12/04/2005

J.J.ジョンソン&カイ=ウィンディング「ザ グレート カイ & J.J.」

 関西に出張する機会があった。今回は京都→奈良→神戸→大阪と巡る3日間である。いろいろな人に会う機会を設けもらい、形こそ様々であるものの、いろいろな人からとても嬉しいもてなしをしていただいた。

鉄道に乗り、宿に入り、タクシーに乗り、お店に入る。楽しいひと時を過ごし、お店を替えたりしながら、夜が更けていく。京都も神戸も大阪も、僕の目にはとても人で賑わっているように見えた。

京都で乗ったタクシーの運転手は「あきませんなあ。儲かるのは寺だけですわ。」と嘆いていたが、彼の理想はたぶんもう二度と来ないのだろうなと思った。毎日毎日同じ街を忙しく走り回っているうちに、街そのものが脈打つ時代の流れに乗るはずの曲がり角を、見過ごしてしまったのかもしれない。知らない道にハンドルを切る、これは難しいことかもしれないが、誰にでもそれをしなければいけない時が何度かある。

神戸に入ったのは、奈良での仕事を終えた2日目の夜。ここでも、旧友の音楽仲間と遅くまで飲み明かした。お決まりのコースとして、2件目にはジャズバー「Y's Road」におじゃました。1年と少し前に伺った際にマスターから話を聞いていた通り、お店は以前あった加納町からにぎやかな中山手通に移っていた。にぎやかではあるけど、いわゆる夜の歓楽街なので、はじめて行った人は一瞬戸惑うかもしれない。

お店のなかは、以前のカウンターメインの細長レイアウトから、フロアメインの空間になっていて、ライヴをするには良い感じになっていた。以前は隅っこで居心地悪そうにしていたドラムセットが、フロアの真ん中にあって、それなりの存在感を出していた(暇そうにしてはいけないと、それなりの責任を意識してか緊張しているようにも見えたが)。

マスターの決断は成功したのだろうかと思って聞いてみたところ、やはり「あかん、あかん」を連発していた。しかし、店で飲んでいるうちに次々にお客がやってきて、もともと20席くらいしかないのだけど、席はほぼいっぱいになった。マスターは「たまたまや、たまたま」と謙遜していたが、カウンターに立つ表情は悪くなかった。

お店で久しぶりに、ちゃんとしたオーディオセットでアナログレコードを聴かせてもらった。オーディオセットの横にアナログプレーヤが置いてあって、これもドラムセットと同じように、暇そうにしていたから。

「マスター、なんかアナログ聴かせてよ」
「ああ、かまへんで。何?」
「ほなその手前に置いてあるカイ&JJでも」
「よっしゃ」

お客に出すドリンクを作り終えたマスターが、慣れた手つきでレコードをセットしてくれた。1曲目は"This could be the start of something"。本当に久しぶりに聴いたけど、やっぱり素晴らしかった。2人の超人トロンボーンはもちろん、サイドを務めるビル=エヴァンスもご機嫌である。

トロンボーンは不思議な楽器だ。長い西洋音楽の歴史のなかで、消えていった楽器はいくらでもある。トロンボーンもその変な構造と取り扱いの難しさから、いつ消えてもおかしくはない存在だったはずだ。それでも彼が生き残ったのは、彼にしか出来ない独自の個性があったからだろう。音階をアナログ的に無段階に変化させられる管楽器はトロンボーンだけだ。

そういえば、現在の自分のCDコレクションのなかに、トロンボーンのリーダー作が1枚もないことに気がついた。この作品も、JJの他のリーダー作も、僕はいつもアナログで聴いていた。トロンボーンの丸い音を再生するのに、アナログレコードはとても相性いい。それはきっとこの楽器のアナログ的特性とも関係するのだろう。

"This could be the start of something"、いいタイトルだ。この作品は、"THE NEW WAVE OF JAZZ IS ON IMPULSE"をキャッチフレーズに、当時新設されたばかりの名門レーベル「インパルスレコード」の記念すべき第1番作品である。その餞(はなむけ)にと、彼等がこの曲をトップに持ってきたのは想像に難くない。インパルスはその後1960年代のジャズで最も重要なレーベルの一つになるわけだが、その始まりとなった作品を久しぶりに深く味わうことが出来たのは、とてもいい経験だった。

人生の曲がり角が見えたら、不安を抑え、期待をふくらませ、ハンドルをきる。その時、こうつぶやくのだ。"This could be the start of something"

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