3/29/2006

オーネット=コールマン・クァルテット@東京芸術劇場

東京は桜が満開である。先の日曜日の夜から3夜連続で生演奏を鑑賞するという贅沢な時間を過ごした。それぞれに非常に充実した音楽体験だったので、その内容についてまとめておこうと思う。

先ずは昨夜(3月28日)、東京池袋の東京芸術劇場で観た、オーネット=コールマンから。

未だに興奮が醒めないでいる状態だ。いままでいくつもジャズのライヴを観て来たが、昨日の体験は僕にとってはいままでで一番素晴らしい音楽体験だったかもしれない。それほど充実した素晴らしいコンサートだった。

彼は今年76歳になる。あのソニー=ロリンズと同い年である。ロリンズは昨年「最後の来日」を自ら宣言して公演を行った。僕は観に行かなかったが、内容はそれなりに充実していたものの、やはり本人の衰えもそれなりのものだったらしい。

僕はもうオーネットを生で観る機会はないだろうと諦めていたところに、突然、来日公演の報が届いたので、すぐさまチケットを入手した。チケットが届いてみると、なんとピアノの山下洋輔が前座を務めるという企画だとわかり、一瞬嫌な予感が頭をよぎった。いまの彼の体力では、もはや十分な時間がもたないのだろうか。

以後、ほとんど何の情報もないまま月日が経った。2週間程前に、たまたま入った本屋で見かけたジャズ雑誌に、オーネット来日直前緊急電話インタビューというのが掲載されていた。それによると、彼は非常に元気で強い演奏意欲を持っているらしいことと、今回の来日では2人のベースとドラムからなるクァルテットで、新曲を中心に演奏したい、などと語っていた。それを読んで少しは安心した。

そしてコンサート当日。前日が初日で会場は渋谷のオーチャードホールだった。見ない方が良いとは思いつつ、気持ちを抑えきれずにネットでいくつかレビューを探して読んでみた。オーネットについて悪く書いたものはなかったが、山下のことを悪く書いたものや、今回の企画に疑問を呈する向きのものがあり、あまりいい印象を受けなかった。

そんな不安を抑えつつ会場へ足を運ぶ。東京芸術劇場はバブル経済の末期にオープンした、超大型のコンサートホール。客席は3階まであって2000人以上を収容する。観た限り1階2階はほぼ満席。かなりご年配の方の姿も目についた。それはそうだ。オーネット初期の代表作「ジャズ来るべきもの」が発表されたのは、1959年のこと。もうほとんど半世紀前の出来事なのだ。

最初、山下洋輔がステージに現れて、30分程4曲を演奏した。僕は彼のCDは持っていない。最新アルバムからと言って2曲演奏したが、以前の荒々しい山下というよりは、キース=ジャレットのちょっとアグレッシヴなソロピアノに似たような感じで、あまり面白くない。最後に「初心に還って」として弾いた「ぐがん」が一番よかった。

山下の前座が終わり10分の休憩のあと、いよいよオーネットの登場である。なぜかこの時になって急に緊張して来た。期待と不安が入り混じる。先ずオーネットの息子でドラムのデナード=コールマン、そして2人のベーシスト、トニー=ファランガとグレッグ=コーヘンが現れ、彼等がそれぞれのポジションにつくと、オーネットの名がアナウンスされ、自身がステージに登場した。

彼が登場するや、会場からは興奮に満ちた拍手。スポットライトに照らされたオーネットは、やはり歳をとったのがはっきりとわかる。ステージを歩く歩幅も小さい。それでも中央のポジションに立つ姿は威厳に満ちていた。手には愛用の白いアルトサックス、そして脇のテーブルにはトランペットとヴァイオリンもしっかりスタンバイされている。うわあ興奮して来たあ。

このクァルテットでオーネットは、途中、聴衆に話しかけたりすることもなく、続け様に8曲を演奏した。いくつかは既に発表されている作品だった。いずれの演奏も、もう素晴らしいの一言に尽きる。オーネットが演奏する音は、いままでCDで聴いて来た「あの音」そのもの。陽気なテーマに始まったかと思うと、もはや「インタープレイ」などと軽々しく表現してはいけない、驚異的な4人の集団即興コラボレーションへと姿を変容させていく、その様はまさに圧巻であった。

