10/25/2008

ギターズ

アマゾンに注文したMacBookのハードディスクはすぐに届き、交換をしてシステムを再インストールすることで、なんとかMacは復活した。交換は簡単だが環境を整えるのは、結構手間のかかる作業だ。やっぱりバックアップは必要だと痛感した。

それから壊れてしまったドライブについては、外付け用の安価なUSB接続ケースを買って入れてみたが、やはり読み取ることはできなかった。どこかの宗教で唱えられているように、ディスクが何かの拍子に復活することを信じて、しばらくはそのままとって置くことにする。

そんなこともあって(というのは言い訳にすぎないのだが)、今週は仕事をしたのかどうかよくわからないような気分で、1週間が過ぎてしまった。金融の混乱ぶりは相当なところまで進み、少し前に自分たちが立てた見通しも、内容が当たったかどうかという以前に、あっという間に賞味期限が過ぎてしまったような感じだ。

こうなることは十分予測できたことではあるが、誰もそれを口にできなかった。希望的観測が先行して、そこまでひどくはならないんじゃないかという意見が多かった。悪くなるといった人もいるにはいたが、やはりその言い方は占いのように巧みだった。天気や経済の見通しは基本的には今現在の延長に大きく影響を受けるものだ。

最近買ったCDのなかから今回はマッコイ=タイナーの新作を。「ギターズ」と題されたこの作品、ロン=カーター、ジャック=ディジョネットからなるピアノトリオに、ゲストでギタリストを招いたセッションを収録するという企画である。

このギタリスト達の顔ぶれが面白い。マーク=リボー、ジョン=スコフィールド、ビル=フリーゼル、デレク=トラックスそしてベラ=フラックという面々である。かなり個性の強い人ばかりを選んでいるように感じられる。

いずれのセッションでも、構成やアレンジの緻密な作り込みなどはあまりなく、ジャムセッション的な和やかな雰囲気で進行してゆく。さながら大ベテランのトリオが毎日のジャムに少々飽きたので、ちょっと誰かギターでも呼んで遊んでやるかというノリである。

冒頭の短い即興演奏に続いて、マーク=リボーを迎えた"Passion Dance"がはじまる。マッコイのブルーノートでの名作"Real McCoy"で有名な曲だが、当のマッコイ自身がテーマで指がもつれ気味で「あれ、俺ってこんな難しい曲書いてたんだっけ」と苦笑いしているように思えて、それがどことなく微笑ましく聴こえてしまう。

マークをはじめとするギタリスト達はもう「大ベテランだかなんだか知らねえけど、俺は俺のやり方でやらせてもらうぜ」と、おかまいなしにこのトリオの懐の深さに存分に楽しんでいる雰囲気が伝わってくる。ジョン=スコによる"Mr. P.C."もかなり粗っぽい演奏に聴こえるが、随所で各人がさり気に聴かせるスーパープレイがさすがである。

唯一ギターではないのが現代を代表する超絶バンジョー奏者、ベラ=フラックである。ブルーグラスからジャズ、即興演奏まで幅広い彼の音楽は僕も以前から少し耳にしていたが、この作品に参加していると知ったときは、そのことでこの企画の意図を十分に語っていると感じた。彼が演奏する"Trade Winds"や"My Favorite Things"で聴かせる絶妙なプレイは、音楽が持ついろいろな意味での深さを再認識させてくる素晴らしい内容である。

面白いのはオマケでついてくるDVDだ。5人のセッションから1曲ずつセレクトし、スタジオでの演奏の様子がそのまま収録されている。ただすべてがいわゆるマルチアングルで収録されており、見る側は特定の演奏者だけをずっと見ることができるという、ちょっと教則ビデオ的な作りになっている。

僕の場合は、ベースのロンとドラムのジャックに固定してそれぞれの演奏技をじっくり楽しませてもらった。いうまでもなくいずれもなかなか貴重な映像である。演奏前のちょっとした打ち合わせなどレコーディングの雰囲気がそのまま味わえるのもうれしいオマケである。

