につく。午後2時を過ぎていたので空いた席もあったが、おおむね繁盛しているようだ。黒いユニフォームをたくさんのピンバッジで奇麗に飾り付けたウェイトレスさんが印象的だった。

コーヒーと何かスィーツを食べようということになり、妻のセレクトでアップルコブラーを注文した。出てきたのは大きなシナモンアップルのケーキにアイスクリームがどかんと乗っかり、さらにキャラメルソースがたっぷりかかったアメリカンスタイルのものだった。甘さも半端なものではない。でも甘いだけではなくてとてもしっかりした美味しさがある。2人で1つにしておいてよかった。

ハンバーガーなど他の食べ物も同じアメリカンスタイルで出てくる。外国人、おそらくはアメリカ人だろう、が多く訪れるのもそのあたりが大きな理由になっているのだろう。ここでロック好きの友人達と飲むのも悪くなさそうだ。

聴く音楽は、案の定ブランフォード一色になっている。気がつけば彼も50歳になる。僕は彼がデビューした頃から聴いているので、どうしても「若手」というイメージがつきまとうのだが、いまやジャズ界ではれっきとした大御所と呼んで差し支えないだろう。これまでの作品を振り返って聴いてみて、あらためてこの人の偉大さを見直した思いがした。

「古き良き」だけではない、これからも続いていくアメリカの素晴らしさを身近で感じた1週間だった。

3/09/2010

ブランフォード!

いや〜観てきました!ブランフォード=マルサリス・クァルテット@ブルーノート東京。最終日の1stステージでした。職場で知り合った音楽仲間と2人でしっかり拝ませていただきました。

陣取った席は、彼の真ん前約3メートルの位置という絶好のポジション。ピアノのカルデラッツオもほぼ真ん前で両手が丸見え。ベースのレヴィスはブランフォードの後ろにしっかり陣取り、楽器を横向きに構えるというピックアップならではのスタイル。そしてジェフ=ワッツに代わって新加入のジャスティン=フォークナーは、なんとまだ19歳という若手。

彼のことを知った時は、ワッツが見られないことが残念に思えたのですが、演奏が始まってみると、これがもうスゴい!の一言でした。ジェフにまったく引けを取らないド迫力ドラミング。確かにまだ個性的とは言えないかもしれないけど、今日日の優れた若手はこんなところからスタートするんですね。恐ろしい!

ブルーノートは各テーブルにこれまでやってきた演奏家のサインが埋め込まれているのですが、今回僕らが座ったのは、なんとあのトニー=ウィリアムスの名前が刻まれたテーブルでした。トニーがブルーノートからデビューしたのが、確かいまのジャスティンと同じ位の歳だったというのも、何か奇遇な感じがしました。

演奏曲はアンコール含め全6曲。うち3曲が最新作"Metamorphosen"からのもの。ステージに上がったメンバーは非常に和やかな雰囲気。ブランフォードはニコニコしながらアルトを手にすると、その笑顔のまんま1曲目の"Jabberwocky"がスタート。アルバムのなかでも非常に印象的なテーマなので、「おっ今回はあのアルバムの曲中心かな」と楽しみになってきました。

そして待望のテナーに持ち替えて、さあて緊張のまま2曲目へ!と待ち構えると、「ヴォ!・・ヴォ!」とテナーの低音でリズムを出したと思うと、始まったのはなんと"Stompin' at the Savoy"でした。リラックスした雰囲気のなかにも、ロリンズの様な楽しく鋭い演奏でした。カルデラッツオのピアノもダンスパーティー風で軽やか。

しかし。。。ここまでは単なるウォーミングアップの様なものでした。続いてテナーのまんまで3曲目の"The Return of the Jitney Man"へ。アルバム冒頭の印象的な曲ですが、ここでクァルテットは突然アクセル全開レッドゾーンへ突入。ブランフォード狂気の咆哮に絡み付くリズム隊、特にジャスティンがついにその本性をむき出しに、そしてそのままカルデラッツオの壮絶連射ソロへ!!! とても言葉ではお伝えできません。とにかくステージの光景すべてが真っ赤に燃え上がった20分間でした。あれを聴いてしまうとCDでの演奏のなんともの足りないことか。「あれ、もう終わり?」って感じです。

4曲目はソプラノで美しく神妙なバラード"The Blossom of Parting"。ベースの単音のイントロを聴いた時は、「おっ"Sumo"か!」と思いましたが、ちょっと期待し過ぎでした。もはやクァルテットが超真剣モードに入っているので、音数の少ないなかでいやでも緊張感の高まる演奏でした。美!

そして5曲目はアルバム"Contemporary Jazz"から"Cheek to Cheek"。テーマはやや和やかな雰囲気に戻りましたが、ああいう曲ですからやっぱりまたどエラい展開に。最後のラテンループのところで、ブランフォードがジャスティンの顔にかがみ込んで「さあ坊やソロをやってみるかい?」と言わんばかりの挑発に、ジャスティンは最初はエド=ブラックウェルみたいな連打で応えていましたが、そうそう長く続けられるわけもなく、途中でタガが外れて、あとはもう・・・ご想像ください(笑)。その場で聴けなかった皆さん、残念でした、ごめんなさい。

ここまで70分間、メンバー紹介以外のMCもない堂々たるステージでありました。最前列の端の方で聴かれていたご夫人がご気分を悪くされて退場するというハプニングの後、アンコールとしてソプラノを使った短いブルースが演奏され、見事にクールダウンさせていただきました。

この興奮を少し冷まして帰らないとなあ、ということで、冷たい細雪が積もるなか足早に表参道を後にし、2人で横浜駅を降りて西口の安い居酒屋で刺身や串焼きをつまみにラップアップ、のつもりがついつい呑んでしまいました。この夜の外は横浜もとても寒かったのですが、我々の楽しく熱い一夜は深けていったのでありました。

家族には申し訳なかったですが、これを聴きに行かせてもらって本当によかったです。パパは幸せです!

