いい気候になった。シャツ1枚に朝夕ジャケットを羽織ってちょうどいいくらいの陽気、これがいい。真冬や真夏にはファッションを楽しむ上でそれなりの魅力もあるけど、季節としては安定した長さがある。それに比べて、いまの時期はあっけないほど短いけど、この時期にしか出来ない格好がある。僕は全然大したおしゃれさんではないが、最近になってようやくこの季節に着るものが楽しいと思うようになった。もちろん外を歩くのも楽しい。
金曜日に仕事の情報収集をかねて、東京ビッグサイトで開催されている展示会に出かけた。同時に開催されたセミナーで、アマゾンドットコムとグーグルの人の講演を聴き、その合間に会場での展示を見た。夕方近くまで会場にいて、その夜は中目黒で会食を予定していたので、それからどうやって時間を過ごそうかと考えた。特にすることもなかったし、見たいところもないので、iPodで音楽を聴きながら、歩いて移動して過ごすことにした。
よく晴れた1日、昼間のお台場は気持ちがよかった。ビッグサイトを少し離れると、あたりはびっくりするほど閑散としていた。隣の駅にあるショッピングモール「ヴィーナスフォート」にも立ち寄ってみたが、これならショッピングも楽しいだろうなというほど空いている。隣接したトヨタ自動車の展示場「MEGA@WEB」にも足を踏み入れてみたが、こちらも余裕の空き具合である。しかし僕はいまのところやはり自動車には興味がないんだなあ、と自分で確認して早々にその場を後にした。
東京テレポート駅(なんだかそこからテレポート出来そうな名前だが)から、りんかい線に乗って大崎まで出た。時間は午後5時半を少し過ぎた頃。夜の約束は7時で、会場がある中目黒までは電車を乗り継げば20分もかからない。渋谷に出てCD屋さんでも巡ろうかなとも思ったのだけど、なんとなく喧噪は避けたかった。既に日も落ちかけたいわゆる黄昏時、iPodの電池もまだ大丈夫そうだったので、そのままぶらぶら歩いて中目黒を目指すことにした。
大崎からすぐ隣の五反田に向かう途中で目黒川に出会う。そこからこの川沿いに歩けば、中目黒までは簡単にいける。しかも、時折大きな通りを横断する以外は、とても静かな沿道は、音楽を聴くにももってこいである。長袖のTシャツにカルヴァンクラインのデニムジャケットがちょうどいい。
途中、コーヒーを飲んだり、夕暮れの川を見下ろしたりしながら、目黒川歩きを楽しんだ。この沿道は桜の時期が有名だが、人出もそれなりのものである。いくつもの橋を通り過ぎながら、目的地に着いたのは6時半頃だった。距離にしてたぶん3キロもなかったのではないだろうか。すでに暗くなっていたけど気分はよく、よっぽどそのまま池尻大橋の方まで行ってみたい気持ちになったが、約束は約束なのでしょうがない。その後、仕事で知り合った仲間達と駅で合流し、最近通っている沖縄料理店に落ち着いた。
今回の作品は、久しぶりにJ-POPである。BONNIE PINKは、仕事でもの書きをしている妻が最近インタビューをする機会があった。その際に、取材用の資料として彼女のアルバムをいただいていたのである。さらに、インタビューの依頼元である航空会社に、先週末に東京厚生年金会館で開催されたコンサートツアーの招待があって、たまたま僕もそのおこぼれに預かることができたのだ。
久しぶりに体験したこういうコンサート。僕は彼女の歌を聴くのは初めてだった。曲を全然知らないで、こういうコンサートが楽しめるのかなと心配もあったが、パワフルで魅力的な彼女の歌声、そしてなかなか素敵なルックスと楽しいキャラクター、気楽な雰囲気でもしっかりと手作りされたサウンドのバンド演奏などに、すっかりと魅了されてしまった一日だった。
コンサートを生で体験したことも大きいと思うけど、彼女の歌は一聴して印象に残るというよりも、少しずつイメージが自分のなかに形成されていく様な感じである。今回はデビュー10周年記念ツアーということらしく、このアルバムは8枚目の作品になるのだそうだ。TV-CFの音楽やミリオンヒットを達成するのも結構だが、僕は彼女のいまの姿に素直に共感できた。
アルバムに収録された曲はどれも素晴らしい。僕が特に好きなのは、冒頭の「ソー ワンダフル」、ちょっとお茶目な「コースト トゥ コースト」、そして唯一日本語のタイトルがつけられた「日々草」あたりだろうか。英語の歌詞が半分程あるのだが、歌唱も含めとてもしっかりしている。
おかげで今週は彼女の歌を良く聴いた。いまの季節にはちょうど良い心地よさである。今回、お台場や目黒川を歩くのにもこれを繰返して聴いていたのは、言うまでもない。これから少しずつ他の作品も耳にしてみたい。
短い秋の陽気、いい音楽を聴いて、しっかりと楽しみたい。
BONNIE PINK official website 公式サイト
目黒川(大橋〜品川) はぐれ雲さんの「ぷらっと東京」にある目黒川散歩、写真がきれいです。
10/29/2005
10/22/2005
上原ひろみ「スパイラル」
前回取りあげた上原ひろみの最新作が届いた。聴いてみてこれもなかなか素晴らしいと思った。今回も彼女を取りあげようと思う。本作もこれまでと同じく、全編オリジナル曲で構成されていて、ボーナストラックとして収録されている「リターン オブ ザ ワールド カンフー チャンピョン」を除いて、すべてピアノによる演奏である。
上原のピアノや作曲センスは素晴らしく、加えて2人のメンバー(ベースのトニー=グレイ、ドラムのマーチン=ヴァリホラ)の演奏も非常にハイレベルである。特に、トニーのベースは冒頭の「スパイラル」から、一頃のパット=メセニーを思わせるような、とても魅力的なハイノートでのソロ演奏を聴かせてくれる。このトリオが現時点での彼女のレギュラートリオで、今回はこのメンバーの演奏だけで構成されているので、複雑なオリジナルスコアをしっかりと消化した演奏が堪能できる。
数週間前にNHKの「トップランナー」に出演した際、彼女は本作について「3人全員がメロディやリズムパートを自在に担当するような音楽を目指した」と語っていた。内容を聴いてみて確かにそれは納得できる。これは、ビル=エヴァンストリオのようなインタープレイを意味するものではない。現時点での彼女の音楽はスコア重視の作品であって、ビルやキースのトリオのように必ずしも時空間的な広がりが大きいわけではない。
しかし、コンポジションで規定された時空間を深めるという音楽は、最近はあまりなかっただけに非常に新鮮だ。もちろん相当レベルが高くないと、安っぽく聴こえてしまうものなのだが、上原のスコアはさすがにバークレーを首席で卒業したというだけあって見事なものである。この手の音楽と言えば、前回にも書いたように、チック=コリアのエレクトリッック/アコースティックバンド、およびそれ以前のリターン トゥ フォーエヴァーを思い出すが、僕自身はその影響も少なからず感じる。
2〜5曲目までは組曲風のタイトルが付けられているが、あまりそういうことを意識しなくとも、アルバム全体のコンセプトの中で捉えた方が自然に感じられる。先のテレビ放送でもこの中の曲を個別に演奏していた。唯一、ボーナストラックの「リターン・・・」は本当にこういう形で収録する必要があったのだろうか、それが疑問である。せっかく上原のピアニズムがようやく明確になったアルバムなのだから、僕個人としては、それにもっと自信をもって勝負してほしかった。
もちろんこの曲は悪い作品ではないし、彼女の別の魅力を十分に表しているとは思うのだけど。いずれまたライヴ盤とかDVDとかが出るのだろうから、ステージパフォーマンスとしてそちらに収録した方がよかったのではないだろうか。その意味では、オマケのDVDもなんだか中途半端である。同じ曲の古い演奏が数分収録されているだけ。まあいずれにしても、この作品で彼女をはじめて聴く人にはいいのかもしれない。これがマーケティングというものですかね。
これで3枚のアルバムが出たわけだが、今後もテラークレーベルとの契約が続くのだろうか。個人的には、ECMなんかはが面白いレーベルじゃないかなと思うが、まだ少し早いだろうか。ヴァーヴとかブルーノートと契約して、「ヒロミ プレイズ スタンダーズ」はまだあまり聴きたくはない。
いずれにしても、3枚目にして非常に素晴らしい作品が出来上がったのではないかと思う。前作「ブレイン」(写真右)も悪くない。特にこちらのボーナスで収録されている「アナザー マインド」は名演である。それでも、やはり完成度の点では今回の「スライラル」がさらに群を抜いて進化していると思う。おすすめです!
