12/27/2005

デレク=ベイリー「ソロ ギター」

 年末になって舞い込んだ突然の訃報。ギタリストのデレク=ベイリーが亡くなったそうだ。享年75歳。是非とも一度、生演奏を鑑賞したいと望んでいたのだが、かなわなかった。残念。

デレクの名を知ったのは、阿部薫のことを知るようになってからだった。僕がはじめて聴いた阿部のCDにギター演奏が含まれていた。その解説にデレクについて簡単に触れられていて、興味を持ったのだ。

この手の人の作品は、なかなか入手が難しい。「ロングテイル」を謳うアマゾンでさえ、彼の代表作である今回の作品は、既に中古品のみでの取り扱いになっている。東京近郊にお住まいの方なら、ディスクユニオンが一番確実だろう。大手のCD販売店でも置いてあるところは限られると思う。

 彼の演奏は明快だ。単なる即興というだけなら、ジャズやロックなど既存の音楽スタイルでやればいい。彼が目指したのはそういうことではなかった。デレクの著作「インプロヴィゼーション」(写真右)を読めば、そのことは一層深く理解できる。「音楽の始まりはすべて即興演奏だった」。彼はその意味での原点にこだわった。プロのギタリストとして活動している最中に、これはなかなかできることではない。

彼の音楽は決して「孤高」ではない。それは彼の残した演奏記録の多くが、様々な演奏家たちとの共演であることからも明らかだ。アンソニー=ブラクストンやセシル=テイラー、バール=フィリップス、トニー=オクスリー等、専ら即興演奏の世界に生きている仲間たちだけでなく、デイヴ=ホランド、パット=メセニーそして最近ではデヴィッド=シルヴィアンなどとも作品を残している。

デレクは、それほど多くの芸術家のクリエイティヴィティを刺激する存在だった。また幅広く音楽を捉えようとする、僕のような聴き手にも、聴くことの奥深さを教えてくれた人だったと思う。

彼は(当然のことながら)自分の演奏を録音することには無関心であったが、幸いにも、多くの作品がマイナーレーベルのカタログにいまもしっかりと残されている。僕も割りといろいろともっているけど、やはり彼の訃報に触れて、一番聴きたくなったのは、今回の作品だ。

ここで彼は、インプロヴィゼーションとコンポジションの両方を演奏している。初めて耳にされる方の多くの感想が「?」だと思う。怒りだす人もいるかもしれない、笑いだす人もいるかもしれない。僕もあっけにとられる間に時間が経過した。

それでも、不思議な感想が心に残る。「いまのは何だ?」。これをギター演奏というのであれば、自分のなかのギター演奏の意味を変えなければならない。それをするのは簡単なはずなのだが、ただ聴いているだけで演奏者でもないくせに、そういう心のスイッチを切り替えるのは意外に難しいのだ。

でもあまり難しく考える必要はない。「もう一度聴いてみよう」。それでいいのだ。彼が教えてくれたのはそういうことだ。

さよなら、デレク。

12/23/2005

ジョン=コルトレーン「メディテイションズ」

 久々の厳寒。北国だけでなく、高知や鹿児島でも雪が降ったそうだ。雪の被害に悩まされている人達からは怒られそうだけど、温暖化で冬がなくなるのではないかと、心のどこかで憂えていた自分がいたのも事実。久しぶりの冬らしさに、少し安堵したりもしている。僕は寒いのは嫌いではないから。

この時期、職場の忘年会がない割には、なにかと酒を飲む機会が多い。もっぱら個人的な席が連続するので、体調はややバテ気味であるが、やはり楽しいものだ。今週も月曜日からいろいろな人に会って、お酒と料理を楽しんだ。

今度、国際結婚をして年明け早々にイギリスに旅立つのだという女性と食事をした。彼女の両親としてはまさに青天のヘキレキだったらしい。それはそうだろう。新たに夫となられる英国人の男性には、「娘を嫁に出す」という意味が理解できないので、彼女の両親共英語ができるにもかかわらず、両家の会話が成り立たないのだという。本人がそこをどう取り繕ったのは詳しくは聞かなかった。

ただその時、僕が思いついたのは「竹取物語」の英訳を、夫となる人に読ませてみてはどうか、という冗談だった。念頭にあったのは、日本人なら誰でも知っている、月に還っていくかぐや姫を嘆き悲しむ翁というシーンだったのだけど、よくよく調べてみると、あの話はかなり奥の深い物語であって、単に娘を嫁に出す親の心境を描写するという単純なものではなく、日本の小節文学の原点として日本古来の文化や思想をよく表現したものだと知って、はからずも少し感動してしまった。

竹取の翁が竹林で幼女を授かり、その娘がわずか3ヶ月で絶世の美女に成人、数々の名家からの求婚に対して、それを断る難題(龍の首の玉など)を繰り出す。この難題の品々に象徴される内容がなかなか意味深い。やがて娘は時の帝とも文通の末に求愛までされるが、月に帰還する自分の運命を悟り、不老不死の薬と天の羽衣、そして手紙を帝と翁に遺す。

月からの使者を迎撃せんとする帝の兵は何ら功を奏さず、娘は月に旅立ってしまう。血の涙を流しながら嘆き悲しんだ帝と翁は、天に一番近い山のいただきに使者を遣り、不死の薬をはじめとする一切の形見を焼き払ってしまう。余談だが、これが「富士山」の語源なのだそうだ。

今回のおめでたいご結婚を茶化すつもりは毛頭ないのだが、この物語を英国の紳士がどのように受けとめるのかは、是非知りたいものだと思った。しかし、一方でその意味する内容をどこまで正しく伝えられるか、それが難しいという根本は、結局同じなのかなとも考えた。

ひょんなことから、ほぼ何十年ぶりかで日本の古典文学に目を通してみた。そういうことを感じる自分は年齢相応なのだろうか、それとも遅すぎるのだろうか。

今年最後のろぐとなるこの週は、コルトレーンをよく聴いた。少し前のろぐでとりあげた、僕のお気に入りである「ライヴ イン ジャパン」も、iPodに入れて繰返し聴いた。あれは何回聴いてもいいものだ。僕が一番好きなコルトレーンはやっぱりあれかもしれない。

今回の作品のタイトル「メディテイションズ」とは「瞑想」という意味。冒頭に演奏される「父と子と精霊」は、日本公演でも演奏された「レオ」と同じ曲だ。この作品は、「不動のクァルテット」からフリーに移行する過渡期の作品、などと評されることもあるが、あまり意味のある説明ではないと思う。

僕にとっては、この作品はコルトレーンの音楽をある意味で最も幅広く収録した作品だと思っている。名作「至上の愛」がいわゆる「不動のクァルテット」の音楽的集大成だとしたら、「メディテイションズ」はもっと広い活動期間でのコルトレーンミュージックの集大成だと思う。不動のメンバーに加えて、最後期をともにしたファラオ=サンダースとラシッド=アリが参加していることも手伝って、この作品には初期から最晩年までに至る彼の音楽の要素のほとんどが表現されている。

彼の後期の音楽は、演奏者はもちろん、聴く側にも音楽に深くコミットすることを求めている(もちろん本来どんな音楽もそのはずなのだが)。その意味で、彼の言う「瞑想」とは、一般にイメージされるような静かな瞑想ではなく、ここに展開されるさまざまな音楽世界に共に没入することで、体験・共感する内容という意味なのだと思う。

「ライヴ イン ジャパン」もそうだが、こうした作品は、第一印象では非常にとっつきにくい。それは別の言い方をすれば、どこから音楽に入っていけばいいのかが、わからないということだ。同じ時代であれば、まだ入り口はわかりやすいのかもしれない。でも、僕はその入り口がいまの時代には存在しないとは少しも思っていない。そして一度その中に入ることができれば、この音楽は非常にいろいろなものを与えてくれる懐の深さを持っている、これは間違いない。

今年は僕が、コルトレーンが死んだ時と同じ年齢である41歳となった年だ。人間の生きた証として何をと考えると、少し惨めな気持ちにもなるが、いろいろな人に出会ったり、自分の好奇をできるだけオープンにして、少しでもその世界に足を踏み入れてみる、ということを繰返してきたおかげで、十分豊かな人生を送ることができていると思っている。

寒さが深まるなか、酒を飲んで伺った話から「竹取物語」をひも解き、一方では久しぶりに後期のコルトレーンを聴いた。それが僕の人生の瞬間だ。その2つにどういう関係があるのかなど、どうでもいいことだ。どちらも素晴らしいことに違いないのだから。


えぬろぐの更新は年内はこれが最後になります。丸2年が経過しましたが、まだしばらくはこんな調子で続けていきます。みなさんも楽しいクリスマスを過ごし、よいお年をお迎えください。

「竹取物語」への招待 古典文学研究家 上原作和さんの「物語学の森」にある竹取物語のページ ものすごい情報量です。

12/18/2005

キース=ジャレット トリオ「アット ザ ブルーノート」

 今年は久しぶりに早めの寒波襲来らしい。先週は寒い日が多くなった。僕が東京に来て18年が経とうとしているが、その間、冬がだんだんと暖かくなっているように感じていた。一番はっきりしているのは、雪の降る日が少なくなっていること。ここ2、3年は僕の記憶では東京で雪が積もったという記憶がない。昨日今日で、東京以外の全国各地で大雪がふったようだが、東京では雪が降るとこまではいかなかった。

手袋をして、ヘッドフォンで耳を覆ってiPodで音楽を聴きながら通勤しているおかげで、さほど寒さがこたえることもない。さいわい風邪がぶり返すこともなく、おいしくお酒が飲める状態も回復した。妻の実家から送ってもらった泡盛の古酒をちびちびやった。古酒としては比較的手の届きやすい価格帯のものらしいが、やはり味の深みは普通の泡盛とはかなり違って、なかなか飲みがいがあった。結局、妻が一杯も飲まないうちに一本空けてしまい、あとで怒られてしまった。

金曜日の夜は、妻の会社の社長宅でのクリスマスパーティに招かれ、ここでもいろいろな人とお話をさせていただきながら、楽しく飲ませていただいた。中盤にはスウェーデン式にシュナップスのショットで乾杯という慣例があり、シャンパンで少し酔って調子に乗った僕は、景気よくグラスを干した。スピリッツのショットは文字通りズドンと一発である。帰路は深夜の千鳥足だったことは言うまでもない。まあこれもいい。

前回に続いて、今回もキース=ジャレットのトリオ作品。これは1994年の6月にニューヨークのブルーノートでの3日間全6ステージの演奏を、6枚のCDにそっくりそのまま収録したものである。前回のろぐを書いた後、これをiPodに入れてまとめて聴いてみようと思い立った。寒くて比較的忙しい1週間だったが、僕は通勤の時間を中心にこのセットを2回通して聴くことができた。

まあ本来は、そういうまとめ聴きをするようなものでもないのかもしれないけど、これまで他の作品に比べてつまみ食い的にしか聴いていなかったので、ながら聴きであるにせよ、作品全体を通してしっかりと味わうことができたのは、とても有意義だった。

この作品は、このトリオによるスタンダードシリーズに、ある意味でひとつの区切りをつける集大成的なものになっている。6つのステージがそれぞれに異なるストーリを持って、それぞれが見事に展開しそして完結するのはさすがである。さらに全体を通して聴いてみると、6つのステージがひとつのイヴェントとしてまとまったものに聴こえてくるから不思議である。

実際のステージ演奏をそっくりそのまま収録し、しかも6ステージすべてを記録してこのクォリティでCD化できてしまうということ自体が、既に奇跡的なことである。同様の企画として、マイルスのプラグドニッケルや、アート=ペッパーのヴィレッジヴァンガードなどの再発ものがあるのだが、やはりステージによってかなり演奏内容の出来不出来が大きい。それは特に演奏者の集中力というところに現れてくるようだ。

この演奏からしばらくして、キースは病気のために一時的に音楽活動を休止する。その後、病からの回復と現在の活動についてはご承知の通りだが、このトリオで演奏される音楽は、いろいろな意味でそれ以降大きく変わったと思う。それぞれの楽器の音色もかなり変化しているし、より即興性を重視するスタイルに移行したことは、トリオが確実に新しい段階に入ったことを意味していると思う。

なかなか値が張るものなので、贅沢品といえばそれまでかもしれないが、やはり他の一連の作品では味わえない、壮大な醍醐味があることは間違いない。購入してからほぼ10年近く経過して、僕はようやくこの作品の扉を開くことができたように感じた。

気がつけば、次回で今年のエントリーも最後である。このろぐもまる2年が経過することになる。エントリー数は少し前に100を超えた。まだまだ、まだまだ。まだまだ、これからですよ音楽は。

12/11/2005

キース=ジャレット「チェンジズ」

 先々週の疲れが出たのか、この1週間は風邪とともに暮らした。それはちょうど月曜日あたりから僕の身体に現れ始め、翌日にはピークに達した。熱も少しあっただろう。でも会社を休む程までには至らず、なんとか7日間で終息したようだ。

病はもちろん嫌なものだが、あとから考えるとその期間、自分の意識が妙に前向きと言うか、実体を伴えない形であるにせよ意欲的になっているのも事実。これが治ったらしっかり身体を鍛えようとか、しばらく読んでなかった本でも読もうかとか、いつもそういうことを考えてしまう。

それが一過性のものなのかと言えば、必ずしもそういうわけではないと思う。そうしたことを契機に、何か新しいことを始めるようになったこともなかったわけではない。そう言う意味では、病という谷は、一時的なものである限りにおいては、人間にとって必ずしも不要なものではないと思う。ちょうど世の中の景気といわれるものが、そうであるように。人や社会はそこで学ぶことが大きい。

風邪をひいた時、何が辛いかと言えば、やはり酒が飲めないのが一番辛い。少しでも良くなってくると、アレを飲もうかとかいろいろと考えてしまう。昔から病には卵酒だの、焼酎のお湯割りだのと、薬代わりに飲む酒の話があるが、やはりどれもあまりいいものではない。特に喉や鼻にくる風邪にアルコールはまったくもってよろしくない。

今回はピークを越えた水曜日頃から無性に熱燗が飲みたくなった。しかしそこは我慢した。金曜日に会社の同僚3人で小さな忘年会があったのだが、なかなか悪くないお店だったのだけど、やはりまだ鼻が詰まってしまっていて、他の2人が「うまいうまい」と絶賛するお魚料理(ノドグロという高級魚も出たのだが)も、正直言って歯ごたえから味を想像するのみという、空しい結果になってしまった。それでも1週間ぶりに飲んだ熱燗はやはり旨かったが。

今日になってようやく鼻水から色も消え(失礼)、食べ物の味もわかるようになってきた。ちょうど妻の実家から送られてきた荷物のなかに、琉球泡盛の古酒が入っていたので(義父がゴルフの賞品でもらったものらしい)、これを書いたらちょびっと楽しんでみようかと思う。

さて、そんな調子でももちろん音楽は聴いていた。よく聴いたのがキース=ジャレットの「チェンジズ」。この作品は彼の一連のECM作品のなかでも、あまり目立たない存在であるが、僕は大好きな作品である。

この作品は1983年の1月に、ニューヨークで録音された。メンバーはゲイリー=ピーコックとジャック=ディジョネットという、いまとなってはお馴染みのトリオ。同じ時期にあの「スタンダーズVol.1,2」が録音されたことからもわかるように、この作品はあのトリオの記念すべき第一弾である。実はこれに先立つこと6年前の1977年に同じメンバーでゲイリー名義の作品「テイルズ オブ アナザー」が録音されているのだが。

このピアノトリオが現在のそしてジャズの歴史のなかでも、最も優れたユニットの一つであることには、僕も十分同意できる。一方でピアノトリオの代表として必ずあげられるものに、ビル=エヴァンスのリヴァーサイド時代の黄金トリオがあるが、彼等の4作品(詳しくはこちらを参照されたい)に相当する、このトリオの作品が、今回の作品を含む最初の4作品(「チェンジズ」「スタンダーズ第一集」「同第二集」「スタンダーズ ライヴ」)であると僕は思っている。

収録されているのは全曲キースのオリジナル。なじみの名曲を演奏したものではない。当初「スタンダーズトリオ」などと称されたこともあったが、最初のセッションに本作のような作品も含まれていたということは、彼等自身にスタンダーズトリオなどという意図があったわけではなかった。あくまでも単なる企画だったのである。演奏内容については言うまでもない素晴らしさである。心地よい緊張感と美しさ、それがこのグループの醍醐味である。

僕はやはり、彼等がスタンダードをどう演奏するのだろう、というのよりも、オリジナルでどんな音楽を演奏するのだろうという方が、はるかにワクワクしてしまう。その意味で、それら4作以降次々に発売されたこのトリオによる演奏のなかで、ほぼ全編が即興演奏で構成された「オールウェイズ レット ミー ゴー」を僕が好むのはおわかりいただけると思う。スタンダード演奏は最初の3作で十分目的を達していると思う。

この作品が、スタンダーズ集よりも先に発売された時、スイングジャーナル誌で紹介されたこの作品に、評者として参加していた後の新生ブルーノートレーベルの主マイケル=カスクーナ氏が、星2つ(=平凡)をつけていたのを思い出す。確か「前向きな取り組みもなく、キースの音楽の問題点が露呈」と書かれていたと思う。音楽に限ったことではないけれど、世の中は将来に向かって動いている。倉庫に永くいてはそのことがわからなくなってしまうのだろう。

これから年末に向けて、まだ少し片付けないといけないこともある。これ以上体調を崩さないように頑張りたい。

12/04/2005

J.J.ジョンソン&カイ=ウィンディング「ザ グレート カイ & J.J.」

 関西に出張する機会があった。今回は京都→奈良→神戸→大阪と巡る3日間である。いろいろな人に会う機会を設けもらい、形こそ様々であるものの、いろいろな人からとても嬉しいもてなしをしていただいた。

鉄道に乗り、宿に入り、タクシーに乗り、お店に入る。楽しいひと時を過ごし、お店を替えたりしながら、夜が更けていく。京都も神戸も大阪も、僕の目にはとても人で賑わっているように見えた。

京都で乗ったタクシーの運転手は「あきませんなあ。儲かるのは寺だけですわ。」と嘆いていたが、彼の理想はたぶんもう二度と来ないのだろうなと思った。毎日毎日同じ街を忙しく走り回っているうちに、街そのものが脈打つ時代の流れに乗るはずの曲がり角を、見過ごしてしまったのかもしれない。知らない道にハンドルを切る、これは難しいことかもしれないが、誰にでもそれをしなければいけない時が何度かある。

神戸に入ったのは、奈良での仕事を終えた2日目の夜。ここでも、旧友の音楽仲間と遅くまで飲み明かした。お決まりのコースとして、2件目にはジャズバー「Y's Road」におじゃました。1年と少し前に伺った際にマスターから話を聞いていた通り、お店は以前あった加納町からにぎやかな中山手通に移っていた。にぎやかではあるけど、いわゆる夜の歓楽街なので、はじめて行った人は一瞬戸惑うかもしれない。

お店のなかは、以前のカウンターメインの細長レイアウトから、フロアメインの空間になっていて、ライヴをするには良い感じになっていた。以前は隅っこで居心地悪そうにしていたドラムセットが、フロアの真ん中にあって、それなりの存在感を出していた(暇そうにしてはいけないと、それなりの責任を意識してか緊張しているようにも見えたが)。

マスターの決断は成功したのだろうかと思って聞いてみたところ、やはり「あかん、あかん」を連発していた。しかし、店で飲んでいるうちに次々にお客がやってきて、もともと20席くらいしかないのだけど、席はほぼいっぱいになった。マスターは「たまたまや、たまたま」と謙遜していたが、カウンターに立つ表情は悪くなかった。

お店で久しぶりに、ちゃんとしたオーディオセットでアナログレコードを聴かせてもらった。オーディオセットの横にアナログプレーヤが置いてあって、これもドラムセットと同じように、暇そうにしていたから。

「マスター、なんかアナログ聴かせてよ」
「ああ、かまへんで。何?」
「ほなその手前に置いてあるカイ&JJでも」
「よっしゃ」

お客に出すドリンクを作り終えたマスターが、慣れた手つきでレコードをセットしてくれた。1曲目は"This could be the start of something"。本当に久しぶりに聴いたけど、やっぱり素晴らしかった。2人の超人トロンボーンはもちろん、サイドを務めるビル=エヴァンスもご機嫌である。

トロンボーンは不思議な楽器だ。長い西洋音楽の歴史のなかで、消えていった楽器はいくらでもある。トロンボーンもその変な構造と取り扱いの難しさから、いつ消えてもおかしくはない存在だったはずだ。それでも彼が生き残ったのは、彼にしか出来ない独自の個性があったからだろう。音階をアナログ的に無段階に変化させられる管楽器はトロンボーンだけだ。

そういえば、現在の自分のCDコレクションのなかに、トロンボーンのリーダー作が1枚もないことに気がついた。この作品も、JJの他のリーダー作も、僕はいつもアナログで聴いていた。トロンボーンの丸い音を再生するのに、アナログレコードはとても相性いい。それはきっとこの楽器のアナログ的特性とも関係するのだろう。

"This could be the start of something"、いいタイトルだ。この作品は、"THE NEW WAVE OF JAZZ IS ON IMPULSE"をキャッチフレーズに、当時新設されたばかりの名門レーベル「インパルスレコード」の記念すべき第1番作品である。その餞(はなむけ)にと、彼等がこの曲をトップに持ってきたのは想像に難くない。インパルスはその後1960年代のジャズで最も重要なレーベルの一つになるわけだが、その始まりとなった作品を久しぶりに深く味わうことが出来たのは、とてもいい経験だった。

人生の曲がり角が見えたら、不安を抑え、期待をふくらませ、ハンドルをきる。その時、こうつぶやくのだ。"This could be the start of something"

11/26/2005

ホレス=パーラン「ハッピー フレイム オヴ マインド」

 先週末に出勤したり家で仕事をして追い込みをした甲斐あって、遅れていた仕事を無事に片付けることができた。この一週間は、いろいろと愉しいことがあって、気分が随分と軽くなった。しばらくぶりの友人たちと食事とお話を楽しんだり、いろいろといい音楽を聴くことができた。

最近、通勤時にもまたジャズをよく聴くようになった。いつもの気まぐれなマイブームのひとつだろうと思う。特に1960〜70年代のブルーノートレーベルの作品をよく聴いている。アメリカのジャズが一番面白かった時代といっても間違いではないだろう。

大学生の頃、中古レコード屋を毎日のように巡っていたことは、これまでに何度か書いた。当時はCDがようやく本格的に普及し始めた頃で、少しマニアックなものとなると、まだCDになっていないものがたくさんあった。だんだんとジャズの深みにハマるにつれて、僕がレコードプレーヤを購入して、アナログの中古盤を物色し始めたのは当然の成り行きである。そうして、一時期は数百枚のアナログレコードを集めたものだったが、それらはごく一部を残して売り払ってしまった。

音楽とは直接関係はないのだけど、LPレコードの魅力の一つにジャケットのアートワークがある。CDのジャケットはコンパクトなブロマイド的な感覚であるのに対して、LPのジャケットはいわば見開きのグラビアみたいな迫力がある。1960年代、日本でモダンジャズが流行った頃、好きなLPレコードをそのまま鞄のように持ち歩くのが流行ったのだそうだ。その気持ちはよくわかる。

中古売り場で棚に詰められたレコードのジャケットを、丹念に一枚一枚物色するのは愉しい作業だ。本来音楽を捜しているはずなのに、次々と現れるグラビアの絵や写真にワクワクさせられる。ジャズ全盛期の名門レーベルにおける一連の作品は、特にジャケットデザインが印象的なものが多い。ジャケットの好みは音楽同様、人それぞれだろうと思う。

今回の作品は僕自身がそうした意味で、特に印象に残っているものだ。実は白状すると、僕はこれまで中身を聴いたことがなかった。今週になって川崎駅前の中古レコード屋「トップス」で、ようやくこれをCDで購入してはじめてその音に触れたのだった。以下を読む前に、先ずこちらをクリックしてジャケットを表示しましょう。

昔、手を真っ黒に汚しながら売り場のレコードを物色している最中に、何度かこのジャケットに遭遇したことがあった。その度に僕は、トランプゲームで手札の中にジョーカーを引き当てた時のような感覚にとらわれた。もちろん悪い印象ではない。ポーカーでも七並べでも、ジョーカーは強い味方であり、それを手札に発見した人は、心の中でほくそ笑む。僕にはこのジャケットのアートワークが、そんなふうに他の作品のものとは、何か次元の違うもののように見えて仕方がなかった。

当時のブルーノートのジャケットにもいくつかのパターンがあった。この作品のように、ミュージシャンの写真や絵などをメインに扱わずに、おそらくは当時流行しつつあった、幾何学的なパターンを駆使したグラフィックデザイン風のものも珍しいわけではない。この作品もその類いのものかもしれないが、やはり少し特異な点もある。

先ず、グラフィックデザインの特徴の一つである、原色を中心とした色彩をほとんど使用していないこと。リーダーであるホレスの名前が赤くなっているだけで、あとは白地に黒、グレーというモノクロ基調である。そして何よりも印象的なのが、ジャケットの約7割を占有する、作品のタイトルとホレスの名を記した特異なタイポグラフィである。これが圧倒的な強さでこの作品をアピールしている。

このタイポグラフィをよく見てみると、これが実に細かく計算されたものであることがわかる。すべて小文字が使われているが、小文字の特長である"f"や"d"、"h"などの高さのバラツキを逆手に取って、単語がまるでテトリスのようにきれいに積み重ねられている。唯一収まりきらなかった"mind"の"i"の点が、反転した白点になってジャケットの真ん中に位置するようになっているあたり、実に心憎いのである。

僕はデザインの専門的知識はわからない。当時既にフォントというものはあったのだろうが、この文字がそういう意味で、フォントデザインとしてその筋の人には認められたものなのかどうかもわからない。しかし、今日の様なデジタルフォントもツールもない当時、デザイナーのリード=マイルスが、この原画を雲形定規等の製図用具を駆使して描いたのは事実だろう。("frame"の"r"に彼のサインがさり気なく添えられている)

このジャケットに惹かれながら、僕がこのLPを買わなかったのには理由が2つある。一つは、巡り会う中古盤がみな高価であったこと。僕は中古のLPに2000円以上払ったことがない。この作品は、国内盤のプレスもあまりなかったのか、なぜかオリジナル盤だったりそれに近い時代のものが多く、僕が見かけた中古盤は大抵3000円以上もした。

もう一つの理由は、ジャケットに記されているメンバー。リーダーを含め正直言って地味である。誰一人として、それぞれのパートの人気投票第一位になるようなミュージシャンではない、いわゆる中堅どころの人たちである。収録された1963年という時代からもなんとなく中途半端さが感じられ、比較的高めの値段ということも手伝って、ジャケットデザインのインパクトとは裏腹に、僕の気持ちを購入の方向にグイグイと引っ張っていってくれる要素がなかったのだと思う。

あの頃から20年を経て、僕はようやくこの作品をCDで買った。タイトルの意味は「しあわせのかたち」とでも訳せばいいのだろうか。どことなくささやかな印象すら感じられる。はじめて耳にしたその中身は、まさにそのタイトルの意味を音にして運んできてくれるものだった。これを聴いてハッピーな気分になれるというのは、ジャズを聴いていてよかったいうのと同じだろう。

あの当時の僕には、たぶんこの作品は少々物足りなかっただろうと思う。でもこの作品は、あの時からじっと僕を待ってくれていた、そんな気がしてしまった。

11/19/2005

マーク=ジョンソン「シェイズ オブ ジェイド」

 久しぶりに銀座のクラブに行った。もちろん連れて行ってもらったのだ。そういうことになったいきさつは、ここには書かない。いままでこうしたところに連れて行ってもらったことは、何度かあるけど、どうもまだ楽しいと思ったことがない。

クラブで相手をしてくれる女性達は、確かに皆さん素敵である。しかし、お店の雰囲気というか空間の背後に、なにか凄まじい勢いの力というか流れの様なものを感じる。それは一言でいうと「お金を吸い取る力」ということだと思う。どうも落ち着いて座っていられない。

その夜の自分たちの支払いがいくらだったのかなど、僕には知る由もない。たまたま隣のグループの人が、帰り際にお店のママさんから受け取っていた領収書には「8万6千円」と書いてあった。人数は僕らより1人少ない4人、カラオケも歌っていなかったし、ボトルを1本飲んだかどうかぐらいだと思う。たぶん銀座のなかでは、そんなに高級なお店ではないと思うのだけど。不思議な財布があるものだ。

お店の人達も、皆そのカネの出所を不思議に思いながら仕事をされているのだと思う。そういう意味では、こうしたお店で一番たちが悪い客は、泥酔した客よりむしろ僕の様に覚めた客だろうと思う。僕はどうしてもこういうところで酔っぱらえない。だからお店の人も気を遣うようになり、ますます居心地が悪くなる。たぶん僕が貧乏でケチだからそうなのだろう。

ご多分に漏れず、帰りはタクシー。運転手さんに最近の景気を尋ねたら、一頃に比べればまあまあだという。だけどクルマ(タクシー)の数がここ最近急に増えて、同業者としては競争が激しくなること以外にもいろいろと困ったものらしい。道を知らないクルマが客とトラブルを起こすケースがやはりかなりあるのだそうだ。あと、残業で遅くなって会社からチケットをもらって帰る、そんなお客はあまりいなくなったのだとか。

銀座も決して潤っているわけではないという。お店も優秀なドライバーを囲うようになり、実力がない人には長距離の仕事はなかなか入ってこないのだそうだ。その意味でタクシー無線より携帯電話が必須なのだと、その運転手さんは笑っていた。「まあお客さんの前でこんなこと言っちゃあ怒られるでしょうけど、私らの感覚からすりゃあ、やっぱりタクシー代ってのは高いですわ、そう思いますでしょ?」

僕が自分が車を所有していないこととか、月に数回しか乗らないのであればレンタカーの方が安くつくとか、それでも滅多に乗らない人が、こうして一台の運転手つきの車を借りられるわけだから、まあ多少高くついてもいいんじゃないですか、などと話すと、彼はちょっと意外な笑みを浮かべたけど、まんざらでもなさそうだった。僕がチケットを渡して降りるとき、その運転手さんは「またどこかでお会いしましょう」と言った。タクシーの運転手にそんなことを言われたのははじめてだと思った。

今回の作品は、少し前にもとりあげたジャズベーシストのマーク=ジョンソンがECMから発表した新作である。タイトルは直訳すると「翡翠の影」ということになる。光の具合は銀座のそれに似ているかもしれないが、この作品の世界には理不尽な力はない。メンバーはやや意外性のある豪華な顔ぶれである。テナーサックスがジョー=ロヴァーノ、ギターにはジョン=スコフィールド、ドラムにジョーイ=バロン、そしてピアノにはあのエリアーヌ=エライアスが参加している。

このメンバーでどんな音が出るのかなと思ったのだけど、あくまでもECMらしさをメインに、それぞれの持ち味と言うか、これまでの経歴を彷彿とさせるエッセンスが程よく出ていて、これが実に良いのである。最近、北欧や東欧系のちょっと冷たい感じのECMサウンドが多くなってきたかなと思っていただけに、この作品がいっそう嬉しく気持ちよく聴くことが出来た。

上品でもあり怪しげな光を放つECMらしいタイトル曲をはじめ、意味深なタイトルの「ブルー ネフェルティティ」(もちろん元ネタはアレです)、1曲だけゲスト参加のアレン=マレットのオルガンが小気味よい「レイズ」、そしてマークのアルコがチェロの様な美しさをたたえる「ドント アスク ミー」まで、本当に多彩な作品が収められているのだが、よくまとまった、さながらこのユニットでのライヴを聴いている様な感覚で1時間の収録時間をたっぷり楽しませてくれる。ハマると意外に何度も聴き返したくなる作品である(既にハマった感がある)。

またいつか、銀座に行くことがあるだろうか。その時には、あの力がもう少し大人しくなっていてくれればいいのだけど。

11/13/2005

エルヴィン=ジョーンズ「ザ トゥルース」

 テナーサックスの巨匠、ソニー=ロリンズが来日した。現在75歳。今回を「最後の長旅」とし、事実上最後の来日公演になるという。アサヒコムに掲載されたインタビューを読むと、2年前の来日公演の際に、奥さんとそういうふうに話合ったのだそうだ。彼女はその時既に車いす生活だった。そして昨年に他界。その約束を守るというのが、最後の理由だ。残念ながら僕は聴きにいくことが出来なかったが、内容はいつも通り素晴らしいものだったようだ。

別にロリンズが逝ったわけではない。でもやはり寂しかった。熱いジャズが聴きたくなった。それもサックスが思いっきりブローするヤツがいい。手持ちの名作をいろいろと聴いているうちに、以前このろぐでもとりあげたエルヴィン=ジョーンズの「ライトハウス」にも手が伸びた。聴いているうちに、そういえば彼の遺作となったライヴ盤が発売されていたなあと思い出し、買ってみることにした。

この作品は、エルヴィン=ジョーンズの72歳の誕生日を祝って、1999年の9月にニューヨークのブルーノートで行われた2日間の演奏から、ベストテイクを収録したものである。収録時間の関係からだろうが、各メンバーのベストソロを中心に収録曲をセレクトし、曲によっては他のメンバーのソロを編集することでコンパクトにまとめて、60分でステージの全体に近い内容を楽しめるようになっている。

商品が届いた先の金曜日、会社から帰ってポストに入れられたCDを手にした僕は、部屋に入ってすぐにステレオの電源を入れ、これを大きな音量でならした。のっけから彼の名前を冠した「EJブルース」が鳴り響く。熱いものが僕の身体のなかを流れた。そのまま食事もとらずに60分間全7曲を一気に聴いた。

ロビン=ユーバンクスをはじめとする、若手メンバー達の演奏はどれも素晴らしい。もともと若手を育成することを目的にしたのが、このジャズマシーンというグループであり、常に若手とベテランをバランスよく配して刺激的なインタラクションを起こしてきたわけだが、それはこの演奏でも見事な効果を生んだようだ。(編集によりその辺の醍醐味が味わいにくくなっているのがやや残念である)

嬉しいのは、若手中心のフロントを支えるベースに「ライトハウス」のジーン=パーラが参加していること。そしてなんといっても、スペシャルゲストとして参加しているマイケル=ブレッカーの存在が圧巻である。マイケルは「ボディ アンド ソウル」と「五木の子守唄」で圧倒的なソロパフォーマンスを展開。彼は現在もMDS(骨髄異形成症候群)という血液の癌で療養中、ドナーを募集している状況が続いており、一日でも早い完治と復帰が待ち望まれているだけに、少し前のものとはいえ、こうした演奏が聴けるのはうれしいことだ。(彼の演奏は他に「トゥルース」のエンディングなどでも少し聴くことができる)

そしてもちろんエルヴィンのドラムも秀逸だ。確かに1972年の「ライトハウス」や1984年の「ピットイン」などに比較して、ドラムのパワーは多少の衰えを感じないわけではない。でも全体の内容は、僕の予想を超えたものだった。どの曲での演奏も素晴らしいが、なかでもピアノトリオで演奏されるコルトレーンの「ワイズ ワン」でのドラム演奏はまさに鬼気迫るものがあり、一聴の価値がある。

最後に収録された、メンバー紹介をするエルヴィンの肉声には、この演奏の4年後に彼が76歳でこの世を去ったことを考えると思わず胸が熱くなる。編集が気になるところはあるものの、演奏のクオリティが高いだけに、ライトハウス同様、是非とも完全版での発売を期待したい作品である。

久しぶりに熱いジャズが聴けた。やっぱりこういうものが演奏できたら最高だろうなあ。

Elvin Jones Drummerworldによるエルヴィンのページ。写真、試聴、動画など多数あります。
Michael Brecker マイケルの公式サイト 近況報告とともに、彼の病気を治療するのに必要なドナー募集に関する情報があります。

11/06/2005

アンドレ=メーマリ/ナー=オゼッチ「ピアノ エ ヴォズ」

 どんどん秋が深まる。最高気温が20℃に届かない日も珍しくなくなった。こんな時期は、いろいろな人の装いが入り混じる。ハイネックセーターの人がいるかと思うと、ノースリーヴ姿の女性がいたりする。トレンチコートにブーツという人がいたり、ミニスカートにサンダルという人もいる。先取りして楽しむ人、名残惜し気に引っ張る人、そのどちらもが新鮮に映ったりする。

最近は、CDだけでなく、衣類をネットで買うことが多くなった。最初の頃は、サイズやイメージが違うということで返品することもしばしばだったけど、面白いもので最近ではほとんど慣れてしまいそういうことは少なくなった。過去1年間に買った衣料のうち、ネットで買ったものを考えてみると、全体の7割ほどになるのではないだろうか。

買う側の姿勢の問題もあるが、売る側の進歩もとても大きいと思う。写真の載せ方、色やサイズに関する表現、顧客へのDM、返品のしやすさなど、実際のお店とは異なる、ネットならではやり方が追求され確立されつつある。この先、いろいろな技術が進歩するにつれ、さらに便利な買物が楽しめるようになるのだろう。意外に落ち着く先は、実際のお店と変わらぬサービスということになるのかもしれない。

さて、昨日、神楽坂に住む知人宅に招待をいただいた。妻の職場の知り合い関係が縁で、その夫妻と交流するようになった。ご自宅にお邪魔するのは今回が2回目である。僕は今年で上京17年になるが、この街を知るようになったのはここ半年ほどのこと。2ヶ月ほど前にそのご主人と男二人で飲んだときも、この神楽坂で飲み屋のハシゴだった。

2ヶ月前のその日、待ち合わせの時間より随分と早く着いてしまった僕は、神楽坂をゆっくり登りながらぶらぶらしていた。すると途中で「大洋レコード」という小さな看板が目に入った。まだ時間もあったし、何となく興味をそそられて入ってみることにした。

そのお店はビルの4階、そこまでは階段で上がるしかない。ドアを開けると小さな売り場にきれいにCDが並べられていて、いまでは珍しくなったフォステクス社のむき出しの同軸ユニットを使ったスピーカセットから、品のいいラテン音楽が聴こえてくる。このお店は南米を中心にした音楽を専門に扱うお店なのである。最近、こういうある種の音楽を専門に扱うCD屋さんというのは珍しくなった。

僕はいろいろ音楽を聴くけど、この領域はそれほど詳しいわけではない。並べられているCDを見ても、先ずそこに書かれている名前が頭に入ってこない。音楽マニアとしてやや居心地の悪い一瞬である。少し困惑していると、お店の女性がコーヒーを出してくれた。そして、試聴機にないものでも試聴できますからどうぞご遠慮なく、と声をかけてくれる。

いろいろなジャケットを手に取り、そこにつけられている解説を読んだりしているうちに、店主の男性が近づいてきて、いろいろと説明をしてくれる。内容はそのアーチストの経歴とその作品の背景を中心にした、かなり体系的な知識に基づいたもの。しかし、そこに出てくる固有名詞もほとんどを知らない僕には、やはりいまひとつピンと来ないので、まずます気まずくなってしまう。

結局その日は、僕が名前を知っていた数少ないアーチストだったマリア=ベターニアのCDを聴かせてもらって、それがとても素晴らしかったのでそれを買って帰った。その作品についてと、僕がなぜ彼女を知っていたのかについては、またいずれ書こうと思う。

実はその日、僕はもう1枚お店の試聴機に入っていたある作品に心を惹かれたのだけれど、時間がなかったのでお店を出た。昨日、2ヶ月ぶりに神楽坂を訪れることになった僕は、再びそのお店を訪れその作品を確かめてみようと思ったのである。それが今回の作品である。

「ピアノと歌声」と題されたこの作品は、ブラジルの実力派シンガー、ナー=オゼッチと、注目の若手ピアニスト、アンドレ=メーマリが組んだデュオコラボレーション。幅広い作風から選ばれた15の歌を、すべてこの二人だけで演じた力作である。

ラテン音楽の魂はリズムにあるという考えは間違いではないと思うけど、この作品ではあえてリズム楽器を外し、テンポを意識させないゆっくりとした調子の演奏でまとめることで、ラテン音楽が持つメロディーとハーモニーの奥行きを、いわばジャズやクラシック音楽など外からの光で浮かび上がらせたような作品に仕上がっている。

2ヶ月ぶりに訪れたお店は健在だった(当たり前だが)。お店の人の振る舞いも相変わらずだった。試聴機の作品はすっかり入れ替わっていたけど、この作品はすぐに見つけることができた。改めてお店のスピーカで試聴させてもらって、最初少し地味かなとも感じたけど、お店で聴いた他の作品と比べても、やはりこのユニット独特の深く透き通った魅力は捨てがたかったので、結局これを買うことにした。

僕は小さな編成の音楽が好きだ。理由はよくわからないけど、音楽が人の心に生まれたり刻まれたりするときの姿は、きっと単純なものに違いないと思うから。僕は演奏を記録された形のCDをたくさん集めているが、集めることが目的なのではない。上手く言えないが、本当は音楽を少しでも多く自分のなかに身につけたいと思っている。最終的にはそれを自分で表現できるかたちにしておきたい。

表現の可能性は演奏者が1人でも無限にある。それが2人なら無限は2倍になるかというと、逆に制約される面も出てくる。3人以上になってくると、明らかにその枠組みが前提になってしまうようなところがある。その広がりと制限のバランスが音楽演奏の魅力に対する一つの考えの基準になっていると思う。それが僕の場合は、制約より広がりを重んじるということなのだろう。

自宅で聴いてみると、このユニットが広がりと緊張感を自在に操りながら奏でる音楽は、本当に素晴らしいと感じた。心地よいというより圧倒的と感じられてひき込まれてしまう場面もあって、永く楽しめる音楽という僕の予感は当たったようだ。時折、お店を訪れてみるとこういう出会いがあるのは、やはり楽しいもの。秋らしい出来事だった。

André Mehmari-Site Oficial アンドレ=メーマリ公式サイト 今回の作品を含め試聴やスコアを見ることができます。
Ná Ozzetti::site oficial ナー=オゼッチ公式サイト
大洋レコード

10/29/2005

ボニー=ピンク「ゴールデン ティアーズ」

  いい気候になった。シャツ1枚に朝夕ジャケットを羽織ってちょうどいいくらいの陽気、これがいい。真冬や真夏にはファッションを楽しむ上でそれなりの魅力もあるけど、季節としては安定した長さがある。それに比べて、いまの時期はあっけないほど短いけど、この時期にしか出来ない格好がある。僕は全然大したおしゃれさんではないが、最近になってようやくこの季節に着るものが楽しいと思うようになった。もちろん外を歩くのも楽しい。

 金曜日に仕事の情報収集をかねて、東京ビッグサイトで開催されている展示会に出かけた。同時に開催されたセミナーで、アマゾンドットコムとグーグルの人の講演を聴き、その合間に会場での展示を見た。夕方近くまで会場にいて、その夜は中目黒で会食を予定していたので、それからどうやって時間を過ごそうかと考えた。特にすることもなかったし、見たいところもないので、iPodで音楽を聴きながら、歩いて移動して過ごすことにした。

 よく晴れた1日、昼間のお台場は気持ちがよかった。ビッグサイトを少し離れると、あたりはびっくりするほど閑散としていた。隣の駅にあるショッピングモール「ヴィーナスフォート」にも立ち寄ってみたが、これならショッピングも楽しいだろうなというほど空いている。隣接したトヨタ自動車の展示場「MEGA@WEB」にも足を踏み入れてみたが、こちらも余裕の空き具合である。しかし僕はいまのところやはり自動車には興味がないんだなあ、と自分で確認して早々にその場を後にした。

 東京テレポート駅(なんだかそこからテレポート出来そうな名前だが)から、りんかい線に乗って大崎まで出た。時間は午後5時半を少し過ぎた頃。夜の約束は7時で、会場がある中目黒までは電車を乗り継げば20分もかからない。渋谷に出てCD屋さんでも巡ろうかなとも思ったのだけど、なんとなく喧噪は避けたかった。既に日も落ちかけたいわゆる黄昏時、iPodの電池もまだ大丈夫そうだったので、そのままぶらぶら歩いて中目黒を目指すことにした。

 大崎からすぐ隣の五反田に向かう途中で目黒川に出会う。そこからこの川沿いに歩けば、中目黒までは簡単にいける。しかも、時折大きな通りを横断する以外は、とても静かな沿道は、音楽を聴くにももってこいである。長袖のTシャツにカルヴァンクラインのデニムジャケットがちょうどいい。

 途中、コーヒーを飲んだり、夕暮れの川を見下ろしたりしながら、目黒川歩きを楽しんだ。この沿道は桜の時期が有名だが、人出もそれなりのものである。いくつもの橋を通り過ぎながら、目的地に着いたのは6時半頃だった。距離にしてたぶん3キロもなかったのではないだろうか。すでに暗くなっていたけど気分はよく、よっぽどそのまま池尻大橋の方まで行ってみたい気持ちになったが、約束は約束なのでしょうがない。その後、仕事で知り合った仲間達と駅で合流し、最近通っている沖縄料理店に落ち着いた。

 今回の作品は、久しぶりにJ-POPである。BONNIE PINKは、仕事でもの書きをしている妻が最近インタビューをする機会があった。その際に、取材用の資料として彼女のアルバムをいただいていたのである。さらに、インタビューの依頼元である航空会社に、先週末に東京厚生年金会館で開催されたコンサートツアーの招待があって、たまたま僕もそのおこぼれに預かることができたのだ。

 久しぶりに体験したこういうコンサート。僕は彼女の歌を聴くのは初めてだった。曲を全然知らないで、こういうコンサートが楽しめるのかなと心配もあったが、パワフルで魅力的な彼女の歌声、そしてなかなか素敵なルックスと楽しいキャラクター、気楽な雰囲気でもしっかりと手作りされたサウンドのバンド演奏などに、すっかりと魅了されてしまった一日だった。

 コンサートを生で体験したことも大きいと思うけど、彼女の歌は一聴して印象に残るというよりも、少しずつイメージが自分のなかに形成されていく様な感じである。今回はデビュー10周年記念ツアーということらしく、このアルバムは8枚目の作品になるのだそうだ。TV-CFの音楽やミリオンヒットを達成するのも結構だが、僕は彼女のいまの姿に素直に共感できた。

 アルバムに収録された曲はどれも素晴らしい。僕が特に好きなのは、冒頭の「ソー ワンダフル」、ちょっとお茶目な「コースト トゥ コースト」、そして唯一日本語のタイトルがつけられた「日々草」あたりだろうか。英語の歌詞が半分程あるのだが、歌唱も含めとてもしっかりしている。

 おかげで今週は彼女の歌を良く聴いた。いまの季節にはちょうど良い心地よさである。今回、お台場や目黒川を歩くのにもこれを繰返して聴いていたのは、言うまでもない。これから少しずつ他の作品も耳にしてみたい。

 短い秋の陽気、いい音楽を聴いて、しっかりと楽しみたい。

BONNIE PINK official website 公式サイト
目黒川(大橋〜品川) はぐれ雲さんの「ぷらっと東京」にある目黒川散歩、写真がきれいです。

10/22/2005

上原ひろみ「スパイラル」

  前回取りあげた上原ひろみの最新作が届いた。聴いてみてこれもなかなか素晴らしいと思った。今回も彼女を取りあげようと思う。本作もこれまでと同じく、全編オリジナル曲で構成されていて、ボーナストラックとして収録されている「リターン オブ ザ ワールド カンフー チャンピョン」を除いて、すべてピアノによる演奏である。

 上原のピアノや作曲センスは素晴らしく、加えて2人のメンバー(ベースのトニー=グレイ、ドラムのマーチン=ヴァリホラ)の演奏も非常にハイレベルである。特に、トニーのベースは冒頭の「スパイラル」から、一頃のパット=メセニーを思わせるような、とても魅力的なハイノートでのソロ演奏を聴かせてくれる。このトリオが現時点での彼女のレギュラートリオで、今回はこのメンバーの演奏だけで構成されているので、複雑なオリジナルスコアをしっかりと消化した演奏が堪能できる。

 数週間前にNHKの「トップランナー」に出演した際、彼女は本作について「3人全員がメロディやリズムパートを自在に担当するような音楽を目指した」と語っていた。内容を聴いてみて確かにそれは納得できる。これは、ビル=エヴァンストリオのようなインタープレイを意味するものではない。現時点での彼女の音楽はスコア重視の作品であって、ビルやキースのトリオのように必ずしも時空間的な広がりが大きいわけではない。

 しかし、コンポジションで規定された時空間を深めるという音楽は、最近はあまりなかっただけに非常に新鮮だ。もちろん相当レベルが高くないと、安っぽく聴こえてしまうものなのだが、上原のスコアはさすがにバークレーを首席で卒業したというだけあって見事なものである。この手の音楽と言えば、前回にも書いたように、チック=コリアのエレクトリッック/アコースティックバンド、およびそれ以前のリターン トゥ フォーエヴァーを思い出すが、僕自身はその影響も少なからず感じる。

 2〜5曲目までは組曲風のタイトルが付けられているが、あまりそういうことを意識しなくとも、アルバム全体のコンセプトの中で捉えた方が自然に感じられる。先のテレビ放送でもこの中の曲を個別に演奏していた。唯一、ボーナストラックの「リターン・・・」は本当にこういう形で収録する必要があったのだろうか、それが疑問である。せっかく上原のピアニズムがようやく明確になったアルバムなのだから、僕個人としては、それにもっと自信をもって勝負してほしかった。

 もちろんこの曲は悪い作品ではないし、彼女の別の魅力を十分に表しているとは思うのだけど。いずれまたライヴ盤とかDVDとかが出るのだろうから、ステージパフォーマンスとしてそちらに収録した方がよかったのではないだろうか。その意味では、オマケのDVDもなんだか中途半端である。同じ曲の古い演奏が数分収録されているだけ。まあいずれにしても、この作品で彼女をはじめて聴く人にはいいのかもしれない。これがマーケティングというものですかね。

  これで3枚のアルバムが出たわけだが、今後もテラークレーベルとの契約が続くのだろうか。個人的には、ECMなんかはが面白いレーベルじゃないかなと思うが、まだ少し早いだろうか。ヴァーヴとかブルーノートと契約して、「ヒロミ プレイズ スタンダーズ」はまだあまり聴きたくはない。

 いずれにしても、3枚目にして非常に素晴らしい作品が出来上がったのではないかと思う。前作「ブレイン」(写真右)も悪くない。特にこちらのボーナスで収録されている「アナザー マインド」は名演である。それでも、やはり完成度の点では今回の「スライラル」がさらに群を抜いて進化していると思う。おすすめです!

