少しずつ気温が下がっている。木々の葉っぱも枯れ始めてきている。ビールや缶酎ハイの様な、冷たいお酒をあおって得られる喜びも、少し落ち着いたものになってきたようだ。代わってやってくるのが熱燗の季節である。
先週水曜日、このろぐにもたびたび登場する幼なじみの男と、彼の会社の同僚と僕の3人で、新宿三丁目の居酒屋「鼎(かなえ)」で一杯やることになった。彼らとはしばらくぶりだった。ちょうど僕が、初台の某企業でちょっとしたプレゼンをやることになったので、新宿までいくならその帰りにやっていこうと提案したら、彼らがお店を用意してくれた。
今年の2月頃だったか、同じメンバーで彼らのオフィス近くの御用達の居酒屋で一杯やったのだが、熱燗ではなくぬる燗しか出さないお店の主義に、立腹して帰ったのを憶えてくれていたらしく、「ちゃんと熱燗の飲めるお店にしといたよ」とは、口にも文字にも出さなかったものの、お店のホームページを見た僕にはすぐに伝わってきた。
このメンバーは同じ歳で、酒好き、音楽好きと来ている。僕ら2人は小学校以来の長い付き合いだし、また彼ら2人は共に翻訳会社を支えるパートナーである。10年くらい前には、他のメンバーもいたが一緒にバンドをやったこともある。考えてみれば結構長い付き合いである。
僕は仕事の都合で7時過ぎに合流。彼らは先に始めていたのだが、既にビールのジョッキはなく、熱燗のお猪口2つと鯵のナメロウの皿が挟んで、なにやら仕事の話を論じていた。僕は少しおなかが空いていたのでとりあえずビールにしたものの、さっさとそれを飲み干すとすぐさま熱燗に合流した。
このお店はしっかりとした熱燗が、お店の推薦で4種類の酒から選べる。冷酒の種類も多くお店のメニューに「正一合」とあるように、きっちり一合を出すのがポリシーになっているのだが、熱燗はすべて一合六勺の徳利で出してくれる。肴はどれも気の利いたものばかりで美味い。ちょこちょこ注文したが、3人とも飲ん兵衛なので、もはやしっかり食べる者などいない。
僕らは一番安い「一の蔵」の熱燗をそれはもう次々に飲んだ。僕が合流してからは、徳利1本では追いつかないので、常に2本ずつを4、5回注文したと思う。お店が珍しく空いていて、比較的静かだったのも幸いして、とても心地よい酒宴である。お店のおじさんも「いいよね熱燗は。どんどんやってください」と嬉しそうである。
話は先ず、最近のテレビの話から「のだめカンタービレ」は面白い、で3人が一致して始まった。それからは「ドクターコトー」の蒼井優がカワイいと誰かが言い出すと、「セーラー服と機関銃」は長澤まさみはいいけれど、この歳になるとこっ恥ずかしくて観れないよなあ、と民主的にオヤジ話が進み酒もさらに進む。そしてNHKの朝ドラ「芋たこなんきん」は面白い、でまたまた意見が一致してテレビドラマの部は幕となった。
僕はNHKの朝ドラが実は結構好きで、時間がある時は(大抵土曜日なのだが)チェックしている。「芋たこなんきん」は、主人公のヒロインを、若手女優ではなくベテラン(僕よりも6つ年上)の藤山直美が務めるという、異色のキャスティングで驚き、正直当初はやや期待が低かった(失礼)のだが、始まってみるとその不思議な魅力は、はやくも前作「純情キラリ」を上回り、最近の僕のお気に入り「風のハルカ」に迫る
勢いである。何ともいえない関西のリズム感、朝ドラというのに夜中に酒を飲んで語り明かすシーンが印象的だ。やはり「連ドラはNHK大阪放送局」の法則は今回も健在である。
さて、その後は音楽の話になだれ込み、テッド=ニュージェントとかフランク=マリノは一体いまどこで何をしているのか、とまたしてもオヤジロックの世界に拘泥してしまった。個人的には「カナダのジミヘン」ことフランク=マリノの当時の音源が無性に聴きたくなったが、当然手元にないので代わりに酒を飲むというどうしようもない展開になる。やがて微睡みとともに視界に客観性が感じられるようになってきたので、お開きとなった。3人で1万8千円ほどだったが間違いなく7〜8割は酒代だっただろう。満足。
時計を観てみるとそれほど遅いわけでもなかった。家に帰って、寝る前に何か聴いてみたいと思ったので、反射的に先日タワレコードで、マイクのDVDと一緒に買ったCDを聴いた。それが今回の作品である。高柳を知る人は少ないと思うが、知る人がいれば、なぜその状況でこれを聴くのかと思われるかもしれない。でも音楽とはそういうものだ。聴くのも演るのも本来は個人的なところから始まるものだと思う。
日本人の音楽アーチスト特にジャズに関連した人のなかで、高柳と阿部(薫)は特異な存在だ。だけどこの2人の音楽を愛する人はいまも多いと思う。その証として、今回の作品のように、当時100枚程度しかプレスされなかったプライベート録音に近い音源が、30年を経た現在になって突然CD化されたりするのだろう。高柳の作品はこれ以外にも、ここ1年で非常に多くの作品がCD化されていて、僕もその何枚かを手にしている。
ほぼ同一のスタイルを貫き、短期間で燃焼した阿部とは異なり、高柳は途中病気でのブランクがあるものの、1960〜1991年までの約30年間に渡って独創的な音楽活動を続けた。ニューディレクションは、そのちょうど真ん中にあたり、これは間違いなく一つの頂点である。
「エクリプス(侵蝕)」は、1975年3月に行なわれた彼のグループニューディレクションによるパフォーマンスを収録したもの。場所は東京の若菜会館という記録が残っているらしいが、同日渋谷での演奏記録があることから、おそらくは都内のどこかでのパフォーマンスであることは間違いない。内容は彼らの一時代を代表するかなりハードなフリーインプロヴィゼーションで、圧倒的な集団即興の素晴らしさが満喫できる。
最近、日が経つのが早いのかゆっくりなのかがわからない。何かを期待して早く早くという様な思いがある一方で、1〜2週間ほどの期間に実にいろんなことがあるとも思える。何かに腹を立てたりすることもあるし、くだらないことでもちょっとしたことに夢中になったりもする。楽器演奏のように、本当はとても充実したくても、なかなかそれができないこともあるのだが、それ以外にもやりたいことはいろいろあるようだ。
いまこれを書きながら、久しぶりに高柳の演奏をまとめていくつも聴いているのだが、こういう音楽が聴きたくなるのも、最近の気候や自分の状況が一因しているようにも思う。
takayanagi's data guitar氏による高柳昌行に関する情報サイト
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