上原のピアノや作曲センスは素晴らしく、加えて2人のメンバー(ベースのトニー=グレイ、ドラムのマーチン=ヴァリホラ)の演奏も非常にハイレベルである。特に、トニーのベースは冒頭の「スパイラル」から、一頃のパット=メセニーを思わせるような、とても魅力的なハイノートでのソロ演奏を聴かせてくれる。このトリオが現時点での彼女のレギュラートリオで、今回はこのメンバーの演奏だけで構成されているので、複雑なオリジナルスコアをしっかりと消化した演奏が堪能できる。
数週間前にNHKの「トップランナー」に出演した際、彼女は本作について「3人全員がメロディやリズムパートを自在に担当するような音楽を目指した」と語っていた。内容を聴いてみて確かにそれは納得できる。これは、ビル=エヴァンストリオのようなインタープレイを意味するものではない。現時点での彼女の音楽はスコア重視の作品であって、ビルやキースのトリオのように必ずしも時空間的な広がりが大きいわけではない。
しかし、コンポジションで規定された時空間を深めるという音楽は、最近はあまりなかっただけに非常に新鮮だ。もちろん相当レベルが高くないと、安っぽく聴こえてしまうものなのだが、上原のスコアはさすがにバークレーを首席で卒業したというだけあって見事なものである。この手の音楽と言えば、前回にも書いたように、チック=コリアのエレクトリッック/アコースティックバンド、およびそれ以前のリターン トゥ フォーエヴァーを思い出すが、僕自身はその影響も少なからず感じる。
2〜5曲目までは組曲風のタイトルが付けられているが、あまりそういうことを意識しなくとも、アルバム全体のコンセプトの中で捉えた方が自然に感じられる。先のテレビ放送でもこの中の曲を個別に演奏していた。唯一、ボーナストラックの「リターン・・・」は本当にこういう形で収録する必要があったのだろうか、それが疑問である。せっかく上原のピアニズムがようやく明確になったアルバムなのだから、僕個人としては、それにもっと自信をもって勝負してほしかった。
もちろんこの曲は悪い作品ではないし、彼女の別の魅力を十分に表しているとは思うのだけど。いずれまたライヴ盤とかDVDとかが出るのだろうから、ステージパフォーマンスとしてそちらに収録した方がよかったのではないだろうか。その意味では、オマケのDVDもなんだか中途半端である。同じ曲の古い演奏が数分収録されているだけ。まあいずれにしても、この作品で彼女をはじめて聴く人にはいいのかもしれない。これがマーケティングというものですかね。
これで3枚のアルバムが出たわけだが、今後もテラークレーベルとの契約が続くのだろうか。個人的には、ECMなんかはが面白いレーベルじゃないかなと思うが、まだ少し早いだろうか。ヴァーヴとかブルーノートと契約して、「ヒロミ プレイズ スタンダーズ」はまだあまり聴きたくはない。
いずれにしても、3枚目にして非常に素晴らしい作品が出来上がったのではないかと思う。前作「ブレイン」(写真右)も悪くない。特にこちらのボーナスで収録されている「アナザー マインド」は名演である。それでも、やはり完成度の点では今回の「スライラル」がさらに群を抜いて進化していると思う。おすすめです!