10/16/2005

ソフィア=コッポラ「ロスト イン トランスレーション」

  上原ひろみに続いて「秋の豪華2本立」の続編。先週の3連休にDVDを借りて観た、ソフィア=コッポラの映画「ロスト イン トランスレーション」について。以前、ある知り合いからこの映画は面白いから絶対に観るように、と言われてずっと気になっていた。たまたま近所のレンタル屋にDVDが置いてあるのを発見し、ようやく観ることができた。

 この作品は、巨匠フランシス=コッポラの娘ソフィアの初の本格的監督作品として話題になった。日本ではとりわけ、現代の日本を舞台にしていることが大きな注目を集めた。サントリーや新宿パークハイアットホテルなどが実名で登場し、新宿、渋谷、青山などの街並がそのまま巨大セットのように扱われている。

 サントリーウィスキーのCMキャラクターに抜擢されその撮影のため来日した大物男優と、夫の人気映像作家の仕事に同行して同じホテルに宿泊していた若い妻の、数日間の巡りあいを中心に描かれている。

 表面的には現代版東方見聞録とでも言おうか、不思議の国日本珍道中といった要素がちりばめられている。舶来カブレの自虐的インテリの日本人が特に大喜びしそうな内容であるが、それらはあくまでも作品の舞台セットとして機能しているものである。そのセットを効果的に使いながら、役者たちが演じる人間の心模様が、作品の本質を見事に描きあげていく。この作品の本質はタイトルが表すものズバリである。

 タイトルの意味は「翻訳では伝わらなかったニュアンス」とでもいえばいいか。もちろん、それは単純に英語と日本語の翻訳というだけではない。慣れない日本人との仕事に失望の連続を味わう主人公の男優。そうした日本とアメリカの文化的ギャップに始まり、男女2人の主人公それぞれが異国の日本で味わう、同じアメリカ人同士の夫婦間に存在するコミュニケーションギャップ。いくら身と心を通わせても、通信手段が発達しても、表現方法が発達しても、それでも伝わらないことはいくらでもある。

 そして、女の友人の招待で2人で出かけた東京のクラブやカラオケにおいて、そうした場の文化を通して互いを認識し、充実したコミュニケーションを楽しむ日本人とアメリカ人。「この唄は難しい」とか言いながら、主人公を演じるボブ=マレイがオリジナルより1オクターヴ低く唱うブライアン=フェリーの名曲「モア ザン ディス」のシーンは、素人芸を演じているにしては妙に上手くてなかなか素晴らしい場面だった。

 こうした、作品に登場する人間や文化が交わすすべての邂逅が、ある意味「トランスレーション」であり、そうした中には、完璧なコミュニケーションなどあり得ないと同時に、絶望的に伝わらないコミュニケーションもまたない、というこの作品の主題が極めて上手く表現されているように思う。

 先に触れた、上原ひろみが各国での演奏会に招かれて、音楽が共通の言語であることを改めて実感したというのは、いまさら新しいことではないがやはり現実にやってみた人だけが実感できる感覚なのだろう。彼女のピアノ演奏と、フランシスの映画作品の2つをたまたま同時期に体験した僕が感じたのはそういうことだ。表現を磨くこと、そのための経験を積むこと、そして実際にやってみること、何度でもやってみること、結果的に必ず報いられるとは限らないが、何もしなければ何も起らないのだ。

Sofia Coppola imdbによるソフィアのプロフィール、女優としても活躍(?)されてます(Star Wars Episode 1にもご出演)
Sofia Coppola Talks About "Lost In Translation,"... IndieWIRE誌掲載のソフィアのインタビュー(および読者の反応)

上原ひろみ「アナザー マインド」

  このところ週末の空模様がよろしくない。これを書いている今日も雨。先週も3連休だというのに、天気が悪かった。仕方ないので、そろそろ長くなってきた髪を切ってもらいがてら近所の武蔵小杉まで出かけて、どうしても気になっていたCDを、イトーヨーカドー内のCDショップで購入(商品券が使えたので)。その帰りに、DVDをレンタルして自宅で観賞した。両方ともなかなか内容が興味深かったので、今週は秋の豪華版(?)ということで、その2つを一遍にとりあげてみたいと思う。

 上原ひろみは最近話題の女性ジャズピアニスト。僕は、昨年の夏の「東京ジャズ」に出演した時の模様を、秋に放映されたテレビで観て彼女を知った。印象に残ったのは、見事なテクニックやアコースティックピアノのうえに置かれた真っ赤なノードリード(シンセサイザー)、そしてなによりも本当に楽しそうに演奏する屈託のない笑顔である。最近では、NHKの「トップランナー」にもゲストで出演し、自身の生い立ちや考え方などを語りながら、自分のグループで3曲ほど演奏を披露した。

 「アナザーマインド」は2003年に発売された彼女のデビュー作である。テレビを観て興味を持った僕は、先ずこれを聴いてみようという気になった。ジャズを中心に優れたミュージシャンを輩出しているバークレー音楽院の作曲科を首席で卒業したという人らしく、このアルバムは全曲彼女のオリジナル曲で構成されている。

 内容は、僕にとっては必ずしも全部が素晴らしいという印象ではない。冒頭の「XYZ」などトリオ編成の演奏は素晴らしい。彼女の作曲の才能は、これまでに彼女が接してきたと思われる様々な音楽の影響が、やや直接的に出ているように思えるという意味で、ユニークさという点でいま一歩かもしれないが、オリジナリティは確かに優れている。

 聴いてみて不満な点もある。一番の疑問はなぜトリオ編成で通さなかったのかということ。2曲目の「ダブルパーソナリティ」は彼女らしい作品だが、アルトサックスとギターが参加する必然がいま一つ感じられない。続く「サマーレイン」もやはりサックスがフィーチャーされるが、あまりに安易な印象を受けてしまったのは僕だけではないと思う。

 アマゾンのレビューでこのアルバムについて「ゴルフ場のロビーで流れている様な音楽」と酷評した方がいらっしゃったが、それは特にこの曲に対するものだと考えれば、極めて合点がいく。その人はおそらくここまで聴いて嫌になったのだろうと思う。正直、僕も最初に聴いたときは不安になった。彼女がかつて学んだと言うヤマハ音楽教室に関する、僕が嫌いな一面が凝縮された様な音楽にも聴こえた。5曲目の「010101バイナリーシステム」もシンセをフィーチャーした作品としてはいま一つ中途半端な印象である。

 とは言え、僕はこの一週間は通勤時にはほとんどこれを聴いていたので、それなりの聴き応えがあることは確かだ。「サマーレイン」は予め僕のiPodからは除いてある。この音楽をかつてのプログレッシヴロック、とりわけキース=エマーソンの音楽に似ているという人もいるようだが、僕自身はチック=コリアが1980年代後半に世に放ったエレクトリックバンドとアコースティックバンドの音楽性に近いように感じる。

 ある意味、最近このろぐでとりあげたマルグリュー=ミラーやジェシカ=ウィリアムスのような、伝統に強く根ざしたピアノジャズの一面は、この作品にはない。現代の日本的エッセンスとでも言えるインダストリアルな要素に満ちあふれた音楽である。そこに若い彼女の独特の元気なエモーションが弾き込まれているので、インダストリアルな一面が嫌みにならない新鮮さが感じられるのだろう。

 日本人女性ジャズピアノと言えば、1990年代半ばに現れた大西順子を思い出す。彼女も当時はテレビに出たり、海外の大物リズムセクションを従えて次々とアルバムを発表したりと、大忙しの数年を過ごしたのだが、その後ぱったりと音信がなくなったので気にはなっていた。それがこの春に5〜6年のブランクを経て活動を再開されたようである。彼女や、今回の上原、そして最近もう一人話題になっている山中千尋にしても、いずれも力強いタッチのピアノ演奏で、現代的な意味での日本人女性の魅力を表しているように思う。

 そのなかでも上原の魅力は、特に現代的な感性に大きく軸足を置いていること。全面的にエレキベースを採用しているのはその象徴といえるだろう。そして「おてんば音楽」とでも言える、従来のジャズの枠にとらわれない奔放さである。僕にはそれが決していままでにない斬新さだとは思わないけれど、そういう「日本らしさ」が海外でも高く評価されていることは素晴らしいことだと思う。

 12月に東京でも予定されているライヴは完売とのこと。僕は、すでにセカンドアルバムの「ブレイン」も購入し、今週には3作目の「スパイラル」が届く予定になっている。それらについては、また追って紹介したいと思う。今後が楽しみなアーチストである。どうか、周囲の雑音を上手くしのいで、今後も力強く自分の道を切り開いていって欲しい。

上原ひろみ ヤマハ音楽振興財団による公式サイト

10/10/2005

オウテカ「アンバー」

  久しぶりにCDの整理をやってみた。ディスクユニオンで買取り強化サービスをやっていて、通常査定額の20%増しで引き取ってくれるという。居間にあるCDラックから溢れ出したCDが、テレビ台の前に列を作っていて、妻からの「足をのばして寛げない」という苦情を、ずっと聞かぬふりをしてやり過ごしてきたのだけど、これを機会に少し整理して処分しようという気になった。

 2時間近く作業して、今回はジャズ、クラシック、テクノを中心にざっと100点程度を処分することに決めた。これを紙袋2つに分け、彼女にも手伝ってもらって、自宅からお茶の水にあるディスクユニオンまで手で運んで行った。これが結構重いのである。ディスクユニオンは、ちゃんとジャンルごとの専門家がそれなりの査定をしてくれる。今回はジャンルが複数にまたがっていたので、多少手間と時間がかかったが、キャンペーンの20%増しのおかげもあって、合計で6万円を少し上回る査定結果には、十分満足だった。

 処分してみてわかったのは、いままであまり期待できなかったテクノ系の査定額が、予想以上に高かったこと。これまでも何度かテクノ関係のCDを処分したことはあったが、本当にどうでもいいような買って後悔した作品が中心だったからか、1枚100円とか50円という散々な査定結果に、これからはこういう買いものをしないように気をつけないとなあ、と自分に言い聞かせたものだった。それが今回は、一時期かなり愛聴したコンピレーションなどを中心に、もう聴かないかなと少し思い切って処分したところ、ものによっては1枚1000円以上の査定がついた。これには少し意外な感じがした。

 インターネットブームにやや先んじて起った、1990年代半ばのテクノブーム。面白いジャズがないなあと嘆いていた僕は、そのジャンルにかなりハマった時期があった。ちょうどMacを手にした時期でもあって、聴くだけに飽き足らずに自分で音楽を創ってみたりしたこともある。その頃作った作品は2曲ほど、いまもテープに残してあるが、はじめて作ったにしてはなかなかの出来だと思っている。

 テクノという音楽ジャンルはそれ以前から存在していて、少なくとも、アナログシンセサイザーとシーケンサーが出現し、それによって奏でられるリズムを基盤に据えた音楽を演奏したドイツのクラフトワーク、そして日本のイエローマジックオーケストラあたりが、ジャンルを形成する上で重要な役割を果たしたのだと思う。もちろん、その源としてさらにそれ以前の電子音楽やテープ音楽にさかのぼることはできるだが。

 1990年代のテクノは、そうした音楽機材がお手頃な価格になったことと、欧米でのハウスミュージックの興隆といった動きが結びついて、誕生した音楽ジャンルである。若いアーチスト、若いレーベルオーナー等を中心に、商業主義で停滞していた観のある音楽の世界に、とても新鮮な風を巻き起こした。アーチストでは、エイフェックスツイン、オーブ、オービタル、システム7、ブラックドッグ、FSOLなど、レーベルでは英国のWARP、ベルギーのR&S、アメリカのTVTなどが、そうしたムーヴメントをもり立てた主役達だった。

 彼等から新しいクリエイティヴな音楽が次々と発表されるのは、本当にわくわくする様な時代だった。当時、僕はもう30歳代になっていたから、そういう音楽を楽しむ世代としては、おそらく既にちょっと年齢が高めだったと思うが、僕はやっぱり新しいものが欲しかった。CD屋さんにはハウスミュージックの売り場が出来、その中にテクノのコーナーが出来るまでになった。

 その後、テクノは急速な広がりを見せて拡大し、大きくなることと引き換えに、必然的に現れるつまらなさが目や耳につくようになった。作品では、従来のパターンを真似ただけの安直なものとか、ポップミュージックに接近した作品、急速に進化を遂げたコンピュータを取り入れた複雑なものなどが出てきて、本来の新鮮さとは別の側面が目立つようになった。技術の進化と同様に、テクノミュージックの世界も急速に変化していったわけである。

 先にあげたアーチストやレーベルは、現在も素晴らしい活動を続けている。どうでもいいような連中は姿を消してしまった。いま振返ってみると、そのすぐ後に続いて興った、ヤフー、アマゾン、イーベイ、そしてグーグルを中核とするインターネットビジネスの状況によく似ていると思う。

 今回は、テクノのなかで僕が一番好きなアーチスト、オウテカの作品をとりあげた。これは、彼らにとって公式には2枚目のアルバムだったと思う。アナログシンセ、リズムマシン、サンプラーを主体に、他のアーチストとはかなり違う明確な音楽世界が表現されている。アナログテクノの金字塔と言える作品である。どの曲を聴いてみても、独特の音世界と心地よさが同居している。夕暮れか早朝の日差しに、紫色にそまる砂丘のジャケット写真が印象的だ。

  彼らもまた、この作品に前後するアナログ時代からしばらくして、コンピュータを大胆に導入したデジタル音楽を模索した時期があった。僕は彼らの作品は出るたびに必ずチェックしているが、実を言うと今回のCD処分で、その時期の作品のほとんどを処分してしまった。試みの大胆さは面白いし、独自性も相変わらずだったが、なぜか僕には何度も聴きたくなる気にはならなかった。最新作「アンティルテッド」(写真右)が出て、ようやくそれが一つの完成を見たように感じた僕は、過渡期のものを処分することにしたのだ。また聴きたくなることがあるかも知れないが、その時は音楽配信を利用することにしようと思う。

 コレクションを手放すことに寂しさはあまりなかった。それよりも整理が出来たことで、何か少し気分が軽くなったように思えた。思いがけずお小遣いも手に入った。これはまた新しい音楽を探究するのに費やそう。最近は以前より慎重になったせいで、あまり失敗はない。こういうことを学ぶためにも、たまに蒐集したものを整理するのはいいことだ。

WARP Records ワープレコードのサイト。テクノの老舗らしい仕掛けが一杯のサイトです。

(おまけ)
 テクノとは何の関係もありませんが、先の週末、伊豆長岡と沼津に行ってきました。その時に沼津市内のお寿司屋さん「幸寿司」でいただいたお寿司です。手長エビをはじめとする秋のネタが盛りだくさんで、本当においしいお寿司でした。わざわざ行った甲斐がありました。

 長岡で泊まった旅館の近くにある、かつらぎ山の頂きからの眺め。左手に相模湾、右手には富士山が見えます。天気もよく、とても気持ちのよい眺めでした。

10/02/2005

渡辺香津美「Mobo」

  先日のある夜、久しぶりに六本木でライヴを楽しむ機会があった。僕の友人で音楽好きの2人の男から、それぞれお店を紹介してもらい、一晩で2種類の異なる演奏をハシゴするという、贅沢とも慌ただしいとも思える夜だった。でも、おかげで僕の様な楽器を少しいじっている人間にとって、それは熱い何かを蘇らせてくれるような、とても素晴らしい夜になった。

 一軒目は、六本木のジャズクラブ「サテンドール」。ここで日本を代表するジャズギタリスト渡辺香津美さんの演奏を楽しんだ。今回は彼と、ギタリストの天野清継、パーカッションのクリストファー=ハーディーというトリオ編成に、後半、香津美さんがギターで師事した中牟礼貞則がゲストで参加して、デュオとトリプルギターの演奏を聴かせてくれた。

 このお店は、僕が数年前に会社である仕事を共にすることになった音楽好きの男が、過去何年間にもわたって月に2回は通っているという常連で、彼のおかげでとてもいい席に座らせてもらった。香津美さんの真正面から指使いやら、楽器の種類やそのセッティングまでじっくりと観ることができた。今回は、もう一人僕の幼馴染みの(彼も趣味でギターをやっている)も一緒で、3人で始まる前から、ステージの機材を見ながらあーだこーだと話し込んで盛り上がっていた。

 演奏は、ギターデュオによる「地中海の舞踏」に始まり、「オール ザ シングズ ユー アー」などお馴染みのジャズナンバーを中心に、ラストは全員による「セント トーマス」まで、とても気持ちよく1時間15分のファーストステージを聴かせてくれた。

 驚いたのは、(もちろん香津美さんの人気はわかっているのだけど)このようなジャズクラブが平日の夜にもかかわらず、超満員になっていること。場所柄そして出演者からお客のほとんどは僕らと同年代かそれ以上の男性が多いが、みんなグループで連れ立って楽しみに来ているようだ。世の中の景気は確かにいいんだなと実感した時間でもあった。

 このお店は(注文はすべて常連の彼任せだったのだが)料理もとても美味しく、飲み放題を選択することもできて、なかなかリーズナブルな金額で楽しむことができた。難を言えば多少音響に問題があるように感じたが、まあそれも含めてクラブスペースの魅力と言ってしまえばそれまでだろう。

 そのままセカンドステージまで楽しんで行くという常連の彼を残して、僕ともう一人の男は名残惜しく思いつつもお店を後にした。次のお店は、その男が「面白いものが観れるから折角だし寄って行こう」と連れて行ってもらうことにしていたのだ。その彼は、これまでにもこのろぐに何度か登場している、僕の幼馴染みである。彼はギター弾きで、奥さんと中学生と小学生のお嬢さんが二人いるというのに、自分のために結構値が張るギターを衝動買いしてしまうという、めでたい男である。

 二件目は「バウハウス」というお店。こちらはハウスバンドが往年のロックの名曲を生で聴かせるというお店。先ほどのサテンドールとは、ちょうど六本木交差点を挟んで対称の方角にある。ついでにお店の雰囲気も対照的で、暗い店内に派手な照明などをセットした狭いステージがしつらえてあり、チープな感じのテーブルとシートがその方向にセットされている。僕らが着いたときはライブはまだ始まっておらず、前面のスクリーンに、アル=ヤンコビックのおバカなパロディービデオ作品が上映されていた。

