10/25/2009

ファーストミーティング

妻が以前からお茶を習っている先生に子供を会わせたいというので、僕も付き添いで川崎の宮崎台というところまで出かけた。

先生という人には兼ねてから僕も間接的にお世話になっている。お茶菓子を妻にお土産として持たせてくれたり、お稽古の打ち合わせに自宅までくれた電話に僕が出て少し世間話を交わしたりしたこともあった。が、何と言っても一番の恩は、数年前僕がヘルニアに苦しんだときに、最終的に落ち着く先となった医者を紹介してくれたことだろう。

実際にお会いするのは今回が初めてであり、面倒くさがりで人見知りをする僕としては、あまり気の進まない一面もあった。茶道という世界には思想や器物に対する関心はあるものの、あの流派の様なものの存在が、僕には鼻についてどうもいい気がしない。

訪問させていただいた先生のご自宅は、非常にこじんまりとまとまったお宅で、2階がほとんど茶道教室のために割り付けられた間取りになっていた。その日は他の生徒さん2名とともに僕らも茶室に通され、妻も少しだけお手前をさせてもらった。もちろん僕はお客ではなくただの見学者と化して、子供の面倒を見ながら椅子に座らせてもらったまでだ。

短い時間だったが、先生ご夫妻と年配の生徒さんたちに暖かく迎え入れていただき、子供もぐずることなくとても楽しそうにしていたのがよかった。やはり和室はいいものである。

僕自身はいまのところお茶を習う気はないが、妻がお茶を立ててくれるのなら、それに付き合う(というかそれを楽しめるというべきか)本当に必要最低限のことは知っておいて損はないと思った。所作があるのは理由があるからであり、それを体得するのがその道なのだから。

わりと早めにおいとまさせていただいたので、横浜に戻って来たのはまだ4時過ぎだった。お腹がすいていたのと帰ってまた食事の準備をするのも大変だろうと思い、関内駅の近くにあるファミリー向けイタリアンのサイゼリアに入った。これもまたほとんど初めて入った様なものだったのだが、驚いたのはその値段である。

ペペロンチーノパスタが299円、ミラノ風ドリアも299円、そして一番驚いたのがグラスワインが1杯100円だということ。子供もいるし荷物もあったので酒は生ビール1杯だけにした。料理の味は油がしっかり使ってあってまあこんなもんだろうというものだが、決して悪いものではない。パストとドリアにワイン2杯ずつだとしたらジャスト1000円である。

初めてのことが続いた週末の夜は、妻が頼まれた少し作業をしたいというので、僕は寝室にiPodとウィスキーを持ち込んだ。実はベッドでウィスキーを飲むのは意外にも初めてだった。これはあまりいいものではないが。やはりベッドという場所が本来持つ寛ぎとウィスキーがもたらすそれは僕にとっては相容れないものだと感じた。

先々週から続いている菊地雅章ブームはいまも続いており、今週はテザードムーンの「ファースト ミーティング」が届いた。そのタイトル通り、ユニットのデビュー盤となった同名のアルバムに先だって行われたセッションを録音したものである。デビュー盤とは重なる演目もあるが、やはり空気感は少し違っていてこちらもまた非常に素晴らしい内容となっている。

実は本作と正式のデビュー作の間に、菊地が富樫雅彦と創った極めて重要な作品「コンチェルト」の収録が行われている。これは僕にとっては少々意外な事実だった。

菊地ブームはまだしばらく続きそうだ。

10/18/2009

トスカを試す

予想通りこの1週間はほとんど菊地の音楽を聴いていた。週の後半にはネットで注文していたテザードムーンの作品Experiencing TOSCA"が届いた。これがまた素晴らしい作品だった。

タイトルにあるトスカはプッチーニの有名なオペラの題名。その音楽を題材にした8つの作品が収められている。インナーの記述によればすべてコンポジションと書かれており、付された収録時の写真からも事前に楽譜が用意されていたことが伺える。

僕の勝手な誤解かもしれないが、ジャズマニアを称する人はこの手の企画が苦手である。オペラを題材にしたと聞いただけで、何かジャズの純粋性(よくわからないが)が損なわれたと感じるようだ。

僕はプッチーニのトスカを知らない。従って各楽曲のテーマやモチーフからそのオペラを想起することはまったくなかった。だからこれらの作品はプッチーニに敬意を表しつつ、テザードムーンの3人の創造性が存分に発揮されたものとして、素直に受けとめることができた。


菊地もゲイリーもポールも、ここに集う3人の音はいずれもいわば夕方の音だ。明るさはあるが影が長く空気は気怠くやや重い。しかし確実に陽の光はある。特に菊地のピアノの重さや暗さといったら、それはかなりのものだ。音の重さでいえばマル=ウォルドロンと並ぶ次元ではないか。その重い宝刀で切り出される旋律の輝きの素晴らしさ、それが彼の魅力だと思う。

菊地の音楽で一番有名なのはたぶん「ススト」だと思うが、あれはマイルスとギル(=エヴァンス)へのトリビュートで彼らの音楽性をかなり意識して出しているように感じる。代表作には違いないが、僕にとっては番外編的な作品だと思っている。

いくつかのスタンダードナンバーが盛り込まれた前回の作品に比べ、プッチーニを題材にしつつも全編オリジナルで臨んだこの作品は、このユニットの持つさらに深い魅力が表されていると感じる。この素晴らしさはなかなか言葉にできるものではない。

テザードムーンの最近の作品は、すべてドイツのWinter and Winterというレーベルから発売されている。前回の作品のベースとなった最初のセッションを収めたもの以外には、シャンソン歌手エディット=ピアフに因んだものや、作曲家クルト=ワイルの作品集などがあるようだ。

今回の作品の衝撃度からして、これから僕がそれら3枚に手を伸ばすことは先ず間違いないだろう。この3人がこんな素晴らしい活動をしていたことを知ることができて本当によかった。これはヤラレます!

