iPodで使うヘッドホンを買い替えた。最近多くなってきた、カナル型と呼ばれる耳の穴に差し込んで使うタイプのものにした。いままで使っていたオープン型は、気楽に使える反面、音漏れを起こしやすいし、逆に外の音も意外によく聴こえてしまうから、僕のように電車通勤で音楽を聴く者にとっては、少し不自由なところがあった。
特に外の音がうるさい環境が続くので、どうしても聴ける音楽が限られてくるのは、以前から不満ではあった。クラシックの様な音の大きい部分と小さい部分の差が激しいものはもちろん、ジャズでもバラードやベースソロになると、状況次第ではほとんど何も聴こえなくなってしまう。音量を上げればいいのかもしれないが、今度は音が大きい部分で外に漏れてしまうので、それはそれでマナー違反である。フラストレーションがたまる。
前回のキースの作品がとても気に入ったので、これまでの作品も含め彼のソロピアノをしばらく聴きたいと思い、意を決してカナル型を買うことにした。これまでそれを買わなかった理由はいくつかあった。一番の心配は、耳に差すといっても、従来のイヤホン同様、簡単に外れてしまうのが鬱陶しく思われたからだ。
お店に行っていくつかの商品を試してみたが、実際に通勤途中での装着感がどうなるのかまでは、やはりわからなかった。しかし、意外に耳にフィットするものだということはよくわかった。音は、機種による違いはともかく、低音がしっかり聴きとれるのはやはり心地よいものだと感じた。
結局、アマゾンでゼンハイザー社のカナル型イヤホンCX300を4500円くらいで買った。このメーカーにしたのは、自宅で使っているヘッドフォンと同じメーカーだから。実際に店で試聴することはできなかったけど、音に対する同社のブランドを信頼することにした。値段も手頃だったし、ユーザーレビューでも特に悪いことは書かれていなかった。
実際に使ってみて1週間が経過したが、いまのところ概ね気に入って使っている。低音は非常にはっきりしかも強く聴こえるのが嬉しい。もちろん慣れれば不自然さはない。また、外からの音が音楽を聴くのにちょうどいい程度にカットされるので、音の小さい部分でも比較的騒音に悩まされずに楽しめるのはよい。
一方で、耳に装着するには少し慣れが必要。耳栓だと思ってつけるといい感じだ。また、外を歩いたりする際にはそれなりに周囲の状況に気を配る必要があるし、身体や頭が動くことで少しずつイヤホンが外れたりするのはやむを得ない。耳への差し具合で音質がかなり変わるので、そういうときはその都度耳に差し入れる必要がある。周囲の音も完全に遮断されるわけではないが、車内アナウンスなどは聞き取りにくくなるし、駅の自動改札で定期券をかざすと聴こえていた「ピッ」という音は聴こえなくなった。
あと、イヤホンのコードが衣服などに刷れたりすると、その振動が音となって伝わって来る。同様に、底の硬い靴などで歩いたりすると、その振動が骨を伝わって頭まで響いてくる。つまり外歩きに使用するのは、安全性も考えればあまりお薦めできるものではないということだろう。まあ、ともあれ結果には満足している。
おかげでiPodの中身を大きく入れ替えることになった。これまで少し敬遠していたクラシックや現代音楽、あるいはベースのソロやピアノデュオなど、僕が大好きな編成の小さな音楽をたくさん入れてみた。もちろんキースの音楽もたくさん入れた。通勤が少し充実するように感じられた。
カナル型にして自分が聴いている音楽と向き合う際の距離の様なものは、少し近くなったと思う。一方、いままで邪魔だと感じることもあった「周囲の音」に対する態度も、少し変化があったように思う。いままでは意図的に避けていたようなところがあったが、今度は逆にこちらから無意識にそれを求めて耳を凝らすことも度々である。
アンビエントミュージックという言葉がある。ambientとは英語で「周囲の」という意味。環境音楽といわれるものと同義の様な少し異なる様な意味でもあるようだ。まあ大雑把には、「周囲の音」である日常的な環境音と同じ様な感覚で接することができる音楽、という意味で間違いはないだろう。今回は少し個人的な懐かしさも込めて、そういう種類の音楽を取り上げてみた。
1990年代の半ば頃、世界的なテクノミュージックのブームがあった。その頃の想い出は、以前このろぐでオウテカを取り上げた時に少し書いた。当時の代表的な作品のいくつかについては、僕自身いまも大切に手元において時折それを聴いている。僕が特に好きだったのは、アンビエントテクノと呼ばれた作品だった。これはダンスを目的としたビートよりも、シンセサイザーのロングトーンなどを中心に、ゆっくりとした時間の延びを促す様な作風の音楽である。
ドイツのテクノユニット、サン・エレクトリックによる「30.7.94」も、僕にとってはそうしたアンビエントテクノの大傑作だと思っている。デンマークの首都コペンハーゲンにあるクラブでのライヴを収録したこの作品では、3つのパートから成るおよそ1時間にわたる「音の夢」を体験することができる。
第1部"castor & pollux"、冒頭のやさしい光に誘われて聴くものはすぐに優しい光に包まれた心地よい世界にひき込まれる。後半では意表をつくように、ビートルズのある作品が遠くに去った俗界を思い出すかのように、効果的に使われる。
続く第2部"an atom of all suns"では、光は徐々に暗くなり、静かな迷宮に深く深くダイヴする。夢の一番深い部分である。ひたすら無欲に身を委ねる音空間が続いてゆく。
そして第3部"northern lights #5"。深くて暗い音空間に少し光が射して来たかと思うと、ゆったりしたしかし着実なベースに乗って、足下が少しずつ上昇を始める。上昇は少しずつ加速し、気がつくと解放的な気流にのって自分が空を飛んでいるかの様な世界に移っている。そしてゆっくりと地上に戻り、やがて音の夢空間から醒めてゆく。
重要なのは、この作品がライヴ演奏であるということ。テクノの生演奏というのは、少し馴染みにくい概念かもしれないが、ここに現れる音の一つ一つは、すべてその場で演奏者によって選ばれ、ミックスされて、空間に放たれている(つまり演奏されている)ものなのである。
この素晴らしい作品を、是非皆さんにも聴いていただきたいと思って採り上げたのだが、なんと驚いたことに現在は廃盤になっているようだ。なんとも残念である。運良く店頭などで見つけられた方は、迷わず購入することをお薦めする。
少し大きな音で鳴らしながら、お気に入りのソファー、ベッド、布団の上にごろんと横になってお楽しみください。「音の夢」によるトリップに心身を委ねれば、日頃のすべてを忘れさせてくれるはずだ。
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