 ビールを注文してしばし2人でそのビデオをながめながら話をしていた。客はまばらだったが、外国人のお客さんもいて、このお店が好きで気楽に来ている雰囲気がよい。そうこうしているうちに、さっきまでステージ脇のテーブルで飲んでいた一団が腰を上げたかと思うと、ステージで準備を始めた。彼等がハウスバンドだったのだ。

 正直なところ、先のお店で強力な演奏を目の当たりにしていたので、こちらはまあお遊びかそれこそパロディのようなノリかなという程度で、音楽的にはさほど期待していなかったのであるが、いざ演奏が始まってみると、さすがに毎晩数回のステージをこなしているだけあって、実に上手いのである、これが。ばっちり決まったリズムの上で、小気味よい唸りをあげるストラトキャスターに、僕はまたしても熱くなってのめり込んでしまったのである。

 演奏されたのはボンジョヴィの「リヴィング オン ア プレイヤー」やシンディ=ローパーの「タイム アフター タイム」など、1980年代の豪華な洋楽ヒット曲のオンパレードである。メンバーは曲によって微妙に構成を替え、さっきまでウェイトレスをしていた女の子が、いきなりステージに上がって元気一杯にヴォーカルを披露するという具合で、これがまたキュートというかセクシーというか、とても新鮮な感じなのである。女の子がロックを歌う姿を最後に見たのはいったいいつのことだったか。

 時間の関係で、残念ながらこちらのお店も1ステージを楽しんだだけで、出てしまうことになった。まあこちらはいつ来ても、一貫したスタイルの演奏が楽しめるので、懐かしいロックを生で聴きたくなったら気軽に来れそうである。近いうちに、また他の友人を誘って訪れてみたいと思う。金曜土曜は早朝まで営業しているらしい。

 連れて行ってくれた男の話では、プロのミュージシャンにもこの店に通ってくる人がいるのだそうだ。そこでセッションになることもあるらしく、そこで負けたくないのでハウスバンドのリーダーも日夜練習を欠かさないのだとか。

 ということで、ちょっと慌ただしくもあったが、一晩でこんな素晴らしい音楽体験をさせてくれた、二人の友達にはあらためてお礼を申し上げたい。以前からその気はあるのだが、自分のなかにあるミュージシャン魂も、火を消してしまってはいけないなと誓った帰り途であった。

 今回の作品は、数ある香津美作品のなかでどれが一番好きかという、無謀な問いにとりあえず出した答えである。これが発表された時、僕は大学生だった。コピー演奏だけではつまらないなあと思っていた僕にとって、このユニットで展開される単純なリズムパターンをベースに、ロックやジャズの要素が入り混じった不思議な広がりを持つ躍動は、とてつもなく衝撃的であり刺激的であった。

 一部の曲を除いて、キーボードを省いていることもそうなのだが、こんな自由な音楽なら、自分達にもできるのではないかと思った。もちろん、すぐにそれは別の意味でとても難しいということを知ることになるのだが。それでも僕の音楽観は、演奏という視点からもこの作品に触れたその頃から、大きく膨らみ始めたように思う。いまだに忘れられない作品である。僕にとって、六本木のイメージを一番よく表している音楽はいまでもこの作品だなと思い、これをとりあげた。

 久しぶりに訪れた六本木の夜は、楽しく活気に溢れたものだった。街で見かけたそこを行き交う様々な人の姿と、そこで聴いた音楽、そこで吸い込んだ空気に、新たなエネルギーをもらった。たまにこういう充電はいいものだ。これからも時折また足を運ぼうと思っている。

KW 渡辺香津美さんの公式サイト
サテンドール
ロックの殿堂BAUHAUS

9/24/2005

ビル=フリーゼル「イースト ウェスト」

  先の火曜日、はじめて胃の内視鏡検査を受診した。いわゆる胃カメラである。定期健診の超音波診断をした医師から一度受けておいた方が良いといわれ、ふーんそうなんですかと、言われるままに予約を入れたのだ。おかげで、先の三連休最終日の夜は10時で食べ物もお酒も水もおしまい、当日の朝はもちろん何も口にできない。やはり朝食抜きではいまひとつしゃんとしない。

 いったん出社して、予約の時間になって職場近くの病院に出向いた。気分はあまりすぐれなかったけど、ここの看護士さんは素敵だなあなどとキョロキョロしていると、すぐに名前を呼ばれて検査が始まった。先ず胃の中を泡立てるとかいうことで、ゼリー状のものを1ショット程飲まされる。と思ったら「はい、アーンして」と看護士さんに促されて、アーンすると喉の奥に麻酔薬を噴射された。これが結構しみると思ったらすぐに喉の感覚がおかしくなった。

 すぐに寝台に横になって、口にプラスチックのリングをはめられると、あのテレビで観た黒いチューブ状の主役が現れた。太さは1センチ弱位か。「じゃあ入れていきますよー」とヴェテランらしい女医さんがチューブを入れていく。脇のモニターに僕の咽頭、食道、胃の様子が映し出される。我ながら、なかなかきれいなものだなと思った。

 正直、胃の中まではあまり強い違和感はなかった。ところがチューブはやがて胃を出て十二指腸に達し、そこで腸壁のひだを撫でるようにゴニョゴニョと動き始めた。この時はさすがに腹の中をかき回されているようで、思わずうなり声をあげてしまった。場所的にはちょうどお腹の真ん中あたりである。「はーい、十二指腸もきれいですよお」と言われたが、安心と不快感がせめぎあう奇妙な感覚で、早く終わってくれぇと心の中で叫んだ。

 結局、検査結果としては異常なしであった。日頃の飲酒に加えて、前の週が特に飲みまくりだったので、内心不安も少しあったのだが、ひとまず安心である。具体的に自分の胃の中を見てしまうと、空きっ腹にハードリカーはいけないなと、まさに身を以て感じた体験であった。

 この一週間は蒸し暑くもあり、朝の気温が低くなりで、結局途中から軽く風邪をひいてしまった。幸い、大事には至らず、いまではほとんど回復している。出勤が3日間しかなかったのが幸いだった。

 さて、このところ好調な新着CDから、今回はジャズギタリスト、ビル=フリーゼルの新作をご紹介しよう。2枚組のライヴ盤で、タイトルに表されるようにアメリカの西海岸東海岸のジャズクラブでの演奏を、それぞれ1枚ずつに収録してある。ウェストは、前回でもとりあげたオークランドの「ヨシーズ」での演奏(ここは随分繁盛してるんだなあ)。イーストはニューヨークの老舗中の老舗「ヴィレッジヴァンガード」での演奏である。いずれもベースとドラムによるトリオ編成で、ビルはエレキギターとギターシンセサイザーを彼なりの手法で弾きまくる。

 ビルについては、彼が参加している作品をこれまでにも既に何度かとりあげている。最近ではマーク=ジョンソンの作品を、その少し前にはポール=モチアンの作品をとありあげた。つまるところ、僕はビルの大ファンなのである。

 ビルの音楽はメロディーやハーモニーの点でもかなりユニークであるのだが、とりわけリズム(=時間)の感覚が際立っていると思う。それがまた日本でいまひとつ彼の人気が盛り上がらない理由のように思う。

 日本でフュージョンミュージックの洗礼を受けた人で、楽器演奏をかじった人は多い。彼等の多くに共通する音楽観は、音楽を楽譜に対して縦に分けて考える傾向が強い。五線譜を与えられた時、それが四分の一、八分の一、十六分の一などと、縦に整然と分割されていることを強く意識する傾向があるように思う。そこから、裏打ち、三連、六連、変拍子と展開していくわけだが、あくまでも規則的で数学的な展開を好む。これは僕の個人的な見解だけど、音楽観としてシンプルではあるが、ある意味で狭いと思う。

 ビルの音楽は(メロディーやハーモニーも含めてのことだと思うが)、時間が楽譜に対して横に膨張したような感覚がある。その独特のグルーヴ感(いわゆるノリ)は、明確なビート感覚や小節割りを超えたところにあるように思う。僕は音楽を聴くとグルーヴに合わせて頭を縦に揺らす癖があるのだけど、彼の音楽では規則的に頭は揺れず、浜辺に打ち寄せる波の様に、不規則な大きなうねりを描いてしまう。そこが彼の音楽の灰汁の強さとでも言おうか、大きな魅力なのである。これがハマると、なかなか心地よく病みつきになる味なのである。しかし僕の周囲でビルが好きだという人には、残念ながらあまりお目にかかれない。

 今回の作品では、アメリカの西と東での微妙な地域的ジャズテイストの違いが少し反映されているようにも思えるが、通して何度も聴いてみると、あたかもこれが一つのステージであるように聴こえてくるから不思議である。

 コロラド州のデンバーで幼少期を過ごし、その後ブルースギターに憧れてシカゴに行くという経歴が、そのままストレートに彼のギターの基盤にある。そのことは聴いてみればすぐにわかると思う。彼は変態的フリーギタリストではなく、非常にしっかりとしたアメリカンミュージックをバックグラウンドに持った演奏家なのである。そのことは、この作品の至る所ににじみ出ていると思う。やはり人間はアイデンティティがないといい仕事はできない。

 ようやく秋の気配がはっきりしてきた。検査も済ませ、体調もよくなって、また音楽と酒に拍車がかかる季節に突入する。ああ、そうそう、僕は先週で41歳になりました。皆様のおかげです、ありがとう。これからもよろしく。

The Offocial website of Bill Frisell ビルの公式サイト

9/17/2005

ジェシカ=ウィリアムズ「ライヴ アット ヨシーズ vol.2」

  今週は日ごとに秋が近づいてくるのを感じさせた。薄手のパンツとか半袖のシャツとか、そろそろ夏物の服装を仕舞い始めた。この一週間はよく飲み歩いた。銀座でウィスキーを飲んだり、神楽坂でワインベルギービールを飲んだりした。勤め先の近くにある顔馴染みの店「カドー」にも顔を出した。気候も良くなり、景気も少し良くなってきた。お店はどこもなかなか盛況であった。これぐらいがちょうどいい。

 秋の酒は味が深まって旨い。日本では来週月曜日と金曜日が祭日となる。僕の様な会社員にとっては、3日間出勤すればまた3連休。贅沢な気分だ。期末が近づいてきて鬱、という人もいらっしゃるかもしれないが、楽しまずには損するばかりである。

 音楽の方もコレクションが好調。ここで採り上げてみたい作品が、この先4回分程度は確定という状況である。先ず今回は少し前にご紹介した、MaxJazzのピアノシリーズから、女性ピアニスト、ジェシカ=ウィリアムズのライヴ盤を紹介したい。

 収録された会場は前回ご紹介したマルグリュー=ミラーと同じ、カリフォルニア州オークランドの「ヨシーズ」というお店。先にリリースされているvol.1に続くもので、僕は同社のサイトで試聴の結果、先にこれを買った。もっとも、手元に届いて聴いてみてすぐに第一集も購入したのだけれど。

 この作品は、何も難しいところはない。ゆったりしたジャズクラブの空気をそのまま部屋に運んできてくれる。ジェシカという人のピアノ演奏は、それほど個性のあるものではないかもしれないが、味わい深くて実に巧い。そこにレイ=ドラモンドとヴィクター=ルイスというヴェテランを従えた演奏が、物足りなさなど感じさせるはずもない。聴いて疲れず、かつ十分なくつろぎと音楽的欲求を満たしてくれる、なかなか有難いバランスを持った作品である。

 普段ここで紹介する作品にはなかなか手を出しあぐねている方も、これは間違いなく満足できる作品である。独りでゆっくりと、好きな人と二人でも、パーティでも、ラジカセでも、立派なオーディオセットでも、お好みのスタイルでごゆっくりお楽しみください。

Jessica Williams ジェシカの公式サイト。意外なほど(?)しっかりしたサイトをお持ちです。

(追伸)
 前々回のろぐでとりあげた、祐天寺の鉄道カレー店「ナイアガラ」の店名の由来について、このろぐを読んだくれている友達から教えていただいた。知りたい方はこちらをご覧ください。Jさん、ありがとう。

9/11/2005

ウェザーリポート「ミスター ゴーン」

  最初にご報告を。以前のろぐで、長澤まさみさんが主演する映画「タッチ」の撮影に関するお話を書いた。作品は完成し、ここ1ヶ月ほどは、プロモで彼女の姿をテレビで見かける機会が多くあった。並行して現在放映中のドラマ「ドラゴン桜」もなかなか好評のようで、嬉しい限りである。

 映画の公開が昨日から始まっており、僕も早く観に行きたいのだが、それに先立ってとあるテレビ番組に彼女が生出演して行われたプロモがあった。番組のなかで紹介された作品を見ていると...問題のシーンが映ってそのなかにしっかり映っている僕ら二人の姿を確認することができた。もちろん大きく映っているわけではないので、言われないとわからないかもしれないが、ともかく祝、映画出演である。めでたし。

 さて、先の金曜日、会社の同僚のある男と飲む機会があった。10年ほど前に当時僕がいた職場に彼が異動してきて以来、面識はあった。宴会の席での会話やカラオケなどで、お互いにそれなりの音楽好きであることは認識していたのだが、なぜか意図的にか無意識にか距離を置いた付き合いのまま、ここまで時間が経っていた。それが急に飲みに行くかとなるのだから、不思議なものである。

 彼は興味を持ったものには、結構深入りする性分のようで、最近の関心テーマである「酒と肴と器」に従って、彼がお店をアレンジしてくれた。東京三軒茶屋にある阿川というお店。カウンターメインの小さな心地よい空間である。料理もとてもうまいし、値段もそれほど高くない。

 お互い、音楽のストライクゾーンはかなり異なるのだけど、音楽の聴き方に似ているところがあるおかげで、なかなか話がはずんだ。音楽の話題としては、1970年代半ば以降のポストジャズシーンを彩った国内外のリズムマン達(ベーシストやドラマー)あたりを接点に、仄暗い空間で旨い酒と肴をやりながら、あーだこーだと言葉を回したひとときだった。

 インターネットのおかげで、最近は情報を手繰れば簡単にモノまで引き寄せられる時代になった。音楽に限らず、蒐集系のマニアが集まると、「あれ知ってる?俺のなかでは最高だよ」「じゃあこれ知ってるかい?え、知らないのオ」と、単なる知識のぶつけ合いになることもある。始まりはそれでいいかもしれないが、What(何物)とHow(如何)のバランスはどちらに崩れても空しい結果になるものだ。その意味で今回はなかなか面白い話を体験することができたと思う。

 今回の作品は、その関係で選んでみた。マイルスの「ビッチズブリュー」で出会った二人を中心に組んだユニット「ウェザーリポート」の1978年の作品である。彼等はこの前作「ヘビーウェザー」に収録されたヒット曲「バードランド」で、一躍ジャズの新時代とかフュージョンの確立とかもてはやされるようになったわけだが、続く本作はその延長ではあるのだが、延長線というよりは指数関数曲線的に飛躍しているのが素晴らしい。ここでついていけなくなって振り落とされてしまった人もいたようで、この作品は意外にもCD化されるのに時間がかかった。

 僕はこの作品がウェザーの頂点であると思っていて、本作に続く「8:30」「ナイト パッセージ」を合わせて彼等の最高期3部作だと勝手に解釈している。「ヘビーウェザー」はその意味ではまだ「楽譜の世界」にとどまった音楽とでもいえる印象を持っている。

 ここでは、ジャコ=パストリアスがウェイン=ショーターと並ぶほどの中核メンバーとしてのポジションを不動にする一方で、ジョー=ザヴィヌルのマルチキーボードがMIDI以前のものとして最高レベルに成熟して、音楽全体を支配している。一方、ドラムはこれ以降メンバーとなるピーター=アースキンに加えて、スティーブ=ガッドとトニー=ウィリアムスがほぼ均等に起用されているのだが、そんな超大物3人を別々に使い分けても、アルバムとしての仕上がりにまったく違和感がないところが、ザヴィヌルの凄いところだ。

 一番長い曲でも7分弱、あとは3〜5分というコンパクトななかに、彼等の技とアイデアが凝縮されている。重厚なシンセのイントロに続く緊張感のあるシーケンスにアフリカンリズムをかぶせる「貴婦人の追跡」。ジャコの信じらないようなオクターブベースにシンセを重ねたディスコ調が楽しい「リヴァーピープル」。そして僕がウェザーで一番好きな作品「ヤング アンド ファイン」。センターで刻み続けるガッドの16ビートハイハットの妙技に、ジャコの流れとよどみが交錯するベースライン、そしてそれに乗って繰り広げられる、ショーターとザヴィヌルの圧倒的なソロ演奏、素晴らしい!

