2/29/2012

ギリシャの希望にあやかった記憶は消えて

週末のろぐの更新はお休みさせてもらった。別に体調が悪くなったわけではないので、ご心配なく。

子どもと遊んだりしていたら少し疲れてしまって、日曜日の夜は少しお酒を飲んで早く寝てしまった。

ウォーキングはやっぱりさぼってしまったけど、子どもと走り回ったので少しは埋め合わせになったのだろう。月曜日の朝は足が少し痛かった。

水曜日の朝、横浜でも明け方から雪が舞い、今回は数センチ積もった。

仕事を終えて雪の積もった途を帰ってくると、玄関先に大きさの違う小さな雪だるまが3つ並んでいた。

何軒かのご近所の玄関先にもおんなじように雪だるま。その家の子どもの大きさにあった背丈の雪だるまがあった。

子どもの頃の記憶では、雪が降ったことは何度かあったが、自分で雪だるまを作った記憶はほとんどない。その年頃の和歌山では雪が積もることはほとんどなかったのだろう。

夏に実家を処分した関係で、税金を支払うための申告をしなければならないらしい。やれやれ。面倒な作業だが仕方がない。

税金、財政、国債・・・海の向こうのギリシャでは、世界を巻き添えにする最悪の事態はかろうじて回避されたようだ。当のギリシャが火の車である様に変わりはない。

日本でも、相似形の問題が少しずつ姿を現しつつある。

震災復興の資金集めを目的にした宝くじが発売され、最高賞金は5億円だという。

発売を報じるニュースをテレビで観ていたら、売り場で行列をなすひとりが「5億円当たったら国債を買いたいです」と言ったと報じられ、一瞬耳を疑った。

ギリシャの希望にあやかった記憶は消えて、残った空虚な影に差してくる光のことを考えようとしたが、たぶん別のことを考えた方が同じ結論を得るには好ましいと感じて、僕は考えるのをやめた。

明日は暖かくなるのだそうだ。

2/19/2012

黒鳥雲

割と忙しい一週間だった。そういう時の常として、夜会社に居残るのは極力避けたいので、朝5時に起きて6時の電車で出勤し7時前にはオフィスでスタンバイ。結局今週はこれが5日間続いた。さすがに金曜日は少し体調が悪くなるかなと思ったが、なんとか乗り切った。

週末の土曜日は、会社で長い付き合いの知人が一杯やろうと、わざわざ山手までやってきてくれた。家族もいっしょに初めて地元で繁盛している焼き鳥屋さん「だいわ」にお世話になった。

このお店はとにかく子連れが多く、金土日の早い時間は予約が必要なほど。行ってみてその理由がよくわかった。子ども好きのお店の人がジュースをくれたりといろいろ優しくしてくれる。焼き鳥は小ぶりで美味しいので何本も食べてしまう。

お店の人や知人が相手をしてくれたこともあって、子どもも居心地がよかったようで、「きょうはたのしかったネ」を連発しながら寝入ったのだそうだ。

僕は知人とマディでさらに時間を深めた。マスターは相変わらずだった。後半何を話したのかあまり記憶にないが、充実した夜だった。

この夜の冷え込みが厳しくて、ほとんど零度に近かったようで、たった5分の帰り途がやたらと寒かった。座間からわざわざ来てくれた彼には感謝である。翌朝はちょっと酒が残り、またしてもウォーキングはお休み。イカン。。。

日曜日は、妻が家で仕事をしたいというので、子どもを連れて東京駅へ。東北・長野・上越などのいろいろな新幹線を見たり、プラレールのショップをのぞいたり(放っといたらずっといるのではないかと思う)した。

フジテレビのショップでチャギントンのおもちゃを買わされた後、新橋まで行ってSL広場にある蒸気機関車をみせてあげた。日曜昼下がりのSL広場はさすがに閑散としていた。

途中お昼を食べたりもしながらだったが、駅のホーム階段をいくつも上り下りしたので、それなりに疲れたのだと思う。帰りに横浜で東海道線から根岸線に乗り換えて席に座った途端に、子どもは寝てしまった。

この週末は子どもとじっくり遊んであげられたかな。。。

さて、即興系の演奏家ジョー=モリスが、ヴァイオリン奏者のマット=マネリ等とクァルテットで臨んだ作品"A Cloud of Black Birds"がイイ。ジョーはここではギターを担当。他にベースとドラムが加わる。

内容はジョーとマットのデュオを含む3曲が集団即興で、残り4曲がジョーのコンポジションとなっている。演奏内容を言葉でどう表現したものか難しいのだが、緊張と倦怠が不思議に混在するなかに一貫した明確な世界観がある。

アルバムのタイトルになっている「黒い鳥の雲」は、ジョー自身の混乱した思春期に体験したあるエピソードから来ている。ライナーノートに綴られた短い独白は、彼がどのようにして音楽を始めるに至ったかを語っている内容なのだが、これが結構感動的である。

自分の子どもには自由にのびのびと育って欲しいと漠然と考えていたのだが、最近はそれでも自分がやりたくてできなかったことについて、ちょっとその道筋にのせて様子を見るくらいのことはすべきなのかなと思うこともある。

僕の場合は、親がよかれと思って僕にしてくれた習い事なんかは、ことごとくその直接期待する方向には有効に作用することはなかった。

まあそうそううまく行くものではないのだろうとは思うのだが、やっぱり自分が親になってみると、そのことを教訓のように考えないといけないと思ってしまう。僕の親もそのつもりだったのかなとか考えると、また堂々巡りになってしまうのだが。

ジョーが学校の宿舎から見た「黒い鳥の雲」に似たものを、僕自身はいつかどこかで見たのだろうか。うちの子どももいつかそれに似た何かを見ることになるのだろうか。そのとき僕が彼にしてあげられることはあるのだろうか。

2/12/2012

音楽の世界へようこそ

川本真琴の9年ぶりのアルバム「音楽の世界へようこそ」が発売されて2年が経った先週のこと、僕はやっとこれを手に入れた。

出たのは知ってたけど、とても聴きたかったのだけど、手に入れるタイミングというのがなかなかあわずに、ここまで延びてしまったよ。まあ9年ぶりだから、2年くらいはいいじゃないかと言うはちょっと無理があるかな。

2001年3月発売の前作「ゴブルディーグーク」をこのろぐで取り上げたのは、8年前だよなんと。このろぐの2回目のエントリー。

この間、事務所を辞めたりと、一時引退かと思わせることもあったけど、気の合う仲間の人たちと組んだユニット(Tiger Fake Fur)でミニアルバムを出したり、ライヴをやったりとちょこちょこ活動していることは知っていた。

でも、やっぱり川本真琴としてのアルバムが待ち遠しかったなあ。だから、アルバム発売の第一報は素直に嬉しかったなあ(だったら早く買えよ)。

気になる中身はというと、耳にする前に大きな期待とちょっぴり不安が交錯したが・・・よかった!とてもよかったです、やっぱり。本当に素晴らしい作品。3回目くらいでそのことがもうブルブル震えるような感動となって確信された。

一般の程度からすると明らかに寡作の人だから、メジャーな音楽ビジネスの流れにはあわないのだけど、それでもちゃんとこうして高いクォリティの作品を出してくれるのがスゴいです。いろいろな意味で強い人、尊敬します。

僕はファーストアルバムもセカンドもそりゃもう何回も聴きましたが、今回のアルバムも含め、どれが一番いいとかってやっぱり言えないね。どれもスゴい傑作。

川本さんはいま38歳。3枚のアルバムを聴いて感じるのは、人生のそれぞれのステージについて、彼女が生きる時代も反映させながら、実に素直な音楽を作るということ。

文学作品に通じるようで(最近の文学もそういうところが失われてきているように思うのだけれど)、やっぱりポップスだとか何だととかいっても、その前に音楽は芸術なんだよなあとあらためて感じます。

