11/15/2009

イリアーヌとマーク

僕は毎日京浜東北線で通勤している。最近では乗降ドアの上部車内に液晶モニターを装備した車両がずいぶん増えた。いわゆるデジタルサイネージというものである。広告を主目的に天気やニュース、グルメや豆知識などちょっとした情報提供番組が、通勤電車という環境をよく考慮した構成で流されている。嬉しいのは(当然だが)音声が全くないこと。言語情報はすべて文字で提供される。

そこで流れるコンテンツのひとつにある航空会社のテレビCMがある。熟年夫婦がリタイア後の海外旅行でニューヨークを訪れるという設定を、飛行機がジャズクラブのバーカウンターに着陸するという映像イメージでうまく表現している。

ステージでは赤い衣装を身にまとった黒人女性が、優しそうなジェスチャーでミディアムテンポのラヴソングを歌っている。この映像は一般向けにかなりデフォルメされたジャズという音楽のイメージの典型例だと思う。

通勤時にこの映像を何度も眺めているうちに、僕は飛行機に乗ってマンハッタンに行きたくなる代わりに、優しい女性ヴォーカルを聴きたいという気持ちを催すようになった。初めてそう感じたのはもう2ヶ月ほど前のことだ。

ヴォーカルはあまり得意な分野ではない。ましてや優しい、つまりはオシャレな女性ヴォーカルとなると、どうも敬遠してしまう。やはり金の匂いが感じられるからだろうか。

いざ聴いてみたいと思っても、何を聴いていいのかがわからない。自分が欲したのは、コンテンポラリーな人であまりお歳を召していない人というイメージなのだが、すぐ思い浮かぶのはどうしても金の匂いが気になる人ばかりで、なかなか触手がのびない。

そんなある日に飲み会で訪れた新宿でほんの暇つぶしにディスクユニオンに入った際、慣れないヴォーカルコーナーを物色していて、あるCDに目が留まった。イリアーヌ=イリアスの"Dreamer"である。

まあ言ってしまえば半分はそのジャケットにある彼女に惹かれたのであるが、参加メンバーも悪くなかったし、中古で値段がお手頃だったというのもあって、僕はそれをそそくさと購入してそのまま飲み会に向かい、その週末にそれを聴いてみたのであった。

これはなかなか完成度の高いボサノヴァアルバムだと思った。僕が求めていた映像イメージの音楽とは少し異なるものだが、優しい女性ヴォーカルを耳にしたかった僕の欲求はこれで十分に満たされた。

僕はすっかりエリアーヌのファンになり、先週また2枚のアルバムを取り寄せた。うち1枚はビル=エヴァンスに捧げた"Something for You"である。エリアーヌはピアニストとしてもなかなかの腕前で、こちらの作品ではビルにゆかりのあるお馴染みのナンバーを心地よく歌い弾き聴かせてくれる。

実はこの作品にはもうひとつのトリビュートがある。それは2つの作品にベーシストとして参加しているベーシスト、マーク=ジョンソンの存在である。ご存知の通り彼はエヴァンストリオ最後のベーシストとして、多くのレコーディングやライヴをともにした人物であるが、そのマークはイリアーヌの夫だと知って、ははーんなるほどねと思った次第。

アルバムのラストには、エヴァンスがマークに渡したカセットテープに収められていた演奏がそのまま収録され、そこにイリアーヌが演奏をつなげてエヴァンスに向けた短いメッセージを歌うという粋な趣向になっている。

イリアーヌの歌声とピアノは仕事のストレスを癒すにはもってこいである。いまでは休日に家族でいる時のBGMとしても活躍してます。おすすめ!

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