11/06/2005

アンドレ=メーマリ/ナー=オゼッチ「ピアノ エ ヴォズ」

 どんどん秋が深まる。最高気温が20℃に届かない日も珍しくなくなった。こんな時期は、いろいろな人の装いが入り混じる。ハイネックセーターの人がいるかと思うと、ノースリーヴ姿の女性がいたりする。トレンチコートにブーツという人がいたり、ミニスカートにサンダルという人もいる。先取りして楽しむ人、名残惜し気に引っ張る人、そのどちらもが新鮮に映ったりする。

最近は、CDだけでなく、衣類をネットで買うことが多くなった。最初の頃は、サイズやイメージが違うということで返品することもしばしばだったけど、面白いもので最近ではほとんど慣れてしまいそういうことは少なくなった。過去1年間に買った衣料のうち、ネットで買ったものを考えてみると、全体の7割ほどになるのではないだろうか。

買う側の姿勢の問題もあるが、売る側の進歩もとても大きいと思う。写真の載せ方、色やサイズに関する表現、顧客へのDM、返品のしやすさなど、実際のお店とは異なる、ネットならではやり方が追求され確立されつつある。この先、いろいろな技術が進歩するにつれ、さらに便利な買物が楽しめるようになるのだろう。意外に落ち着く先は、実際のお店と変わらぬサービスということになるのかもしれない。

さて、昨日、神楽坂に住む知人宅に招待をいただいた。妻の職場の知り合い関係が縁で、その夫妻と交流するようになった。ご自宅にお邪魔するのは今回が2回目である。僕は今年で上京17年になるが、この街を知るようになったのはここ半年ほどのこと。2ヶ月ほど前にそのご主人と男二人で飲んだときも、この神楽坂で飲み屋のハシゴだった。

2ヶ月前のその日、待ち合わせの時間より随分と早く着いてしまった僕は、神楽坂をゆっくり登りながらぶらぶらしていた。すると途中で「大洋レコード」という小さな看板が目に入った。まだ時間もあったし、何となく興味をそそられて入ってみることにした。

そのお店はビルの4階、そこまでは階段で上がるしかない。ドアを開けると小さな売り場にきれいにCDが並べられていて、いまでは珍しくなったフォステクス社のむき出しの同軸ユニットを使ったスピーカセットから、品のいいラテン音楽が聴こえてくる。このお店は南米を中心にした音楽を専門に扱うお店なのである。最近、こういうある種の音楽を専門に扱うCD屋さんというのは珍しくなった。

僕はいろいろ音楽を聴くけど、この領域はそれほど詳しいわけではない。並べられているCDを見ても、先ずそこに書かれている名前が頭に入ってこない。音楽マニアとしてやや居心地の悪い一瞬である。少し困惑していると、お店の女性がコーヒーを出してくれた。そして、試聴機にないものでも試聴できますからどうぞご遠慮なく、と声をかけてくれる。

いろいろなジャケットを手に取り、そこにつけられている解説を読んだりしているうちに、店主の男性が近づいてきて、いろいろと説明をしてくれる。内容はそのアーチストの経歴とその作品の背景を中心にした、かなり体系的な知識に基づいたもの。しかし、そこに出てくる固有名詞もほとんどを知らない僕には、やはりいまひとつピンと来ないので、まずます気まずくなってしまう。

結局その日は、僕が名前を知っていた数少ないアーチストだったマリア=ベターニアのCDを聴かせてもらって、それがとても素晴らしかったのでそれを買って帰った。その作品についてと、僕がなぜ彼女を知っていたのかについては、またいずれ書こうと思う。

実はその日、僕はもう1枚お店の試聴機に入っていたある作品に心を惹かれたのだけれど、時間がなかったのでお店を出た。昨日、2ヶ月ぶりに神楽坂を訪れることになった僕は、再びそのお店を訪れその作品を確かめてみようと思ったのである。それが今回の作品である。

「ピアノと歌声」と題されたこの作品は、ブラジルの実力派シンガー、ナー=オゼッチと、注目の若手ピアニスト、アンドレ=メーマリが組んだデュオコラボレーション。幅広い作風から選ばれた15の歌を、すべてこの二人だけで演じた力作である。

ラテン音楽の魂はリズムにあるという考えは間違いではないと思うけど、この作品ではあえてリズム楽器を外し、テンポを意識させないゆっくりとした調子の演奏でまとめることで、ラテン音楽が持つメロディーとハーモニーの奥行きを、いわばジャズやクラシック音楽など外からの光で浮かび上がらせたような作品に仕上がっている。

2ヶ月ぶりに訪れたお店は健在だった(当たり前だが)。お店の人の振る舞いも相変わらずだった。試聴機の作品はすっかり入れ替わっていたけど、この作品はすぐに見つけることができた。改めてお店のスピーカで試聴させてもらって、最初少し地味かなとも感じたけど、お店で聴いた他の作品と比べても、やはりこのユニット独特の深く透き通った魅力は捨てがたかったので、結局これを買うことにした。

僕は小さな編成の音楽が好きだ。理由はよくわからないけど、音楽が人の心に生まれたり刻まれたりするときの姿は、きっと単純なものに違いないと思うから。僕は演奏を記録された形のCDをたくさん集めているが、集めることが目的なのではない。上手く言えないが、本当は音楽を少しでも多く自分のなかに身につけたいと思っている。最終的にはそれを自分で表現できるかたちにしておきたい。

表現の可能性は演奏者が1人でも無限にある。それが2人なら無限は2倍になるかというと、逆に制約される面も出てくる。3人以上になってくると、明らかにその枠組みが前提になってしまうようなところがある。その広がりと制限のバランスが音楽演奏の魅力に対する一つの考えの基準になっていると思う。それが僕の場合は、制約より広がりを重んじるということなのだろう。

自宅で聴いてみると、このユニットが広がりと緊張感を自在に操りながら奏でる音楽は、本当に素晴らしいと感じた。心地よいというより圧倒的と感じられてひき込まれてしまう場面もあって、永く楽しめる音楽という僕の予感は当たったようだ。時折、お店を訪れてみるとこういう出会いがあるのは、やはり楽しいもの。秋らしい出来事だった。

André Mehmari-Site Oficial アンドレ=メーマリ公式サイト 今回の作品を含め試聴やスコアを見ることができます。
Ná Ozzetti::site oficial ナー=オゼッチ公式サイト
大洋レコード

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