 タイトル曲の「ミスター ゴーン」では、オーバーハイムシンセサイザーが奏でる不気味な4ビートの伴奏を、御大トニー=ウィリアムスのグルーブに絡ませて、しかもそのバスドラにディストーションをかけてしまうという、マイルスでもやらなかった仰天の荒技に圧倒される。タイトルの意味はやはり「4ビートの亡霊」という意味なのだろうか。そして、ジャコの傑作「パンクジャズ」、冒頭のジャコとトニーのインタープレーが、かつてのコルトレーンとエルヴィンを思わせるスリルである。

 マイルスの名曲「ピノキオ」でこのグループの原点であるマイルスとグループインプロヴィゼーションの手法を再確認して、最後はザヴィヌルの傑作「アンド ゼン」がしめる。こんな美しいメロディとコードワークが他にあるのかと酔いしれるところに、デニース=ウィリアムズとモーリス=ホワイトという超豪華ソウルデュエットが登場。たった2,3行の歌詞を高らかに唱いあげる。「そしてその先は」と求めると、アープシンセサイザーの謎めいたハーモニーが煙のように漂いながら、ゆっくりと彼等は消えていくのである。恍惚。

 久しぶりにこの時代の音楽を思い起こし、浸ってみることができた。

9/04/2005

マーク=ジョンソン「ベース デザイアーズ」

  しばらく運動不足の状態が続いたので、この土曜日はちょっと遠くまで歩くことにした。今回僕らが選んだ行き先は代官山(東京都渋谷区)である。11時過ぎに二人で自宅を出発。相変わらず蒸し暑くて日照も強い天候だったが、真夏のそれに比べると少し勢いがマイルドになっているのはわかった。シューズはトレーニング用の軽くて通気性の高いものを履いて出たので、いつもより足が軽く動く。

 地図でざっと確認して決めたルートは、自宅がある川崎市中原区のガス橋付近から、橋を渡って東京都大田区に入り、そのまま川沿いを北上して丸子橋まで行き、東急東横線多摩川駅から沿線を歩いていくというもの。これだと途中で疲れてしまっても、電車にすぐ乗ることができるし、沿線はいろいろなお店などもあって、それらをながめたりしながらぶらぶら気分で行ける。総距離はおよそ15kmというところだろう。まあ僕らにしてみれば中距離のウォーキングである。

 予想通り、蒸し暑さを感じつつも足取りは調子よく運んだ。頭のなかで奏でたBGMはマーク=ジョンソンの「サムライ ヒー ホー」、今回の作品のオープニングナンバーである。この作品は1985年のもの。マークについては、かつてビル=エヴァンスの作品を採り上げた際に少し触れた。長らくサイドメンとして研鑽を積んだ彼が、はじめて制作した自身のリーダー作品である。

 メンバーはドラムにピーター=アースキン、そしてビル=フリーゼルとジョン=スコフィールドという変わり種ジャズギター侍2人をフロントに据えた、とても風変わりクァルテットである。これが発売された時、僕はそのメンツを見るなり、すぐお店に電話で注文を入れた。内容はいま聴いても非常にオリジナリティに溢れる超モダンジャズである。

 「サムライ ヒー ホー」はタイトルからわかるように、日本のイメージをテーマにした作品。4分の6拍子のリズムに乗ってオリエンタルなメロディーが軽快に歌うとても楽しい曲である。持ち前のブルースフィーリングを織り込みながら、時折4分の4の調子で踏み外しそうにも聴こえるスリリングなソロを展開するスコフィールド。そして印象的なインターヴァルに続くフリーゼルのギターシンセサイザーソロは、彼の演奏のなかでも代表的な名演だろう。強力なリズムセクションに支えられ、音符とは無縁のところで自由に音のキャンバスを埋めてゆく様が気持ちいい。

 さて、東急多摩川から田園調布、自由が丘、都立大学、学芸大学と沿線を巡るウォーキングは、なかなか快調に運んでいった。途中、水分を補給したり、沿線のいろいろなお店に入ったりしながら歩いたので、時間は1時半になろうとしていた。何かお昼ご飯をということになり、このところブームになっているカレーのことを考えて思い出したのが、祐天寺駅前の「ナイアガラ」である。

 このお店はカレーのお店というよりも、鉄道マニアのお店として全国的に有名なお店。テレビにもよく出てくる。店頭にあしらわれたD51のプレートを目印にお店を見つけると、自販機で食券ならぬ乗車券を購入。店内は昔の客車用のボックス席をそのまま使った座席とカウンター席があり、僕らは昔懐かしいボックス席に座った。

 食券を渡すと「注文です」とは言わずに「3番さん発車します、急行2枚です」ちなみに急行とは中辛のこと。壁一面には駅や列車の様々なプレートなどが貼られていて、卓上の花差しやナプキン入れ、塩や胡椒の小瓶などもかつての特急電車の食堂車で実際に使われていたものである。そして圧巻は、厨房からボックス席を囲むように壁伝いに敷設された線路。なんと注文したカレーは、ボックス席の客には、この線路を走る鉄道模型の機関車「ナイアガラ号」によって運ばれてくるのだ。

 このお店のカレーは、昔懐かしい家庭のカレーライスである。やわらかいジャガイモが入っていて、味は最近売られている市販のカレールーに比べると、一口目には少し薄く感じられる。日頃、辛いカレー濃いカレーと考えていた僕は、最初は「うーん薄いかな」と思ったのだが、結論としてはなかなか美味しいのである。そこはやはりカレー屋さんであり、単なる鉄道マニアのお店ではない。

 おかげでお腹はいっぱいになった。車掌に扮した店長さんがとても感じの良いおじさんで、お店を出る時に入店記念と称して、昔の硬券を模して作ったナイアガラ入場券と、駅のスタンプに日付を入れたものを紙に押して渡してくれた。

 さて、そこから一気に中目黒を通って目的地の代官山までは30分ほどで到着した。時間は3時になっていた。この街は僕は結構好きな場所である。若さももちろんだがあまり気取らない品がある。お店の入れ替わりは実は結構激しいのだが、いつも変わらぬ落ち着いた雰囲気がいい。平日ならきっともっと気持ちよく買物ができるのだろう。

 雑貨店で熊さんの形をしたペアのスパイス瓶を買って、あとは界隈のお店をざっとながめ、そのまま東横線に乗って帰路についた。足はさほど疲れた感じはなかったが、家に帰って軽く夕寝のつもりが、二人ともぐっすり寝てしまった。まあ久しぶりにちょっとした運動はできたし、いろいろなお店に行けたので、安上がりで満足な一日だった。

 しばらく新作のなかったマークだが、ECMから今月新作がリリースされるらしい。楽しみである。

(追伸)
 ところで、祐天寺のカレー店「ナイアガラ」の店名の由来をご存知の方がいらっしゃれば、コメント欄かメールにてご一報いただければ幸いである。自宅に戻って妻とその話になり、ネットでも調べてみたのだがこれが意外にもわからない。とりあえず2人で考えたのは以下の仮説であります。

説1.蒸気機関車の煙が後方に長くたなびく様を鉄道マニアが「ナイアガラ」と称することから
説2.カレーを皿に盛りつけた様がナイアガラの滝を彷彿とさせるから
説3.レールが店内をぐるりと囲むように配されている様子がナイアガラの滝のようだから

まあ、店長に聞けば済む話なのだろうけど。

8/27/2005

デヴィッド=S.ウェア「ライヴ イン ザ ワールド」

  台風がやってきて、関東地方はまたまた一気に蒸し暑くなった。嵐が去った金曜日の夜9時でも、東京渋谷の気温は30度もあったそうだ。

 この夏は猛暑というわけではない、普通の夏だったように思う。「クールビズ」の効果だったとはにわかに思えないけど、ここ数年続いた連日の暑さというのとは、少し違った夏だったように感じた。

 まだ夏が終わったというわけではないのだが、来週からもう9月に入るという事実に、どことなく惜しい感じがする。やはり夏はいい。太陽がいいし、ビールがうまい。僕の大好きな辛い食べ物も特にうまく感じられる。

 僕はカレーが大好きである。インドカレーやタイカレーも好きであるが、一番好きなのはカレーライスだ。子供じみているとは言わせない。辛いヤツがいい。自分で作るのも好きだ。今年も2回ほど作ってみた。

 大阪にいた頃は、ずっと通いつめたカレー屋さんがあって、僕はそこのカレーがいまでも一番好きである。あちらにいく機会があるときはできるだけ立ち寄るようにしている。大阪梅田周辺に数店出している「インデアンカレー」というお店。大阪ではかなりメジャーなお店である。今度、東京の丸の内に出店するという噂を、インターネットで知った。嬉しいと思うなかにも、一抹の不安か心配がよぎるのはなぜだろう。

 今日も、夕食を自宅の近所にあるタイ料理屋さんですませた。JR横須賀線新川崎駅のすぐ近くにある「ラーイマーイ」というお店。家から歩いて20分ほどのところにある。ここはいろいろな料理を出しくれるし、値段もそこそこで美味しいタイ料理が楽しめる。お店の内装も落ち着いていて、場所柄それほど混んでいないので、居心地がいい。

 いままでなら、2人で3品ほど料理を注文してビールを飲み、最後にカレーでしめるというのがお決まりだったのだが、今日はビールを2杯飲んでしまったらおなかがふくれて、カレーは食べずに帰った。ちょっと名残惜しい。

 タイでは象が神様である。お店にも象をあしらったいろいろな壁飾りや置物が並んでいる。今回とりあげるCDのジャケットにも、鼻がサックスになった象がデザインされている。この一週間、通勤時にはほとんどこれを聴いて過ごした。

 デヴィッド=S.ウェアは、今年56歳になるサックス奏者である。決して若くはない。しかし、最近ジャズの世界ではなかなかこれと思えるサックス奏者がいない僕にとっては、ブランフォード(=マルサリス)とはまた違った意味で、とても貴重な存在である。今回の作品は、彼が自己名義の作品としてははじめてとなる本格的なライヴアルバムだ。ヨーロッパの3つの会場での録音をCD3枚組に仕立ててある。

 ウェアの名前は、このろぐで以前にセシル=テイラーの作品をとりあげた際に登場している。あの作品はほぼ30年前、ウェアが20代の時のものだが、今回の作品は1998年と2003年の録音。共演はマシュー=シップ(ピアノ)とウィリアム=パーカー(ベース)と、現代のフリージャズシーンをリードする名物トリオなのである。

 ウェアはアイラーに似たスピリチュアルな演奏と音色を持ちながら、セシルの影響か音楽の構造面での表現もしっかり併せ持った、現代的なフリージャズを実現できている人だ。

 アイラーの話がでたついでにいうと、ウェアは少年だった頃のアイドルは同じくソニー=ロリンズであり、ウェア自身その頃にロリンズからサックスの演奏を教わった経験を持っているという。今回のCDでも3枚目でロリンズの「フリーダム スウィート」全曲を演奏しており、ブランフォードとは全く異なる方向のジャズでありながら、曲のタイトルを地でいく見事な演奏をしている。ロリンズ譲りの(?)力強いローブローも随所で聴くことができる。

 CD1枚目の「アクエリアン サウンド」がいきなり30分を軽く超える長尺演奏。イントロで全体のテーマとなるパーカーが奏でるベースラインの、なんと切ないことか。拍子の観点から言えば4/4拍子の時間軸で書かれてはいるもののノリは全く変則的なパターン。でありながらそんな構造はお構いなしに、圧倒的エモーションが迫ってくる。このユニットが目指す音楽の深さが現れていると思う。

 とにかく、こういうオリジナリティがあって存在感のある、力強いサックス演奏というのは、最近の作品にはあまりないように思う。ウェアはフリージャズだからと敬遠する人もいるかもしれないが、シップやパーカも同じく、より洗練され現代に息づくフリージャズという意味で僕はお勧めしいたい。見事なサクソフォンミュージックである。

David S. Ware official website ウェアの公式サイト
Thirsty Ear Recordings ウェア等の作品を発売するサースティイヤー社の公式サイト MP3での試聴もできます

8/20/2005

マルグリュー=ミラー「ライヴ アット ザ ヨシーズ Vol.1」

  暑い毎日が続いているが、真昼間にエアコンもつけず、サッカーパンツ一丁でマックに向かってこれを書いている。まあこれはこれで不愉快なものではない。

 さて、夏休みにふるさとを訪ねた記録を綴った前回だったが、何人かの人からメッセージをいただいた。同郷の人、そうでない人様々だった。やはり生まれ育った土地に思いを巡らすと、人は少しセンチに(センチってsentimentalのことだよ)なるのだろうか。いまの生活がもちろん自分の舞台であることはわかっているのだが、ふっと記憶に間がさしてふるさとが蘇り、それで少し気分がリセットされる。そういうところなのかもしれない。

 今回は、久しぶりに正統的な(?)ジャズピアノトリオの作品をご紹介したいと思う。

 マルグリュー=ミラーは今年50歳を迎えた黒人ジャズピアニスト。彼はちょうど僕がジャズを聴き始めた大学生の頃、新鋭の若手ピアニストとして注目を集めた。当時は、アート=ブレイキーのジャズメッセンジャーズでもピアノを担当するなど、なかなかの才能を見せていた。確か、僕もその頃の彼の演奏を収録したCDを持っているはずだが、いまは押し入れに眠っている。

 その後、いわゆるメインストリームジャズにとっては、少し地味な時代になってしまい、彼の名前が僕の音楽生活に登場することはなくなってしまった。ところが、最近、輸入CD各店のバイヤー情報で一斉に話題になった今回の作品で、僕は久しぶりに彼の名前を目にすることになった。

 彼が現在率いているトリオのライヴ演奏を収録したもの。場所はカリフォルニアのオークランドという街にあるヨッシーズというジャズクラブである。既にこの作品の続編(Vol.2)も発売されている。

 演奏は50年前のマイルス=デイヴィスの演奏で有名な「イフ アイ ワー ア ベル」で始まる。時報のチャイムのメロディで始まる軽快な演奏。すぐさまアメリカ西海岸でのジャズの夜にひき込まれてしまう。様々なスタンダードナンバーや彼のオリジナル曲が実にいい雰囲気で展開される。内容は決して軽々しいものではない。リラックスしたなかにもしっかり聴かてくれるジャズである。

 発売元のMAXJAZZというレーベルは、1998年に設立されたプライベートレーベルのようで、現在までに数十タイトルの作品を発売している。ピアノシリーズは本作をはじめ、デニー=ザイトリン、ジェシカ=ウィリアムズ等の非常に趣味のよい演奏を揃えているようだ。他にヴォーカルシリーズやホーンシリーズもあり、サイトを見る限りはなかなか充実したカタログになっている。

 久しぶりにいいジャズに触れることができて、いい気分である。MAXJAZZの他の作品にも手を出してみたいと思っているので、いい作品があればおってまた紹介していきたい。これから秋を迎えるまで、いい演奏に巡り会えそうである。

MAXJAZZ.com MAXJAZZのサイト いろいろな作品が試聴できます
mulgrew miller International JazzProductionsによるマルグリュー=ミラー紹介ページ

8/16/2005

散歩~僕の生まれ育ったところ

 短い夏休み。実家のある和歌山に帰った。親父が数ヶ月前から少し具合を悪くしていて、その様子を見に帰るのが大きな目的だった。そして、親父に代わって祖母のいる実家に出向いて、もう何年も寝たきりになっている祖母のお見舞いにいくこと、お墓の掃除をして祖父の仏壇にお参りをすること、そういった用を済ませているうちに、滞在期間が過ぎてしまうそんな計画の帰省だった。

 親父の様子はちょくちょく電話をして確かめていたので、特に心配するようなところはなかったが、病気のせいで少し痩せたのか、また一段と年をとった印象を受けた。

 到着した翌日、兄と僕の妻の3人で親父の実家に出かけた。僕の実家がある和歌山市から電車で数十分南に下った、有田市というところが目的地である。兄にレンタカーを借りてもらって、自動車での移動ということにした。

 今回わざわざ車を借りて出かけたのには、理由があった。それは、自分たちの生まれ育ったところを訪ねるということだった。父の実家とは少し離れたところに、勤めていた会社の大きな工場があり、それに隣接するかたちで社宅や寮で形成された小さな地区があった。そこが僕の生まれ育ったところである。


 僕はその社宅の町で生まれ、高校2年生の終わりまでをそこで過ごした。そこからいまの実家がある和歌山市に越して以降、僕が自分の生まれ育った場所を訪れたことは一度もなかった。以前から、実家で兄と酒を飲んで話すたびに、この計画が話題になっていた。気がつけば24年間の年月が過ぎていた。今回ようやくそれを実行するときが来たというわけだ。

 僕や僕の妻や僕の兄のように、故郷を出て都会で働く人は多い。故郷に帰ったらそこが生まれ育った場所だという人も多いだろう。一方でまた、生まれて以来その場所から居を移したことがないという人もいるだろう。でも僕の場合は違っていた。

 僕は、途中二度ほど住む社宅を移ったが、17歳までは同じ場所に住んだ。そして次の場所(現在の実家)で大学受験の1年間を過ごしたら大阪の大学に進学し、卒業後はそのまま東京に就職したので、高校卒業以降、結婚するまでの17年間は基本的に独り暮らしが続いた。その間、住む土地は大阪から神奈川になり、住居については6回の引越しを経験した。その意味で、最初の17年間を過ごした場所が、いまのところ僕にとっては一番長く暮らした場所ということができる。正直、愛着はあまりないけど、想い出はいくらでもある。そんな場所だ。

 祖母を見舞い、お墓の掃除やなんかを済ませて、叔母らに見送られて父の実家を後にした僕らは、車を目的地に向けて走らせた。途中までの国道はその後も何度も通過したが、僕の生まれ育った場所へつながる、細い道に入る。24年ぶりということを考えると、ウソではなく胸が高鳴った。