個別の楽曲についてはコメントしませぬ。別にこのアルバムに限ったことではないけど、1曲1曲珠玉の出来であります。なかでも特に素晴らしいのは・・・おっと。

昨年発売されたミニアルバム「フェアリー・チューンズ」にカップリングされているDVDも観たけど、これがまた個人的にはかなりヤバい内容だった。僕にはこれがまるでエッセイ集のように映り、ちょっと胸がキュンとしました。これについてはまた機会あれば別に書きます。

どこかのレビューか何かで、川本さんのことを「サブカルチャー」みたいな書き方をしていた人がいたけど、違うと思う。言葉の意味をちゃんとわかって使ってるのかなとも思うが、僕にはむしろこれこそがポップミュージックの王道なのだと思います。

J-Popの歴史上でも極めて重要な存在の人。どの程度重要なのかって言われたら、僕が直感的に思い起こすのは桑田圭祐かなあ。音楽的なオリジナリティとかセンスとか、そのくらいの才能がある人だと思います。2〜30年に一度出るかどうかの人じゃないかな、冗談抜きに。

これはお勧めであります。大推薦作品!

2/05/2012

スティーヴ=レイシーを聴きながら

今回はスティーヴ=レイシーについて。

レイシーは主にソプラノサックスを操る演奏家。半世紀にわたる長いキャリアを通じてその楽器を吹き続け、いい感じにそこに年輪を刻んだ。

このろぐを始めてからちょうど半年たった2004年6月にレイシーは逝ってしまった。本当にもう少しで逢えるところだったのに。あれからもう7年半が過ぎた。早いものだ。

レイシーはもちろんいまも僕のアイドルでありヒーローだ。

今年に入ってからは、日によって取っ替え引っ替えいろいろな音楽を聴いている。というか、J-POPとフリーを行ったり来たりしているというのが正しい。

そのなかにレイシーの"Remains"もひょっこり紛れていたりする。

彼の音は「あれ、ちょっといまレイシーを聴きたいかな?」と感じて流してみるも、「ん〜やっぱり違ったかな」となることもある。

耳障りはとてもソフトなのだが、わがままな音のかな。なので、ぴったりハマるとヘビーローテーションになるわけだ、これが。

僕はいろいろと彼の作品を持っているけど、やっぱり小編成のものがいい。ソロ、デュオ、トリオ。

いま聴いているのはケント=カーター、アンドレア=センタッツォとのトリオによる"In Concert"。センタッツォが主宰するIctus Recordsの作品は、彼自身が納得した演奏をCD化しているので名作ぞろい、かつ音がいいのも魅力だ。

うーん、素晴らしいなあレイシー。。。ケント=カーターのソロもいい。レイシーの下ではみんな彼みたいにやさしいわがまま屋さんになるなあ。

いま僕が過ごしている時代のなかでは、彼の演奏の響きが語りかけてくるのは言葉にするとこんな感じかもしれない。

やあどうだい、元気そうだね。
でもちょいとばかり悩みがあるみたいだね。
あまり力むんじゃないよ。
自信は持たなきゃいけないけど、
いまやっているのとは違うやり方もあるんじゃないかな。
俺はこういうふうにやってきたけど、
まあおまえは好きなようにやればいいさ。
それじゃあな。

今朝はまたウォーキングをお休みしてしまった。昼間は家族で稲村ケ崎にいってしらすのおいしいご飯を食べた。子どもは江の電や湘南モノレールに大喜び。

夜は、和製パスタの傑作?ナポリタン・スパゲティに初挑戦。ケチャップから自作する熱の入れようだったが、タマネギを入れすぎてしまい、結局市販のケチャップを少し混ぜてなんとか味になった。

食後はのんびりと思いきや、子どもがおもちゃを大切にしなかったのできつめに叱った。物事は大切に。

レイシーを聴きながら、僕は少し反省し、また少し考え、そして少しまたリラックス。