10/16/2005
ソフィア=コッポラ「ロスト イン トランスレーション」
上原ひろみに続いて「秋の豪華2本立」の続編。先週の3連休にDVDを借りて観た、ソフィア=コッポラの映画「ロスト イン トランスレーション」について。以前、ある知り合いからこの映画は面白いから絶対に観るように、と言われてずっと気になっていた。たまたま近所のレンタル屋にDVDが置いてあるのを発見し、ようやく観ることができた。
この作品は、巨匠フランシス=コッポラの娘ソフィアの初の本格的監督作品として話題になった。日本ではとりわけ、現代の日本を舞台にしていることが大きな注目を集めた。サントリーや新宿パークハイアットホテルなどが実名で登場し、新宿、渋谷、青山などの街並がそのまま巨大セットのように扱われている。
サントリーウィスキーのCMキャラクターに抜擢されその撮影のため来日した大物男優と、夫の人気映像作家の仕事に同行して同じホテルに宿泊していた若い妻の、数日間の巡りあいを中心に描かれている。
表面的には現代版東方見聞録とでも言おうか、不思議の国日本珍道中といった要素がちりばめられている。舶来カブレの自虐的インテリの日本人が特に大喜びしそうな内容であるが、それらはあくまでも作品の舞台セットとして機能しているものである。そのセットを効果的に使いながら、役者たちが演じる人間の心模様が、作品の本質を見事に描きあげていく。この作品の本質はタイトルが表すものズバリである。
タイトルの意味は「翻訳では伝わらなかったニュアンス」とでもいえばいいか。もちろん、それは単純に英語と日本語の翻訳というだけではない。慣れない日本人との仕事に失望の連続を味わう主人公の男優。そうした日本とアメリカの文化的ギャップに始まり、男女2人の主人公それぞれが異国の日本で味わう、同じアメリカ人同士の夫婦間に存在するコミュニケーションギャップ。いくら身と心を通わせても、通信手段が発達しても、表現方法が発達しても、それでも伝わらないことはいくらでもある。
そして、女の友人の招待で2人で出かけた東京のクラブやカラオケにおいて、そうした場の文化を通して互いを認識し、充実したコミュニケーションを楽しむ日本人とアメリカ人。「この唄は難しい」とか言いながら、主人公を演じるボブ=マレイがオリジナルより1オクターヴ低く唱うブライアン=フェリーの名曲「モア ザン ディス」のシーンは、素人芸を演じているにしては妙に上手くてなかなか素晴らしい場面だった。
こうした、作品に登場する人間や文化が交わすすべての邂逅が、ある意味「トランスレーション」であり、そうした中には、完璧なコミュニケーションなどあり得ないと同時に、絶望的に伝わらないコミュニケーションもまたない、というこの作品の主題が極めて上手く表現されているように思う。
先に触れた、上原ひろみが各国での演奏会に招かれて、音楽が共通の言語であることを改めて実感したというのは、いまさら新しいことではないがやはり現実にやってみた人だけが実感できる感覚なのだろう。彼女のピアノ演奏と、フランシスの映画作品の2つをたまたま同時期に体験した僕が感じたのはそういうことだ。表現を磨くこと、そのための経験を積むこと、そして実際にやってみること、何度でもやってみること、結果的に必ず報いられるとは限らないが、何もしなければ何も起らないのだ。
Sofia Coppola imdbによるソフィアのプロフィール、女優としても活躍(?)されてます(Star Wars Episode 1にもご出演)
Sofia Coppola Talks About "Lost In Translation,"... IndieWIRE誌掲載のソフィアのインタビュー(および読者の反応)
この作品は、巨匠フランシス=コッポラの娘ソフィアの初の本格的監督作品として話題になった。日本ではとりわけ、現代の日本を舞台にしていることが大きな注目を集めた。サントリーや新宿パークハイアットホテルなどが実名で登場し、新宿、渋谷、青山などの街並がそのまま巨大セットのように扱われている。
サントリーウィスキーのCMキャラクターに抜擢されその撮影のため来日した大物男優と、夫の人気映像作家の仕事に同行して同じホテルに宿泊していた若い妻の、数日間の巡りあいを中心に描かれている。
表面的には現代版東方見聞録とでも言おうか、不思議の国日本珍道中といった要素がちりばめられている。舶来カブレの自虐的インテリの日本人が特に大喜びしそうな内容であるが、それらはあくまでも作品の舞台セットとして機能しているものである。そのセットを効果的に使いながら、役者たちが演じる人間の心模様が、作品の本質を見事に描きあげていく。この作品の本質はタイトルが表すものズバリである。
タイトルの意味は「翻訳では伝わらなかったニュアンス」とでもいえばいいか。もちろん、それは単純に英語と日本語の翻訳というだけではない。慣れない日本人との仕事に失望の連続を味わう主人公の男優。そうした日本とアメリカの文化的ギャップに始まり、男女2人の主人公それぞれが異国の日本で味わう、同じアメリカ人同士の夫婦間に存在するコミュニケーションギャップ。いくら身と心を通わせても、通信手段が発達しても、表現方法が発達しても、それでも伝わらないことはいくらでもある。
そして、女の友人の招待で2人で出かけた東京のクラブやカラオケにおいて、そうした場の文化を通して互いを認識し、充実したコミュニケーションを楽しむ日本人とアメリカ人。「この唄は難しい」とか言いながら、主人公を演じるボブ=マレイがオリジナルより1オクターヴ低く唱うブライアン=フェリーの名曲「モア ザン ディス」のシーンは、素人芸を演じているにしては妙に上手くてなかなか素晴らしい場面だった。
こうした、作品に登場する人間や文化が交わすすべての邂逅が、ある意味「トランスレーション」であり、そうした中には、完璧なコミュニケーションなどあり得ないと同時に、絶望的に伝わらないコミュニケーションもまたない、というこの作品の主題が極めて上手く表現されているように思う。
先に触れた、上原ひろみが各国での演奏会に招かれて、音楽が共通の言語であることを改めて実感したというのは、いまさら新しいことではないがやはり現実にやってみた人だけが実感できる感覚なのだろう。彼女のピアノ演奏と、フランシスの映画作品の2つをたまたま同時期に体験した僕が感じたのはそういうことだ。表現を磨くこと、そのための経験を積むこと、そして実際にやってみること、何度でもやってみること、結果的に必ず報いられるとは限らないが、何もしなければ何も起らないのだ。
Sofia Coppola imdbによるソフィアのプロフィール、女優としても活躍(?)されてます(Star Wars Episode 1にもご出演)
Sofia Coppola Talks About "Lost In Translation,"... IndieWIRE誌掲載のソフィアのインタビュー(および読者の反応)
上原ひろみ「アナザー マインド」