3/07/2010

軽い風邪のなかの「夜想曲集」

金曜日の朝早くに目覚めてみるとやたらと喉が痛い。痰がかなり喉に溜まっている感じで肩も張っている。熱はあまりなさそうだったが、このまま放っておくといつもの発熱パターンに発展するのはほぼ確実の様子だった。

トイレに起き上がってみると、会社に行けなくはない具合かなとも思った。だけど、前回のおなかの風邪—というか医者からは違うと言われたものの、あれはほぼ間違いなくノロウィルスだろう—の時は、隣の席に座っている同僚に感染させてしまったので、それは避けたかった。インフルエンザではないという確証もまだなかったし、やはり咳や痰や鼻水を出しながら出かけるのはよくないことだ。

しばらく布団の中で体調を感じて様子を見守り、結局仕事を休むことにした。本当はいけないのだが、部下2名に携帯メールで連絡をしただけで済ませてしまった。幸い熱が上がるなどの事態には至らず、家でじっとしているとさほど悪くはならずに済んだ。

地区センターでケルアックを返却した後に借りていた本を読むことにした。カズオ=イシグロの「夜想曲集—音楽と夕暮れをめぐる五つの物語」。ケルアックに比べれば非常に読みやすく、時間も十分にあったので2日で読み終えてしまった。内容は悪くないと思った。同時に最近評判の小説だということもよくわかった。酒に例えるなら口当たりの良さといったことだろうか。

人が生きるうえでの意識は複雑になる一方、それを表現する手段はシンプルであることが求められる。文学のたどる路はいまそういう状況なのかなと思う。音楽も一時はそうなるかもしれなかった状況にあったのだろうが、僕が知る限りでは、現在はそうはならずに着実にその世界を深めていると思う。ただそのことを知るにはその様を自身の耳で確かめることが必要なのだが。

もしかしたら文学についても、僕が同じことを出来ないでいるからわからないだけなのかもしれない。ただひとつ言えることは音楽は容易に国境を越えて伝えられるが、文学はそうはいかないということ。この違いがそれぞれの現在の状況に少なからず影響しているのは事実だろう。

文学もこれからしばらくして(おそらくは電子書籍が普及するにつれて)急激に同じ方向に進むのかもしれない。だがもう一方で世界の言語が表現上の共通項を奥行きを同時に拡げるというのは、なかなか容易なことではないかもしれない。そしておそらくはそれを補うものとして、音楽や映像といった普遍性を持つ表現があるのだろう。だとすれば小説というものの将来はやはり厳しいということになるのだろうか。

僕も小説を書いてみたいと思ったことがこれまでにも何度かある。誰でも一生に1つは優れた小説を書くことができると誰かが言ったそうだが、それはわかる様な気がする。ベースのソロ演奏もまとめてみたいけど、何か書くのも悪くない。もちろんこのろぐもそのひとつではあるが。

2/28/2010

記念撮影

子供の満1歳の誕生日が近づいてきたので、近所のフォトスタジオで記念写真を撮ってもらいました。

たまたま妻の知人から評判を聞いていたライフスタジオという写真館の横浜店が自宅のすぐ近所にあり、誕生日が近いこの時期にキャンセル待ちを申し込んでいたところ、昨日の土曜日の夕方に連絡があって、急遽日曜日のお昼に撮影と相成りました。

アットホームな雰囲気の中にも、いろいろと工夫を凝らしたスタジオがいくつか用意されていて、スタッフの方々の応対も素晴らしくとてもいい記念撮影になりました。




2/27/2010

降臨から瞑想へ

前回の音楽でコルトレーンのことを書いたが、案の定、最近は彼の演奏を楽しんでいる。中心にあるのは"Major Works of John Coltrane"という2枚組のCD。これは、"Ascension", "OM", "Kuru Se Mama", "Selflessness"という、インパルス時代の中期にリリースされた4枚のアルバムからそのタイトル曲をひとまとめにしたもの。どえらいヘビーなセットだ。

僕はもうインパルス以前のコルトレーンはほとんど聴かない。いまでも時折聴きたくなるのは、ブルーノートの"Blue Train"くらいのもの。プレスティッジの作品は早々に色褪せてしまったし、アトランティック時代の作品は、彼が次々にステップを登る様を見るようで悪くないのだが、やはり続くインパルスに向けた身繕いといったところで、どうしてもそちらの方に手が伸びてしまう。

コルトレーンのインパルス時代は3つに分けられると思う。

前期はエルヴィンやマッコイ等とによるいわゆる「黄金のクァルテット」によるもので、"A Love Supreme"までがそれにあたる。一方の後期はというと、エルヴィンとマッコイが退団してしまって以降亡くなるまでの作品がそうで、"Live at the Villege Vanguard Again"から"Expression"がそれにあたる。そして、この2つのユニットの間にあるのが中期ということになり、作品では"Ascension"から"Meditations"までということになる。

中期の特徴を要約するなら、前期を代表するリズムセクションのエルヴィンとマッコイがいる一方で、ファラオをはじめとする後期の音楽性を代表する新しい若手がいるということ。当然、音楽にはフリーの色彩が強く出てくるのだが、黄金のクァルテットを土台にしているので、全体としては従来の安定感の上に新しい音楽が開花しつつあるという、満開前の梅や桜の様ななんとも微妙な色合いの音楽になっているのが魅力である。

今回、久々にこれら中期の代表作品(果たしてこれを"Major Works"と言ってしまっていいものなのかは意見が分かれるところだと思うが)をまとめて何回か聴き直してみた。

先ず"Ascension"は2つのテイクが収められているが、コルトレーンが当初何を迷って最初のテイクをリリースしたのかわからない。僕の耳にはリリース直後に差し替えられた2番目のテイクの出来が圧倒的にいいのは明らかだ。

