9/05/2004

キース=ジャレット トリオ「スタンダーズ ライブ」

  僕が大学生になってジャズを聴き始めることで、本格的に音楽にのめり込むにつれ、ピアノやキーボードといった鍵盤楽器による音楽から次第に遠ざかるようになった。ピアノよりはサックスやギターを中心にした音楽を好んだ。もちろんビル=エバンスをはじめとする代表的なジャズピアノの作品は持っていたし、熱心に聴かなかったわけではない。でも、僕が30歳を過ぎる頃までの約10年の間、僕は鍵盤楽器の演奏に対して消極的な姿勢をとり続けた。そのことは、ピアノレス編成のジャズユニットや、ギターやチェロなどのソロ演奏、そしてフリージャズ、民族音楽、現代音楽、テクノミュージックという、その後、僕が体験する様々な音楽の道を進む礎となったように思える。だからもちろんそのことを後悔してはいない。

 鍵盤音楽から遠ざかった理由を説明するのは簡単ではない。ジャズに限らず、ある時期からピアノという楽器に対してある種、画一的なイメージを抱くようになっていたように思う。もちろんそれは大きな誤解であり偏見でもあったわけだが、それはピアノを中心とした音楽を聴くことで形成されたイメージというよりは、いま考えてみれば、僕が身近で経験したピアノやキーボードの演奏から作られたイメージだったように思える。誤解を恐れずに言えば、僕の身の回りで聴かれたピアノやキーボードの演奏の多くが、上手なのにどこか個性に欠け、音楽を画一的でありふれたものにしようとしていると感じていた。その所為でというのは、ちょっとフェアでない気もするのだが、ピアノ演奏のCDを聴いても同じように画一的な偏見を抱くようになってしまったのだろう。

 ある時期、音楽に関係のある領域で仕事をしたことがあった。そのとき、複数の音楽を職業にしている人から、日本の音楽教育における問題についてお話を聞く機会があった。彼らの話には共通したある種の批判があり、なかには日本を代表するある楽器メーカをはっきりと名指しで非難する人もいた。詳しい内容はここには書かないが、それは僕にとってもある意味で納得のできるお話だった。日本で鍵盤楽器を演奏する人の多くが、非常に似通ったシステムのもとで音楽教育を受け、その結果、音楽演奏に自ら親しむ人口が増えた一方で、課題解決的な教育が音楽演奏において大切なイマジネーションや様々な感性が貧弱なまま、演奏技能だけを向上させる(そのこと自体が目標となったといってもいいかもしれない)方向に、演奏家の分布を作り出したというのである。そのことが、聴く音楽にも影響を与えていると考えるのも難くはない。

 それでも真実は自ずから明らかにとばかりに、やがて30歳を過ぎた僕にも、ピアノの魅力に開眼させてくれる作品が現れた。その作品は2つあり、その1つが今回の作品である。(もう1つについてはまたいずれ書くことがあるだろうと思う)

 僕は、この作品を発売されたばかりの大学生の頃に購入した。もちろん最初に聴いた時から、なかなか気に入っていた作品である。ピアノに消極的だといいながらも、これはいくつかの他のピアノトリオ作品とともにふと思い出しては聴いていたのである。そうした積み重ねが十数年を経たある時、僕がいつものように仕事帰りに独りでビールを飲みながらこのCDを聴いていると、僕の前に閉じたままになっていたピアノ音楽への扉が、遅まきながら突然開いたのである。その時にどんなことが起こったのかは言葉にできない。ただ、ここでの演奏にいままで自分のなかでつかえていた、ピアノという楽器の豊かな表現力にはじめて出会えた様な、そんな思いがしたのだ。その日は朝までこのCDを連奏したのは言うまでもない。

 収録されている6曲すべてがベストテイク。いずれも聴き逃せない、まさに「奇跡の瞬間」の連続である。キースのソロはそのほとんどが単音で展開する。ピアノ以外の楽器でコピーすることもできなくはないだろうが、この演奏はそんなことが無意味と思えるほど、ピアノでなければ表現することができない音楽に溢れているように思う。キース自身もいつもながらに演奏しながら歌っているのだが、ここでの様はただならぬ雰囲気になっている。そしてそれに応える様な、ディジョネットのドラム演奏もまたピアノの繊細さとドラム本来の力強さに満ち、要するにキースのピアノを中心にして3人全員で「うたっている」というのがこの演奏の魅力なのだ。ここまでの域に達していると感じられる音楽演奏の記録は、なかなかあるものではない。

 キース=ジャレットはこのトリオ編成でもう20年以上活動しており、これまでに16,7点のCDをリリースしている。僕も大学生の頃だった1987年と、社会人になり結婚もした後の2001年の来日公演を観た。演奏のスタイルはかなり異なっていたが、どちらも素晴らしいステージだった。それでもこのCDの演奏はまた格別なのである。いろいろなCDを持っているけど、どのCDを一番よく聴いたかと聞かれれば、間違いなくこの作品をよく聴いた、これは間違いない。おそらく数百回といっても大げさではないはずだ。

 その、キース=ジャレットの新作「ジ アウト オブ タウナーズ」が最近発売になった。僕も早速購入していま聴いているところである。僕は彼らの作品はどうしてもすぐに今回の「スタンダーズ ライブ」と比較してしまい、正直これまで発売された他の作品には、これを上回るという実感がない。例外は、僕が観た2001年の東京公演を収録した「オールウェイズ レット ミー ゴー」であるが、これは2枚組の全編がインプロヴィゼーションとなっていて、発売元のECMでも、キース=ジャレットのリーダ作品としてではなく、3人のリーダ作としていることから、ちょっと次元の違う作品と考えるべきだろう。「ジ アウト オブ タウナーズ」はまだ数回しか聴けていないが、なかなかいい線を行っているという予感はある。

 本当のお気に入りについて書くのはなかなか難しい。いつもはあまりこだわらずに軽い気持ちでさらさらと書いてるのだが、今回は少し力が入ってしまい、アップするのに時間がかかってしまった。結果的にはいつもとあまりかわり映えしないのが情けない。ともかく、今回の作品はできるだけ多くの人に聴いていただきたいと切に願う作品であります。

ECM Records
Keith Jarrett.net

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