今年で70歳になるマッコイだが、今回の作品の選曲にもこれまでのキャリアに対するなにがしかの大成の思いを込めていることは明らかだ。考えてみれば、彼の名を一躍有名にしたコルトレーンの黄金クァルテットについて言えば、いまやマッコイがその唯一の生証人なのである。2010年代に入れば1960年代は半世紀を過ぎることになり、それは僕自身も同じだけの年を経るということになるわけだ。

マッコイがこの企画を考えるにあたって、なぜギタリスト達と共演することを思い立ったのか、プロデューサーのジョン=スナイダー氏が綴ったライナーノートに少しそれに関する言及があるので、興味をお持ちの方は参照するのもいいだろう。

いろいろな楽しみをもったアルバムである。古い意味でのジャズにこだわる人には違和感もあるだろうが、僕にとっては実に素晴らしい作品だ。

McCoy Tyner "Guitars"

10/19/2008

ディスクとぶ

買って1年が経とうとしているMacBookのハードディスクが突然トンだ。マシンを落としたりしたわけでもなく、アプリを使っている最中に突然フリーズして命令を受け付けなくなった。仕方がないので、強制的に電源を切り、もう一度起動しようとしたが既にディスクは動かなくなっていた。

iPodのデータライブラリなどは別のMacに入れてあったので無事だったし、メールもブックマークもオンライン型のものを使っている。最近撮ったいくつかの写真とか、そういったデータが失われてしまったかもしれない。かもしれないと書いたのは、以前の経験からすると、動かなくなったハードディスクでもしばらくするとまた使える様になることがあるからだ。

アップルのサポートと電話で相談し、結局自分でディスクを交換することに決めた。無料の保証期間が切れるまでにはまだ2日間あったのだが、十中八九ディスク交換ということになるらしく、その場合古いディスクを返却してもらうにはお金がかかるらしい。幸いディスクの値段は随分安くなっている。僕はすぐにアマゾンに注文を出した。容量はいままでの2倍で値段は9000円だった。

ということで、本当はマッコイ=タイナーの新しいアルバムをご紹介しようと思ったのだが、それはMacBookが直ってからということにしたい。まあ2、3日のうちには戻ってくるだろう。

今回得た教訓は、やはりバックアップは必要だということだ。

10/11/2008

ホッピー

身の回りの要らないものを少しずつ処分しようと思い、使わないプリンターを分解してゴミとして処分したり、長らく押し入れに眠っていたMIDI関係の機材3点を、中古品として引き取ってもらうことにした。

今回得た教訓は「道具を衝動買いしてはいけない」ということ。本当に必要なものでそれをよく使うというのでなければ、自宅に備えるより外部のサービスを利用する方がかしこいという時代になった。使わない道具はダメになるのだから。いい状態で置いておくためには使わなければいけない。

メーカーに勤める人間としてはよーく考えなければいけないことでもある。いずれ買い替えるということを前提にものを作っていた時代はそろそろ転換点にさしかかっているようだ。

久しぶりに知人と飲む機会が2回あった。1つは以前の職場の後輩でジャズが好きな男との席。これは新丸子の焼き鳥屋でのこと。こぎれいな店内でなかなか美味しい焼き鳥を出してくれる。テーブルに置かれたこだわりの辛味噌がよい。音楽やら仕事やら家族のことやらといろいろな話を楽しんだ。

ちなみに新丸子駅前の手打ちラーメン「ゆうか」については、彼もそして彼の奥様もお気に入りのお店だったのだそうだ。先日妻と2人で会社帰りに立ち寄ったのだが、やはりその旨さにはあらためて唸ってしまった。肉野菜ラーメンはどのスープで頼んでも旨いし、一回り大きくなった餃子も最高であった。