ソロの口火を切るトレーン自身の演奏は確かに甲乙つけがたいものがあると思うが、それ以降の音楽の流れ、例えば集団即興とソロの受け渡しや、各人のソロ演奏の出来については、最初のテイクではメンバーがまだこのアイデアを十分に消化できてない感がある。結果、音楽の勢いやパワーにおいて2つのテイクにはかなりの差がある。僕のiPodからは最初のテイクはすでに消去した。

次に"OM"と"Kuru Se Mama"だが、ジュノ=ルイスの詩の朗読を入れてその世界を音楽で体現する試みは、残念ながら僕にはあまりピンと来ない。トレーンやファラオの叫びはそれなりの音楽として聴けるが、音楽のスタイルとしてこういう形でなければならない必然性の様なものがわからない。言葉の意味というか詩の魂が直接的に伝わってくるなら、また異なる感想があり得るのだろうと思うが、器楽音楽の観点からしか受け止められない身には、少々辛い音楽と感じる。

一方、これまであまりまともに聴いてこなかった"Selflessness"は、意外にも素晴らしい作品だということがわかった。コルトレーンらしい美しい旋律をテーマに、ファラオとギャレットを従えた3人のサックスがソロを折り重ね、途中マッコイの見事なソロを経ての3人の集団演奏もこの時期のサウンドとして完成された感がある。これは間違いなく中期を代表する演奏の1つだと思う。

とまあ、ここまで聴いてくると同時期の他の作品もどうしても気になってしまう。いつものコルトレーン病を発症してしまったわけだ。"Live in Seattle"と"Meditations"を改めて聴き直す。

前者はかなり荒削りな印象があるが悪くない。30分を超える大作"Evolution"は素晴らしい名演。途中のトレーンのソプラノソロは他の演奏にはない独自の雰囲気があり、この時の彼の状態を考えると興味深いものだがある(後に現れるギャレットの肉声による叫びは確かに怖い)。その前に置かれたギャリソンとギャレットによる長いベースソロが楽しめるのも僕には嬉しい。

そしてやはり中期の最高傑作は"Meditations"だと思う。ラシッドの参加がエルヴィン脱退のきっかけと言われるなど、いろいろと曰くのあるアルバムだが、音楽の完成度はあの"A Love Supreme"に匹敵するほどずば抜けて高いものだ。大学生の時に初めて聴いて受けた衝撃は、25年たったいまでもいまもそっくりそのまま覚えている。まったく見事な作品だ。

こうして聴いてみるといずれも非常に重みのある見事な作品ばかりで、あらためてトレーンの素晴らしさを実感する。確かに重い音楽だが決して難しいものではないと思う。僕はこれからも折にふれこれらを聴いていくことになるだろうし、このろぐであれ他の何をきっかけにしても、できるだけ多くの人にこれらの作品が聴かれることを切に願う。

2/24/2010

オン ザ ロード

ジャック=ケルアックの小説「オン ザ ロード」を読み終えた。いまは本当に感動と充実の気持ちで一杯だ。まったく素晴らしい作品。

先の「キャッチャー イン ザ ライ」も良かったが、時間と空間の圧倒的なスケール感、そして登場人物たちの感情の豊かさや破天荒振りなど、僕という人間の欲望の根底に激しいビートとして響いてきた。憧れであり疑似体験であり慰めでもあった。

今回読んだのは図書館で借りた河出書房の新訳版。以前に従来訳の文庫版を読んでいたので2回目ということもあるのかもしれないが、新訳はとても読みやすかった。1ページ目から作品の世界に引き込まれる感覚があった。退屈さを感じる部分はまったくなかったといっていい。さすがに老舗出版社が意を決しただけのことはある。素晴らしいことだ。

400ページ以上もあるハードカバーを、毎日通勤バッグに携え、行き帰りの電車の中で読んで、時には家で夜にお酒を飲みながら少し読み進めた。貸し出し期限ぎりぎりの2週間きっかりで無事読み終えることができた。小説はいいものだ。僕はやっぱり翻訳文学が好きなんだろう。

主人公のサル、そしてディーンをはじめとする親友達、ロードの行きずりに出会う人々。こんな時代はもう来ないなどと思ってはいけないなと感じた。それこそ人々が忘れてはいけない希望であり憧憬なのだと思う。

論に囲まれ険しくなる人の生き様を突き進む原動力、それを大切にしなければならない。単純にハチャメチャがいいとかいうことではない。登場人物たちはエネルギッシュな行動と衝動の一方、驚くほど繊細で深い洞察力にも溢れている。

いま僕の身の回りに起こっているいろいろなこと、それらを受け止めるための心構えのひとつとして、こんな考え方や生き方そして時代もあるんだよということが、とても心強いものに感じられた。

いい時にいい本を楽しむことができた。

2/21/2010

お風呂で初潜り

子供をお風呂に入れるのはいまのところもっぱら僕の役割になっている。ベビーバスを使っていた2ヶ月目くらいまでは、妻と2人でわいわいやっていたのだが、バスが小さくなってくると、ちょうど夏場に入るところだったのもあって、風呂場に小さなスポンジマットを敷いて、シャワーで身体を洗ってあげていた。この頃から入浴は僕の担当になった。

離乳食を始めると食事の時間というのを決めて、生活のリズムをもたせるようにしたほうがいいということで、お風呂の時間もだいたい午後9時前くらいに落ち着いてきた。8時半頃に先ず妻が先に入浴し、その後僕が入って途中でこどもを受け取って洗ってあげるわけだ。

仕事で帰りが遅くなるお父さんのなかには、なかなかそういう機会がないとか、なかにはそれは自分の仕事ではないと考える人もいるらしい。僕の場合はこちらを優先して生活しているので、お風呂だけはなんとかいっしょに入りたいという一心で、仕事や飲み会はそこそこに途中で放って帰っている。おかげで妻の負担も少しは軽くなるようだ。

秋になってシャワーでは寒い気候になってくると、湯船にお湯を張って入れてあげるようになった。お風呂が苦手な赤ちゃんも多いと聞くが、幸いなことにうちの子は基本的には好んでいる様だ。頭と顔を洗うときに泣くのはどこでもそうだろうと思う。石けんをつけたままの顔を手で拭って目に入り大泣きするのは毎度のことである。