このところ週末の空模様がよろしくない。これを書いている今日も雨。先週も3連休だというのに、天気が悪かった。仕方ないので、そろそろ長くなってきた髪を切ってもらいがてら近所の武蔵小杉まで出かけて、どうしても気になっていたCDを、イトーヨーカドー内のCDショップで購入(商品券が使えたので)。その帰りに、DVDをレンタルして自宅で観賞した。両方ともなかなか内容が興味深かったので、今週は秋の豪華版(?)ということで、その2つを一遍にとりあげてみたいと思う。
上原ひろみは最近話題の女性ジャズピアニスト。僕は、昨年の夏の「東京ジャズ」に出演した時の模様を、秋に放映されたテレビで観て彼女を知った。印象に残ったのは、見事なテクニックやアコースティックピアノのうえに置かれた真っ赤なノードリード(シンセサイザー)、そしてなによりも本当に楽しそうに演奏する屈託のない笑顔である。最近では、NHKの「トップランナー」にもゲストで出演し、自身の生い立ちや考え方などを語りながら、自分のグループで3曲ほど演奏を披露した。
「アナザーマインド」は2003年に発売された彼女のデビュー作である。テレビを観て興味を持った僕は、先ずこれを聴いてみようという気になった。ジャズを中心に優れたミュージシャンを輩出しているバークレー音楽院の作曲科を首席で卒業したという人らしく、このアルバムは全曲彼女のオリジナル曲で構成されている。
内容は、僕にとっては必ずしも全部が素晴らしいという印象ではない。冒頭の「XYZ」などトリオ編成の演奏は素晴らしい。彼女の作曲の才能は、これまでに彼女が接してきたと思われる様々な音楽の影響が、やや直接的に出ているように思えるという意味で、ユニークさという点でいま一歩かもしれないが、オリジナリティは確かに優れている。
聴いてみて不満な点もある。一番の疑問はなぜトリオ編成で通さなかったのかということ。2曲目の「ダブルパーソナリティ」は彼女らしい作品だが、アルトサックスとギターが参加する必然がいま一つ感じられない。続く「サマーレイン」もやはりサックスがフィーチャーされるが、あまりに安易な印象を受けてしまったのは僕だけではないと思う。
アマゾンのレビューでこのアルバムについて「ゴルフ場のロビーで流れている様な音楽」と酷評した方がいらっしゃったが、それは特にこの曲に対するものだと考えれば、極めて合点がいく。その人はおそらくここまで聴いて嫌になったのだろうと思う。正直、僕も最初に聴いたときは不安になった。彼女がかつて学んだと言うヤマハ音楽教室に関する、僕が嫌いな一面が凝縮された様な音楽にも聴こえた。5曲目の「010101バイナリーシステム」もシンセをフィーチャーした作品としてはいま一つ中途半端な印象である。
とは言え、僕はこの一週間は通勤時にはほとんどこれを聴いていたので、それなりの聴き応えがあることは確かだ。「サマーレイン」は予め僕のiPodからは除いてある。この音楽をかつてのプログレッシヴロック、とりわけキース=エマーソンの音楽に似ているという人もいるようだが、僕自身はチック=コリアが1980年代後半に世に放ったエレクトリックバンドとアコースティックバンドの音楽性に近いように感じる。
ある意味、最近このろぐでとりあげたマルグリュー=ミラーやジェシカ=ウィリアムスのような、伝統に強く根ざしたピアノジャズの一面は、この作品にはない。現代の日本的エッセンスとでも言えるインダストリアルな要素に満ちあふれた音楽である。そこに若い彼女の独特の元気なエモーションが弾き込まれているので、インダストリアルな一面が嫌みにならない新鮮さが感じられるのだろう。
日本人女性ジャズピアノと言えば、1990年代半ばに現れた大西順子を思い出す。彼女も当時はテレビに出たり、海外の大物リズムセクションを従えて次々とアルバムを発表したりと、大忙しの数年を過ごしたのだが、その後ぱったりと音信がなくなったので気にはなっていた。それがこの春に5〜6年のブランクを経て活動を再開されたようである。彼女や、今回の上原、そして最近もう一人話題になっている山中千尋にしても、いずれも力強いタッチのピアノ演奏で、現代的な意味での日本人女性の魅力を表しているように思う。
そのなかでも上原の魅力は、特に現代的な感性に大きく軸足を置いていること。全面的にエレキベースを採用しているのはその象徴といえるだろう。そして「おてんば音楽」とでも言える、従来のジャズの枠にとらわれない奔放さである。僕にはそれが決していままでにない斬新さだとは思わないけれど、そういう「日本らしさ」が海外でも高く評価されていることは素晴らしいことだと思う。
12月に東京でも予定されているライヴは完売とのこと。僕は、すでにセカンドアルバムの「ブレイン」も購入し、今週には3作目の「スパイラル」が届く予定になっている。それらについては、また追って紹介したいと思う。今後が楽しみなアーチストである。どうか、周囲の雑音を上手くしのいで、今後も力強く自分の道を切り開いていって欲しい。
上原ひろみ ヤマハ音楽振興財団による公式サイト
上原ひろみは最近話題の女性ジャズピアニスト。僕は、昨年の夏の「東京ジャズ」に出演した時の模様を、秋に放映されたテレビで観て彼女を知った。印象に残ったのは、見事なテクニックやアコースティックピアノのうえに置かれた真っ赤なノードリード(シンセサイザー)、そしてなによりも本当に楽しそうに演奏する屈託のない笑顔である。最近では、NHKの「トップランナー」にもゲストで出演し、自身の生い立ちや考え方などを語りながら、自分のグループで3曲ほど演奏を披露した。
「アナザーマインド」は2003年に発売された彼女のデビュー作である。テレビを観て興味を持った僕は、先ずこれを聴いてみようという気になった。ジャズを中心に優れたミュージシャンを輩出しているバークレー音楽院の作曲科を首席で卒業したという人らしく、このアルバムは全曲彼女のオリジナル曲で構成されている。
内容は、僕にとっては必ずしも全部が素晴らしいという印象ではない。冒頭の「XYZ」などトリオ編成の演奏は素晴らしい。彼女の作曲の才能は、これまでに彼女が接してきたと思われる様々な音楽の影響が、やや直接的に出ているように思えるという意味で、ユニークさという点でいま一歩かもしれないが、オリジナリティは確かに優れている。
聴いてみて不満な点もある。一番の疑問はなぜトリオ編成で通さなかったのかということ。2曲目の「ダブルパーソナリティ」は彼女らしい作品だが、アルトサックスとギターが参加する必然がいま一つ感じられない。続く「サマーレイン」もやはりサックスがフィーチャーされるが、あまりに安易な印象を受けてしまったのは僕だけではないと思う。
アマゾンのレビューでこのアルバムについて「ゴルフ場のロビーで流れている様な音楽」と酷評した方がいらっしゃったが、それは特にこの曲に対するものだと考えれば、極めて合点がいく。その人はおそらくここまで聴いて嫌になったのだろうと思う。正直、僕も最初に聴いたときは不安になった。彼女がかつて学んだと言うヤマハ音楽教室に関する、僕が嫌いな一面が凝縮された様な音楽にも聴こえた。5曲目の「010101バイナリーシステム」もシンセをフィーチャーした作品としてはいま一つ中途半端な印象である。