2ベースとドラムという編成は、最初話を聞いた時はどういう演奏をするのかなと思っていたのだが、実際に聴いてみると、何のことはない、アルバム「フリージャズ」ではじめて手がけて以来、1970年代以降のユニット「プライムタイム」で試みられて来た、ダブルクァルテットのスタイルそのものであった。いわばプライムタイムの究極形である。

向かって左に位置したファラガは、ほとんどアルコ(弓弾き)でハイノートを中心に演奏。その音は時に「ソングX」でのパット=メセニーのシンセギターを彷彿とさせる、オーネット流ハーモロディックな和声パートを演じる。一方のコーヘンは、4ビートを中心にしたオーソドックスなジャズベーススタイルがメインだが、ドラムのデナードが繰り出す恐るべきポリリズムに素早く呼応し、時に超ハイテンポになったりと変幻自在なベースワークを楽しませてくれる。

それにしてもデナードのポリリズムは本当に凄まじかったなあ。彼はなぜかレコーディングスタジオの様に、アクリル板のつい立てに囲まれたドラムセットで演奏した。いわゆるジャズドラマーのスタイルとはかなり異なる叩き方だが、グルーヴやスウィングといった感覚に満ちあふれながら、さらにオーネット流の音楽を演出するサムシングなリズムファクターをしっかり表現する。

そんなこんなで興奮の演奏が続いた後、突然アナウンスが流れて山下がステージに戻ってくる。ここからが新しい試みとなるコンサートの最終章である。先ず、山下を入れてのクインテットでの演奏。ここでなんとハンプトン=ホーズのブルース「ターンアラウンド」(だと思う)を演奏した。いままでクァルテットだったところに、いきなり正確なピッチで奏でるピアノが入って来たので、一瞬耳が戸惑う。それでもメンバーはこの雰囲気を楽しんでいるようだった。

続いて、再びアナウンスが流れて日本人の女性ヴォーカリストが登場。フリー系のヴォーカリスト、ジーン=リーを思わせる様なスタイルで、ヴォーカルと山下のピアノをフューチャーした作品を演奏した。彼女はその1曲だけでステージを去り、最後に再びクインテットで「ソングX」を演奏。ここでは山下もかなりグループとの融合を聴かせ、健闘を示したと思う。

会場からのスタンディングに感謝しながらいったんステージを後にしたメンバーだったが、熱狂的なアンコールに応えて再び舞台へ。先ずオーネットが山下の手をとり、それを高らかに掲げてみせた。山下は感無量の様子。そして再びスタンバイしたかと思うと、初期の名曲「ロンリー ウーマン」を演奏した。同じオーネットスタンダードなら、僕は「ダンシング イン ユア ヘッド」をやって欲しかったが、まあいい。もちろんその演奏も最高だった。

こうして2時間を超えるコンサートは終わった。僕も、そしてオーネットを全く聴いたことがなかった妻も、最後には立ち上がって、ステージから手を振るオーネットに拍手を贈り続けた。彼は登場した時と同じ様に、ゆっくりと舞台から去っていった。

正直、これほどの感動を残してくれるとは期待していなかっただけに、歓びと興奮が入り混じった状態そのままに帰路についた。帰って早速、オーネットを聴きながらビールを飲んだのはいうまでもない。

東京公演はこれで終わり。後は札幌と大阪でそれぞれ一夜ずつのコンサートが予定されている。今回のツアーの模様はぜひとも映像化してもらいたいと思ったが、少なくとも今回はテレビカメラは回っていなかった。せめてCDとして発売されることを期待したいものだ。

オーネットは元気だった。そして音楽探求もまだまだ意欲的だった。最後に聴かせたいくつかの作品は、そうしたことの何よりの証拠だろう。僕は今回の公演で彼の素晴らしさを再認識した。そして彼の音楽はもっと多くの人に理解され、愛される価値のあるものだということをあらためて強く感じた。それはもはや狭い意味での「フリージャズ」などという限定されたイメージではなく、「ジャズ」そのものの本質的な息吹に満ちた音楽芸術に他ならない。

これからも出来るだけ末永く、その創作と探求を続けてもらいたいと思った。感動!

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