冬になるとゆっくりあったまってもらわないとカゼをひいてしまうので、湯船におもちゃを浮かべて少しでも長く浸からせる様にした。おもちゃといっても、使わなくなったスヌーピーの絵が描かれたプラスチックのコップだったり、使い終わったお好み焼きソースの容器を洗ったものだったりする。これはなかなか効果がある。おかげでお風呂は楽しいひとときである。

そんな昨日のお風呂の時間、いつかはそういうことにもなるだろうと思っていたことが突然起こった。身体を洗う前に湯船につかってあったまっていたのだが、浴槽内にある小さな段に座らせて遊んでいた子供が、少しずつ前に出てきていることに気づかず、突然座ったままの姿勢で潜水してしまった。頭のてっぺんから5cmくらいの深さまでどっぷりと。

すぐに引っ張り上げたので大事には至らなかったが、てっきり大声を張り上げて泣くのかと思いきや、単にびっくりした様な顔をしてきょろきょろするだけで、「うわあ、びっくりしたね〜」と笑いかけると、彼の方もさも楽しそうに笑い出したのである。一緒になって僕も笑ったのだが焦り隠せるわけもなく、浴槽の中にもかかわらず一瞬ブルッと震えてしまった。

気がつけばもう11ヶ月目に入った。あとひと月で満1歳である。早いものだとは思わない。これが時間というものだ。今日入浴前に体重を測ったら10.6キロあったそうだ。とうとうハイハイはせずに不完全なつかまり立ちをはじめ、椅子やテーブルなど低い家具の周りを危なっかしげにつたい歩きする様になった。

僕らはまだまだいっしょにお風呂に入ることになるだろう。

2/14/2010

ボビーのワイズワン

久々の読書を挟んで、音楽の方はようやくエヴァンス一辺倒から抜け出した。またいろいろなものを聴くようになった。その中から、先日iTunes Storeで購入した作品を1点ご紹介したい。ジャズ ヴァイブラフォン奏者のボビー=ハッチャーソンの新作"Wise One"だ。

タイトルからしてコルトレーンへのトリビュートものとわかるのだが、収録の9曲すべてがコルトレーンのアルバムに収録されているナンバーというのも、かなり気合いの入れようである。僕が知る限り、ボビーとトレーンが直接共演した記録はないと思う。だけど彼の演奏にコルトレーンの影響があるのは明らかだと思う。彼がトレーンに抱いている想いがこの作品というわけだ。

上京してまだ数年のころ、ブルーノートにシダー=ウォルトン(だったと思う)のグループを聴きにいき、その時のゲストがボビーだった。同じ会社にいた大学の後輩の女の子を誘って行ったと記憶しているが、僕の目当てはボビーの演奏を生で聴くことにあった。

「ボビー=ハッチャーソンっていう鉄琴を演奏する人がゲストで出るんだよ」と同行者に説明すると「てっ、テッキンって、あの鉄琴ですかあ?」と不思議そうな顔をした。それはそうだ。多くの人にとって鉄琴は学校の音楽室にある木琴の親戚程度の記憶でしかない。

予想通りというか興行主の思惑にハマったというべきか、シダーの渋い地味なピアノに対して、ボビーのマレットさばきは何とも華麗なものだった。これには彼女も本当に目を丸くしていた。

彼の音楽遍歴は、ブルーノートレコード4000番台の歴史といっても過言ではない。"Happenings"や"Components"などの代表作に加え、様々な作品にサイドマンとして参加している。1980年代にも先にご紹介したトニーの新生ブルーノート第1作"Foreign Intrigue"のなかの"Life of the Party"で目の覚める様なソロを聴かせてくれる。

あまり数は多くないが、僕が一番好きなヴァイブ奏者はボビーで、あとはウルトラテクニシャンのマイク=マイニエリがお気に入りというところだろうか。大御所ミルト=ジャクソンはMJQの演奏しか知らないのだが、クラシックの室内楽みたいなお上品さがどうもあまり印象に残らない。ゲイリー=バートンも上手いとは思うがそれ以上の何かを催すことがない。どうしてこうなったのかはわからないが、これが僕のヴァイブラフォン体験の現状だ。

今回の作品では、ボビーは特に気負うでもなくトレーンゆかりの作品を丁寧に演奏しているという印象だ。もう70歳に近いはずだが、こうして元気な演奏が聴けるのはうれしい限りだ。先に紹介したECMの"Mostly Coltrane"の様なモダンな解釈もなく、ひたすらボビーの色で描いてゆく。そこがとても気持ちいい。

結局、僕はいまだにトレーンが大好きなのだ。

どうやらまたまたコルトレーンの波がやってきそうな予感がする。ちょうど仕事も面白くないところなので、せめて音楽では自分の心底にあるものをしっかり楽しんでみたい。結構なことだ。

Bobby Hutcherson - Wise One Bobby Hutcherson - Wise One iTunes Storeでダウンロード

2/11/2010

ヘイリーさんからコメントをいただきました

今年1月12日に書いたろぐ「ヘイリー=ローレンの歌声」(元々「ハリー=ローレン」と書いていましたが、正しくは「ヘイリー」と発音するのだそうです)に対して、なんとヘイリー本人(正確には日本語ができるスタフを介して)からコメント寄せられた。ちょっとビックリです。ありがとうございます。

Facebook・・・そろそろ始めてみようかなあ。

キャッチャー イン ザ ライ

先週買ったJ.D.サリンジャーの"Catcher in the Rye"(村上春樹訳版)を読み終えた。週末から読み始めて、熱海の旅館や通勤電車の中で少しずつ、決して速くはない僕の読書スタイルで着実に進んでいき、それでも祭日だった今日の午前中でようやく物語は完結した。