 集落は4階建てで24世帯を収容するアパート8棟と、平屋で小さな庭のついた2軒長屋の住宅およそ20棟からなっていた。あとは小さな商店が3軒程と、風呂のないアパートの人が主に使う共同浴場があり、その界隈の園児が通う小さな幼稚園が一つと、住民の運動会などをするグランド、そして小さな集会場があった。僕も兄もその幼稚園に通い、その集会所で算盤や書道の習い事に通った。

 その道に入って先ず感じたことは、僕の記憶のすべてが子供の目線だったということ。死ぬ思いで自転車をこいで駆け上った坂道は、何てことはない平坦とも思える道だった。そしてその道のなんと狭く見えることか。ほどなくして、僕らの住んでいた社宅が建ち並ぶはずの場所に着いたのだが、そこには野草がボウボウに生えた広場があるだけだった。


 なんとなく話には聞いていたのだが、その草むらは社宅がしばらく前に取り壊された跡だったのだ。車を降りてみると、当時の家々の間にあった路地跡だけを遺して、個建ての社宅と幼稚園、共同浴場などはすべて取り壊されていた。僕らが住んでいた社宅があった場所に立ってみた。とても狭い。ここに庭付きの平屋建てが本当にあったのだろうか。路地も驚くほど狭かった。

 いま見ると決して広いとはいえない跡地から、まだ残っているアパート群が見えた。それらも現在も入居しているのは2棟のみ、残りは入り口を木材で封鎖された格好で廃墟になっていた。アパート群の一画に作られた花壇も、さびた枠だけを残して草がぼうぼうになっていた。それにしても狭くて小さい。


 驚いたのは、その地区の住民を主に相手にしている商店が、いまも細々と営業しているらしいことだった。この日はお盆休みで、どちらの店もシャッターが下がっていたが、自動販売機や店の横に積まれた箱などの様子からして、いまもお店をやっていることは間違いなかった。きっとお店をやっている人も、次の世代に移っているに違いない。


 僕らが通った幼稚園も、ブランコなどの錆びた遊具を残して取り壊されていた。当時、走り回るには十分すぎる広さに思われたその場所も、いま見てみると自分の記憶にある教室や広場や花壇は、本当にここにすべて収まっていたのかと思えるほど、小さい場所だった。園に隣接した集会所だけはかろうじて遺されていたが、習い事をやる教室というより、物置のようにしか見えなかった。


 両親が結婚して新しい生活を始め、僕らを産み育ててくれた場所。いまその頃の両親と同じ年頃になった僕は妻と二人で同じ土地に立っていた。地域にあの頃の活気はもはやなかったけれど、この狭い場所で僕らを育ててくれた両親が、当時肌で感じて考えていたことの一端に触れることができたような気がして、僕は思わず幼稚園の跡地で目を閉じてしまった。

 ありがとう、お父さん、お母さん。

(アパートの脇にあった共同水栓の跡。水を飲んだり、泥んこのクツを洗ったり、水鉄砲に水を入れたり、自転車を洗ったり・・・本当にいろんなことをしました)

8/09/2005

レインボウ「オン ステージ」

  懐かしい音楽に耳を傾けた。ロックギターの神様リッチー=ブラックモアが結成したグループ「レインボウ」の1977年の日本公演を中心に、彼等のコンサートを再現したライヴ作品である。当時はLP2枚組で発売された。

 この演奏に前後したヨーロッパ公演の模様が、当時NHKで海外のロックグループのライヴを放映することで人気だった番組「ヤングミュージックショー」でとりあげられ、中学生だった僕もそれを観て少なからずの衝撃を受けた。いまだに時折こうしてその光景が頭に蘇り、そんな時、僕はそっとこの作品を聴いてみる。

 ジャケット写真にあるようにステージには巨大な虹の電飾が設置されていて、暗い会場に映画「オズの魔法使い」の音楽が流れ、主人公ドロシー少女の"We must be over the Rainbow..."という声に続いて、「オーヴァー ザ レインボウ」のテーマが高らかに演奏され、メンバーがステージに浮かび上がるとともに虹が光で満たされる。客席を埋めつくしたギターの神様に魂を捧げた男達から湧き上がる野太い歓声。このときの光景と胸に沸き上がった興奮はいまでも脳裏と心に強く焼き付いている。

 「キル ザ キング」「銀嶺の覇者」「キャッチ ザ レインボウ」など彼等の名曲が次々に演奏されてゆく。各メンバーのソロをたっぷりとフィーチャーした長尺の曲を中心に展開され、ミュージシャン達が存分にクリエイティビティを発揮してやりたい音楽を楽しんでいた当時の様子がうかがえる。メンバーもコージー=パウウェル、ロニー=ジェームス=ディオ等、当時のベストメンバーによるもの、これで悪かろうはずはない。

 いいものは色褪せない。親父臭い言い方になるが、この時期のロックは本当にとてつもないエネルギーを持っていた。グループそのものの絶頂期であるだけでなく、ロックという音楽そのものの絶頂期である。そこではアートがビジネスを遥かに上回っていた。古き良き時代とは言いたくない。中身は変わってもいまもそれはあると信じたい。そういう音からは素直にそれが伝わってくるものだ。

 ブラックモアの音楽はディープパープルの頃から、クラシック音楽特にバロックとそれ以前のいわゆる古楽に強く影響を受けたものである。このアルバムに収録された音楽でも随所にそうした音楽が見え隠れする。

 彼はこの後もレインボウを中心に断続的に活動を続けて大きな成功を収めた。そして現在は、1997年に美しき歌姫キャンディス=ナイトと共に「ブラックモアズ ナイト」を結成し、ルネサンス音楽をベースにしたアコースティック色の強い作品を演奏して活動を続けている。グループ名からもわかるように、ブラックモアはキャンディスと生活を共にしている。ブラックモアは1945年生まれ、キャンディスは1971年生まれである(なんとまあ)。

 自分のルーツをしっかりと自覚し、それを一生かけて追求し続ける。まったく素晴らしいことである。

The Official Ritchie Blackmore & Blackmores Night Website 公式サイト
BLACKMORE'S NIGHT ポニーキャニオンによる日本公式サイト キャンディスのロングインタビューがあります
Medieval Moon and Gypsy Dancer ファンサイト

7/30/2005

キース=ジャレット「ブック オブ ウェイズ」

  今宵は東京隅田川の花火大会だそうだ。他にもどこかで花火をやっているらしく、自宅で窓を開けて涼んでいると、遠くから花火の音らしい鈍い爆音が響いてくる。最近は花火大会だといわれても、きれいな花火を思い浮かべて少しは憧れるのだけど、実際にはなかなか観に行く気がしない。会場の混雑のことなんかを考えると、どうしても気が進まない。

 電車で浴衣姿の娘を見かけると、頭か身体のどこかで「おっ、今日はどこかで花火か」と思うか感じるかする。だけど自分がその会場に赴くというところまで進まないうちに、いつのまにか頭や身体は次のイベントに移ってしまうようになった。誰もいない海辺でぼーっとしていると、突然目の前で花火大会が始まる。そんな偶然はありそうにはない。

 独身だった頃、花火大会を観るということを何度かデートのイベントにしたことがある。早めに待ち合わせて、まだ日のあるうちから、いい場所を確保してそこでだらだらとおしゃべりしながら、ひたすら花火があがるのを待った。考えてみれば、独りで花火大会を観に行ったことなどないように思う。そういう意味では花火大会に悪い想い出はない。

 横浜に住んでいた頃は、夏になると週末ごとにどこからか花火の音が聞こえてきた。彼女がいない身には花火の音が空しくヒビいたのをよく憶えている。そんな時はさっさとシャワーを浴びて、閉め切ってエアコンのがんがん効かせた狭い狭い部屋で、音楽を聴きながらビールそしてウィスキーと酒を飲んだものだ。こういう時に限って、ハードな音楽を聴いてしまうもので、しまいには酒がマワって頭の中で花火があがり始めたこともあった。

 いまは多摩川のすぐ近くに住んでいるので、そのあたりまで出かけていけば、近くの橋から楽しむことのできる花火大会が、年に2、3回はある。それを少し遠目からながめる程度で十分楽しむことができる。面白いのは、花火大会のあった夜遅くに、河原で自分たちだけの花火大会を楽しむ若者が多いということ。どういう種類のエネルギーが彼等をそうさせているのかわからないが、真夜中の暗い河原で仲間うちで楽しむ酒と花火(若干危ないようにも思うが)というのは、僕には経験がないだけに、夜その音が聞こえてくると不思議な気持ちになる。

 さて、今週はいろいろな音楽を聴いた。特にそればかりを聴いたというものはないので、今日久しぶりに聴いてみた作品をそのままとりあげることにした。キース=ジャレットについては、以前に書いた通りである。この作品でキースはピアノではなく、クラヴィコードというチェンバロのような楽器を用いて、CDにして2枚分計19曲のソロ演奏を行っている。

 それでわかると思うが、この作品は彼のキャリアのなかではやや異色のものである。これをキースの代表作という人はあまりいないだろう。しかし、クラヴィコードという楽器の特性を十分意識しつつも、実際に出てくる音は、キースの音楽であることに変わりはない。楽器の構造上アコースティックギターのようにも聴こえる独特の音色で、なんともおくゆかしい世界を聴かせてくれる。

 僕はこれが結構好きで。ごくたまに、どちらかと言えば気分のそう悪くない時に、なんとなくこれに手が伸びてしまうことがある。クラシックのチェンバロ音楽は、どうしても音楽の講義を聴いているような気分になってしまうので、いまのところあまり聴く気にはならないのだが、キースの自由な音楽は楽器が変わったぐらいのことで変わるはずもなく、いつもと少し違う形で彼の世界のひと時を過ごさせてくれる。

 気がつくと花火大会の音もしなくなった。これから酒でも飲みながら、2枚のCDを何度も取り替えてこのままじっくりこれを楽しむことにしようと思う。今夜もきっと真夜中の河原に彼等が現れるに違いない。

7/27/2005

ウォン=カーウァイ「2046」

  久しぶりにDVDをレンタルしてみた。借りたのはウォン=カーウァイ監督の「2046」、劇場公開があっという間に終わってしまい、見逃していた映画だった。今回はこれをとりあげたい。

 音楽ほど熱心ではないけど、映画を見るのは大好きである。以前にも書いたかと思うが、僕はハリウッド映画といわれる様なロードショーものが好きではない。「ロード オブ ザ リング」「スター ウォーズ」「ハリーポッター」等々、どれも劇場で観たことはないし、観たいとも思わない。映画に求めるのは、監督の描きたいと考えるテーマとその表現であって、ストーリーなどはそのための材料にすぎないと思っている。

 カーウァイは、僕が一番好きな映画監督の一人である。最初に観たのは「恋する惑星」(1994年)だった。日曜日の昼間にNHKで放映されたのを観て、僕は何とも言えない衝動を感じ、いてもたってもいられなくなって、そのままわけもわからずに街に飛び出していったのを憶えている。一番強く感じたのは「斬新さ」だった。新しいものにうまく巡り会えたときの嬉しさは、想い続けた女の子からデートOKをもらえたときの様なものだ。僕が街に飛び出していったのも、そんな感じだった。

 それを機に、レンタルビデオ屋に置いてある彼の作品を片っ端から観たのだが、やはり「恋する惑星」が一番素晴らしいと思って、ビデオを買った。そうこうしているうちに、新作「ブエノスアイレス」(1997年)が公開され、僕はこれを渋谷のシネマライズという劇場で観た。冒頭のシーンに「えっ、そういう映画なの」と一瞬面食らったのだが、100分間はあっという間に過ぎた。これは「恋する...」よりイイかも、と思って、今度はまだ結婚する前だった妻を連れて観に行った。終わった感想は「エクセレント!」だった。

 彼の魅力は、表現の斬新さとテーマの奥深さだ。敢えてもう一つあげるとしたら、東洋の監督だということ。香港や中国のトップスターを奇抜な役柄に起用するキャスティングも魅力である。今回の作品はその意味で日本では特別な注目を集めた作品だった。その理由は木村拓哉(SMAP)を起用したこと。彼をアイドルと考えるか、男優と考えるかでこの作品の見え方は変わってくるのかもしれない。

 「ブエノスアイレス」発表後から作業に取りかかっていたこの作品は、長らく発表されないままになっていた。木村と監督の間で何らかの意見の相違が生じている、と噂されたりもした。実際のところはわからないが、僕はそれは本当だと思う。例えば、木村とフェイ=ウォンのベッドシーンを監督が企図したのに対して、木村側(本人というより事務所かもしれないが)がそれを拒否した、というのは僕個人の勝手な想像に過ぎないが、まあそういうようなことなのかもしれない。

 結局「2046」は完成し日本でも公開された。しかし、この作品は間違いだらけの評判に満ちあふれた作品になってしまった。公開に前後して、メディアやネットで語られた評判やふれこみを目にした僕は、「あれ、つまんない映画なのかな」と思ってしまった。それが観に行くのを一瞬躊躇した理由の一つである。しかし、そうこうしているうちにこの作品はあっという間に打ち切りになってしまった。シネマライズで10週間近いロングランになった「ブエノスアイレス」とは大違いである。

 一番多い誤解は、この作品が「SF映画」だというデマである。まったくおかしな話だ。物語は1960年代後半の香港を舞台にしていることは、観た人なら誰にでも明らかだと思う。タイトルは確かに2046年を想起させるものだが、実際には貸部屋の番号である。2046年というのは監督から観る人の想像に委ねられたメッセージであるはずなのだが、国内のプロモーションでは勝手に「2046年という近未来でアンドロイドに恋をする男の映画」、みたいな売り方になってしまった。理由は簡単、木村がそのシーンに大きく関係するからだ。

 ストーリは書かないが、木村はこの作品では脇役である。主役のトニー=レオンを巡る4人の女性の物語なのだが、木村はその一人フェイ=ウォンの恋人役に過ぎない。配給会社は「木村拓哉が世界のカーウァイ監督と...」という売り方をしたいがために、そういう紹介のされ方になったのだろうと思う。それにつられて劇場に足を運んだ人の目の前に、突然広がるカーウァイワールドに戸惑うのは無理もない。

 もう一つは、この作品より先に公開された「花様年華」(2000年)の続編であるとする見方。これも実際に観てみた僕にはおかしな話だと思った。続編ではなく「花様年華」は「2046」の習作、つまりスケッチに相当するというのが僕の考え方。そう考えると「花様...」が中途半端な作品だなと感じられたことが納得できる。

 そして「難解な映画である」という評判。気取るわけではなく、まったくそんなことはないと思う。登場人物とその時代が多少前後して描かれたり、木村とフェイの話で使われるSF小説の挿話などで、ちょっと時間的なストーリーがややこしくなっていることは認めるが、難しいということはない。もちろん男と女は難解なものである、という意味でなら言えた話ではあるが。これを観て「難解」だという方は、映画を観る力が落ちているといわざるを得ないと僕は思う。大人の映画ですよ。

 断っておくが、僕は木村拓哉が嫌いなわけではない。しっかりした個性と雰囲気をもった俳優だと思う。本作への起用も、彼でなければならないというまでではないものの、成功していると思う。ただ彼の日本での異常な商品性が、作品そのものというより、作品をプロモーションの面からおかしくしてしまった。日本の映画市場の現状を象徴しているような出来事になってしまったように思える。

 僕はこれを劇場で観なかったことを大後悔している。素晴らしい作品だ。僕のなかでは「ブエノスアイレス」よりイイかもという感想。機会があれば是非劇場で観てみたい。

 2046:いまだにある本作の日本向けプロモーションサイト

7/16/2005

ウェイン=ショーター「ビヨンド ザ サウンド バリア」

  いや〜これは素晴らしい作品が登場したものだ。久しぶりに感激したジャズの傑作、僕が聴きたかった「21世紀のジャズ」だ。先週末に購入して以来、もう20回以上聴いたけど、聴けば聴くほど素晴らしさが明らかになってくる、そんな作品である。

 ウェイン=ショーターはサキソフォン奏者。本格的にデビューした1960年代当初から常にシーンに新しい風を吹き込んできた人物である。彼の特徴は大きく2つ。ソロ演奏において、ロリンズとコルトレーンの影響を受けながらも、全く異なるというか真似のできない完全なオリジナリティを持っていること。そして、その音楽センスから生み出されてくる優れた作曲能力である。

  そうした彼のセンスを象徴する演奏として有名なものに、彼の初期(いまとなってはそう言っていいだろう)に演奏された「枯葉」がある。これはマイルス=デイヴィスのグループの一員となって、初めての欧州ツアーに参加した際の模様を収録したライヴ盤「マイルス イン ベルリン」(写真右)に収録されているものだ。ここでのショーターのソロに関しては、いろいろな人が書いているので特には触れないけど、この演奏はショーターという人の音楽を知るうえで格好のものかもしれない。

 そしてマイルスグループでの活動に並行して行われた、1960年代後半からブルーノートレコードでの一連の作品。この頃のショーターを愛聴する人は多い。僕も8枚のリーダー作はすべてCDで持っている。そして20世紀最後の四半世紀は、ウェザーリポートの活動やCBSでのリーダー作で数々の優れた作品を残したが、ウェザー以外での活動はどれもプロジェクト的なもので、この人は自分のグループを作って活動するということはしないのかなと思われていた。

