6/29/2008

ナイト アンド ザ シティ

iPodに入れる音楽を整理してみた。

いま僕の家には2台のiPodがある。以前使っていた初代のNano、そしていま愛用しているiPod touchだ。Nanoはtouchを買って以降しばらく出番がなく、箱に仕舞ってあったのだけど、少し前に調子が悪くなってきたCDラジカセに代わって、dockを装備したラジオ付きスピーカーを買って以来、すっかりまた毎日お世話になっている。

Nanoは食卓でのBGM中心に、割と聴きやすいスタンダードな内容のものを入れてある。ビル=エヴァンスやマイルスのコンプリートものとかは、そっくりそのまま入っているし、それまで食卓の横に積み重ねてあったCDのなかで、特によく聴いていたものも入れてある。4GBという容量は、16GBのtouchを使っていると物足りない様にも思えるが、たまに中身を入れ替えることで、気分転換にもなる。

今日は雨降りの1日だったので、それをやってみることにした。

いま持っているCDをすべて手放したとしたら、これからの僕の人生は大きく変わるのだろうか。そんなことを考えた。結局、聴きたいものはまた買い直すだろうし、それがCDではなくダウンロードになるのかもしれないが、同じ音楽であることには変わりはない。何となくだが、いま持っている音楽の3割くらいは買い戻すことになるのではないだろうか。結果的に人生は大きくは変わらないだろう。

何らかの理由で耳が聞こえなくなってしまって、音楽を聴くことが出来なくなったとしたら、僕はたぶん持っているCDをほとんど手放すことになるだろう。その時は音楽を買い戻すこともなくなるだろうし、僕の人生は大きく変わることになると思う。それでも、その場合は音楽だけではない他の楽しみも、やはり大きく変るのだろう。

いろいろな楽しみから音が消えたら、それらの楽しみ方もやはり大きく変るのだろう。結果的に僕は本をたくさん読む様になるのだろうか、それとも苦手な絵を描くことを始めるのだろうか。それとも音のない映像を作り続ける様になるのだろうか。理由はわからないが、いまやりたいと思いながらもなかなか出来ないでいる、何かを作るということに没頭することになると思う。そしておそらくそれは映像だろう。

僕は音のない(あるいは少ない)映像が好きだ。それは音声のトラックを切るという意味ではない。僕が苦手なテレビは音を切って流すこともあるけど、僕が作りたいと思っている映像は音が少ない映像、もちろん中に出てくる台詞や音楽も少ない。以前は、ある音楽のイメージを映像化するというようなことに興味を感じたこともあったが、いまは映像そのものでの表現に興味がある。

そして僕の映像の主役はやっぱり「人」だ。いつか自分も何か映像の作品を作ってみたいと思う。

iPodの音楽を入れ替える、といっても内容をそっくり入れ替えるということはない。定番を外してしまうのは寂しいものである。ただ前回に入れた中には結果的にほとんど聴かれなかったものもある。これは日常的に使っているtouchでも同じだ。入れたときはその気でも、翌朝になると昨夜入れたことすら忘れてしまっていることもよくある。容量が大きくて曲数が多くなるとなおさらそうである。

Nanoの中にCDラジカセを使っていた頃はしょっちゅう流していた作品を、まだ入れていなかったことを思い出した。ベースのチャーリー=ヘイデンとピアノのケニー=バロンによる極上のデュオ演奏をライヴで収録した「ナイト アンド ザ シティ」という作品である。

これは間違いなく我が家の食卓で最もよく使われている音楽だ。落ち着いていて雰囲気のある7曲は、どれもじっくり聴くことができる非常に優れた名演であるのだが、別の意味で演奏者の強い主張というよりは、聴く人を落ち着かせてくれる演奏になっている。決して当たり障りのない演奏ではないのだが、そのように聴くことも出来るところが魅力なのである。

今回、これを書くにあたってあらためて少し大きめの音でじっくり聴いているのだが、こうして聴いてみるとこれはまったく凄いデュオ演奏である。達人の余裕とはまさにこういうことだろう。美しいタッチから時折さらりと飛び出すバロンのテクニックが見事かと思えば、ヘイデンのベースソロは終始メロディアスに優しく響きわたる。

