9連休となった大型連休を満喫した。たぶんいままでで一番充実した盛りだくさんの5月の連休だったと思う。今回から3回に分けてご紹介しようと思う。
連休前半は、広島に住む兄が横浜のわが家まで遊びに来てくれた。
当初はスカイツリーだの、月島だの、新橋の歓楽街だのとご要望を承っていたのだが、なにぶん子どもがまだあまり歩き回れる歳ではないこともあって、ほとんど横浜市内で過ごしながら、甥っ子につき合ってくれた。ありがとうございます。
子どもはさすがにもう始めからなついていて、これはいい遊び相手が現れたとばかりに「おじちゃん、おじちゃん」とどこへ行っても手をつなぎたがる。これには妻も僕もちょっと楽をさせてもらおうかなと、甘えさせていただいた。
着いた初日の土曜日はわが家で夕食。翌日は山下公園〜大さん橋〜赤レンガ〜みなとみらいとつながる「表の横浜」を巡った。
いい天気で気温も上昇。今年初のハーフパンツとTシャツで出かけて正解だった。お昼は大さん橋の付け根にワゴンでやってくる、代官山のパン屋さん「ロータス・バゲット」でパンやビールを買って、海を見ながらテーブルで食べた。
大さん橋には客船の姿はなかったけど、写真が好きな兄には、ここは絶好の撮影スポットだったようで、愛用のニコンを片手にいろいろと撮りまくっていた。その時の写真はまだ見ていない。
赤レンガの広場では春にもかかわらず「オクトーバー・フェスト」が開催中だったが、入場待ちの長蛇の列をみてあきらめる。途中、疲れたのでどこかいい休憩場所はないかと考え、ナヴィオス横浜にあるバー「シーメンズ・クラブ」へ。初めて入ったが非常に落ち着いたいいところ。お値段も良心的である。
いつも妻と子の3人でこういう時は、僕も大抵コーヒーを飲むのだが、兄と一緒だとお茶代わりにビールというのが当たり前の展開になる。まあお休みですからねえ。バーのスタッフの人たちもしっかりとサービスしてくださるところがいい。
その後、子どもがお気に入りのみなとみらいの遊園地に行き、おじちゃんと一緒に電車の遊具を運転してご満悦(笑)。
3日目は兄と僕と子どもの3人で、市営バス1日乗車券を買って、磯子の市電保存館〜本牧市民公園〜三渓園と回った。市電保存館の鉄道模型はあらためてスゴいと思った。重度の(?)鉄道オタクの人も相変わらずいて、あらためてこの魅力はなんなのかなあと考えてしまった。
夜は、昼間家で仕事をした妻と、幼馴染みの翻訳会社の男も合流して山手の「ほうちゃん」へ。兄はもちろん初めての体験だったが、すぐにその素晴らしさを認めてくれて、ここでもビールやホッピーをがんがんやって盛り上がった。
その後、男3人で「マディ」へなだれ込んだのは言うまでもない。やはり会話の内容はもはや記憶にない。今回もわざわざ山手までありがとう、我が友よ。
4日目は世の中は平日なので、子どもは妻に送ってもらって幼稚園へ。僕は兄を連れて、横浜橋商店街〜曙町(もちろん通過するだけ:笑)〜黄金町〜日ノ出町(野毛)という、ウラの横浜を歩いた。商店街は活気があったが、それ以降は基本夜の街なので、昼間は何とも言えない寂しさがある。
昼飯に野毛の「秀吉」でランチ名物の「ジャンボ寿司」(大きなにぎり寿司8カンにあら汁と茶碗蒸しがついて750円也!)と生ビールをやっていると、妻からメールがあり、これから子どもを連れて桜木町へ来るという。慌てて店を出て駅で合流。
まだ昼食を済ませていない妻と子が、「アメリカン・ハウス」でランチをする間に、僕と兄はまたビールを1杯ずつ。ここから眺めるみなとみらいもなかなかのもの。
少し天気が怪しかったが、もしかしたらオクトーバー・フェストはまだ空いているのではと行ってみることに。果たして、それなりににぎわっていたものの、入場はすんなりで空いたテーブルもすぐに見つけることができた。
寝てしまった子どもを抱えた妻をテーブルに残して、兄と2人で買い出しに。兄はシュパーテンの本フェスト限定ラガーをマスサイズ(1リットル)で、僕は同じ店のフランツィスカナーバイスを買った。あとはドイツの名物おつまみ料理を3皿。
ライヴ演奏で盛り上がるメインテントの隣で、のんびりとこの日3杯目のビールを楽しむ。野毛のビールもうまいし、みなとみらいで飲むビールもいいが、やっぱりドイツビールはおいしいなあ。妻もドイツおつまみを食べながら僕とビールを半分こ。
途中目覚めた子どもが、寝起き様に目に入ったソーセージを指差し、本能的につまんで食べたのはおかしくもあり、おそろしくもあった(笑)。
その後は、赤レンガから山下公園までの水上バスに乗って、そこから陸上バスで山手まで戻った。夜はパンとオードブルで赤ワインを2本。
とまあ、このように終始ビール&酒三昧の連休前半はあっという間に過ぎ、5日目の朝に元気に幼稚園に出かけた子どもを「いってらっしゃい」と見送った直後に兄も、子どもにはあえてお別れを言わないで、という妻の希望そのままに、荷物をまとめて家路に着く羽田空港へ向かった。
おつかれさまでした、兄さん。子どもは本当に大喜びでしたよ。もういない僕の側のおじいちゃん、おばあちゃんの代わりも兼ねて、また遊んでやってくださいな。
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