2つめの飲み会は新宿に勤務する幼なじみとその同僚とのトリオセッション。僕はその日は遅い夏休みをもらって、髪を切ったり渋谷でラーメンを食べたり新宿をぶらぶらしたりして過ごした。いつも担当してくれる美容師から年内一杯で仕事を辞めるのだと言われ、理由を尋ねると結婚を機に一息つきたいのだという。お目出度いやら寂しいやらで少し複雑な気分だった。まあ年内にあと1回はお世話になることになるのだから。

知人との待ち合わせは紀伊国屋書店前だったのだが、金曜日の夜ということもあって大変な混雑である。少し時間があったが本屋で暇をつぶせない僕は、仕方なく同店の地下街をうろついてみた。小さな飲食店がいくつもあってなかなか興味をそそられる場所だと知った。

今回のお店は新宿サブナードの外れにある大衆酒場「トラノコ」である。ここで(自分でも意外ではあったが)僕ははじめて「ホッピー」を飲んだ。ホッピーはビールからアルコールを抜いたような炭酸飲料で、氷を入れたジョッキに焼酎を入れてそこにホッピーを注いで飲むのである。やっぱりホルモン焼きとか焼き鳥なんかには抜群の相性だろう。

ほのかに甘くて口当たりがいいのだが、最初からこれをぐいっとやってしまったので、これは酔っぱらうだろうなと予感した。話は折からの金融不安の話題で始まったので、4連休の初日から仕事を思い出させて有り難くなかったが、そこからまた家族の話や音楽の話などにどんどんすっ飛ばして会話が弾んだ。

お酒もおつまみも安くて美味しいので、なかなかご機嫌な酒席になった。途中熱燗に切り替え、何合か飲んだところでまたホッピーに戻りなどと蛇行したのも手伝って、今回は酩酊寸前のところまで酔っぱらってしまった。幸い無事に帰宅はできたが、満員電車の混雑と自分の中にある何かが障って、家に着く頃にはすっかり気分が滅入ってしまっていた。

ホッピーは楽しくもありあぶないお酒でもある。おかげで今朝はちょっと頭が痛かった。着ていたシャツや髪に酒や煙草や焼き物の臭いが染み付いていた。久しぶりの二日酔いである。まあたまにはこんなことがあってもいい。夏休みなのだから。

前回紹介したジョー=ヘンダーソンの"The Milestone Years"の全体を何度か聴き終えた。結局、iPodにはアルバム単位にわけて収め、それらをリリース順に何度か通して聴いてみた。

素晴らしさについてはあらためて書くまでもない。1960年代ブルーノートの名盤を彷彿とさせる"The Kicker"や"Tetragon"に始まり、1970年代のスタイルを確立した"Black Narcisus"や"Black Miracle"(いずれも超カッコいい作品!)に至るまでのステップをじっくりと味わって楽しんでいる。これは本当にいい買い物だった。

10/06/2008

ジョー=ヘンダーソン「マイルストーン イヤーズ」

音楽ダウンロードがとても便利で利用できる作品がどんどん増えてゆくので、CDの購入はしばらく抑えてきたつもりだった。ところが8月あたりからまたジャズを聴くことが多くなったのをきっかけに、またCDをいろいろと買うようになっている。

最近紹介したリーブマンらの「ペンデュラム」以降、そのあたりがかなり調子づいていて、ここ1ヶ月あまりで枚数にして十数点を買った。その中には久しぶりの大きな買い物も含まれていて、先日それがアメリカから届いてしまった。

今回買ったのはジョー=ヘンダーソンの"The Milestone Years"。その名の通り、ジョーがマイルストーンレーベルに在籍した1967〜1976年に収録された82曲を8枚のCDにまとめたBOXセットである。ここには12枚のリーダーアルバムと3つのゲストセッションが含まれている。

