10/02/2005

渡辺香津美「Mobo」

  先日のある夜、久しぶりに六本木でライヴを楽しむ機会があった。僕の友人で音楽好きの2人の男から、それぞれお店を紹介してもらい、一晩で2種類の異なる演奏をハシゴするという、贅沢とも慌ただしいとも思える夜だった。でも、おかげで僕の様な楽器を少しいじっている人間にとって、それは熱い何かを蘇らせてくれるような、とても素晴らしい夜になった。

 一軒目は、六本木のジャズクラブ「サテンドール」。ここで日本を代表するジャズギタリスト渡辺香津美さんの演奏を楽しんだ。今回は彼と、ギタリストの天野清継、パーカッションのクリストファー=ハーディーというトリオ編成に、後半、香津美さんがギターで師事した中牟礼貞則がゲストで参加して、デュオとトリプルギターの演奏を聴かせてくれた。

 このお店は、僕が数年前に会社である仕事を共にすることになった音楽好きの男が、過去何年間にもわたって月に2回は通っているという常連で、彼のおかげでとてもいい席に座らせてもらった。香津美さんの真正面から指使いやら、楽器の種類やそのセッティングまでじっくりと観ることができた。今回は、もう一人僕の幼馴染みの(彼も趣味でギターをやっている)も一緒で、3人で始まる前から、ステージの機材を見ながらあーだこーだと話し込んで盛り上がっていた。

 演奏は、ギターデュオによる「地中海の舞踏」に始まり、「オール ザ シングズ ユー アー」などお馴染みのジャズナンバーを中心に、ラストは全員による「セント トーマス」まで、とても気持ちよく1時間15分のファーストステージを聴かせてくれた。

 驚いたのは、(もちろん香津美さんの人気はわかっているのだけど)このようなジャズクラブが平日の夜にもかかわらず、超満員になっていること。場所柄そして出演者からお客のほとんどは僕らと同年代かそれ以上の男性が多いが、みんなグループで連れ立って楽しみに来ているようだ。世の中の景気は確かにいいんだなと実感した時間でもあった。

 このお店は(注文はすべて常連の彼任せだったのだが)料理もとても美味しく、飲み放題を選択することもできて、なかなかリーズナブルな金額で楽しむことができた。難を言えば多少音響に問題があるように感じたが、まあそれも含めてクラブスペースの魅力と言ってしまえばそれまでだろう。

 そのままセカンドステージまで楽しんで行くという常連の彼を残して、僕ともう一人の男は名残惜しく思いつつもお店を後にした。次のお店は、その男が「面白いものが観れるから折角だし寄って行こう」と連れて行ってもらうことにしていたのだ。その彼は、これまでにもこのろぐに何度か登場している、僕の幼馴染みである。彼はギター弾きで、奥さんと中学生と小学生のお嬢さんが二人いるというのに、自分のために結構値が張るギターを衝動買いしてしまうという、めでたい男である。

 二件目は「バウハウス」というお店。こちらはハウスバンドが往年のロックの名曲を生で聴かせるというお店。先ほどのサテンドールとは、ちょうど六本木交差点を挟んで対称の方角にある。ついでにお店の雰囲気も対照的で、暗い店内に派手な照明などをセットした狭いステージがしつらえてあり、チープな感じのテーブルとシートがその方向にセットされている。僕らが着いたときはライブはまだ始まっておらず、前面のスクリーンに、アル=ヤンコビックのおバカなパロディービデオ作品が上映されていた。

 ビールを注文してしばし2人でそのビデオをながめながら話をしていた。客はまばらだったが、外国人のお客さんもいて、このお店が好きで気楽に来ている雰囲気がよい。そうこうしているうちに、さっきまでステージ脇のテーブルで飲んでいた一団が腰を上げたかと思うと、ステージで準備を始めた。彼等がハウスバンドだったのだ。

 正直なところ、先のお店で強力な演奏を目の当たりにしていたので、こちらはまあお遊びかそれこそパロディのようなノリかなという程度で、音楽的にはさほど期待していなかったのであるが、いざ演奏が始まってみると、さすがに毎晩数回のステージをこなしているだけあって、実に上手いのである、これが。ばっちり決まったリズムの上で、小気味よい唸りをあげるストラトキャスターに、僕はまたしても熱くなってのめり込んでしまったのである。

 演奏されたのはボンジョヴィの「リヴィング オン ア プレイヤー」やシンディ=ローパーの「タイム アフター タイム」など、1980年代の豪華な洋楽ヒット曲のオンパレードである。メンバーは曲によって微妙に構成を替え、さっきまでウェイトレスをしていた女の子が、いきなりステージに上がって元気一杯にヴォーカルを披露するという具合で、これがまたキュートというかセクシーというか、とても新鮮な感じなのである。女の子がロックを歌う姿を最後に見たのはいったいいつのことだったか。

 時間の関係で、残念ながらこちらのお店も1ステージを楽しんだだけで、出てしまうことになった。まあこちらはいつ来ても、一貫したスタイルの演奏が楽しめるので、懐かしいロックを生で聴きたくなったら気軽に来れそうである。近いうちに、また他の友人を誘って訪れてみたいと思う。金曜土曜は早朝まで営業しているらしい。

 連れて行ってくれた男の話では、プロのミュージシャンにもこの店に通ってくる人がいるのだそうだ。そこでセッションになることもあるらしく、そこで負けたくないのでハウスバンドのリーダーも日夜練習を欠かさないのだとか。

 ということで、ちょっと慌ただしくもあったが、一晩でこんな素晴らしい音楽体験をさせてくれた、二人の友達にはあらためてお礼を申し上げたい。以前からその気はあるのだが、自分のなかにあるミュージシャン魂も、火を消してしまってはいけないなと誓った帰り途であった。

 今回の作品は、数ある香津美作品のなかでどれが一番好きかという、無謀な問いにとりあえず出した答えである。これが発表された時、僕は大学生だった。コピー演奏だけではつまらないなあと思っていた僕にとって、このユニットで展開される単純なリズムパターンをベースに、ロックやジャズの要素が入り混じった不思議な広がりを持つ躍動は、とてつもなく衝撃的であり刺激的であった。

 一部の曲を除いて、キーボードを省いていることもそうなのだが、こんな自由な音楽なら、自分達にもできるのではないかと思った。もちろん、すぐにそれは別の意味でとても難しいということを知ることになるのだが。それでも僕の音楽観は、演奏という視点からもこの作品に触れたその頃から、大きく膨らみ始めたように思う。いまだに忘れられない作品である。僕にとって、六本木のイメージを一番よく表している音楽はいまでもこの作品だなと思い、これをとりあげた。

 久しぶりに訪れた六本木の夜は、楽しく活気に溢れたものだった。街で見かけたそこを行き交う様々な人の姿と、そこで聴いた音楽、そこで吸い込んだ空気に、新たなエネルギーをもらった。たまにこういう充電はいいものだ。これからも時折また足を運ぼうと思っている。

KW 渡辺香津美さんの公式サイト
サテンドール
ロックの殿堂BAUHAUS

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