僕が海外の小説に興味を持った(半分は格好だが)高校生の頃から訳本は出ていて「ライ麦畑でつかまえて」という何とも不思議なタイトルは、興味をそそるには十分だった。だけどなんとなくそのタイトルから、恋愛小説のような内容を勝手に想像していたまま30年が経過してしまった。結果的にそれを読むことになったのは、サリンジャー氏の訃報に触れたことがきっかけだった。

村上が翻訳を手がけたことで大きく話題にはなったのは知っていたが、タイトルが原題をカタカナに置き換えただけのものになっていたことで、ああそう言うタイトルだったのねと思っていた。今回、本を買って読んでみようかと思って、アマゾンのレビューを眺めて思ったのは、どちらの訳がいいかというような議論が出ていて、なんだそういう論争もあるんだなと思った。

僕は村上の作品が好きだったし、新しい訳の方が感覚に合うんじゃないかな程度の思いで、サリンジャーの世界を楽しむ通訳として彼を選んだ。野崎訳を読んでいないことも幸いしてか、そういうことは何も気にならなかった。肝心なのは作者の世界なのだから。

感想としては、とても面白かった。読み始めてすぐ彼ーホールデン=コールフィールドの世界に引き込まれた。何度目かで高校を退学になった16才の少年が過ごした数日間の「物語り」。おそらくは作者自身の個人的体験をもとに書かれているのだと思うが、こういう若い感覚は60年前と意外に変わっていないんだなと思う。草食系だとか、20年前は携帯電話なんかなかったとか、そういうのは表面的な話だ。

主人公ははっきりいってろくでなしだ。何かについて感じるなら、9割がたはこっぴどくけなしてしまわないと気がすまない一方で、表向きは時にとても他人に気を遣う。僕自身はホールデンをろくでなしと思ったが、もちろん魅力的な側面もたくさん持ち合わせている。物語りを通じたほんの短い期間でも彼はちゃんと少しずつ成長している。

小説は個人的なものだからその主人公は常に正当でヒーローである、と考えるのは間違いだろう。ジョン=レノンを射殺した犯人がこの本を所持していたことが話題になったが、なかにはそういう読み方をする人がいるのは不思議ではない(彼が自身をホールデンと重ねていたかどうかは知らないが)。それはパンクロックの歌詞を鵜呑みにして本当にクスリをやるか、それともクスリの代わりにパンクロックを楽しむかの違いの様なものだろう。

ろくでなしと書いたが、僕自身はホールデンに共通する部分は多いと思う。それがまともなのかどうかはわからない。でもだからこそ、僕はこの小説にすっと引き込まれたのだと思う。

それにしても思ったのは、やはりタイトルは原題カタカナの方がいい。それじゃ何のことかわからないよという意見もあるかもしれないが、「ライ麦畑で・・・」は明らかに意訳だし原題の意味を狭めてしまっている様に感じる。

村上自身もタイトルのことでは少々悩んだのではないかと思うが(それが翻訳を手がけるきっかけだったのかもしれない)、ライ麦とは何かということを深く考えなければ(実際にその必要はない)、さほど難しい英語ではないしこうするのがより現代的だと思う。これからは「至上の愛」ではなくて「ア ラヴ サプリーム」、(名訳だとは思うが)「狂気」ではなく「ザ ダーク サイド オヴ ザ ムーン」でいこう。

久々の読書だった。これを機に少し小説を読んでみようかな。

2/08/2010

ワインブームの一方で開かれた3つの飲み会

先週末に参加した合宿研修の懇親会で、他の参加者たちがワインを美味しそうに飲んでいた。僕はその日遅くに帰る予定でいたので、あまり深酒は慎もうと遠慮したのだが、帰りにホヤの薫製を買ったりしながらも、ずっとワインそれも赤ワインが気になって仕方がなかった。

これまで僕はそれほどワイン好きではなかった。自分ひとりで飲むためにワインを買ったことは一度もないはずだ。もっぱら来客用にとか妻と食事しながら飲むつもりで買うのがほとんどだった。ワインの味や風味が気に入らないのではなく、ワインについてくる理屈が嫌いなのだろう。

結局、日曜日の夕方にどうしてもその晩ワインが飲みたくて、駅の近所まで買いにいってみたのだが、当てにしていたクリスマスにお世話になったイタリア総菜店が閉まっていたので、しかたなくコンビニで980円のオーストラリア産のシラーズというブドウの赤ワインを買った。これが結構イケたのだ。

いまはさすがに1晩でボトル半分がいいところだ。なので1本あれば2晩楽しむことができる。音楽は相変わらずエヴァンスを聴くことが多かった。まあ何度も書いたらくどいので今回はやめておく。

それが無くなったら今度は同じコンビニに売っていたもっと安いプライベートブランドのカヴェルネソービニオンを飲んでみた。600円だったので前のものに比べるとそれ相応の味だったが、決して悪くはなかった。どうやら僕にとっては、自分で飲むワインに1000円以上は払わないということをモットーにしてもよさそうな気がしてきた。結局、この土曜日にもまたスーパーで950円のアフリカワインを買った。

さて独りでワインを楽しむ一方で、今週は3回の飲み会があった。これらはいずれもワインとは縁がない飲み会だった。先ず最初はイタリアに住む大学時代からの友人との飲み会。田町のホルモン屋(彼が仕事の拠点にしているミラノとブリュッセルでは食べられそうにないものを食べさせてあげたかった)でビールとホッピーを飲み、そのあと馴染みのバプでイギリスのビールを2種類やった。

家族の近況に始まり、仕事の話からこれから時代はどうなるのかねえとなって、しまいにはいつもの様に音楽の話で盛り上がった。彼との待ち合わせ前に、書店で拾い読みしたあるビジネス書がなかなか面白かったので、彼にはそれを薦めておいた。僕も買って読もうかと思っているのだが、結局2日後に次の飲み会の前に立ち寄った渋谷の書店で買ったのは、もうひとつ気になっていた本である、村上春樹訳の「キャッチャー イン ザ ライ」だった。

