2/11/2008

下北沢、横山大観と真っ赤なベントレー

いろいろな気候が楽しめた3連休だった。土曜日の夜にはまた雪が降ったが、日曜月曜と日を追うごとに暖かく穏やかな気候になった。

土曜日は和歌山から知人が出張で上京してきた。川崎在住のもう一人の幼なじみと3人で、夜になって一席設けることにした。このメンツで呑むのは昨年末以来だから、わずか1ヶ月あまりのブランクでの再会となった。少し前だったらこんな機会が続け様にあることなど考えられなかった。やっぱり何かの縁があるのだろうなと思った。今回は知人の推薦で下北沢の街で飲むことになった。

下北沢は僕にとってほとんど馴染みのない場所だ。まだ新入社員だった頃、教育研修で隣のクラスに同じ寮に入っている男がいて、ある土曜日に渋谷で開かれたそのクラスの飲み会に参加した僕は、彼を含め最後まで居残った8人に入ってしまった。もう電車がないので、結局その中にいた女性が住んでいた下北沢のアパートに全員で押しかけて雑魚寝したのが唯一の記憶だ。男女同数だったので狭いアパートのなかでなぜか男女が隣り合って寝たのを覚えている。

下北のイメージは、学生の街、飲み屋がいろいろある街、そして演劇や音楽の街といったところだ。確かに通りを行き交う人たちに若者が目立った。駅を降りてみるともう雨がぽつぽつと降り始めていた。一件目は「風知空知」というお店。店名を観て僕にはすぐピンときた。下北にしては比較的ゆったりした店内に、1970年代のロックが流れていた。

お店に入って飲み始めてしばらくすると、テラスの窓の向こうで雪が激しく降るのが見えた。ゆったり話をするには悪くないお店だと思ったが、とにかくよく飲む3人でおなかもすいていたのでお店のメニューがちょと物足りない感じだった。おまけに激しい雪の所為で、心のどこかで早めに帰らないとなあという気持ちが芽生えてしまい、余計落ち着かなかったように思う。なので入店して1時間もしないうちにお店を替えることにした。外に出てみると既にうっすらと積もり始めている。

2件目で地下にあるおでん屋さん(お店の名前を忘れてしまった)に入り、少し酔いが回ったのと外界から隔たった場所に落ち着いたこともあって、やっと落ち着いて飲めるようになった。ちょっと工夫を凝らしたおでんと熱燗が美味しかった。土地が高いせいもあって値段は少し高めだと思ったが、考えてみれば僕がこのところずいぶんと安いお店ばかり世話になっているので、ちょっと世間一般の感覚からずれてきてるのかなとも思ったが、やっぱり酒を飲むのだったら安いにこしたことはない。家飲みができなくなると僕にとってはたいそう辛い生活になるだろう。

その前の金曜日に妻が少し体調を崩していたのだが、それも回復したので日曜日は以前から予定していた「横山大観没後50年展」を観に、六本木に新しくできた新国立美術館に出かけた。ある程度覚悟はしていたが会場内はちょっとした混雑で、じっくり見入るという雰囲気ではなかったが、それでもかなりの数の大観作品を一堂に観ることができて大満足だった。

一番のお目当ては、今回全編が展示されている長尺の絵巻物「生々流転」「四時山水」の2点である。以前に書いたかもしれないが、僕はそれぞれの全編を収録した図録本を持っているほどお気に入りである。といってもその存在を知ったのは数年前のこと。テレビの番組で生々流転が紹介されていたのを観て感動し、図録本を古本屋から取り寄せたところ間違って四時山水が届いてしまい、中身を観て結局それも買い求めることになったというわけだ。

もちろんそれら2点以外にも、代表作「無我」をはじめとする数多くの作品に接することができ、非常に得難い機会となったのは言うまでもない。同時に開催されていた「文化庁メディア芸術祭」もなかなかの内容で、もっとゆっくり観ることができればよかったのだが、アート部門大賞受賞作で広島の原爆ドームをモチーフにした映像作品「nijuman no borei」が強く印象に残った。こうした芸術や文化を大観の時代につなげて体験できたのも何か奇特な時間だった様に思う。短い時間に久しぶりに目からいろいろな刺激を取り込んだので、視覚が少し飽和した。

美術館を出たのは午後2時半頃だった。当初は六本木の新名所「東京ミッドタウン」を見物がてらお昼でもと言っていただのが、ミッドタウンは外から見ただけでもういいかねえということになった。人混みの六本木を抜けて妻の職場に近い広尾まで歩き、そこでピザとパスタの遅い昼飯を食べた。彼女が仕事でお昼を食べるときにはたまに利用するお店らしく、比較的お手頃な値段で美味しくてボリューム満点の料理にありつくことができた。

そのまま恵比寿駅まで歩き、駅のショッピングビルをぶらついて家に帰ることにした。駅の少し手前まで歩いて交差点で信号待ちをしていると、通りに大きくて真っ赤なクラシックデザインのスポーツカーが走ってきて、僕らの目の前で交差点を折れて走り去った。さっきあれだけいろいろなものを目にして、もう今日の目は何を観ても刺激に反応しないと思っていたのだが、その車の様相があまりにも鮮烈だったので僕も妻もあっけにとられて見入ってしまった。

「何?あの車、なんて言う車?」と聞かれて、僕はとっさに「ベントレー・・・かなあ」とまったく反射的に口をついて言葉が出た。妻も「へええ・・・」と言いながら走り去る後ろ姿を見送った。なぜかわからないが、走り去る車を見ながら、僕は自分もいっしょにあの車の向かう先に連れて行って欲しいというような気持ちがよぎるのを感じた。真っ赤なベントレーが何かとてつもないところに向かって走っていくように見えた。

家に帰ってネットで調べてみても、あの車がベントレーだったのかどうかは結局はわからなかった。「B」に羽が生えたエンブレムは見当たらなかったし、あんなに車長のあるスポーツカーは初めて見た。しかも公道である。2人で目撃したので、まず現実の出来事だったのは間違いないと思うのだが。刺激を受けた目には時におかしな景色が見えるものである。

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