これを買うことになった経緯を簡単に。前回のろぐに書いたように、先週出かけたタワーレコードで、ジョーのマイルストーン最後のアルバム"Black Narcissus"が国内盤で復刻されているのを知った。1974〜5年にかけて製作されたこの作品は、当時のジャズシーンを色濃く反映する作品なのだが、試聴してみた僕の耳は1曲目からその素晴らしさの虜になってしまった。

ならばそれを買えばいいのにと思われるかもしれないが、その時僕の頭の中をいつもの計算癖が駆け抜けたのだ。2300円の国内盤は果たしていい買い物なのか?本当は自分でも欲しいと思ったら金のことなんか考えずに、その場でためらいなく買えればカッコいいのかなと少しは感じるのだが、どうも僕はお金には慎重な性格らしい。

とっさに頭に浮かんだのが、このコンプリートボックスのこと。仮に目の前のアルバムに満足したら僕はきっとその前のアルバム、そのまた前のアルバムというように、しばらくはこの時代のジョーの音楽を追い求めることになるだろうという、予感というか確信があった。それが何枚あるのかその時は知らなかったし、ジョーのマイルストーン作品で持っているのが初期の"Tetragon"1枚だけだということは間違いなかった。

ともかくその場でそれを買うのは必死の思いでガマンして僕は帰宅し、ネットにアクセスしてこのボックスセットの値段を調べてみたのである。結果、イーベイに出店しているところが45ドルと破格の値段であることがわかり、ペイパルが使えることも災いして即決購入と相成った次第だ。品物が届いたのは1週間後の土曜日の朝だった。

さてさて、内容の素晴らしさはもう想像以上のものであった。まだ通しで1回聴いただけなのだが、これを聴かずに素通りしなくて本当によかったと断言できる素晴らしさである。1960年代のブルーノート時代はもちろん素晴らしいし、1980年代のレッドレーベル、そして最後のヴァーヴ時代の諸作もいい。だけど本人の演奏技量の成熟に加えて、演奏される音楽の幅広さや奥深さということを考えると、マイルストーン時代のこれらの音楽は時代を経るごとに真価が出てきているように思える(もちろん単に僕の中でだけなのかもしれないが)。

セットは12枚のアルバムセッションを録音順に収録している。面白いのは、音楽性が前期と後期でかなり明確に分かれていることと、その両者の境界に位置するのが日本で収録されたライヴレコーディング"Joe Henderson In Japan"になっていることだ。

セットに付属しているブックレットには、レーベルプロデューサーであるオリン=キープニュース氏によるすべてのセッションに関する解説が載せられているのだが、この日本でのセッションに関する短い言及はなかなか興味深い内容である。

ここに含まれている音楽の何がどう素晴らしいのかについては、機会があればアルバム単位に紹介できればと思う。登場するメンバーが時代を追って変化してゆく様を考えるだけでも、楽しいものである。とてもその全部を書き記す余裕はないが、ハンコックやカーター、その後のエレキマイルスを彩った人たち、さらにはスタンリー=クラークやレニー=ホワイト、チェーリー=ヘイデンやアリス=コルトレーン、ジョージ=デューク、リー=リトナー、ハーヴィー=メイソンまで登場する。後半ではシンセサイザーはもちろん、ロン=カーターのエレキベースや、ソウルシンガーのフローラ=プリムとのセッションまであるのだ。

もちろん音楽は好みの世界だ。そこにいつの時代にも変らない何かを求めるのも悪くない。僕も以前はそうだったのかもしれないが、いつからか音楽にも変化の軌跡を楽しむようになった。そこに僕自身のいろいろな変化(気分や嗜好からもっと本質的な何かまで)が重ねられ、僕と音楽の関係性はその時々で一期一会のようなものになるのだろう。

いまのところ僕は音楽をそのように楽しんでいるし、しばらくの間それは変らないだろう。今回のジョーヘンのセットもその流れのなかの一つなのだが、明らかにそれは僕にとっても一つのマイルストーンになっている様に思う。

Joe Henderson
"The Milestne Years"