年初からのろぐを読んでいただいている方は、お気づきかもしれないが、年が明けてからの僕の耳は、かなり新しい音を欲するようになっている。今回取り上げる作品もその類いのものだ。これは先週、新宿で以前会社の同僚だった知人と飲んだ際に、待ち合わせまでの時間を潰した新宿のタワーレコードで試聴して気に入ったもの。その時は既に手に2枚の現代音楽CDを握っていたので、実際に購入したのは、週末に渋谷に出向いた時になった。
海と空が逆さまになったCDジャケットを裏返して、このCDの説明を読んでみると、2人の演奏者が操る楽器のところに「コンピュータ」と書いてある。この作品を演奏している2人のアーチストについて、僕は事前に何も知らなかった。2人ともコンピュータミュージックの世界では相当に有名かつ重要な人物らしく、この2人が共演するというのはちょっとしたコトであるらしい。CDには、2003年にドイツのドナウエッシンゲン市の音楽フェスティバルにおける2人の初共演のライヴパフォーマンスと、その共演に先立ってスタジオで行われた音合わせ(?)で収録された、2つの作品が収められている。
1990年代の後半は、音楽のジャンル崩壊が加速度的に進んだ時代であり、現在ではジャンルは過去の作品を語るものになりつつある。今回の作品も既存のジャンルではどうにも捉えがたい。表現手段としての楽器という点では「テクノ」、即興という表現スタイルの点ではジャズとも言える。実際に演奏されている内容からは、クラシック音楽の延長にある現代音楽ともいえるだろう。まあそんなことはどうでもよい。
重要なのは、ここに収録されているのは、いずれもライヴ、つまり生演奏であるということだ。コンピュータを使った音楽と言うと、マシンの上でいろいろな音を重ねたりして造るもので、いわば作曲(コンポーズ)であると思われがちだが、最近はコンピュータにあらかじめ用意した様々な音(DJが持ち歩く何枚ものLPレコードに相当する)を、コンピュータのプログラムで様々に加工し、それをキーやパッドを使って音色やピッチ等々をリアルタイムに変化させ、楽器のように演奏することができるのだ。コンピュータは記録用途としての楽譜やテープから、楽器へと進化しているのだ。
コンピュータ音楽に限ったことではないが、ここに展開されているようなデュオによる即興は、互いに音をぶつけ合いながら触発し合うというスタイルから、単独での演奏よりも、はるかにスリリングなものになる。演奏者はあらかじめ練習したり準備してきたネタをただ披露する、というだけではすまされない。相手の出してくる音を受け止め、即座に新しい音作りに反映させて、聴衆に表現しなければならない。
ともかくこれは間違いなく素晴らしい音楽なのだ。聴かないよりは、絶対に聴いた方がよい。人生の1時間を費やして、十分なおつりがくるぐらい貴重な体験がもたらされる。人類が誕生して以降、いまの時代に至るまでのあらゆる音楽が凝縮されたひとつの形態といっても過言ではないだろう。僕にとっては、この手のものとしては久しぶりに、新しいものを体験するのは本当にいいものだと実感させてくれる作品となった。できることなら、一度きちんとしたオーディオを借りて大音量でこの「音の作品」を楽しんでみたい。
このCDは、スイスの前衛レーベルハットハットが製作、リリースしている。同社の方針により、すべての作品は2000枚または3000枚しかプレスされない。それでも日本で(東京でというべきか)こうした作品を入手するのは比較的容易い。最近のリリースはすべて紙だけのジャケットに収められており、CDを固定するプラスティックやビニールの袋も使わないという徹底ぶりである。ジャケットからCDを取り出すと、そこには、このレーベルの主催者であるウェルネル・X氏のこんなメッセージが呼びかけてくる。
"Thank you! Whether this is your first recording from Hat Hut Records, or your Xth, we want you to know how proud we are to have you as a member of our growing world-wide community of listners. We hope that you enjoy this recording. It represents our constant aim to bring you the music of the future to discover. What you hear is what you hear!"
素晴らしい。そしてこのCDを手にした者として、とてもうれしい言葉である。インターネットの時代になろうが、量と質には相関はない。あるのは絶対的な量、そして絶対的な質である。
CDを買うにはいまいち踏み切れないけど、彼等の世界を少しでも垣間見たいという方には、是非とも彼等自身のサイトを訪れてみていただきたい。従来のシステムとは無縁の、インターネット時代のアーチストの存在が感じられる。
erikm experimantal music エリクム公式サイト
Fennesz.com フェネズ公式サイト
ハットハットレコード
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