とは言え、僕はこの一週間は通勤時にはほとんどこれを聴いていたので、それなりの聴き応えがあることは確かだ。「サマーレイン」は予め僕のiPodからは除いてある。この音楽をかつてのプログレッシヴロック、とりわけキース=エマーソンの音楽に似ているという人もいるようだが、僕自身はチック=コリアが1980年代後半に世に放ったエレクトリックバンドとアコースティックバンドの音楽性に近いように感じる。
ある意味、最近このろぐでとりあげたマルグリュー=ミラーやジェシカ=ウィリアムスのような、伝統に強く根ざしたピアノジャズの一面は、この作品にはない。現代の日本的エッセンスとでも言えるインダストリアルな要素に満ちあふれた音楽である。そこに若い彼女の独特の元気なエモーションが弾き込まれているので、インダストリアルな一面が嫌みにならない新鮮さが感じられるのだろう。
日本人女性ジャズピアノと言えば、1990年代半ばに現れた大西順子を思い出す。彼女も当時はテレビに出たり、海外の大物リズムセクションを従えて次々とアルバムを発表したりと、大忙しの数年を過ごしたのだが、その後ぱったりと音信がなくなったので気にはなっていた。それがこの春に5〜6年のブランクを経て活動を再開されたようである。彼女や、今回の上原、そして最近もう一人話題になっている山中千尋にしても、いずれも力強いタッチのピアノ演奏で、現代的な意味での日本人女性の魅力を表しているように思う。
そのなかでも上原の魅力は、特に現代的な感性に大きく軸足を置いていること。全面的にエレキベースを採用しているのはその象徴といえるだろう。そして「おてんば音楽」とでも言える、従来のジャズの枠にとらわれない奔放さである。僕にはそれが決していままでにない斬新さだとは思わないけれど、そういう「日本らしさ」が海外でも高く評価されていることは素晴らしいことだと思う。
12月に東京でも予定されているライヴは完売とのこと。僕は、すでにセカンドアルバムの「ブレイン」も購入し、今週には3作目の「スパイラル」が届く予定になっている。それらについては、また追って紹介したいと思う。今後が楽しみなアーチストである。どうか、周囲の雑音を上手くしのいで、今後も力強く自分の道を切り開いていって欲しい。
上原ひろみ ヤマハ音楽振興財団による公式サイト
10/10/2005
オウテカ「アンバー」
久しぶりにCDの整理をやってみた。ディスクユニオンで買取り強化サービスをやっていて、通常査定額の20%増しで引き取ってくれるという。居間にあるCDラックから溢れ出したCDが、テレビ台の前に列を作っていて、妻からの「足をのばして寛げない」という苦情を、ずっと聞かぬふりをしてやり過ごしてきたのだけど、これを機会に少し整理して処分しようという気になった。
2時間近く作業して、今回はジャズ、クラシック、テクノを中心にざっと100点程度を処分することに決めた。これを紙袋2つに分け、彼女にも手伝ってもらって、自宅からお茶の水にあるディスクユニオンまで手で運んで行った。これが結構重いのである。ディスクユニオンは、ちゃんとジャンルごとの専門家がそれなりの査定をしてくれる。今回はジャンルが複数にまたがっていたので、多少手間と時間がかかったが、キャンペーンの20%増しのおかげもあって、合計で6万円を少し上回る査定結果には、十分満足だった。
処分してみてわかったのは、いままであまり期待できなかったテクノ系の査定額が、予想以上に高かったこと。これまでも何度かテクノ関係のCDを処分したことはあったが、本当にどうでもいいような買って後悔した作品が中心だったからか、1枚100円とか50円という散々な査定結果に、これからはこういう買いものをしないように気をつけないとなあ、と自分に言い聞かせたものだった。それが今回は、一時期かなり愛聴したコンピレーションなどを中心に、もう聴かないかなと少し思い切って処分したところ、ものによっては1枚1000円以上の査定がついた。これには少し意外な感じがした。
インターネットブームにやや先んじて起った、1990年代半ばのテクノブーム。面白いジャズがないなあと嘆いていた僕は、そのジャンルにかなりハマった時期があった。ちょうどMacを手にした時期でもあって、聴くだけに飽き足らずに自分で音楽を創ってみたりしたこともある。その頃作った作品は2曲ほど、いまもテープに残してあるが、はじめて作ったにしてはなかなかの出来だと思っている。
テクノという音楽ジャンルはそれ以前から存在していて、少なくとも、アナログシンセサイザーとシーケンサーが出現し、それによって奏でられるリズムを基盤に据えた音楽を演奏したドイツのクラフトワーク、そして日本のイエローマジックオーケストラあたりが、ジャンルを形成する上で重要な役割を果たしたのだと思う。もちろん、その源としてさらにそれ以前の電子音楽やテープ音楽にさかのぼることはできるだが。
1990年代のテクノは、そうした音楽機材がお手頃な価格になったことと、欧米でのハウスミュージックの興隆といった動きが結びついて、誕生した音楽ジャンルである。若いアーチスト、若いレーベルオーナー等を中心に、商業主義で停滞していた観のある音楽の世界に、とても新鮮な風を巻き起こした。アーチストでは、エイフェックスツイン、オーブ、オービタル、システム7、ブラックドッグ、FSOLなど、レーベルでは英国のWARP、ベルギーのR&S、アメリカのTVTなどが、そうしたムーヴメントをもり立てた主役達だった。
彼等から新しいクリエイティヴな音楽が次々と発表されるのは、本当にわくわくする様な時代だった。当時、僕はもう30歳代になっていたから、そういう音楽を楽しむ世代としては、おそらく既にちょっと年齢が高めだったと思うが、僕はやっぱり新しいものが欲しかった。CD屋さんにはハウスミュージックの売り場が出来、その中にテクノのコーナーが出来るまでになった。
その後、テクノは急速な広がりを見せて拡大し、大きくなることと引き換えに、必然的に現れるつまらなさが目や耳につくようになった。作品では、従来のパターンを真似ただけの安直なものとか、ポップミュージックに接近した作品、急速に進化を遂げたコンピュータを取り入れた複雑なものなどが出てきて、本来の新鮮さとは別の側面が目立つようになった。技術の進化と同様に、テクノミュージックの世界も急速に変化していったわけである。
先にあげたアーチストやレーベルは、現在も素晴らしい活動を続けている。どうでもいいような連中は姿を消してしまった。いま振返ってみると、そのすぐ後に続いて興った、ヤフー、アマゾン、イーベイ、そしてグーグルを中核とするインターネットビジネスの状況によく似ていると思う。
今回は、テクノのなかで僕が一番好きなアーチスト、オウテカの作品をとりあげた。これは、彼らにとって公式には2枚目のアルバムだったと思う。アナログシンセ、リズムマシン、サンプラーを主体に、他のアーチストとはかなり違う明確な音楽世界が表現されている。アナログテクノの金字塔と言える作品である。どの曲を聴いてみても、独特の音世界と心地よさが同居している。夕暮れか早朝の日差しに、紫色にそまる砂丘のジャケット写真が印象的だ。
