3/27/2005

登川誠仁「スピリチュアル ユニティ」

  3連休最終日に風邪が悪化してしまい、本格的に熱が出てしまった。近所の小児科医院に行って、小さな子供たちに混じって診察を受け、薬を出してもらって、あとは家でひたすら寝ていた。仕事には出たり休んだりを繰り返して、1週間が終わってしまった。仕事に出た日に決まって夜に酒席が入っており、そういう酒はなかなか辛いものがあった。

 そもそも熱が出るきっかけになったのは、前回のろぐである。阿部薫については、いろいろと書いたり消したりを繰り返し、予想以上に手がかかった。その割には中身はあんなものかという気持ちも少し残っているのだが、まあ結果的にはとりあえずは書きたいと思っていたことは書けたかなと思う。まあこの先、彼の作品についてまた書くこともあるかもしれないし、あのテーマについて書くこともあるだろう。

 今日はとても暖かい日曜日だった。もしかして多摩川の桜が咲いているのではと、妻と二人で出かけてみたが、つぼみは十分に大きく膨らんでいたが、開いているものはまだほとんどなかった。来週の週末が楽しみである。

 散歩の途中、丸子橋の川崎側で偶然に民家の火災に遭遇してしまい、お気の毒とは感じながらも野次馬と化してしまった。野次馬も相当いたが、それよりも消防やら救急隊、交通整理をする警察など、100人以上の公務員が出動しているのに驚いた。やはり現場のお仕事は大変なものである。

 このところ、やや重めの音楽が続いたので、今回はちょっと趣向を変えた作品を紹介したい。登川誠仁は現代沖縄音楽の大御所。映画「ナビィの恋」では、平良とみおばあが演じるナビィの夫役として、なんとも哀愁に満ちた男恵達を演じた。彼について詳しくは末尾のリンクにあるプロフィールをご覧いただきたい。

 このアルバムはただただ理屈抜きに聴けばよい。思わず踊り出しそうな音楽、じっと聴き入る音楽、いろいろと楽しませてくれる。彼の奏でる六線や三線から繰り出されるリズムとメロディ。その素晴らしさはただただ聴きほれるばかりだ。彼が「沖縄のジミヘン」と呼ばれるのも納得である。

 このCDを購入して以来、わが家では夕食時のBGMとして、ときおりこの作品を流している。大抵の場合は、食事を準備する段階から流してしまうので、それが平日であれ休日であれ、ついつい踊りながら皿を並べたり、食べてる最中に「春の島〜♪」などと唄ったりしてしまう。意外と、これからずっと先になっても、わが家ではこの音楽が食卓に流れているかもしれない。それだけのエネルギーを秘めた音楽である。

 3月も最後の週、世の中では年度末と言われる時期であるが、まあ今週は力を抜いて過ごすことにしたい。

Beats21による登川誠仁のプロフィール
ナビィの恋 登川が出演した映画作品の公式サイト

3/21/2005

阿部薫「Winter 1972」

  久しぶりに阿部薫を聴いてみたくなり、新たにいくつかの音源も仕入れた。今回はそれについて書こう。前回のろぐで書いた「ある人物」は彼のことである。

 僕がはじめて阿部を聴いてから15年が経った。まだ学生の頃、ジャズ批評誌の「これがアルトサックスだ」という特集号で、彼のことが代表作の「なしくずしの死」とともに紹介されていたのを読んで、はじめてその名前を知った。そこに書かれていたことを読んで相当な興味をもったが、いくら中古屋さんを巡っても彼のレコードはまったく見つけることができなかったのだ。それからしばらくして僕が社会人になったばかりの年に、彼の最後の演奏録音とされた「ラストデイト」がCD化され、僕ははじめて彼の演奏を聴くと同時に、その発売を記念して彼の生涯についての文章や写真など、様々な目で見る記録を収録した書籍「阿部薫覚書(1949-1978)」が発刊され、彼の人生や生前の彼に関わった様々な人の思いなどについても、いろいろなことを知ることになった。

 おそらくはそのあたりを契機として、彼の死後十数年を経て再び静かな阿部薫ブームの様なものが世に起こっていたのだと思う。「なしくずしの死」をはじめとする彼の代表作や未発表録音が次々にCD化され、1995年には、阿部が生前親交のあった映画監督若松孝二氏によって、阿部とその妻鈴木いずみの人生を描いた稲葉真弓の小説「エンドレスワルツ」が映画化された。この作品は東京では新宿の劇場で単館上映されたが、観なきゃなあと思っているうちに、あったいう間に上映は終わってしまった。

