10/22/2005

上原ひろみ「スパイラル」

  前回取りあげた上原ひろみの最新作が届いた。聴いてみてこれもなかなか素晴らしいと思った。今回も彼女を取りあげようと思う。本作もこれまでと同じく、全編オリジナル曲で構成されていて、ボーナストラックとして収録されている「リターン オブ ザ ワールド カンフー チャンピョン」を除いて、すべてピアノによる演奏である。

 上原のピアノや作曲センスは素晴らしく、加えて2人のメンバー(ベースのトニー=グレイ、ドラムのマーチン=ヴァリホラ)の演奏も非常にハイレベルである。特に、トニーのベースは冒頭の「スパイラル」から、一頃のパット=メセニーを思わせるような、とても魅力的なハイノートでのソロ演奏を聴かせてくれる。このトリオが現時点での彼女のレギュラートリオで、今回はこのメンバーの演奏だけで構成されているので、複雑なオリジナルスコアをしっかりと消化した演奏が堪能できる。

 数週間前にNHKの「トップランナー」に出演した際、彼女は本作について「3人全員がメロディやリズムパートを自在に担当するような音楽を目指した」と語っていた。内容を聴いてみて確かにそれは納得できる。これは、ビル=エヴァンストリオのようなインタープレイを意味するものではない。現時点での彼女の音楽はスコア重視の作品であって、ビルやキースのトリオのように必ずしも時空間的な広がりが大きいわけではない。

 しかし、コンポジションで規定された時空間を深めるという音楽は、最近はあまりなかっただけに非常に新鮮だ。もちろん相当レベルが高くないと、安っぽく聴こえてしまうものなのだが、上原のスコアはさすがにバークレーを首席で卒業したというだけあって見事なものである。この手の音楽と言えば、前回にも書いたように、チック=コリアのエレクトリッック/アコースティックバンド、およびそれ以前のリターン トゥ フォーエヴァーを思い出すが、僕自身はその影響も少なからず感じる。

 2〜5曲目までは組曲風のタイトルが付けられているが、あまりそういうことを意識しなくとも、アルバム全体のコンセプトの中で捉えた方が自然に感じられる。先のテレビ放送でもこの中の曲を個別に演奏していた。唯一、ボーナストラックの「リターン・・・」は本当にこういう形で収録する必要があったのだろうか、それが疑問である。せっかく上原のピアニズムがようやく明確になったアルバムなのだから、僕個人としては、それにもっと自信をもって勝負してほしかった。

 もちろんこの曲は悪い作品ではないし、彼女の別の魅力を十分に表しているとは思うのだけど。いずれまたライヴ盤とかDVDとかが出るのだろうから、ステージパフォーマンスとしてそちらに収録した方がよかったのではないだろうか。その意味では、オマケのDVDもなんだか中途半端である。同じ曲の古い演奏が数分収録されているだけ。まあいずれにしても、この作品で彼女をはじめて聴く人にはいいのかもしれない。これがマーケティングというものですかね。

  これで3枚のアルバムが出たわけだが、今後もテラークレーベルとの契約が続くのだろうか。個人的には、ECMなんかはが面白いレーベルじゃないかなと思うが、まだ少し早いだろうか。ヴァーヴとかブルーノートと契約して、「ヒロミ プレイズ スタンダーズ」はまだあまり聴きたくはない。

 いずれにしても、3枚目にして非常に素晴らしい作品が出来上がったのではないかと思う。前作「ブレイン」(写真右)も悪くない。特にこちらのボーナスで収録されている「アナザー マインド」は名演である。それでも、やはり完成度の点では今回の「スライラル」がさらに群を抜いて進化していると思う。おすすめです!

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