彼らもまた、この作品に前後するアナログ時代からしばらくして、コンピュータを大胆に導入したデジタル音楽を模索した時期があった。僕は彼らの作品は出るたびに必ずチェックしているが、実を言うと今回のCD処分で、その時期の作品のほとんどを処分してしまった。試みの大胆さは面白いし、独自性も相変わらずだったが、なぜか僕には何度も聴きたくなる気にはならなかった。最新作「アンティルテッド」(写真右)が出て、ようやくそれが一つの完成を見たように感じた僕は、過渡期のものを処分することにしたのだ。また聴きたくなることがあるかも知れないが、その時は音楽配信を利用することにしようと思う。
コレクションを手放すことに寂しさはあまりなかった。それよりも整理が出来たことで、何か少し気分が軽くなったように思えた。思いがけずお小遣いも手に入った。これはまた新しい音楽を探究するのに費やそう。最近は以前より慎重になったせいで、あまり失敗はない。こういうことを学ぶためにも、たまに蒐集したものを整理するのはいいことだ。
WARP Records ワープレコードのサイト。テクノの老舗らしい仕掛けが一杯のサイトです。
(おまけ)
テクノとは何の関係もありませんが、先の週末、伊豆長岡と沼津に行ってきました。その時に沼津市内のお寿司屋さん「幸寿司」でいただいたお寿司です。手長エビをはじめとする秋のネタが盛りだくさんで、本当においしいお寿司でした。わざわざ行った甲斐がありました。
長岡で泊まった旅館の近くにある、かつらぎ山の頂きからの眺め。左手に相模湾、右手には富士山が見えます。天気もよく、とても気持ちのよい眺めでした。
2時間近く作業して、今回はジャズ、クラシック、テクノを中心にざっと100点程度を処分することに決めた。これを紙袋2つに分け、彼女にも手伝ってもらって、自宅からお茶の水にあるディスクユニオンまで手で運んで行った。これが結構重いのである。ディスクユニオンは、ちゃんとジャンルごとの専門家がそれなりの査定をしてくれる。今回はジャンルが複数にまたがっていたので、多少手間と時間がかかったが、キャンペーンの20%増しのおかげもあって、合計で6万円を少し上回る査定結果には、十分満足だった。
処分してみてわかったのは、いままであまり期待できなかったテクノ系の査定額が、予想以上に高かったこと。これまでも何度かテクノ関係のCDを処分したことはあったが、本当にどうでもいいような買って後悔した作品が中心だったからか、1枚100円とか50円という散々な査定結果に、これからはこういう買いものをしないように気をつけないとなあ、と自分に言い聞かせたものだった。それが今回は、一時期かなり愛聴したコンピレーションなどを中心に、もう聴かないかなと少し思い切って処分したところ、ものによっては1枚1000円以上の査定がついた。これには少し意外な感じがした。
インターネットブームにやや先んじて起った、1990年代半ばのテクノブーム。面白いジャズがないなあと嘆いていた僕は、そのジャンルにかなりハマった時期があった。ちょうどMacを手にした時期でもあって、聴くだけに飽き足らずに自分で音楽を創ってみたりしたこともある。その頃作った作品は2曲ほど、いまもテープに残してあるが、はじめて作ったにしてはなかなかの出来だと思っている。
テクノという音楽ジャンルはそれ以前から存在していて、少なくとも、アナログシンセサイザーとシーケンサーが出現し、それによって奏でられるリズムを基盤に据えた音楽を演奏したドイツのクラフトワーク、そして日本のイエローマジックオーケストラあたりが、ジャンルを形成する上で重要な役割を果たしたのだと思う。もちろん、その源としてさらにそれ以前の電子音楽やテープ音楽にさかのぼることはできるだが。
1990年代のテクノは、そうした音楽機材がお手頃な価格になったことと、欧米でのハウスミュージックの興隆といった動きが結びついて、誕生した音楽ジャンルである。若いアーチスト、若いレーベルオーナー等を中心に、商業主義で停滞していた観のある音楽の世界に、とても新鮮な風を巻き起こした。アーチストでは、エイフェックスツイン、オーブ、オービタル、システム7、ブラックドッグ、FSOLなど、レーベルでは英国のWARP、ベルギーのR&S、アメリカのTVTなどが、そうしたムーヴメントをもり立てた主役達だった。
彼等から新しいクリエイティヴな音楽が次々と発表されるのは、本当にわくわくする様な時代だった。当時、僕はもう30歳代になっていたから、そういう音楽を楽しむ世代としては、おそらく既にちょっと年齢が高めだったと思うが、僕はやっぱり新しいものが欲しかった。CD屋さんにはハウスミュージックの売り場が出来、その中にテクノのコーナーが出来るまでになった。
その後、テクノは急速な広がりを見せて拡大し、大きくなることと引き換えに、必然的に現れるつまらなさが目や耳につくようになった。作品では、従来のパターンを真似ただけの安直なものとか、ポップミュージックに接近した作品、急速に進化を遂げたコンピュータを取り入れた複雑なものなどが出てきて、本来の新鮮さとは別の側面が目立つようになった。技術の進化と同様に、テクノミュージックの世界も急速に変化していったわけである。
先にあげたアーチストやレーベルは、現在も素晴らしい活動を続けている。どうでもいいような連中は姿を消してしまった。いま振返ってみると、そのすぐ後に続いて興った、ヤフー、アマゾン、イーベイ、そしてグーグルを中核とするインターネットビジネスの状況によく似ていると思う。
今回は、テクノのなかで僕が一番好きなアーチスト、オウテカの作品をとりあげた。これは、彼らにとって公式には2枚目のアルバムだったと思う。アナログシンセ、リズムマシン、サンプラーを主体に、他のアーチストとはかなり違う明確な音楽世界が表現されている。アナログテクノの金字塔と言える作品である。どの曲を聴いてみても、独特の音世界と心地よさが同居している。夕暮れか早朝の日差しに、紫色にそまる砂丘のジャケット写真が印象的だ。
彼らもまた、この作品に前後するアナログ時代からしばらくして、コンピュータを大胆に導入したデジタル音楽を模索した時期があった。僕は彼らの作品は出るたびに必ずチェックしているが、実を言うと今回のCD処分で、その時期の作品のほとんどを処分してしまった。試みの大胆さは面白いし、独自性も相変わらずだったが、なぜか僕には何度も聴きたくなる気にはならなかった。最新作「アンティルテッド」(写真右)が出て、ようやくそれが一つの完成を見たように感じた僕は、過渡期のものを処分することにしたのだ。また聴きたくなることがあるかも知れないが、その時は音楽配信を利用することにしようと思う。
コレクションを手放すことに寂しさはあまりなかった。それよりも整理が出来たことで、何か少し気分が軽くなったように思えた。思いがけずお小遣いも手に入った。これはまた新しい音楽を探究するのに費やそう。最近は以前より慎重になったせいで、あまり失敗はない。こういうことを学ぶためにも、たまに蒐集したものを整理するのはいいことだ。