 阿部の演奏記録は遺されているものの半数以上がソロ・パフォーマンス、残りの多くもデュオであり、そのすべてがフリー・インプロヴィゼーション(即興演奏)である。その内容は「直情的」とでも言えばいいのか、衝動(必ずしも激しいものとは限らない)と音が直接結びついた様な独特の音楽表現である。意図とか狙いとか心づもりとかいったような他人の存在への意識が感じられない、どこまでも「一人称」な音楽なのである。僕はそこが彼の音楽の大きな魅力のように考えている。

 生前のインタビューでも彼自身が語っていることだが、阿部に向けられる世の中の人の関心は、非常に数少ないものではあるが、好きか嫌いかの両極端がはっきりしたものになるようだ。それは、インターネットの時代でも変わらない。掲示板などで彼について書かれたものを覗いてみると、大抵それらが水掛け論のように交錯するばかりという状況になる。それについて考えるとき、僕はいつも音楽を言葉で批評したり表現しようとしたりすることの限界や問題というものを考えさせられる。彼について書くことになんらかのためらいがあるというのも、そのことが要因としてある。

 阿部の代表作「なしくずしの死」は、そのタイトルをフランスの作家セリーヌの作品名から採っており、作品の冒頭にセリーヌの作品の朗読が引用されるなど、なかなか凝った演出になっている。しかも、この作品で一躍有名になった阿部が、わずか2年後に薬物が原因といわれる死を遂げ、作品にプロデュース的に付加されたイメージを地でいく様な事態となって、この作品は収録されている音楽とはある意味無関係なところで、それが阿部のイメージを支配するまでになってしまったようなところがある。この作品をプロデュースした間章の意図は短期的には成功を収めたように思うが、それから(わずかというべきか)四半世紀を経た現在、僕は阿部の音楽にとってそのことがプラスだったのかマイナスだったのか、なんとも複雑な気持ちを抱く。

 阿部の作品が好きで、それについて何か書こうする人の中には、阿部の音楽の魅力をなんとか言語で表現しようと、いろいろと言葉を並べてみたり、哲学や文学など他の芸術にある表現の類似性を並べてみたりする人が見受けられる。彼の生き様を音楽表現にそのまま投射し、それを単純に言葉で表象してしまって阿部の音楽にある種のレッテルを貼ってしまうということも多い。そこには「孤高」「唯一」「絶対」とか「悲劇」「破滅」といった言葉が並ぶ。さらには、阿部に心酔する人の中には、自分自身の生き様を彼の音楽や人生に重ね合わせてしまっているような言動が見られることもしばしばである。

 一方で、阿部が嫌いという人が掲示板などでとる徹底した態度は、阿部の音楽そのものに対して向けられているというよりも、むしろ阿部をそのようにもてはやす人や、その言動に対して向けられている様に思えることが多い。音そのものが不快であるなら、それっきり聴かずに無視すればいいのだが、先の様な何か本質から離れたような、独断的なあるいは威圧的な賞賛が、雑誌の紙面や掲示板に目につくことが不愉快になり、しまいにはこちらの側でも「デタラメ」「下手くそ」さらには「なんの価値もない」というような、空虚な批判が溢れ出す始末である。

 「なしくずしの死」に収録された阿部の演奏は非常な魅力に満ちたものだ。阿部に興味を持つ人なら聴いてみるべき作品だと思う。この演奏の魅力は今後しばらくはそう簡単に色褪せることはないだろう。それは阿部の音楽が本来もつ力だろうと思う。それに対して、この作品に添えられたプロデューサの間章(あいだあきら)の解説は、それを「名解説」と表現した批評家もいたように思うが、いま読んでみるとやはり時代を感じざるを得ない。結局、生き続けるのは音そのものであり、言葉や理屈で音楽を補うのは最初に与える肥料のようなものでしかないのだと思う。

 僕自身も阿部の音楽が好きで聴いてきたわけだが、当初は先の書籍に収録されたいろいろな人の証言がとても参考になった。阿部の音楽そのものをどうこういった評論よりも、彼と直に時代を共にした人たちが語る、彼の人となりとか共に過ごした時の思い出話とか、そういうものの方が、阿部の音楽を受け入れる際にそこに人間味とでもいうか、そういう種類の潤滑剤のような役割を果たしてくれたように思う。

 今回の作品は、阿部薫お得意のアルトサックスによる約50分の演奏が収録されている。元々は1974年頃に海賊盤として出回ったもので、阿部のファンの間ではながらく語り継がれていた作品である。昨年ようやくCD化され、僕も久々に阿部を聴きたくなる気持ちがまた巡ってきたのを機会に、この作品を購入してみた。カセットテープで収録されたといわれる録音なので、音質の点ではやや劣るが、演奏の内容はとても素晴らしい。個人的には「なしくずしの死」よりも彼の魅力がストレートに表現されていると思う。