 ところが、21世紀に入ってレコード会社をヴァーブに移籍すると同時に、突然、彼は音楽人生ではじめてとなる、自己のグループでの活動を開始する。今回の作品はその3作目となるもので、2002年から2004年までに世界の様々な場所で行われた演奏から、厳選されたものを収録したライヴ盤である。ライヴ盤と言っても、一夜のライヴパフォーマンス全体を再現しようというような意図よりも、スタジオ盤のようなコンセプトがある世界を表現を指向したものである。

 一聴して多くの人が抱く印象は、広い意味でのショーターに対する第一印象そのものであると思う。ショーターを聴いたことのない人には「つかみ所のない音楽」に聴こえるかもしれない。一体、この音楽はどこまでが楽譜に書かれていて、どこからがアドリブ演奏なのか、そういう疑問のようなものをもって聴いてしまうのだが、結局、具体的にその答えがわからないまま、その疑問は驚きや感動に変化してしまう、そういう演奏だ。

 CDパッケージからディスクを取り出すと現れる彼の姿は、表情そしてポーズともにいまの彼をよく表していてとてもいいと思う。今年72歳ということになるのだが、そんなことは全く感じさせないこの演奏を聴いていると、一生かかって何かを追求して作り上げるという姿勢の、大切さや尊さの様なものを強く感じる。

 まったくうらやむほどに素晴らしい人生である。

7/09/2005

アレクサンダー=クナイフェル「詩編50(51)/太陽を身にまとって」

  前回のろぐでとりあげたピンクフロイドをはじめとする、世界中のアーチストが共演したイベント「Live8」が終了した。CS放送でオンエアされたフロイドのライヴパフォーマンスを、友人がビデオに録ってくれたので、さっそく週末に自宅で見させてもらった。

 「生命の息吹」「マネー」「あなたがここにいて欲しい」「カンフォタブリー ナム」の4曲で約25分の短いパフォーマンスだったが、演奏は24年間のブランクなどウソのように見事だった。ギルモアのギターは素晴らしい唸りを聴かせ、フロイドの雰囲気作りに欠かせないメイスンの遅れ系ドラムも全く変わっていなかった。印象的だったのは、時折画面に映ったお客さんの多くが演奏に合わせて歌を口ずさんでいたこと。ハイドパークでこれを直に観ることができた人は幸せだ、まったく幸せだ。

 しかし、イベントそのものが無事に終了したのも束の間、そのロンドンで悲しいテロが起こってしまった。まったく残念である。怒りもさることながら、やはり悲しい、残念である。僕にはほとんど何もできないが、今回はテロの犠牲になられた方々に捧げるとともに、世界の平和を願う意味で、最近ECMからリリースされたクナイフェルの作品集をとりあげようと思う。

 アレキサンダー=クナイフェルは1943年生まれのウズベキスタン出身の作曲家。今回のCDには、タイトルにある2つの作品が収録されている。「詩編50(51)」は、彼の師でもあり現在存命しているなかでは最高のチェロ奏者ムスティスラフ=ロストロポービッチに捧げられた作品。ロシア教会の祈りの言葉を、チェロで表現したという音楽は技巧的にももちろんだが、精神的な意味でも大変な演奏であり、おそらくは彼以外にはこれを演奏できる人はいないだろう。冒頭から静かにしかし着実に展開されるハイノートの演奏はまさに祈りそのものである。

 もうひとつの「太陽を身にまとって」は、女性ソプラノ歌手タチアナ=メレンティエヴァに捧げられた作品。こちらもそのタイトルそのもののように、地球全体にやさしく降り注ぐ太陽の光が、宗教的な意味合いを込められて表現されている。こちらも音楽表現による美の極致である。

 2曲合わせて53分間の演奏時間中、音が突然大きくなるような部分はない。慣れない人が耳にして不快や不安な気分になる様な音も一切含まれていない。静寂が確保できる時間(できれば昼間がいいのだけど)に、どうぞいつもより大きめの音で安心して聴いてみて欲しい。聴くというか、音の世界に身を委ねるという姿勢にひとりでになってしまうはずだ。通勤とか移動のついでに、あるいは食卓のBGMでといったスタイルの聴き方は、この音楽には合わないと思う。

 僕らはもう少し「光のありがたみ」というものについて、考えなければならないのかもしれない。

7/02/2005

ピンク フロイド「アニマルズ」

  「原体験」という言葉がある。辞書には「その人の思想が固まる前の経験で、以後の思想形成に大きな影響を与えたもの」とある。僕にとって音楽の原体験というのは、思いつく出来事や作品がいくつかあるのだけど、具体的にどれかひとつということになると、やっぱりピンクフロイドということになるのだと思う。久しぶりにフロイドのある作品をじっくり聴いた週だったので、今回はこれを取りあげようと思う。

 ピンクフロイドは1965年に結成されたイギリスのロックグループである。「ピンク色のフロイド」とは何のことだろうかと考えてしまうが、バンド名の由来は当時メンバーが好きだったアメリカのブルースシンガー、Pink AndersonとFloyd Councilの名前をつなげたもの。「原子心母」(1970年)「狂気」(1973年)「ザ・ウォール」(1979年)の3つがバンド活動の変遷を知る上での代表作。なかでも「狂気」に続く「あなたがここにいてほしい」(1975年)「アニマルズ」(1977年)の「三部作」といわれる作品群の時代が、一つの絶頂期であることは間違いないだろう。

 僕が兄の影響を受けて洋楽を聴き始めたのが11歳のあたりで、ちょうど今回の作品が発表される前頃だった。同時にわが家に本格的なオーディオセットが導入された時期でもあり、僕も兄が購入したこれら3部作のLPレコードをカセットテープに録らせてもらい、何度も繰り返し聴いたものだ。

 三部作以前の彼らは「音と光の魔術師」などといわれ、幻想的なサウンドとライヴパフォーマンスが人気だったのだが、三部作以降は加えて歌詞を通じた社会的メッセージが大きな特長となる。「狂気」では人間の心の奥に潜む欲望や悩み葛藤などに焦点が当てられ、サウンドの斬新さと相まって大成功を収めた。続く「あなたがここにいてほしい」では、その成功をうまく消化できないメンバーの心境が、バンド結成当時の中心的存在で精神を病んで引退してしまったメンバー、シド=バレットへのオマージュとなって表現された。

 そしてこの「アニマルズ」では、資本主義的人間社会への風刺が、「犬」「豚」「羊」の3つの動物に象徴された人間へのメッセージとして歌われている。ちなみに大雑把には「犬」がホワイトカラー、「豚」は資本家、「羊」がブルーカラーを象徴している。3つの楽曲をはさんでアルバムの前後に収録された「翼をもった豚Part1,2」は、この作品が取りあげるテーマについての課題提起と結論という形になっている。イギリスのパターシー火力発電所の上空に巨大な豚の風船を浮かべたジャケット写真も話題になった。

 これを一生懸命聴いていたローティーンの僕。歌詞の意味はわからないわけではなかったけど、それをある程度理解するのにこのサウンドが大きく役立っていたのは間違いない。14歳でベースを手にした頃も、最初は、バンドでやれる当てもないのに、これらの作品のコピーを一生懸命やっていた。いま聴いてもこれらの作品は本当に音の隅々まで頭に記録されている。通勤電車のなかといううるさい環境で聴いても、一部の音が入ってくるだけで僕の頭の中には、作品のディテールが勝手にわき上がってくる。言うまでもないが、サウンドは全く色褪せていない、それどころか僕にはR&Bをベースにした究極的サウンドのひとつであると思えてならない。デジタルの時代にはなかなか思いつかないものだろう。

 あの頃と変わったこと、それは僕自身が「社会人」になったということ、すなわちここで歌われている人間になったわけである。初めてフロイドを聴いてからもう30年になるんだ。それだけにいま一番新鮮なのは、この作品の歌詞である。ここには掲載できないのが残念だが、とにかくいまになって聴いてみるとあらためてドキッとさせられる内容である。これを聴くと、あの当時のイギリスという国が、ちょうどいまの日本と似たような状況にあったのだなということがよくわかる。

 資本主義という言葉は、社会主義あるいは共産主義という言葉が表面上力を失ったことで、同様に世の中を説明する言葉としては存在感がうすいものになってしまった。でも世の中(経済社会と言うべきか)は「犬」「豚」「羊」を中心に構成されている、このことは変わっていないように思える。ブルジョワだブロレタリアだと対極的に捉える時代ではもはやなくなってしまっていて、その意味では、3つの動物の要素が多かれ少なかれ混在するようになってきているとも言える。

 それぞれの立場で仕事に行き詰まった人、あるいは人生に行き詰まった人が、この作品を聴いて何か答えが得られるというわけではないだろう。逆に、我々自身の心の中にいつの間にか出来てしまっている「開かずの間」の中身を、この作品は歌っている。つまり聞きたくないこと、言われたくないことなのだが、何らかの変化を求めるなら、その扉を開けてそのなかのメッセージに耳を傾けることは無駄なことではないだろう。

 ひとつの作品でこれだけまとまった世界観とメッセージを伝える音楽作品は、そうそうあるものではない。英語がちょっと、という方は国内盤を買えば対訳がついている。凝った訳は要らない。直訳で十分メッセージは伝わってくる。こういうサウンドが慣れない方には、少々退屈と思われる部分もあるかもしれないが、是非とも40分間を通して聴いてみられることをお勧めする。無駄のない音楽とはこういうものだ。

Pink Floyd 公式サイト
Live 8-The Long Way to Justice- Live 8公式サイト〜24年ぶりにピンクフロイドがフルメンバーで再結成されるそうです
ピンクフロイドについて プログレ愛好家KENさんのサイトより(情報が豊富です)
東芝EMIによる日本語サイト 本作品の曲目が間違っているなどいい内容ではありません

6/25/2005

ヘレン=メリル「ミュージック メイカーズ」

  梅雨の中休みに入ったそうだ。本日午前9時30分現在、川崎市の気温は28度を超えた。昨日に続いて今日も30度超えは確実な一日になりそう。やれやれ。。。

 初夏はまだ夏ではない。みんなまだ夏本番の解き放たれた様な気分にはなっていない。だから軽快な音楽にもいま一つノリきれない。夕べは一人でビールを飲みながら音楽を聴いて過ごした。昼間とは違って、窓を開けるといい風が入って気持ちよかった。その状態でそこそこの音量を出して聴ければ最高なのだが、さすがにこの界隈では無理なようだ。

  今日とりあげる作品はヘレン=メリル。女性ジャズヴォーカルの大御所だ。1954年に収録された、トランペットのクリフォード=ブラウンと組んだデビュー作はあまりにも有名な1枚(写真右)。彼女のベストアルバムとしてはもちろんのこと、ジャズヴォーカルのベストアルバムとしてこれを挙げる人も多い。

 僕にとってヘレンのベスト作品はそのデビュー作ではなく、今回の作品「ミュージック メイカーズ」である。僕が大学生の時、1986年に発売されてすぐに購入した。理由は彼女のヴォーカルが聴きたかったというよりも、共演者の方に興味があったから。このアルバムは当時彼女の伴奏を努めていたピアニスト、ゴードン=ベックとのデュオに、前半後半でそれぞれもう一人がゲスト参加するというスタイル。前半が以前のこのろぐでもご紹介したソプラノサックス奏者スティーヴ=レイシー、そして後半がジャズヴァイオリンの巨匠ステファン=グラッペリである。

 当時、僕の興味はステファンにあった。彼についてはいずれここでとりあげることになるだろうと思う。彼が参加して収録されている「アズ タイム ゴーズ バイ」は、僕にとってこのアルバムのベストトラックであり、この歌のベストパフォーマンスでもある。

 そして、僕はこのアルバムではじめてレイシーの素晴らしさを知った。1曲目の「ラウンド ミッドナイト」はこのアルバムで2番目に好きなトラック、そして僕にとっては、これまでに数百はあるだろうこの曲のベストパフォーマンスである。ヘレンの歌に続く彼のソロは何度聴いても本当に素晴らしい演奏だ。それ以来、僕は彼の演奏を集め続けている。僕がはじめてレイシーを生で聴くはずだった昨年の来日公演の直前に、彼が逝ってしまったのは本当に残念である。

 デビューから50年以上の歳月が経過しているヘレンだが、未だ現役で活躍しているというから凄いことだ。来月初旬にはブルーノート東京でライブがあるらしい。息子のアラン=メリルという人が、ギターと歌を披露するらしい。ジャズの世界で半世紀にわたって活躍を続けている人は貴重な存在だ。できれば来日公演を聴きに行ってみたい。

 これはひとりで聴くCDです。何も考えることはありません。楽しい時、悲しい時、疲れた時、眠れない時、ただ聴けばいいのです。

HelenMerrill.Com 公式サイト

6/18/2005

アルバート=アイラー「ホリー ゴースト」

  いやあ、もうすっかり「アイラー祭り」状態です。今回も迷いましたが、えぬろぐはその週に聴いたものを正直にご紹介するというのが趣旨なので、またアイラーを取りあげます。フリー嫌いの方、すいませんね。

 前回取りあげた中上健次氏の書籍の他に、取寄せ中のアイラーに関する資料とは今回の9枚組CDボックスセットのことであった。これが昨年秋にリリースされた時は、僕もその内容に驚いたが、正規盤でないいわゆるプライベート録音のコレクションということで、果たして買って何度も聴くかなあという疑問があって、高い価格(アマゾンで約1万3000円)ということもあってその時は見送ることにしていた。

 しかし、最近のアイラー祭りでその抑制もあっさり打ち破られ、欲求の趣くままにもう「買うならいましかないと」購入ボタンを押してしまった僕であった。今回はじめて、アマゾンのマーケットプレイスで輸入CDを安価に販売する事業者caiman americaを利用することにした。アマゾンに比較して3500円の価格差はやはり魅力的である。多少時間がかかったが、アメリカのアマゾンで注文するのとほとんど変わらない。ちなみにこのセットは国内の輸入CD販売店店頭では16000〜18000円程度の値段で売られている。

 内容はプライベート録音を中心にアイラーの演奏を収録したCDが7枚と、アイラーの遺したインタビューを収録したCDが2枚。そしてブックレットやアイラーを偲ばせるアイテムが付録でつけられている。音源はほとんどすべて未発表のもので、1962年にヘルシンキで収録されたセッション(いきなりロリンズのナンバーで始まる)や、セシル=テイラーとの共演、自身のトリオ、クィンテットでの演奏、ジョン=コルトレーンの葬儀での演奏(!)、ファラオ=サンダースとの共演、そして前回ご紹介したフランスでの最後の演奏と同時期の演奏などが収められている。

 ちなみにタイトルの"Holy Ghost"とはアイラーがコルトレーンの葬儀で語ったと言う次の言葉から来ている。
"Trane was the father. Pharoah was the son. I was the holy ghost."(コルトレーンは父であり、ファラオ(=サンダース)はその子。そして私は精霊なのだ)
 これが宗教におけるいわゆる三位一体の原点と言われる「父と子と精霊」から来ているのは明らかである。このあたりからも彼のなかでの宗教の位置づけがよくわかる。

 聴いてみて驚いたのは音質が意外にもいいこと。これはこのセットを制作した人たちの努力の賜物に違いない。CDの中身だけでなく、ボックス全体の隅々にまで制作者のアイラーへの想いがゆきわたっている。日本のアーチストでこういった付録つきコンプリートボックスというものを見かけるが、資料の入手困難さなどを考えれば、とにかくこのセットの完成度は常識を超えている。僕もこれほどのものを購入するのは初めてである。

 膨大な内容なので、演奏についてコメントするのはもう少し先のことにしたい。今回はちょっと子供っぽいのだが、このボックスセットが届けられた時の興奮を少しでも再現してお伝えしようと思い、ルール違反ではあるが、以下に写真でその概要をお伝えしようと思う。


ボックスの全体(左にあるのは通常のCDケース)


ボックスにつけられた帯にはタイトルとともにあの言葉が...


重厚な彫刻が施されています...


ケースを開けると208ページのブックレットが入っています


これがこのセットのすべてのコンテンツです


ブックレットのページから。コルトレーン自身の遺言に従って彼の葬儀で演奏するアイラーグループ!


ブックレット内側の装丁。きれいです。


アイラー活動当時のミニコミ誌2種類とスラッグズサルーンでのライブを告知するフライヤー(いずれもレプリカです)


ヨーロッパのホテルのメモ用紙に綴られたアイラー自筆の手紙(左)12歳のアイラー少年の写真(右)


特別付録はアイラー軍楽隊時代の演奏を収録したCD。テープケースをジャケットに、保管記録紙をCDレーベルにあしらえてあります


そして一輪のドライフラワーが供えられています(アーメン...)



 これを見てぐっと来た人もいれば、呆れた人もいるかと思う。反応は人それぞれ様々だと思うが、僕自身も含め、ここから学ばなければいけないなと思うことが一つある。それは「いい仕事」とはまさにこのボックスセットのようなものだということ。好きでなければここまでは絶対に出来ないだろう。そして、まったく同じことがアイラーの演奏についても言えるのだ。

 ブックレットには貴重なアイラーの未公開写真が収録されているが、多くの写真は笑顔のアイラーだった。そのことに僕はとても満足だ。じっくりとアイラーの「笑顔のフリージャズ」を堪能したいと思う。

revenant records このセットを企画制作発売している会社です このセット以外にもマニアックな発掘盤がいっぱい
Albert Ayler アイラーについてのほとんどのことがここでわかります