夜が更ければふけるほど、この作品の味わいはいっそう深まっていくことだろう。またNanoのなかに定番が1つ増えてしまったようだ。


Charlie Haden, Kenny Barron
"Night and The City"

6/22/2008

イースタン・プロミス

何年かぶりで映画館に行った。しかもミニシアターではなくいわゆるシネコンで上映されるロードショーである。川崎ラゾーナにある109シネマズに行くのは初めてだった。

今回観たのは「イースタン・プロミス」という作品。監督は「スキャナーズ」「ザ・フライ」などリアルな肉体損傷シーンで知られるデイヴィッド=クローネンバーグである。

この映画に興味を持ったのは、先々週に和歌山と神戸に行った際、新幹線に乗る前に立ち寄ったコンビニに置いてあった女性向けのフリーペーパーの記事を見たことがきっかけだった。小さな囲み記事での紹介だったにもかかわらず、なぜかそれは僕の興味を強く惹いた。こういうことはこれまでにも度々あったが、大抵はミニシアター系の作品であることが多く、なかなか実際に映画館まで足を運ぶまでには至らなかった。

映画の詳細は公式サイトを見ていただければと思う。タイトルの意味は、東欧で行われている少女を中心とした人身売買のこと。舞台は現代のロンドンである。僕の記憶では映画の中で太陽の光があたるシーンはほとんどなかったと思う。

この作品では、従来のクローネンバーグに必ず出てくる暴力的な怪物などは出てこない。出てくる怪物は人間社会が形成した大きな組織である。タイトルにはそうした組織の「掟」という意味も重ねられていると思う。

とにかくこのところほとんどメジャーな映画を見ていないので、出演する役者のこともよく知らないまま臨んだわけだが、主演のヴィゴ=モーテンセンの演技はいろいろな意味で素晴らしかった。そしてもう一人の主人公で、ソ連製の大型バイクを転がす助産師を演じるナオミ=ワッツも魅力的だ。後にプロフィールを見て知ったのだが、彼女はピンクフロイドのサウンドエンジニアを勤めたピーター=ワッツの娘らしい。そこにもこの映画との何かのつながりを感じた。とても今年で40歳なる女性には見えなかった。

この作品は日本ではR-18指定でいわゆる成人映画になっている。作品のテーマを考えれば、もう少し年齢を下げてもいいのではないかとも思わないでもなかった。現代社会においては。高校生にもなればこのくらいの価値をしっかりと受け止められる人間で本来はあるべきではないか。

監督お得意のバイオレンスシーンも劇中いたるところに仕掛けられている。今回は妻も一緒に観に行ったのだが、あとで聞くとその辺はかなり目を細めての鑑賞だったらしい。見せ場は公衆浴場での乱闘シーンだが、詳細は観てのお楽しみだ(かなりの内容なのでそれなりの覚悟が必要ではある)。

全編を見終わった直後は何か物足りなさを感じるのも事実だが、そのことが却って後々作品のことを振り返らせ、味わいを深めさせてくれる。ラストで交わされるキスシーンは実に見事だ。

久しぶりに大きなスクリーンで観たということも手伝ってか、2人とも心に強く残った映画であることに異議はなしというのは共通の感想であった。僕が最初にフリーペーパーで知ったときに受けた印象とはかなり違った内容のものが深くあとに残った。それは暴力とか人身売買はいけないという様な単純なものではないと思う。人間やその社会とはこういうものだという表現、それがこの作品の第一義にある。

「イースタン・プロミス」公式サイト

マイク=スターンを観る

ブルーノート東京にまたマイク=スターンがやってきた。僕の記憶では、お店がまだ骨董通りにあった頃から毎年のようにやってきていて、お店の恒例行事の様になっている。

僕が勤めている会社の中国にある現地法人から、東京の本社に一人の中国人女性が研修でやってきている。彼女はこの春から僕の職場にも数ヶ月間だけ顔を出すことになっていて、調査のお手伝いをしてもらったりしている。研修の目的自体は「本社での人脈作り」とか、いまひとつ判然としないところもあって、ちょっと気の毒に思えるところもあるのだが、彼女は彼女なりに日本の生活を楽しんでいる様なので、まあいいのかなと割り切ることにしている。