 僕は阿部に興味を持った人は、是非とも一度は彼の演奏を耳にすることをお勧めしたい。ただし、それはやはりある程度まとまった時間のある状況で、一つのパフォーマンスを通して体験するということである。先ずは書籍でいろいろな人の証言に触れてみるのもいいかもしれない。いまから30年以上も前の時代、1970年代の日本にこんな音楽家がいたのだ。阿部の演奏は十分記録にとどめておく価値があるものだと思う。

Kaoru Abe 奥野氏による阿部薫ファンサイト、阿部に関するだいたいのことはここでわかります。短いですがサウンドサンプルもあります。

3/16/2005

ピーター=コウォルド「ワス ダ イスト」

  暖かくなってきた。そろそろ冬の服にも飽きてきた頃。薄手のブルゾンやジャケットを着るのが新鮮である。しかし、この僕もご多分にもれず、数年前から花粉症を発してしまっている。目が痒くなったり、透明な鼻水が止まらなくなったり、それなりに悩まされている。でもどうしてもマスクをして外を出歩く気にはなれないでいる。カッコ悪いよ、あれ。

 花粉症の所為ではないと思うのだけど、先週末あたりから、音楽の方が一時的にちょっと倦怠ムードになってしまった。それでも外出時やお酒のお供に音楽は欠かしていないのだけど、なにかこれというものがなかった。なので週末にえぬろぐで取りあげるものに少々考えてしまったわけである。本当は少し前から、そろそろこの人をえぬろぐでとりあげてみようかな、という人物と作品があるのだが、今回もいまひとつ乗り気になれなかった。そのわけは、またそれを取りあげたときに書こうと思う。

 さて、先の月曜日に休暇をとって、日曜日から一泊旅行で神奈川県最西の温泉郷である湯河原に行ってきた。家からは各駅停車で1時間半の距離にある。湯河原の温泉街は箱根方面に向かう山道沿いに展開しており、上に行くと奥湯河原といって高級な温泉宿がいろいろある。僕がいつもお世話になっているのは、かなり麓のほうにある小さな旅館である。ここは1万円と少し出せば、おいしい晩ご飯と朝ご飯、そして24時間入り放題の熱ーい温泉を楽しむことが出来る。決して豪勢さや高級感はないが、とても清楚で庶民的なお宿というところが気に入っていて、もうかれこれ4回目の宿泊になる。旅館の名前は、またいずれ。

 この小旅行のお供になにか音楽をと考えた。せっかくだから、最近あまり聴いていなかった音楽で、じっくり聴いてみたいものはなにかなと考えてみると、前回のろぐにも書いたような次第で、最近ベース演奏がしたくて家に帰って時間があると、いろいろいじくっていたせいで、ベースのソロ作品がいくつか思い浮かんだ。結局、今回ご紹介するピーター=コウォルドのソロ作品を前回紹介したデュオ作品とともにSU10に収めて出かけたのだった。おいおい温泉で聴く音楽がそれかよ、などと笑ってはいけませんよ。

 タイトルはドイツ語で「そこにあるもの」という意味。英語では"what there is"となる。全部で23の小品からなるベースソロの短編集である。このCDを横浜の中古屋で見つけて買ったときは、正直珍しもの好きの一心だった。初めて聴いた印象はあまりよくなかった。自分で言うのもなんだが、取っ付きにくい。どう聴いていいのか、とっかかりというか入り込んでいくところがみつからなかった。

 ところが、自分でもベースのソロ表現をいろいろ試してみて、そのなかで思い至ったいくつかのアイデアやスタイルを持ってこの作品を聴いてみると、自分のアイデアがびっくりするぐらいこの作品に出ているように聴こえて(もちろんレベルは雲泥の差だが)、あっという間に全編を聴き通してしまった。僕の場合は、たまたまそういうきっかけだったのだが、弾き手自身の考えや着想を音だけで伝えるのは、とても難しいことなのだけれど、必ず出来ることだし、それが通じたときは素晴らしい体験になるのだなと実感することが出来た。

 このろぐを書いていて気づいたのだが、おかしなことに、前回彼のデュオ作品を取りあげたのがちょうど1年前なのである。あれ以降も、僕はコウォルドを聴くことはなかったけど、それが1年後にまたこうして彼を聴いているというのが、僕の音楽嗜好に何かサイクルみたいなものがあるのかなと、気になってしまった。確かに、1年サイクルかどうかは別にして、いろいろなものを聴いていると、あれが聴きたくなるというのが訪れる周期のようなものの存在が気にはなっていた。そのためにこのろぐをつけているわけではないのだけど、自分が以前のある時期に何を聴いていたのか、それが確認できるというのは面白いものだ。