WARP Records ワープレコードのサイト。テクノの老舗らしい仕掛けが一杯のサイトです。
(おまけ)
テクノとは何の関係もありませんが、先の週末、伊豆長岡と沼津に行ってきました。その時に沼津市内のお寿司屋さん「幸寿司」でいただいたお寿司です。手長エビをはじめとする秋のネタが盛りだくさんで、本当においしいお寿司でした。わざわざ行った甲斐がありました。
長岡で泊まった旅館の近くにある、かつらぎ山の頂きからの眺め。左手に相模湾、右手には富士山が見えます。天気もよく、とても気持ちのよい眺めでした。
10/02/2005
渡辺香津美「Mobo」
先日のある夜、久しぶりに六本木でライヴを楽しむ機会があった。僕の友人で音楽好きの2人の男から、それぞれお店を紹介してもらい、一晩で2種類の異なる演奏をハシゴするという、贅沢とも慌ただしいとも思える夜だった。でも、おかげで僕の様な楽器を少しいじっている人間にとって、それは熱い何かを蘇らせてくれるような、とても素晴らしい夜になった。
一軒目は、六本木のジャズクラブ「サテンドール」。ここで日本を代表するジャズギタリスト渡辺香津美さんの演奏を楽しんだ。今回は彼と、ギタリストの天野清継、パーカッションのクリストファー=ハーディーというトリオ編成に、後半、香津美さんがギターで師事した中牟礼貞則がゲストで参加して、デュオとトリプルギターの演奏を聴かせてくれた。
このお店は、僕が数年前に会社である仕事を共にすることになった音楽好きの男が、過去何年間にもわたって月に2回は通っているという常連で、彼のおかげでとてもいい席に座らせてもらった。香津美さんの真正面から指使いやら、楽器の種類やそのセッティングまでじっくりと観ることができた。今回は、もう一人僕の幼馴染みの(彼も趣味でギターをやっている)も一緒で、3人で始まる前から、ステージの機材を見ながらあーだこーだと話し込んで盛り上がっていた。
演奏は、ギターデュオによる「地中海の舞踏」に始まり、「オール ザ シングズ ユー アー」などお馴染みのジャズナンバーを中心に、ラストは全員による「セント トーマス」まで、とても気持ちよく1時間15分のファーストステージを聴かせてくれた。
驚いたのは、(もちろん香津美さんの人気はわかっているのだけど)このようなジャズクラブが平日の夜にもかかわらず、超満員になっていること。場所柄そして出演者からお客のほとんどは僕らと同年代かそれ以上の男性が多いが、みんなグループで連れ立って楽しみに来ているようだ。世の中の景気は確かにいいんだなと実感した時間でもあった。
このお店は(注文はすべて常連の彼任せだったのだが)料理もとても美味しく、飲み放題を選択することもできて、なかなかリーズナブルな金額で楽しむことができた。難を言えば多少音響に問題があるように感じたが、まあそれも含めてクラブスペースの魅力と言ってしまえばそれまでだろう。
そのままセカンドステージまで楽しんで行くという常連の彼を残して、僕ともう一人の男は名残惜しく思いつつもお店を後にした。次のお店は、その男が「面白いものが観れるから折角だし寄って行こう」と連れて行ってもらうことにしていたのだ。その彼は、これまでにもこのろぐに何度か登場している、僕の幼馴染みである。彼はギター弾きで、奥さんと中学生と小学生のお嬢さんが二人いるというのに、自分のために結構値が張るギターを衝動買いしてしまうという、めでたい男である。
二件目は「バウハウス」というお店。こちらはハウスバンドが往年のロックの名曲を生で聴かせるというお店。先ほどのサテンドールとは、ちょうど六本木交差点を挟んで対称の方角にある。ついでにお店の雰囲気も対照的で、暗い店内に派手な照明などをセットした狭いステージがしつらえてあり、チープな感じのテーブルとシートがその方向にセットされている。僕らが着いたときはライブはまだ始まっておらず、前面のスクリーンに、アル=ヤンコビックのおバカなパロディービデオ作品が上映されていた。
ビールを注文してしばし2人でそのビデオをながめながら話をしていた。客はまばらだったが、外国人のお客さんもいて、このお店が好きで気楽に来ている雰囲気がよい。そうこうしているうちに、さっきまでステージ脇のテーブルで飲んでいた一団が腰を上げたかと思うと、ステージで準備を始めた。彼等がハウスバンドだったのだ。
正直なところ、先のお店で強力な演奏を目の当たりにしていたので、こちらはまあお遊びかそれこそパロディのようなノリかなという程度で、音楽的にはさほど期待していなかったのであるが、いざ演奏が始まってみると、さすがに毎晩数回のステージをこなしているだけあって、実に上手いのである、これが。ばっちり決まったリズムの上で、小気味よい唸りをあげるストラトキャスターに、僕はまたしても熱くなってのめり込んでしまったのである。
演奏されたのはボンジョヴィの「リヴィング オン ア プレイヤー」やシンディ=ローパーの「タイム アフター タイム」など、1980年代の豪華な洋楽ヒット曲のオンパレードである。メンバーは曲によって微妙に構成を替え、さっきまでウェイトレスをしていた女の子が、いきなりステージに上がって元気一杯にヴォーカルを披露するという具合で、これがまたキュートというかセクシーというか、とても新鮮な感じなのである。女の子がロックを歌う姿を最後に見たのはいったいいつのことだったか。
時間の関係で、残念ながらこちらのお店も1ステージを楽しんだだけで、出てしまうことになった。まあこちらはいつ来ても、一貫したスタイルの演奏が楽しめるので、懐かしいロックを生で聴きたくなったら気軽に来れそうである。近いうちに、また他の友人を誘って訪れてみたいと思う。金曜土曜は早朝まで営業しているらしい。
連れて行ってくれた男の話では、プロのミュージシャンにもこの店に通ってくる人がいるのだそうだ。そこでセッションになることもあるらしく、そこで負けたくないのでハウスバンドのリーダーも日夜練習を欠かさないのだとか。
ということで、ちょっと慌ただしくもあったが、一晩でこんな素晴らしい音楽体験をさせてくれた、二人の友達にはあらためてお礼を申し上げたい。以前からその気はあるのだが、自分のなかにあるミュージシャン魂も、火を消してしまってはいけないなと誓った帰り途であった。
今回の作品は、数ある香津美作品のなかでどれが一番好きかという、無謀な問いにとりあえず出した答えである。これが発表された時、僕は大学生だった。コピー演奏だけではつまらないなあと思っていた僕にとって、このユニットで展開される単純なリズムパターンをベースに、ロックやジャズの要素が入り混じった不思議な広がりを持つ躍動は、とてつもなく衝撃的であり刺激的であった。
一部の曲を除いて、キーボードを省いていることもそうなのだが、こんな自由な音楽なら、自分達にもできるのではないかと思った。もちろん、すぐにそれは別の意味でとても難しいということを知ることになるのだが。それでも僕の音楽観は、演奏という視点からもこの作品に触れたその頃から、大きく膨らみ始めたように思う。いまだに忘れられない作品である。僕にとって、六本木のイメージを一番よく表している音楽はいまでもこの作品だなと思い、これをとりあげた。
