5/22/2007

パット=メセニー「トラヴェルズ」

このところBlogger.comの調子がいまひとつである。今回もそのおかげで少し更新が遅れてしまった。毎週末の更新を心待ちにしていただいている皆様には、お詫び申し上げたい。

ここしばらくは、難しい音楽から遠ざかっている、というより意図的に遠ざけているといった方がいいだろう。前回のデクスターや前々回のライもそういう傾向の現れだと思うし、それ以外には以前取りあげたウィントン(=マルサリス)のライヴ盤を何度も聴きなおしたりしていた。これなどは捉えようによっては、難しい音楽に入るのかもしれないが、高度な技術に裏付けられた音楽であっても、僕にとっては聴く側に緊張を強いている音楽とは思えない。彼が聴衆に求めているのは、あくまでも"enjoy"そして"relax"である。

そして今回とりあげるメセニーのライヴ盤。これについては、2週間ほど前にまったく久しぶりにラックから取り出し、少し聴いてからすぐにiPodに入れることに決めた。以後、ほとんど毎日欠かさずこれを聴き続けているように思う。僕にとってはいろいろと想い出深い作品である。

メセニーについては、ブラッド=メルドーとのデュオ作品を少し前にとりあげた。最近ではあの続編も発売されたようで、再び彼の活動が精力的になってきた様に思う。しかしながら以前にも書いた通り、僕にとってのパットは、ある時点で終わってしまった。

「トラヴェルズ」と題された本作品は、1982年に行なわれたメセニーグループの全米ツアーの模様を収録したものである。収録されているのは、彼らを代表する名曲に加えて、ツアー中に生まれたと思われる新曲も含まれている。パットのシンセギターの代表的演奏となった冒頭の"Are You Going With Me?"はもちろん見事であるが、僕には少し曲調が飽きてしまっているので、同じギターシンセの名演なら後半に収録されている"Song for Bilbao"がお気に入りだ。この曲は、先頃亡くなったマイケル=ブレッカーのアルバムでも演奏されている。

変則チューニングのアルペジオが美しい"Phase Dance"やそれに続くラテン調の"Straight on Red"もカッコいい。最後を飾る"San Lorenzo"は実は簡潔なテーマを、緩急と強弱の演出で見事なダイナミクスを表現する作品だ。技巧やスケール感で魅了する作品の混じって、旅のなかの静的な一コマを象徴するカントリー調のバラード"Goodbye","Farmer's Trust","Travels"も素晴らしい感性に溢れている。それは紛れもなくアメリカのフィールドを象徴する音楽だ。

そんなふうにどれもこれも素敵な演奏ばかりなのだが、なかでも僕の一番のお気に入りは何と言っても2曲目に収められた"The Fields, The Sky"だ。この作品では単音中心の演奏とは別の意味で、パットの素晴らしいギターワークを存分に楽しむことができる。一応、グループでの演奏になっているが内容はパットのギターの独壇場である。その見事さは正確で力強く、明瞭で美しい。僕はこの翌年の来日公演でこの演奏を生で見ることができたのだが、そのときに受けた衝撃はいまでも忘れられないでいる。

この作品の後、グループはECM最後の作品となる最高傑作"First Circle"、そしてGeffin(現在はNonsuchに権利が移っている)レーベル移籍第1弾となる、こちらも傑作"Still Life"を発表してゆくわけだが、この2枚組のライヴ盤は、彼らがそうした作品の前にこれまでのグループでの音楽活動をいったんまとめてみよう、という思いがあった様に感じられる。

この音楽が僕の心の中に深く残り、それがいまこの時期に再び蘇ってきている理由の一つに、それらが持っているハンドメイドな感覚とでも言おうか、人の手のぬくもりやそれに伴うゆらぎ、あるいはゆとりという意味での遊びの感覚に溢れているという点がある様に思う。

これに続く以降の作品になると、グループの音楽はアンサンブル面での完成度を追求し、それはそれで見事な作品になっていくのだが、一方で何かの約束事に束縛された様な、息苦しさにも似た感覚を帯び始めた様にも、僕には思える。特に"Letter from Home"以降のグループのアルバムは、正直言っていまとなってはあまり聴きたくない作品になっている。もう熟れすぎてしまっているように感じるのだ。そしてそのことは、最近になって発売されたグループとしてのアルバムを聴いても、あまり変化がないように僕には思える。

先の土日で、連休以降2週間ぶりに父親を見舞った。定期的に面倒を見てくれている叔母からは、小康状態という印象を受けていたのだが、やはりここ最近でまた痛みのレベルが強くなってきており、病気が確実に進行していることは目に見えて明らかだった。2日間の短い滞在だった。日曜日の別れ際、父は言った、「お父さんも頑張るけど、もしアカンかったらその時はしゃあないで」。

僕はその言葉を振り払えないまま病院を後にし、特急電車と新幹線を乗り継いで帰路についた。耳からは今回のパットの音楽を繰り返し流し込み、なんとか心のバランスを保つことができたのかもしれない。



0 件のコメント: