3/09/2014

ギャリソンの入ったコルトレーンを

またコルトレーンばかり聴いている。ジミー=ギャリソンのベースが持つ重い響きはハマると病みつきになる。このところは彼の長いソロがフィーチャーされた後期のライヴ演奏ばかりを聴いている。ラシッド=アリのドラムもいい。

必然的にそれは"Live in Japan"に帰着してゆくわけだが、今回は"Live in Seattle"とか、もうずっと聴いていなかった"Live at the Village Vanguard Again!"なんかも、じっくり楽しんでいる。あとは1965年のアンティーブ・ジャズ・フェスティバルで録音された2枚の作品もいい。

"...Again!"については、LPでは持っていたがCDは持っておらず、今回初めて購入した。"Live in Japan"に比べると、編集はされているし、もの足りなさはあるのだけど、改めて聴いてみると非常にコンパクトにこの最後期クィンテットの魅力がまとめられているなと感じる。初めてこのユニットの演奏を聴くには一番いいと思う。

"My Favorite Things"でのファラオのソロの後ろで、コルトレーンがフルートとアルトを吹くのがしっかりと収録されていて、モノラル録音である"Live in Japan"とは違って、そのトレーンの姿をよりはっきり感じ取れるのが大きな魅力だと知った。

しかし、このことに触れているのをあまり読んだことがない。特に後半のアルト演奏については、ファラオと丁々発止に白熱する場面で、録音技師のヴァン=ゲルダーがまたしてもトレーンを追いかけようと、マイクの入力をあげるのが収録されている。フルートはドルフィーが使用していたものだと言われるが、アルトはどういうものだったのだろうか(東京公演で吹いたアルトは工場を見学したヤマハから贈られたものらしい)。

トレーンについては、もはや完全にインパルス時代のものしか聴かなくなった。以前にも書いたと思うが、高校時代に彼の音楽に出会って、大学時代に書店で購入したジャズ批評のコルトレーン特集に、ある人が「若い頃にはフリー時代の作品が平気で聴けたのに、いまこの歳(たぶんいまの僕と同じくらいなのだと思う)になると、聴くのが辛くなった」とか書いてあって、自分もゆくゆくはそうなるのかなと思っていたのだが、どうもそんなことは杞憂だったようだ。

1940から50年代のジャズについては、パーカーとかパウエルとかエヴァンスといった人たちの優れた演奏は、これからも聴くことになると思うけど、コルトレーンについてはたぶん聴くことはないだろう。なぜならそれよりはるかに素晴らしく多くのものを受け取れる彼の姿を、後の時代の演奏に求めることができるからだ。

この週末もウォーキングはさぼった。しかし日曜日の今日は、思いつきで伊勢原の大山(おおやま)に行ってみることに。

相鉄と小田急とバスとケーブルカーを乗り継いで着いた阿夫利神社からの眺めは素晴らしかった。けど、山道は思ったより険しいのとまだあちこちに雪が残っていて、軽装の僕らにはちょっと無理と判断して、ちょっとだけ山道をうろうろしただけで下山することに。もう少し暖かくなったらまたリベンジしたいと思う。

阿夫利神社からの山道はこんな感じ。足下は融けた雪でべちゃべちゃでした。
山道を阿夫利神社に戻る階段で。これを登り降りするだけでも結構足にキマす。
結局、神社から途中の大岡寺まで「女坂」を歩いて登山気分を味わうだけに。ケーブルカーの駅で一息。
五蘊の色を示す旗と大山ケーブルカー。なかなか貴重な体験でした。

ギャリソンのベースが入ったコルトレーンをもっと聴きたいね。越後で買った「越の誉」寒仕込み搾りは美味しかったでありやす。生酒は鮮度が命ですから、土日ですっかりごちそうさまでした(笑)。

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