久しぶりに訪れた六本木の夜は、楽しく活気に溢れたものだった。街で見かけたそこを行き交う様々な人の姿と、そこで聴いた音楽、そこで吸い込んだ空気に、新たなエネルギーをもらった。たまにこういう充電はいいものだ。これからも時折また足を運ぼうと思っている。
KW 渡辺香津美さんの公式サイト
サテンドール
ロックの殿堂BAUHAUS
一軒目は、六本木のジャズクラブ「サテンドール」。ここで日本を代表するジャズギタリスト渡辺香津美さんの演奏を楽しんだ。今回は彼と、ギタリストの天野清継、パーカッションのクリストファー=ハーディーというトリオ編成に、後半、香津美さんがギターで師事した中牟礼貞則がゲストで参加して、デュオとトリプルギターの演奏を聴かせてくれた。
このお店は、僕が数年前に会社である仕事を共にすることになった音楽好きの男が、過去何年間にもわたって月に2回は通っているという常連で、彼のおかげでとてもいい席に座らせてもらった。香津美さんの真正面から指使いやら、楽器の種類やそのセッティングまでじっくりと観ることができた。今回は、もう一人僕の幼馴染みの(彼も趣味でギターをやっている)も一緒で、3人で始まる前から、ステージの機材を見ながらあーだこーだと話し込んで盛り上がっていた。
演奏は、ギターデュオによる「地中海の舞踏」に始まり、「オール ザ シングズ ユー アー」などお馴染みのジャズナンバーを中心に、ラストは全員による「セント トーマス」まで、とても気持ちよく1時間15分のファーストステージを聴かせてくれた。
驚いたのは、(もちろん香津美さんの人気はわかっているのだけど)このようなジャズクラブが平日の夜にもかかわらず、超満員になっていること。場所柄そして出演者からお客のほとんどは僕らと同年代かそれ以上の男性が多いが、みんなグループで連れ立って楽しみに来ているようだ。世の中の景気は確かにいいんだなと実感した時間でもあった。
このお店は(注文はすべて常連の彼任せだったのだが)料理もとても美味しく、飲み放題を選択することもできて、なかなかリーズナブルな金額で楽しむことができた。難を言えば多少音響に問題があるように感じたが、まあそれも含めてクラブスペースの魅力と言ってしまえばそれまでだろう。
そのままセカンドステージまで楽しんで行くという常連の彼を残して、僕ともう一人の男は名残惜しく思いつつもお店を後にした。次のお店は、その男が「面白いものが観れるから折角だし寄って行こう」と連れて行ってもらうことにしていたのだ。その彼は、これまでにもこのろぐに何度か登場している、僕の幼馴染みである。彼はギター弾きで、奥さんと中学生と小学生のお嬢さんが二人いるというのに、自分のために結構値が張るギターを衝動買いしてしまうという、めでたい男である。
二件目は「バウハウス」というお店。こちらはハウスバンドが往年のロックの名曲を生で聴かせるというお店。先ほどのサテンドールとは、ちょうど六本木交差点を挟んで対称の方角にある。ついでにお店の雰囲気も対照的で、暗い店内に派手な照明などをセットした狭いステージがしつらえてあり、チープな感じのテーブルとシートがその方向にセットされている。僕らが着いたときはライブはまだ始まっておらず、前面のスクリーンに、アル=ヤンコビックのおバカなパロディービデオ作品が上映されていた。
ビールを注文してしばし2人でそのビデオをながめながら話をしていた。客はまばらだったが、外国人のお客さんもいて、このお店が好きで気楽に来ている雰囲気がよい。そうこうしているうちに、さっきまでステージ脇のテーブルで飲んでいた一団が腰を上げたかと思うと、ステージで準備を始めた。彼等がハウスバンドだったのだ。
正直なところ、先のお店で強力な演奏を目の当たりにしていたので、こちらはまあお遊びかそれこそパロディのようなノリかなという程度で、音楽的にはさほど期待していなかったのであるが、いざ演奏が始まってみると、さすがに毎晩数回のステージをこなしているだけあって、実に上手いのである、これが。ばっちり決まったリズムの上で、小気味よい唸りをあげるストラトキャスターに、僕はまたしても熱くなってのめり込んでしまったのである。
演奏されたのはボンジョヴィの「リヴィング オン ア プレイヤー」やシンディ=ローパーの「タイム アフター タイム」など、1980年代の豪華な洋楽ヒット曲のオンパレードである。メンバーは曲によって微妙に構成を替え、さっきまでウェイトレスをしていた女の子が、いきなりステージに上がって元気一杯にヴォーカルを披露するという具合で、これがまたキュートというかセクシーというか、とても新鮮な感じなのである。女の子がロックを歌う姿を最後に見たのはいったいいつのことだったか。
時間の関係で、残念ながらこちらのお店も1ステージを楽しんだだけで、出てしまうことになった。まあこちらはいつ来ても、一貫したスタイルの演奏が楽しめるので、懐かしいロックを生で聴きたくなったら気軽に来れそうである。近いうちに、また他の友人を誘って訪れてみたいと思う。金曜土曜は早朝まで営業しているらしい。
連れて行ってくれた男の話では、プロのミュージシャンにもこの店に通ってくる人がいるのだそうだ。そこでセッションになることもあるらしく、そこで負けたくないのでハウスバンドのリーダーも日夜練習を欠かさないのだとか。
ということで、ちょっと慌ただしくもあったが、一晩でこんな素晴らしい音楽体験をさせてくれた、二人の友達にはあらためてお礼を申し上げたい。以前からその気はあるのだが、自分のなかにあるミュージシャン魂も、火を消してしまってはいけないなと誓った帰り途であった。
今回の作品は、数ある香津美作品のなかでどれが一番好きかという、無謀な問いにとりあえず出した答えである。これが発表された時、僕は大学生だった。コピー演奏だけではつまらないなあと思っていた僕にとって、このユニットで展開される単純なリズムパターンをベースに、ロックやジャズの要素が入り混じった不思議な広がりを持つ躍動は、とてつもなく衝撃的であり刺激的であった。
一部の曲を除いて、キーボードを省いていることもそうなのだが、こんな自由な音楽なら、自分達にもできるのではないかと思った。もちろん、すぐにそれは別の意味でとても難しいということを知ることになるのだが。それでも僕の音楽観は、演奏という視点からもこの作品に触れたその頃から、大きく膨らみ始めたように思う。いまだに忘れられない作品である。僕にとって、六本木のイメージを一番よく表している音楽はいまでもこの作品だなと思い、これをとりあげた。
久しぶりに訪れた六本木の夜は、楽しく活気に溢れたものだった。街で見かけたそこを行き交う様々な人の姿と、そこで聴いた音楽、そこで吸い込んだ空気に、新たなエネルギーをもらった。たまにこういう充電はいいものだ。これからも時折また足を運ぼうと思っている。
KW 渡辺香津美さんの公式サイト
サテンドール
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