新年最初の音楽はトニー=ウィリアムスの超強力なボックスセットをご紹介しよう。アメリカの復刻専門レーベル「モザイクレコード」から発売されている、"Mosaic Select: Tony Williams"がそれだ。
このセットは、1985〜91年の間にトニーが新生ブルーノートレーベルに残した5枚のスタジオアルバムを順に3枚のCDに収録したもの。サックスとベースに若干のメンバー変更があるものの、すべての作品はトニーをリーダーとするクィンテットによる演奏で、内容はトニーのドラミングと作曲が堪能できるストレートジャズである。
僕は昨年12月にたまたまこのセットの存在を知り、発売元から取り寄せて年末ぎりぎりになってようやく手に入れたわけだが、それ以降今日に至るまで、休暇中の移動時や仕事始め以降の会社の行き帰りといった、iPodタイムにはほとんどこればかりを聴き続けてきた。僕の年末年始は音楽に関しては完全にトニー一色だった。
ここに収録された作品が発売された頃、僕はまさにリアルタイムでジャズを聴き狂っていたわけだが、正直なところこれらの作品を聴いたことは一度もなかった。コルトレーンのコレクションに明け暮れた学生時代、新生ブルーノートの作品はあまりにも洗練されすぎていて、僕が求める時代感を持っていないと勝手に考えていたのだと思う。
その頃の僕は、トニーがその名を世に轟かせた1960年代のマイルス・クィンテットすら、満足に聴いていなかったのだから無理もない。社会人になりマイルスの素晴らしさを知り、プラグドニッケルのライヴ盤で、初めてトニーの複雑なシンバルワークに魅了された。トニーの加入でマイルスグループの演奏は、大音響を轟かせるスーパーカーの様な側面を手に入れた。
そうトニーのドラムの魅力は、なんと言ってもそうしたダイナミックなパワープレイだ。スネアやハイハットの音のデカさもさることながら、その大音量スネアドラムがフロントのアドリブ演奏を激しく容赦なく煽り立てる様は、さながら路上でフェラーリかランボルギーニにケツを捲られるような心地だろう。
エルヴィンやディジョネットも強力なパワーを持っているが、フロントとの間での繊細なインタープレイを通じて演奏を高めてゆく彼らのスタイルに比較して、トニーのドラミングは明らかに異質な演奏である。ソロに入るなり有無を言わさず煽り立ててくるその様は、時にほとんどケンカ腰の様相であり、いわば暴れん坊親分的なドラミングだと思う。
そのドラミングはセットの冒頭、新生ブルーノート第1作目の「フォーリン イントリーグ」のド頭から轟いてくる。ヘビー級のバスドラムとシンバルが重く打ち鳴らされ、おおっ!と思った次の瞬間に響いてくるシンセドラムの衝撃!これはまさに不意打ちである。エレキが苦手な頭の固いジャズマニアが眉をしかめるのが目に浮かぶ。
これまでの経験から、僕はこのセットをきちんと5枚のアルバムに分けてiPodに収録し、繰り返し(購入してからたぶん十数回は聴いただろう)楽しんできたが、そろそろ1つのセットとしてプレイリストにまとめてもいいかなと思っている。1枚のアルバムが終わると次のアルバムが聴きたくなり、5枚が終わるとまた初めから聴きたくなってしまう。
残念ながらこれら5つの作品は独立したアルバムとしては現在は廃盤になっている。モザイクレコードの運営者であり、「フォーリン イントリーグ」の共同プロデューサでもあるマイケル=カスクーナ氏が発売権を所有するEMIレコードと交渉し、5000セット限定で発売したのがこのボックスである。ライナーブックレットには「トニーの想い出に捧ぐ」という一文がクレジットに添えられている。
現在、大きなCDショップでトニーのコーナーにあるのは、トニーが1970年代を中心に活動したロック色の強いグループ「ライフタイム」の諸作品がほとんどであり、あとは以前このろぐでもとりあげた1960年代のブルーノート作品しかない。しかし廃盤とはいえ今回のそれぞれのアルバムは、大きな中古CDショップなどでは比較的容易に見つけることが出来る。
5つのアルバムは音楽的に極めて一貫しているので、特にどれがお勧めかといわれても判断は難しい。この時代のジャズのテイストをたっぷり感じさせてくる作品ばかりで、多くはトニー自身により作曲されたもの。僕はどれをとっても彼の音楽に何らかの「光」を感じる。いまとなってははっきり言えるが、いつまでも50年代や60年代の音楽ばかりを懐古しててもつまらない。
1枚目の「フォーリン イントリーグ」だけはヴァイヴのボビー=ハッチャーソンが参加しており、ラテン調の「ライフ オブ ザ パーティ」ではトニーのドラムとの壮絶なバトルを演じるのが楽しめる。因みにシンセドラムが使用されるのはこのアルバムに収録された3曲だけである。
2枚目の「シヴィライゼイション」は少し落ち着いた内容の曲が多い様に思う。トニーのドラムがうるさいと感じている人には、先ずこのアルバムがいいかもしれない。
続く3枚目の「エンジェル ストリート」は、トニーの短いドラムソロトラックを挟みながら、ダイナミックな楽曲が次々に飛び出すストレートな構成である。最初に聴くなら1作目かこれがいいかもしれない。「ドリームランド」で醸し出される独特のロックビートのグルーヴ感は、ライフタイムで培われたトニーのグルーヴの真骨頂である。
4作目の「ネイティヴ ハート」と、5作目の「ザ ストーリー オヴ ネプチューン」はそれまでの作品に比べて、円熟さや深みを増した演奏だと思う。4作目の最後に収録されたドラムソロ「リバティ」は、元々CDのみのボーナストラックだったらしいが、ドラマーならずともじっくり傾聴する価値ある演奏である(ソロのエンディングには要注意だ)。
世の中は経済を中心になかなか厳しい状況に陥り始めているが、そんな世相に強く向かううえで、本セットに息づくトニーの鼓動の様に力強くたくましく響いてゆきたいものだ。聴いている側にしっかりと喝を叩き込んでくれる、逆境の時代必聴の作品である。感動!
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