 あー、でっかい音でベース弾きてぇ〜。

神奈川県湯河原町ホームページ

3/05/2005

フェルナンド=ソーンダース/芳垣安洋「ディヴォーション」

  先々週のこと、関西にいるバンド仲間から職場にメールが届いた。出張で東京に来ているとのことで、今夜飲まないかという内容だった。僕の予定は空いていたので即OK。東京に勤務している他のメンバーも誘ったところ、当日だったにもかかわらず彼にしては珍しく空けられるとのこと。急遽、夜の7時からトリオ編成によるトークセッションとなった。

 僕の職場近くのイタリア料理店で食事をして、その店は早々に引払って、行きつけのショットバー「カドー」に落ち着いた。ここは僕が上京してから何かとお世話になっている居酒屋で、いろいろなお酒と美味しいおつまみを気軽に楽しむことができるお店である。僕は親しい人と飲む機会があれば、できるだけここに連れて行くことにしている。

 彼等2人とは大学の同級生である。といっても僕は1年生で早くも留年を決定させてしまい、専門課程である3年生にあがるのが1年遅れだったので、留年前の同級生ということになる(いつもこれを説明するのが面倒なのだが、考えてみればどうでもいいことなのだ)。面識はあったものの、バンド活動を始めるようになったのは、卒業して数年が経ってからだった。

 彼等2人は共にサックス奏者で、そこに先のろぐで紹介したドラム奏者を加えた4人でグループを作っている。このグループではあまり構成がしっかりしていない感じのジャズを演奏していて、これまでに2回程内輪のライヴを神戸でやった。その後もちょこちょこセッションを続けてきたが、この2年くらいは4人揃って演奏という機会はなくなってしまった。

 この日も音楽やら仕事の話に始まり、いろいろな話で盛り上がった(正直細かいところの記憶は定かでない)。最後はいつものように「またセッションやりたいねぇ」でお開きになったように思う。だんだんとそれが難しい状況になっていると知りつつ、とりあえずそう言っているのが空しい帰り道である。まあそれが難しいから、せめてこうした酒場のセッションが実現できるだけでも幸運と思わないといけないのだろうが。

 僕の理想は、楽器を持ち寄ってスタジオで行うセッションも、こうしたトークセッションのようでありたいということだ。僕はスタジオに集まって演奏するのを「練習」と呼ぶのは好きではない。練習というのは各自が日頃からしておくものであって、他人と楽器をもって相見えるのはもはや練習ではなく、セッションなのである。だから本当は「今度の練習でアレやろうよ」とか決めたりするのもあまり好きではない(もちろん理想である)。たまに集まって酒を酌み交わすのが楽しいように、そこにたまにお初の人が入って意外な盛り上がりを見せたりするのと同じように、音楽のセッションも事前に何か目的を決めるというより、その日の気分やメンバーに応じた音楽が気ままにやれたら、きっと楽しいに違いない。

 学生の頃、僕とドラムとキーボードの3人でよくそういうセッションを楽しんでいた。元々はそれでピアノトリオをやろうということだったのだが、3人とも大してジャズができるわけでもなく、コピーをしても面白い音楽ではないし(そもそも無理なのだが)、行き詰まりがてらなんとなく自由にリズムとかを作り出してやってみたらこれが結構面白かった。1時間くらい演奏が続いたりすることもあった。結局、学生時代の半分はそういうセッションばかりやっていたように思う。

 今回のCDは、ベーシストであるフェルナンド=ソーンダースが、日本のミュージシャン達とそういうふうに「ジャムった」ものをCD化したものである。ソーンダースはルー=リードのグループをはじめいろいろな活動をしている人。詳しくは参考に示したリンクを参照して欲しい。このCDができるに至った経緯がライナーに書いてあるのだが、2003年にルー=リードのツアーで来日していたソーンダースが、その後プライベートで日本にしばらく滞在し、突然「プレイしたい」と言い出したので、相談を受けた芳垣が日本のミュージシャンを招集してスタジオ入りしたというものである。

 演奏の内容は、ソーンダースらしくラテンから、ロック、バラードなど様々なのものがあり、結果を気に入った彼がテープをアメリカに持ち帰り、ヴォーカルなどをダビングした作品も含まれている。もちろん事前に何の取り決めもないというようなフリーのセッションではないが、内容から伝わってくるものに、僕は学生の頃自分たちがスタジオに入って楽しんでいた時と同じ様な空気を感じて、懐かしさというよりも無性に誰かとセッションがしたい気分になった。

 今度の週末にはベースを持って久しぶりにスタジオにでも行ってみようと思う。最近、練習してないな。

Fernando Saunders 公式サイト
フェルナンド=ソーンダース インタビュー タワーレコード発行のフリーペーパー"musee"に掲載のもの
East Works Entertainment