ワインといい本といい、いままであまり嗜まなかったものに手を出す僕。何かが変わろうとしているのだろうか。それでもやはりビジネス書の書棚は何度その前にたっても気分が悪くなってくる。背表紙や帯に書かれているくだらない宣伝文句が、まるで歓楽街で大勢の客引きのなかでもみくちゃにされているかの様な気がする。

僕が気に留めている本は少しはマシな内容そうなのだが、やっぱり書棚の雰囲気が購入を思いとどまらせてしまった。その点、小説の方も状況は多少共通するものであるが、こちらは悪質な客引きというよりは、決まり文句を繰り返すだけであまり狙いを定めずにきょろきょろしている呼び込みという感じであって、比較的無視したり振り払うのは容易い。

実は同じ書店(パルコの地下にある)でこの日は子供のために絵本を1冊買ってあげた。「たいようオルガン」という子供向けとするだけにはもったいないくらい絵が奇麗なものだったので、つい買ってしまったのだ。これもワインの所為だろうか、たぶん関係ないだろう。

本のことはまた後日。

この夜は翻訳会社の幼馴染みの推薦で、道玄坂にある和歌山県出身の人がやっている魚料理のお店で一杯やることになった。カウンターだけの狭いお店で、自慢だけあってお魚はなかなか美味しいものを揃えてある。ただ渋谷らしくお店がせまいので、となりに座ったカップルの女性客が、僕らが話す関西弁にいちいち興味を持ってくるのが、いやでも気になってしまった。

彼とも家族の話から始まり仕事の話になって、途中もう1人の幼馴染みでいま和歌山に住んでいる男に電話をかけて「いまからおいでよ」といわんばかりの少々イヤミに雰囲気だけを聞かせたりしながら、やがて音楽の話になった。そこで僕の提案でお店をかえて、以前から一度行ってみたいと思っていた百軒棚のロックパブ「BYG」に移動した。彼には以前六本木のバウハウスを紹介してもらっているので、今回はそのお返しである。

木造の古い建物のなかが壁が釘かなにかで引っ掻いて描いた落書きだらけだった。僕らが入った時は半分も埋まっていなかった座席は、9時を過ぎたあたりから一気に満席になった。ちゃんとお客に聴かせる目的で流されるロックに身をゆだねて楽しむお酒はもちろん悪くなかった。ジミヘンがかかったあたりでお互い一気に酔いが回った。

最後まで空いていたとなりのテーブルに、金融機関の管理職みたいなスーツを着た男と、ずいぶん年の若くて短いスカート姿の女性のカップルがやってきて、並んでいちゃつきながら飲み始めた思ったら、ジミヘンの長いソロが終わらないうちに1杯だけで楽しそうに店を出て行った。同伴なのかホテルにでも行ったのか、まあおそらく前者だろう。

さて、3つめの飲み会は日曜日の夜、熱海の温泉宿の部屋だった。前の流れからしてこう書くとずいぶん怪しげだが、相手は妻である。実は月曜日に仕事はお休みをもらって、家族3人で日曜から1泊で熱海の温泉旅館に行ったのである。帰省を別にすれば家族3人初めてのお泊まり旅行である。

旅の詳細はまたあたらめて書いてみたいが、心配された子供の方はずいぶんいい子でいてくれて、さほど手もかからぬうちに先に妻の布団ですやすやと眠りについてくれた。あらかじめ駅前のコンビニで買ってあった酒を、隣の小部屋に移って2人でのんびりと飲んだ。妻は梅酒ソーダで僕はワンカップの日本酒だった。

子供の寝顔を眺めながら2人でささやきで会話をしつつ、ちびちびと飲むお酒。妻と酒を飲むのは本当に久しぶりだった。別になんという会話があるわけではないのだが、そこはやはり夫婦の様な人間関係でしかあり得ない様な、特別な飲み会なのである。なによりも妻の「あ〜ちょうど梅酒ソーダをゆっくり飲みたかったんだよなあ」という満足そうな表情が、この時間の貴重さを象徴していた。おかげで僕もこんなに引き延ばして飲んだことはないというほど、ゆっくりとワンカップをやった。

旅行は大満足のうちに終わり、またいつもの生活に戻って僕は1日遅れで月曜日の夜にろぐを書いている。これから土曜日に買ったアフリカワインの残りをやろうと思う。音楽はマイルスの「キリマンジャロの娘」。お疲れさまでした。

1/31/2010

ほやの薫製

この土曜日は仕事で参加している団体の研修があり、土浦にある某生活用品の企業が運営する研修センターに日帰りで出かけた。自宅がある山手から、京浜東北線で上野まで行って、そこから常磐線の特急列車で45分行くと土浦に着く。そこから送迎バスで20分程走った、霞ヶ浦の湖畔にその施設はある。

本来は合宿研修なのだが、翌朝朝食を食べたら解散ということを聞いて、週末2日がつぶれるのはいやだなと思い、土曜日の懇親会が終了したらすぐさま帰宅するというプランを強行することにした。朝8時に自宅を出て、家に帰ったのは夜の11時だった。

なかなか楽しめた研修だった。プレゼン大会で僕のグループが1位になり、商品のドンペリを生まれて初めて(少しだけだが)飲んだ。モエ・シャンドンをもっと研ぎ澄ましたような、まろやかな味わいだった。

ところで、行きの常磐線特急列車のなかで、下車間際に車内販売でやってきたワゴンのなかに「ほや」と書かれたキャラメルの様な箱を見つけてとても気になっていた。帰りの列車でもやはりワゴンが回ってきたので注意深く観察するとやはりそれはあった。僕はすぐにワゴンを押す女の子を呼び止めて尋ねた。

「すいません、(箱を指差して)これは一体なんですか?」
「え?あ、あの、こちらは『海のパイナップル』と呼ばれているものでして・・・」
「ええ、ホヤでしょ、知ってますよ。それでこれはそのホヤをどういう風にしているものなんですか?」
「(箱を手に取り何か答えがないかと捜しながら)ええ、あのこちらは『海のパイナップル』と呼ばれているものでして・・・」