短い期間では仕事で具体的に教えてあげられることもあまりないので、日本や東京そのものをいろいろ体験してもらうことも、その大雑把な研修目的からすれば案外はずれていないだろうと思い、いろいろなところに連れていってあげようと思ったのだが、実際にとなるとなかなか実現するのが難しい。

ちょうど仕事が一段落したこともあって、彼女をブルーノートに連れて行ってあげることにした。ジャズのことはあまりよく知らない(当たり前か)ようだったが、マイクの音楽はある意味わかりやすいし理屈抜きに楽しめるだろうと思った。

今回も4人編成だったのだが、いつもと違うのはサックスではなくトランペットを入れていたこと。そのトランペットがランディ=ブレッカーだというのは今回のグループの大きな楽しみでもあった。リズムの方はドラムにデイヴ=ウェックル、ベースにクリス=ミンドーキーという組み合わせ(いずれもなかなかのイケメンである)。これならもういつもの盛り上がりは約束されたようなものだ。

久しぶりのブルーノート。前回いったのはもしかしたらマイクだったかもしれない。今回は2日目火曜日のファーストセット。お客はだいたい7〜8割の入りだろうか。後方のテーブル席に座ったのだが、4人掛けの席を2人で利用することができた。このお店もいろいろ苦労しながらも頑張っているようだ。

内容はいつもの「マイク流」ギグだった。新しいアルバムが出たらしくそこから2曲演奏したようだが、それも含めていつもと大きく変わり映えしない。アップテンポで始まり、少しずつテンポを落とした曲が3曲続いて、最後はおなじみのドラムソロを大きくフィーチャーしたアップテンポの曲で盛り上がる。何かこうかくと単調な感じがするかもしれないが、僕が期待していた内容はまさにこれなのだから、何も不満はない。

ランディのペットは思ったよりもずっと健闘していた。エレクトリックのエフェクターをかけた音色中心だったが、途中、マイクのギターと掛け合いで演奏されたバラードで聴いたナチュラルなオープントーンは、ビックリする程きれいだった。最後の曲では、テーマが複雑で明らかに練習していない感じのランディではあったが、それもまあご愛嬌だろう。

ウェックルのドラムも、前回のデニス=チェンバースとはまた違った意味でのスゴ技は健在で楽しめた。デニスの千手観音+勝手に変拍子はもちろん聴き応えも楽しみもいっぱいだが、正直マイクとの組み合わせでは、DVDも出ているのでやや食傷気味だったから、今回のウェックルはいい選択だった。

ベースのクリスははじめて生で聴いたが、これがまた素晴らしかった。ウッドベースと同じポジションのアプライト型ベースと、通常のベースギターを交互に使いこなしていたが、リズム演奏もソロ演奏も素晴らしく、とても気に入った。さっそくアルバムをチェックしてみようと思う。

前日の演奏がどうだったのかわからないが、ファーストセットにしてはなかなかの盛り上がりで、マイク自身も終始ご機嫌だった。"You are very beautiful! Tahnk you!"を繰り返しながらいったんステージを降りたものの、アンコールに応えてくれた。

珍しくウェックルがカウントをとったと思ったら、始まったのはブレッカー・ブラザーズ・バンドの名曲"Some Skunk Funk"だった。これには僕も意表をつかれてしまい、同行者のことも忘れて狂乱してしまった。ランディの超絶はここでも健在で、結果的には大満足なライブだった。ステージを去る通路でマイクの手を握らせてもらったが、柔らかくて暖かい大きな掌だった。

中国人の彼女もとても満足してくれたらしく、「やっぱり本物の演奏は違う」と喜んでくれた。北京でもマイクの演奏がこうしてたまに聴ける様になるのも時間の問題だと思う。音楽はビジネスと違って、難しいことを考えなくても広がっていくものだ。また次にマイクがやってきたら、僕は足を運ぶに違いない。

(おまけ)YouTubeからブレッカーブラザースの演奏する"Some Skunk Funk"を。ギターにマイク、ドラムにデニスという豪華版(どちらもソロはない)である。在りし日のマイケルと今回観たランディーの強烈なソロが楽しめる6分半の演奏をお楽しみください(要ヘッドフォン)。

6/15/2008

ゆうかのラーメン

秋葉原の事件から1週間が経った。いろいろな真実が明らかになる一方で、模倣犯も後を絶たない状況である。小林多喜二の蟹工船がベストセラーになっているという話も聞く。それが正しいのかどうかはわからないが、個人的にはようやくそういう方に状況が向かいつつあるのかという気がする。

これまで何ももの言わぬ、あるいはもの言えぬ状態だった人たちも、やはり何かを表現しなければ始まらない。その舞台が政治なのか芸術なのか、そんなことはどうでもいい。そういう状況に追い込まれなければならないのだとすれば、それはやはり世の中にとて必要なことなのだろうと思う。

この一週間は仕事もそこそこにあって、割と淡々と毎日が過ぎていったように思う。帰りが遅かったりすることはなかったのだけど、会社と自宅を行き来する以外には、さほど大きな出来事もなかった。

週末は以前からやらせてもらっている月次の連載原稿に取り組んだ。今回から2000字を一つの単位として、それを毎月2本提出することになった。まあ小遣い稼ぎにはちょうどいいのだが、書くネタがあるのとないのとでは苦しみようもずいぶんと異なる。2000字というのも意外に難しいものである。今回は仕事の合間に少し構想を描いていたので、なんとかそれらしいものを書くことはできた。もう少し自分の情報発信として意識して取り組めば、面白い展開にもなるかもしれない。

土曜日曜と続けてお昼に妻と外食した。といっても特に贅沢なことをするわけでもなく、土曜日に向かったのは最近訪れて気に入っている新丸子のラーメン屋「ゆうか」である。少しメニューが簡略化され、2種類あったスープは1種類になって、名物の手作り餃子は以前より大きくなっていた。

いま、ラーメン屋さんも経営が大変な時期だろう。それでもここの店主は自家製の手打ち麺で頑張っている。この麺が何とも言えない心のこもったメッセージを伝えてくれる。4種のスープで展開する肉野菜ラーメンもこのお店の名物である。

妻にはミソ味の肉野菜ラーメンを勧め、僕は普通のとんこつラーメンを注文した。どちらのラーメンもとてもあたたかい店主のメッセージが伝わってくる。新丸子周辺に赴かれる機会がある方は、是非とも立ち寄られることをお勧めする。店主は一般的イメージでは必ずしも愛想のいい人ではないが、そこはラーメンがしっかりとフォローしてくれるはずだ。食べたあとの満足感はこの近辺では随一ではないだろうか。

というわけで今回は原稿書きに疲れてしまったので、この辺で。

6/08/2008

ナウ ヒー シングス ナウ ヒー ソブス

楽しく慌ただしい、そして最後に神妙な気持ちにさせられた1週間だった。こんなにいろんなことがいっぺんにあった週も珍しかったのでないだろうかと思う。

仕事では新しいレポートを立ち上げた。一緒にやっている人間といろいろな議論をした結果、ようやく一つの形にまとめられたもの。ただ立ち上げただけではダメで、これが自分たちの意図する結果につながるまでしつこくやり続けることができるか、それが自分たちに厳しく問われている。先ずは始めの一歩である。

レポートの製作が最終段階に向け佳境にあった水曜日の夜、大学時代からのバンド仲間でいまは中国に単身赴任している男が出張で東京にやってきた。久しぶりだったし、滅多に会う機会がないだろうからと、会社近くの居酒屋で食事をし、そのあと彼が好きそうなお店ということで六本木「バウハウス」に連れて行ってあげた。