10/12/2009

繋がれた月

菊地雅章がゲイリー=ピーコックとポール=モチアンらと結成したトリオユニットによる作品「テザード ムーン」を聴いている。

菊地は以前から僕がとても好きなピアニストのひとりだ。たぶん初めて買った彼の作品がこれだったと思うが、他にも冨樫雅彦とのデュオによる「コンチェルト」については、少し前に簡単に紹介したことがあるが、あれも僕にとってはとても重要なピアノ作品のひとつである。

テザードムーンはこのユニットの名称で、他にも数枚の作品がリリースされている。いままでは菊地というピアニストへの興味から、彼の他の作品を折に触れ買い集めて来たのだが、今回このユニットについてもう少しいろいろ聴いてみようと思い、さっそくアマゾンを通じて2枚ほど注文を出した。

このユニットはキースらのトリオによる「オールウェイズ レット ミー ゴー」の様に、誰がリーダーというものではない。そのことは音を聴けばすぐわかると思う。ゲイリーは2つのユニットに共通する人物であり、ポールもキースとゲイリーとのトリオ演奏がCDでリリースされている。

演奏はかなりジャズのフォーマットに軸足を置いた内容になっているが、菊地の演奏特有の張りつめた空気はこのユニットでもしっかり現れていて、キースの演奏とはひと味違うテンションが醍醐味である。素晴らしい演奏であり、自分自身の主体的な意欲をかき立ててくれる内容だ。何度も聴いて来た作品だが、聴くたびに新鮮な気持ちにさせてくれる魅力がある。

体育の日を含む3連休はいい天気に恵まれた。初日の早朝、久しぶりに本牧周辺まで1時間ほどのウォーキングをした。とても気持ちよかったのだが、前日会社のグループの宴会で少し飲み過ぎたのと、その後、日中に同じコースを再びベビーカーを押して買い物に出かけたせいか、ちょっと疲れてしまいその日はお酒も飲まずに早々に床についてしまった。取り寄せ中の他の作品がとても楽しみである。

子供は体重が9キログラムになり、そろそろきちんとしたベビーカーを買おうと連休中にいろいろと見て回り、結局、妻が一番気にいったものを買うことになった。ようやく寝返りをするようにもなった。笑ったり泣いたりといろいろな表情がたくましく現れ、興味を持ったものにはどんどん手を伸ばす様になった。子育てもこれから新しい段階に入ったように感じさせる連休だった。

10/05/2009

神戸

妻と子供を広島において過ごした10日間、久しぶりにゆっくりと自分の時間を過ごすことができた。オーディオセットを前に、最近買ったCDを聴きながらゆっくりお酒を飲む。これで仕事がなければと思うことしきりだったが、それは致し方ない。

一方、子供もすっかり妻の実家の人々と馴染み、至れり尽くせりの優雅な時間を過ごしたそうだ。妻もしばし子育てやら家事から離れ、ゆっくりできたと喜んでいた。毎日、メールや電話での連絡は欠かさなかったが、時折携帯で送られてくる子供の写真には、最初は微笑ましく感じてそれから徐々に寂しいさがこみ上げてくる、そんな感じだった。

妻と子供が広島を引き上げる際、僕らはその途中で神戸に立ち寄る計画をたてた。10年前に入籍に7ヶ月遅れて結婚式を挙げたホテルモントレ神戸に3人で宿泊することにしたのだ。ついでにホテルの近くにある、年末に神戸の友人と食事をした沖縄料理のお店を予約し、そこで彼も交えて食事を楽しんだ。この時期にしては暑い週末だった。

ホテルは外観や内装、サービスいずれの面でも時代を感じさせたが、変わらずそこにあった。僕らがそこで挙式をした証のプレートもちゃんと残っていた。相変わらず、結婚式場としては一定の人気がある場所らしく、この週末もウェディングの準備にスタッフは忙しそうだった。

食事の後、妻と子供をホテルに帰して、僕らはいつものジャズバーY's Roadに飲みにいった。時間が早かったのもあって客は相変わらず僕たちだけだった。マスターも交えてウィスキーを飲みながらいろいろな話をした。短い時間だったがとても楽しかった。やはり神戸はいい街である。そこに大切な友人がいるというのは貴重なことである。

翌日はホテルの充実した朝食バイキングを堪能し、チェックアウト時間ギリギリまで子供とのんびりした後、新神戸駅近くの布引ハーブ園に登るロープウェーに乗った。ハーブ園は少し歩かねばならなかったので見送ったが、いい天気で神戸の港が一望できた。

帰りの新幹線のなかでも子供は比較的いい子にしていてくれた。授乳ができる多目的室がある11号車は赤ちゃん連れの家族やお母さんが多い。今度はカバンを忘れることもなく、無事に夕方5時頃横浜の自宅に帰った。

2週間ぶりに家に帰った子供だったが、ベビーベッドに横になるなり、そこにあるオモチャなどを見てすぐに記憶を戻したようで、嬉しそうにはしゃぎ始める姿にどこか少し安心した気分になった。さすがにその日は2人ともぐったりだった。

僕は月曜日は仕事の休みをもらい、家でのんびり3人で過ごした。久々に3人で食卓を囲み、昼寝をしたり子供をお風呂に入れてあげたりした。子供は離乳食を食べる様になった。声も少しまた変わったように思う(相変わらず声量は大きい)。腰を支えて立たせると、両手をバタバタと振り回す仕草に「マエストロ」という呼び名がついた。

広島と神戸の想い出は子供にどう残ったのかわからないが、3人には忘れることのできない想い出になった。