このお嬢さんはホヤが何であるか知らないらしい。これ以上問うてもかわいそうなだけなので、僕は320円を支払ってそれを買った。どうやらホヤの薫製らしい。

家に帰って食べてみたが、これがなかなか美味しかった。確かにあのホヤ独特の風味はあるが、薫製にすることで臭みの様なものはかなり抑えられて、代わりに甘みが出てまるでウニの様な味わいである。

少し調べてみると、三陸方面では結構ポピュラーな産品らしい。初めて食べたのだがなかなかの珍味である。ドンペリと並んで休日出張の意外な成果であった。

エヴァンスの話をもう少し

予想通り、この1週間は明けても暮れても、前回ご紹介したエヴェンスのライヴ盤をひたすら聴きまくった。たぶん全体を通して10回は聴いたはず。そうして見ると、演奏は時を追うごとに凄みを増していくのがよくわかる。5枚目6枚目になってくると、それはそれは凄まじいエネルギーである。

ラストの"My Romance"は演奏が終わっても熱の冷めやらぬエヴァンスが、クロージングテーマで演奏する"Five"をそのまま次の演奏曲としてなだれ込んでしまい、テープが足りなくなると判断したエンジニアが、やむなくフェードアウトする様で終わる。本来なら不満の残る終わり方だが、何か「この凄まじい演奏は永遠に続きましたとさ」と思わせるようで、それさえも許せてしまう気分だ。

ここまで来ると、このトリオに対する興味は否が応でも高まる。このトリオでの他の作品といえば、過去にご紹介した"Paris Concert"の他に、死の2週間前に収録されたキーストンコーナーでのライヴ盤がある。このときの録音は2種類のCD8枚組で発売されている。しかし、僕はこのセットは買わない。

確かに聴いてみたい気はするが、既に多くのレビュー等で書かれている通り、演奏時のエヴァンスの状態はかなり悪い。当初はその中から厳選した演奏がアルバム"Consecration I, II"という2枚にわけて発売されたが、2000年以降8枚組のボックスセットが相次いで発売された。

そのことを知ったベーシストのマーク=ジョンソンは「反則だ」と叫んだという。案の定、世の中には「自らの死を予感したかのような鬼気迫る演奏が感動を呼ぶ」とかいった、宣伝文句やレビューが溢れている。僕は正直なところあまりそれを信用する気にはなれない。

こういう作品のことで僕の脳裏を横切るのは、チャーリー=パーカー絶不調時の演奏で有名な"Lover Man"とか、ディープ・パープル最後の日本公演時における、トミー=ボーリンの悲惨なギター演奏を収録したライヴ盤といったものだ。最近では少し前に触れたスタン=ゲッツの"People Time"のコンプリートセットもそうだと思う。

もう何度も書いていることだが、アーチストの意向を無視して発売された音楽には気をつけなければならない。それが死の直前の演奏だとか、ある種の苦境に苛まれている時の演奏であれ、アーチストにとって満足のいくものであれば構わないが、多くはアーチストのコントロールが及ばない状況で、権利者とある種の取引の結果として発売されるケースがほとんどである。

そして、そういう演奏を売り込む手段として、お涙ちょうだい的な文言が飾り立てられることになる。確かにその話を聞いて演奏を聴けば、そういう気持ちになることができる場合もある。そこに芸術本来のものとは別の種類の感動が生まれることも否定はしない。

しかし、確実に言えるのはそうした音楽は決して長く顧みられることはない。つまり、買った人の元でも結局は「お蔵入り」になるのである。それらはパフォーマンスでありドキュメンタリーなのだから。

ちょっと話題がそれてしまったが、僕はとりあえずこのトリオのライヴ映像を収録したDVDがあったので、それを注文することした。内容が素晴らしければまたこのろぐでご紹介したいと思う。

いまもこれを書きながらその演奏を聴いている。エヴァンスがこのトリオを当時から20年前のトリオに引けを取らないとした言葉は、ますます強く実感される。本当に素晴らしい演奏だ。来週もまだ十分楽しめるような気がする。「聴かずに死ねるか」とは、まさにこういうアルバムのことを言うのだろう。

(追記)
文中で触れたディープ・パープルのライヴアルバムは、最近になってサウンド面での問題とドキュメンタリーとしての本来の内容(往年のヒット曲ではない当時のバンド本来のレパートリー)を復元することで、一定の評価を得るものとして再発されていることを知った。しかし、それとてトミー=ボーリンの意志には反したものであることには変わりないだろう。

1/24/2010

これがビル=エヴァンスだ!

おかげ様でお腹の風邪はすっかりよくなりました。子供もまだ少し便通が緩い状態ですが、食欲の方も少しずつ取り戻しています。ご心配おかけしました。

年始にディスクユニオンの買取キャンペーンがあるというので、正月休み明けから妻と子が広島の実家に帰った間にせっせとCDの整理を行い、ジャズ関係のものばかり130枚くらいをまとめて処分した。

査定結果は6万円と少し、まとまったお小遣いとしては悪くない結果だ。やはり買取の事情も確実に変わってきている。全体的な査定水準が下がってきているし、フュージョン色の濃いもの(例えばブレッカー・ブラザーズ・バンドなど)は買取を断られるようになった。

もちろん、いまもっているすべてをいずれ手放すというつもりは毛頭ない。一時期、興味の赴くまま手当り次第に蒐集してきたもののなかから、印象が薄いものや完全に興味を失ったものなど、僕にとって価値が無くなったと思われるCDをリサイクルするということだ。

そんな「この先もうあまりCDを購入することはないのかなあ」、という雰囲気が充満するなかにあって買ってしまった、僕にとって「最後の箱モノ」になると思われる作品を今回はご紹介したい。ジャズピアニストのビル=エヴァンスが最晩年にヴィレッジヴァンガードで行った演奏をCD6枚組にまとめた、"Turn Out the Stars: Final Village Vanguard Recordings"がそれである。