演奏は相変わらずハイレベルでご機嫌だったのだが、客席が淋しかった。午後10時からのメインステージのスタート時は、僕ら2人しかお客がいなくなってしまった。気がつくと、席のレイアウトも以前と少し変っていて、テーブルでしっかりボックスを作っているところをみると、このところはいつもこういう感じなのかなあと気になった。あれだけの実力を備えたロックの殿堂なのだから、なんとか頑張って欲しいものである。

友人は仕事のぼやきを続けることもなく、あきらめ半分で中国の単身生活をエンジョイしているようだった。彼の口から直接聞く現地のいろいろなお話は興味深かった。それにしてもいろいろな意味で大変な国である。

金曜日の午前中にレポートを発行し、午後はお休みをもらって和歌山の実家に向かった。以前から計画していたのだが、このところ関西に行ってもなかなかそちら方面の友人達とゆっくり飲める機会がない。これからはその機会もますます少なくなるだろうから、一度、そのために時間を作ろうと決めたのだった。金曜日の夜、和歌山在住の幼なじみと飲み(彼とは最近しょっちゅう飲んでいる気がするが)、その日は実家に泊まり、翌日少し片付けをしてから神戸に赴き、いまは再び関西に集結したバンド仲間と飲むことにした。

和歌山では僕のリクエストでお店を決めてもらった。和歌山駅前にある大衆割烹「丸万」がそれ。以前から気になっていたのだが、なかなかのれんをくぐれずにいた。県庁に勤める幼なじみの彼は以前一度行ったことがあるというので、今回つきあってもらうことにした。

幸いお店はほどよい混み具合で、店主初め気さくなお店の人たちの雰囲気に安心して、ゆっくりと飲むことができた。名物「どて焼き」「湯豆腐」はとても旨い。他にも豆アジのフライやら一口カツやら、おすすめの料理を次々に出してもらった。大正時代の創業以来、日本酒の老舗菊正宗にこだわり続けたという熱燗は、そろそろ蒸し暑くなってきたにもかかわらず、僕にはほっとさせてもらえた味だった。

翌日はいつもと同じ時間に目が覚め、父親が物置代わりに使っていた小さな部屋を少し整理した。狭いスペースから本当にいろいろなものが出てきた。いちいち吟味していてはきりがないので、要領よく片付けた結果少しはきれいになった。お昼までにはすっかりくたびれてしまった。一度開け放ったすべての窓を再び戸締まりして、僕は実家をあとにした。

在来線で大阪に向かい、そこでいつもの定番「インディアンカレー」阪急三番街店でカレーを食べた。2時を過ぎていたので行列はできていなかったものの、相変わらず繁盛しているようだった。僕が初めてあのカウンターに座って25年が経とうとしている。以前と比べて変ったのはお客の注文。大盛り卵入りルーダブルという声をよく耳にする。みんな贅沢になったのか、せめてこのお店では贅沢をしようといういう想いなのか。僕はまだルーのダブルを注文したことはない。というかその必要は感じない、普通で十分なのだ。

梅田の街をぶらぶらしてから、阪急電車に乗って神戸三宮へ向かった。安いビジネスホテルにチェックインし、少しベッドで横になった。夜は三宮にあるもつ料理のお店「もつ鍋五臓六腑」三宮店に席をとってもらってあった。ここは以前恵比寿で入ったお店に近い感じで、きれいなもつ居酒屋である。もつ鍋のコース料理を4人で注文したが、牛レバ刺しと生センマイの刺身盛りとお店の看板もつ鍋はやはり旨かった。鍋には追加でいろいろなモツを注文して入れてもらったが、やはりホルモンが一番旨いと思った。贅沢は禁モツである。

久しぶりに4人で集まったのだが、皆少しやせたというか身体がこじんまりしてきたように見えた。二軒目はこのメンバーなら恒例、加納町のジャズクラブ「Y's Road」へ。予想通り(失礼)店内は閑古鳥だった。しばし4人で貸し切り状態でジャズを聴きながらウィスキーを飲んだ。マスターは1950年代のピアノジャズを中心にかなりのこだわりを持つ人。僕の様な変耳とは相容れないだろうが、このお店でそうしたジャズを聴くのは悪くない。ジョニー=グリフィンやらアート=ファーマーといった音楽が次々に流れた。

