9/11/2005

ウェザーリポート「ミスター ゴーン」

  最初にご報告を。以前のろぐで、長澤まさみさんが主演する映画「タッチ」の撮影に関するお話を書いた。作品は完成し、ここ1ヶ月ほどは、プロモで彼女の姿をテレビで見かける機会が多くあった。並行して現在放映中のドラマ「ドラゴン桜」もなかなか好評のようで、嬉しい限りである。

 映画の公開が昨日から始まっており、僕も早く観に行きたいのだが、それに先立ってとあるテレビ番組に彼女が生出演して行われたプロモがあった。番組のなかで紹介された作品を見ていると...問題のシーンが映ってそのなかにしっかり映っている僕ら二人の姿を確認することができた。もちろん大きく映っているわけではないので、言われないとわからないかもしれないが、ともかく祝、映画出演である。めでたし。

 さて、先の金曜日、会社の同僚のある男と飲む機会があった。10年ほど前に当時僕がいた職場に彼が異動してきて以来、面識はあった。宴会の席での会話やカラオケなどで、お互いにそれなりの音楽好きであることは認識していたのだが、なぜか意図的にか無意識にか距離を置いた付き合いのまま、ここまで時間が経っていた。それが急に飲みに行くかとなるのだから、不思議なものである。

 彼は興味を持ったものには、結構深入りする性分のようで、最近の関心テーマである「酒と肴と器」に従って、彼がお店をアレンジしてくれた。東京三軒茶屋にある阿川というお店。カウンターメインの小さな心地よい空間である。料理もとてもうまいし、値段もそれほど高くない。

 お互い、音楽のストライクゾーンはかなり異なるのだけど、音楽の聴き方に似ているところがあるおかげで、なかなか話がはずんだ。音楽の話題としては、1970年代半ば以降のポストジャズシーンを彩った国内外のリズムマン達(ベーシストやドラマー)あたりを接点に、仄暗い空間で旨い酒と肴をやりながら、あーだこーだと言葉を回したひとときだった。

 インターネットのおかげで、最近は情報を手繰れば簡単にモノまで引き寄せられる時代になった。音楽に限らず、蒐集系のマニアが集まると、「あれ知ってる?俺のなかでは最高だよ」「じゃあこれ知ってるかい?え、知らないのオ」と、単なる知識のぶつけ合いになることもある。始まりはそれでいいかもしれないが、What(何物)とHow(如何)のバランスはどちらに崩れても空しい結果になるものだ。その意味で今回はなかなか面白い話を体験することができたと思う。

 今回の作品は、その関係で選んでみた。マイルスの「ビッチズブリュー」で出会った二人を中心に組んだユニット「ウェザーリポート」の1978年の作品である。彼等はこの前作「ヘビーウェザー」に収録されたヒット曲「バードランド」で、一躍ジャズの新時代とかフュージョンの確立とかもてはやされるようになったわけだが、続く本作はその延長ではあるのだが、延長線というよりは指数関数曲線的に飛躍しているのが素晴らしい。ここでついていけなくなって振り落とされてしまった人もいたようで、この作品は意外にもCD化されるのに時間がかかった。

 僕はこの作品がウェザーの頂点であると思っていて、本作に続く「8:30」「ナイト パッセージ」を合わせて彼等の最高期3部作だと勝手に解釈している。「ヘビーウェザー」はその意味ではまだ「楽譜の世界」にとどまった音楽とでもいえる印象を持っている。

 ここでは、ジャコ=パストリアスがウェイン=ショーターと並ぶほどの中核メンバーとしてのポジションを不動にする一方で、ジョー=ザヴィヌルのマルチキーボードがMIDI以前のものとして最高レベルに成熟して、音楽全体を支配している。一方、ドラムはこれ以降メンバーとなるピーター=アースキンに加えて、スティーブ=ガッドとトニー=ウィリアムスがほぼ均等に起用されているのだが、そんな超大物3人を別々に使い分けても、アルバムとしての仕上がりにまったく違和感がないところが、ザヴィヌルの凄いところだ。

 一番長い曲でも7分弱、あとは3〜5分というコンパクトななかに、彼等の技とアイデアが凝縮されている。重厚なシンセのイントロに続く緊張感のあるシーケンスにアフリカンリズムをかぶせる「貴婦人の追跡」。ジャコの信じらないようなオクターブベースにシンセを重ねたディスコ調が楽しい「リヴァーピープル」。そして僕がウェザーで一番好きな作品「ヤング アンド ファイン」。センターで刻み続けるガッドの16ビートハイハットの妙技に、ジャコの流れとよどみが交錯するベースライン、そしてそれに乗って繰り広げられる、ショーターとザヴィヌルの圧倒的なソロ演奏、素晴らしい!

 タイトル曲の「ミスター ゴーン」では、オーバーハイムシンセサイザーが奏でる不気味な4ビートの伴奏を、御大トニー=ウィリアムスのグルーブに絡ませて、しかもそのバスドラにディストーションをかけてしまうという、マイルスでもやらなかった仰天の荒技に圧倒される。タイトルの意味はやはり「4ビートの亡霊」という意味なのだろうか。そして、ジャコの傑作「パンクジャズ」、冒頭のジャコとトニーのインタープレーが、かつてのコルトレーンとエルヴィンを思わせるスリルである。

 マイルスの名曲「ピノキオ」でこのグループの原点であるマイルスとグループインプロヴィゼーションの手法を再確認して、最後はザヴィヌルの傑作「アンド ゼン」がしめる。こんな美しいメロディとコードワークが他にあるのかと酔いしれるところに、デニース=ウィリアムズとモーリス=ホワイトという超豪華ソウルデュエットが登場。たった2,3行の歌詞を高らかに唱いあげる。「そしてその先は」と求めると、アープシンセサイザーの謎めいたハーモニーが煙のように漂いながら、ゆっくりと彼等は消えていくのである。恍惚。

 久しぶりにこの時代の音楽を思い起こし、浸ってみることができた。

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