「ビル=エヴァンスの最高傑作は?」の問いに、リヴァーサイドに残されたラファロ、モチアンとのトリオによる一連の作品、とりわけ"Portrait in Jazz"と"Waltz for Debby"をあげる向きはいまも圧倒的に多いと思う。

もちろん僕自身も少し前まではそう信じていたのだが、今となっては、エヴァンスの黄金期は、マーク=ジョンソン、ジョー=ラバーベラとの最後のトリオだというのが僕の考えになっている。これは以前このろぐで"Paris Concert"をご紹介した頃からそう思う様になったのだが、今回改めてこのボックスセットを聴いてみてその思いはさらに確たるものとなった。

エヴァンスの音楽を、ラファロの死で進化の時間が止められてしまったかの様に考えるのは、彼に対して失礼だ。その後本当にいろいろなことが彼の人生には起こるが、ピアノを追求し続けるなかで再び訪れた大きな巡り合わせが、この素晴らしいトリオだと思う。

残念ながら、ラファロ、モチアンの次に人気が高い(と思われる)ゴメス、ディジョネットとのトリオによる作品、例えばお城のジャケットで有名なモントルー・ジャズ・フェスティバルでのライヴ盤も、このトリオの演奏の前にはかすんでしまう。おそらく次にCDを処分する機会でおさらばとなるだろう。

"My Romance"や"Autumn Leaves"、"Nardis"といった往年のレパートリーから、"Theme from M*A*S*H"など最新のものまで、とにかく強力にドライブするトリオ演奏はただただ感動的である。これこそがビル=エヴァンスだ。

断っておくがこれはいわゆるコンプリート盤の類いではない。4夜に及んだ演奏のなかから選りすぐりのテイクを集めたらCD6枚になったというものであり、まったく無駄のない内容である。当初高価だったこのセットも今回は非常にお求めやすい値段で復刻されている。少しでも興味のある方は、この機会に是非聴いてみて欲しい。

1/19/2010

おなかのカゼで総倒れ

先週もいろいろなことがあった。ご紹介したい音楽もタマったまんま。しかし・・・。

日曜日の夕方から家族揃っておなかにくる風邪に罹ってしまい、一家総倒れとなってしまった。一番症状の軽かったのは僕。一番重かったのは(たぶん)妻だった。妻が満足に活動できなくなると、それはそれは辛い状況である。

本能の赴くままの子供は、容赦なく吐くわ下痢をするわで、わずか2、3時間であっという間に2日分くらいの洗濯物の山ができあがってしまった。離乳食を始めて以来、久しく見ていなかった軟らかいウンチ。成長して量が多くなったからか、簡単にオムツから溢れ出してしまう。やれやれ。

結局、月曜日は仕事を休んで家族3人で病院へ。ノロウィルスとかインフルエンザではないとわかって少し気が休まった。それでも家に帰ると大人2人はしっかりと発熱。結局子供が夜にミルクを少し飲んだ以外は、家族揃ってお茶とかスポーツドリンクを口にしただけで、あとはひたすら眠った。

親2人とも子供を抱っこするのが少々つらい。僕の体重は2日前に比べて1.5キロ減った。絶食の効果は凄まじい。幸いにして子供はお腹の調子が悪い以外はいつもとそれほど変わらずに、笑ったり泣いたりしているのだが、心なしか子供も少し軽くなった様に感じられて、やっぱりかわいそうになってくる。

火曜日の今日も仕事はお休み。熱はだいぶん下がり、昼にはようやく食欲らしきものがでてきた。しかしまだお腹はきゅるきゅるなっていて便通らしいものがない。朝昼おかゆと梅干しで過ごし、果たして夜は何を食べられるのか。そろそろうどんでも食べたいなあ。

とまあ、こんな状況でありますので、今回のろぐはここまで。

1/12/2010

ヘイリー=ローレンの歌声

今回はヘイリー=ローレンという女性ヴォーカルの作品をご紹介。

昨年の秋頃だったか、ディスクユニオン新宿ジャズ館のブログで紹介されていたのが気になって購入した。買ったといっても残念ながらユニオンでは既にCDは売り切れ、アマゾンやアランの店でも状況は同じだった。そしてたどり着いたのが、アップルのiTunes Storeだった。思えば、これが僕にダウンロード販売への改心を決定づけた作品だった。

これは2008年発表された2枚目のアルバム。ヘイリーはピアニストでもあるのだが、本作品ではヴォーカルに専念して、オリジナルやスタンダードソング14曲を歌っている。スタンダードは"God Bless the Child"や"As Time Goes By"のようなものから、オーティス=レディングの"The Dock of the Bay"やプロコルハルムの"A Whiter Shade of Pale"といったものまで様々であり、察するところ「私の大好きな歌のアルバム」といった趣向である。

どちらかというと個性の強い作品ばかりなのだが、いずれの曲もさらりと歌ってのける風に仕上がっており、それでいて不思議と印象に残る。決して彼女の歌声に際立った強い個性があるわけではないのだが、選曲や曲順も含めどこかのジャズバーでのライヴの様な雰囲気のうちに引き込まれ、気がつけばワンステージが終わっているという感じである。

iPodにダウンロードされたこのアルバムを、12月以降僕はちょくちょく聴いている。場所は自宅のリヴィングだったり、仕事帰りの電車の中だったり。どこで聴いても彼女の歌は僕の中にいいブレイクをもたらしてくれる。いまのところはホームであるオレゴン州を中心に活動しているそうだが、この不思議な爽快感はやはりオレゴンで育まれたものなのだろうか。

年が明けてもなかなか新しい気分に切り替えられずにいる方も多いことだろう。彼女の歌を聴いて束の間のリラックスを楽しむのは悪くないだろう。幅広い方におすすめしたいヴォーカル作品である。

Halie Loren - They Oughta Write a Song ←iTunesでダウンロード