途中で2人が先に帰り、最初に出てきた中国からの男とともに大学時代から一緒にしている男と2人で、夜遅くまでいろいろな話をした。2人程お客が来てカウンターに陣取ってマスターと話をしていたので、僕らは僕らのいろいろな話に花を咲かせた。彼もいろいろな人間関係の問題に煩わされたりしているらしく、そうした話も含め、音楽やらいろいろな趣味の話を続けた。

2連チャンでこうした飲み会をするのは確かに身体にはこたえるものだが、今回はその覚悟できていたので望み通りの時間を過ごさせてもらった僕は幸せ者であると思った。やはり持つべきものは友、そしてやるべきことはいろいろなお話である。話のないところには何も生まれない。

結局、翌日はもう特にやりたいことも行きたいところもなかった、というか2日間に十分満足して少し疲れたので、予定を大幅に早めてお昼過ぎに東京に着く新幹線で早々に帰ることにした。結果的にはそのことが僕にある運命を感じさせることになった。

そのまま川崎のアパートに帰ってもよかったのだが、せっかく日曜日だし新幹線で東京駅まで行けるので、秋葉原に少し立ち寄って以前から気になっていた、iPodをオーディオコンポにつなげるケーブルなどを少し見てみようと思った。他にせっかく行くのだからソフト関係のお店にも行ってみようと思った。別にどちらも何かを買い求めにいくわけではなかったので、まあどうでもよかったのだが秋葉原駅のホームに降りた僕は、一瞬どちらに先に行こうかなと考えた。

軽い気持ちで先にソフト関係のお店に行き、そのあとメインストリートにあるMacの専門店にお邪魔しようと考えた。改札を出たのは午後0時30分を少し回ったところだった。僕はそのままメインストリートには向かわず、先ずは最初の目的地がある方面に行こうと秋葉原UDX方面に歩いていった。途中、路地から一本先のメインストリートを眺めると、いつものようにたくさんの人が歩くのが見えた。今日は歩行者天国の日である。

そのままお店のある雑居ビルに入り10分程店内を眺めて外へ出た。Macのお店があるメインストリートに向かおうとするが、様子がおかしい。人だかりができていてサイレンが鳴っている。火事かなと思いながらそれでも目的地の方へ行こうとすると、警察の人からこの先には行ってはいけないといわれた。救急車が次々と到着する様子に交通事故か火事か何かかと思いながらも、もう疲れていたので今日はいいやとあきらめて帰ることにした。

事件のことを知ったのは、そのあと近所のラーメン屋で昼飯を食べて家に帰ってネットを見てからだった。このろぐを書いている時点で17人の方が死傷してしまった。概要を知って驚いたのは、あの時もし僕が先にMacのお店に出向いていたら、改札を出た僕はそのまままっすぐ犯行時間にその現場を歩いていたことになることを理解したから。

人の運命とはそういうものかと言ってしまうのは簡単だ。何を買うつもりでもなく、ただぶらぶらしてどちらのお店に先に行くかなどどうでもいい選択のはずだった。でもそれはもしかしたらとてつもなく大きな分かれ目になっていたのかなと思うと、いやでも神妙にならざるを得なかった。いまこうして慌ただしい一週間が終わろうとしている。

行き帰りの新幹線ではいろいろな音楽を聴いた。その中から最近気にいって聴いているチック=コリアの有名なピアノトリオ作品をあげておく。タイトルの"Now he sings now he sobs"は「あるものは歌い、あるものはむせび泣く」という意味だが、中国の古典「易経」に出てくる一節「或泣或歌」の英訳であることは、オリジナルのライナーかあらも伺える。この世は偶然と必然の織りなすものだ。その結果に人は泣いたり喜んで歌ったりする。それはどうしようもないことでもある。


チック=コリア「ナウ ヒー シングス ナウ ヒー ソブス」
 
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