11/19/2005

マーク=ジョンソン「シェイズ オブ ジェイド」

 久しぶりに銀座のクラブに行った。もちろん連れて行ってもらったのだ。そういうことになったいきさつは、ここには書かない。いままでこうしたところに連れて行ってもらったことは、何度かあるけど、どうもまだ楽しいと思ったことがない。

クラブで相手をしてくれる女性達は、確かに皆さん素敵である。しかし、お店の雰囲気というか空間の背後に、なにか凄まじい勢いの力というか流れの様なものを感じる。それは一言でいうと「お金を吸い取る力」ということだと思う。どうも落ち着いて座っていられない。

その夜の自分たちの支払いがいくらだったのかなど、僕には知る由もない。たまたま隣のグループの人が、帰り際にお店のママさんから受け取っていた領収書には「8万6千円」と書いてあった。人数は僕らより1人少ない4人、カラオケも歌っていなかったし、ボトルを1本飲んだかどうかぐらいだと思う。たぶん銀座のなかでは、そんなに高級なお店ではないと思うのだけど。不思議な財布があるものだ。

お店の人達も、皆そのカネの出所を不思議に思いながら仕事をされているのだと思う。そういう意味では、こうしたお店で一番たちが悪い客は、泥酔した客よりむしろ僕の様に覚めた客だろうと思う。僕はどうしてもこういうところで酔っぱらえない。だからお店の人も気を遣うようになり、ますます居心地が悪くなる。たぶん僕が貧乏でケチだからそうなのだろう。

ご多分に漏れず、帰りはタクシー。運転手さんに最近の景気を尋ねたら、一頃に比べればまあまあだという。だけどクルマ(タクシー)の数がここ最近急に増えて、同業者としては競争が激しくなること以外にもいろいろと困ったものらしい。道を知らないクルマが客とトラブルを起こすケースがやはりかなりあるのだそうだ。あと、残業で遅くなって会社からチケットをもらって帰る、そんなお客はあまりいなくなったのだとか。

銀座も決して潤っているわけではないという。お店も優秀なドライバーを囲うようになり、実力がない人には長距離の仕事はなかなか入ってこないのだそうだ。その意味でタクシー無線より携帯電話が必須なのだと、その運転手さんは笑っていた。「まあお客さんの前でこんなこと言っちゃあ怒られるでしょうけど、私らの感覚からすりゃあ、やっぱりタクシー代ってのは高いですわ、そう思いますでしょ?」

僕が自分が車を所有していないこととか、月に数回しか乗らないのであればレンタカーの方が安くつくとか、それでも滅多に乗らない人が、こうして一台の運転手つきの車を借りられるわけだから、まあ多少高くついてもいいんじゃないですか、などと話すと、彼はちょっと意外な笑みを浮かべたけど、まんざらでもなさそうだった。僕がチケットを渡して降りるとき、その運転手さんは「またどこかでお会いしましょう」と言った。タクシーの運転手にそんなことを言われたのははじめてだと思った。

今回の作品は、少し前にもとりあげたジャズベーシストのマーク=ジョンソンがECMから発表した新作である。タイトルは直訳すると「翡翠の影」ということになる。光の具合は銀座のそれに似ているかもしれないが、この作品の世界には理不尽な力はない。メンバーはやや意外性のある豪華な顔ぶれである。テナーサックスがジョー=ロヴァーノ、ギターにはジョン=スコフィールド、ドラムにジョーイ=バロン、そしてピアノにはあのエリアーヌ=エライアスが参加している。

このメンバーでどんな音が出るのかなと思ったのだけど、あくまでもECMらしさをメインに、それぞれの持ち味と言うか、これまでの経歴を彷彿とさせるエッセンスが程よく出ていて、これが実に良いのである。最近、北欧や東欧系のちょっと冷たい感じのECMサウンドが多くなってきたかなと思っていただけに、この作品がいっそう嬉しく気持ちよく聴くことが出来た。

上品でもあり怪しげな光を放つECMらしいタイトル曲をはじめ、意味深なタイトルの「ブルー ネフェルティティ」(もちろん元ネタはアレです)、1曲だけゲスト参加のアレン=マレットのオルガンが小気味よい「レイズ」、そしてマークのアルコがチェロの様な美しさをたたえる「ドント アスク ミー」まで、本当に多彩な作品が収められているのだが、よくまとまった、さながらこのユニットでのライヴを聴いている様な感覚で1時間の収録時間をたっぷり楽しませてくれる。ハマると意外に何度も聴き返したくなる作品である(既にハマった感がある)。

またいつか、銀座に行くことがあるだろうか。その時には、あの力がもう少し大人しくなっていてくれればいいのだけど。

0 件のコメント: