7/03/2004

ジャコ=パストリアス「ライブ イン ニュ−ヨークvol.5」

 2000枚もCDがあると、狭いアパートでそれをいっぺんに収納できる棚を置くのは無理である。同居を始めるにあたって、部屋に置く家具を選んできるときに、なんとか700枚収納のラックを1台設置させてもらうことに、妻の同意をとりつけることができた。あとは買ったばかりのものを中心に、オーディオラックの下にあるスペースに収めていたのだが、そこも溢れていまやラックの前の床に、妻の冷たい視線に耐えながらぞろぞろと列を作っている有様である。

 それでも残りの1000枚程度はやむを得なく引越時の段ボール3箱に詰められて、押入れにしまい込むはめになっている。当初、ラックに収納するものを厳選したつもりだったが、何年も生活しているうちに、聴きたいものがいろいろ出てくるのは当たり前である。あれどこだっけと聴きたいCDを探してラックや床にないことがわかると、これはもうため息ものである。押入れにある箱のなかから呼び戻すのは容易なことではないのだ。僕はそういうストレスをある程度忘れたりためたりしながら、それが一定のところまで来ると、意を決して押入れから箱を取り出して、ラックにあるあまり聴かなくなったものとの入れ替えを行うことにしている。文字通りのお蔵入りである。

 いままでのところだいたい年に1、2回のペースでそれをやってきた。ところがここ1年半ほどは、腰を悪くしたので、段ボール箱を出し入れすることができず(さすがにCDが一杯に詰まると重くなるものだ)、フラストレーションを溜めながらも諦めていたのである。それがここのところ体調が劇的な改善をみるようになり、とうとう今日、意を決してCDの入替を実施することになったのだ。

 今回は100枚程度の入替で、お蔵入りとなるほとんどがこの2年ほどの間に購入したものからあまりパッとしないものが中心だった。替わって部屋に帰って来たCDは、このところ聴きたくてうずうずしていたものばかりである。何か一気に100枚のCDを買ったような気分である。このろぐにもこれらの中からネタとして登場することになると思う。

 さて、さっそくその中から今回はジャコ=パストリアスの晩年の様子を収録したライブアルバムを聴いている。ジャコは言うまでもなく、エレクトリックベースに革命を起こした演奏家であり、僕にとっても、多くのエレキベーシストにとっても永遠のアイドルである。実は先日ある若手エレキベーシストのソロアルバムを購入してみたのだが、なんらの驚きもない内容にがっかりしたばかりであり、ジャコの荒々しい演奏が聴きたくなっていたのだった。

 僕は幸い生前のジャコを2回生で観ることができた。1回目は1983年の春、自身のグループを率いての来日公演を大阪のフェスティバルホールで体験した。当初、ギターがマイク=スターンの予定だったのが、来日が不可能になり、急遽代理で出演したのが渡辺香津美だった。この頃のジャコはまだまともではあったが、コンサートの内容はやはり彼らしい奇抜さに溢れていた。

 当時、ギターマガジンに連載でコラムを執筆していた渡辺氏が後にそのツアーのことを書いていたが、とにかく事前に決めた曲目は本番では次々に変更され、全く予定にない曲をやるのも日常茶番という状況だったらしい。東京公演では、いきなりウェザーリポートの代表曲「ブラックマーケット」のイントロを弾き始め、唖然とするメンバーのなかで渡辺氏がうろ覚えのテーマをギターで演奏した後「アイムノットシュア!」と苦笑いしながら叫ぶと、ジャコは「ガッデム、カモンカズミ!」とそのまま演奏を続けたのだそうだ。

 僕が観た日も、メンバー紹介の後に、その日が誕生日だったあるメンバーの紹介の後に「ハッピー・バースデー・トゥー・ユー」をジャコが歌い出したと思ったら、そのままそのハーモニーでアドリブ大会に突入してしまった。他の曲でも誰がどういう順番でソロをとるとかそういう細かいことはほとんど場当たり的にやっているようで、さながらジャムセッションを観ているような感じであった。これには僕はとても刺激を受けた。自由に音楽が演奏できるということの素晴らしさを初めて知ったのだった。

 2回目は、その3年後だったと思うが、タバコ会社主催の夏のジャズイベントにギル=エバンスのオーケストラにジャコがジョイントするというとんでもない豪華な企画で来日したのを観に行った。事前にNHK-FMが生でオンエアした東京公演はなかなかのできだったので、期待して出かけたのだが、残念ながら大阪でのジャコは酒でラリってしまっており最悪の状態だった。あの時はとても悲しく悔しかった。共演したギル=エバンスも悲しそうだった。

 その後、ジャコは1987年に36歳でこの世を去る。原因は泥酔の結果、店員に殴られたことによるものだった。僕はアルバイト先の塾の控え室で眺めていた夕刊の訃報欄でそのことを知った。

 この作品はいわゆるブートレッグであるが、内容も音質も非常によい。収録時期は1985年ということになっているようだが、定かではなく、他に全部で8枚の作品が同じ発売元からリリースされている。この第5集ではギターのマイク=スターンら4人編成のグループでの自由なセッションの様子が収録されている。もちろん内容は相当粗っぽいが、これがある意味で本当のライブというものの醍醐味だと思う。僕が大阪で初めてジャコを観た時の衝撃を、何か彷彿とさせるものがある。アルバムの末尾にジャコが、演奏終了後のクラブでピアノを演奏しながら何かを楽しそうに話している様子が収められており、ここがなんとも泣けるトラックである。

 体調もよくなって来たことだし。久しぶりに思いっきりベースを演奏してみたくなた。

Jaco Pastorius.com 公式サイト 〜ジャコの曲のタイトルにもなっていた4人の子供たちの近況も出ています。皆元気なようです。メアリーの回想は泣けます。その他共演アーチストたちのインタビューなど満載です。

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