5/05/2004

ジャック=ディジョネット「第5世界へのアンセム」

  ゴールデンウィークを利用して妻の実家がある広島に行き、そこで4日間にわたっていろいろとお世話いただいた。広島には自動車会社でエンジニアとして勤めている僕の実兄もおり、同じく広島市内に住む義妹と4人で市街での会食を楽しむこともできた。

 広島はご存知の通り、世界遺産にも指定されている原爆ドームとその周辺を取り囲む平和公園が街の中心に位置している。沖縄、長崎とともに日本、いや世界を代表する平和を象徴する街である。平和公園周辺では、海外からの観光客の姿も多く見かける。しかし、別の側面では映画「仁義なき戦い」シリーズに代表される任侠世界の大舞台という一面もあり、そういう目で街を見ると、ちょっと威勢のよさそうな人がみんなその筋の人に見えてきたりして、なかなか不思議な感じがする。

 今回の広島訪問では、妻の家族とともに広島県の隣、山口県岩国市にある名勝「錦帯橋」を案内していただき、橋やその周辺での観光を楽しんだ。恥ずかしながら、僕は米軍基地のある岩国が山口県にあることを知らなかったし、錦帯橋に至っては存在すら知らなかった。最近、大きな改修を終えたばかりという錦帯橋は、日本三名橋といわれるだけあって、全景も橋の作りもなかなか見事なものであった。

 橋の近くの河原でお弁当を広げてのんびりした時間を過ごしていると、上空でジェット機の音がした。見上げると岩国基地を飛び立ったと思われる、米軍戦闘機の姿がはっきりと見え、いやでも昨今の中東での出来事の映像が脳裏をよぎった。目の前には改修を終えた見事な橋と、たくさんの観光客、そして広島名物むさしのおむすび弁当。これが現代の平和な1日だ。いつもの癖で、とっさに耳にわき上がった音楽は、ジャック=ディジョネットの「第5世界のための音楽」だった。

 ジャック=ディジョネットは、僕にとっては最も重要なドラム演奏家である。最近の彼の活動で最も有名なのは、ジャズピアニスト、キース=ジャレット氏とのトリオ演奏活動だろう。彼らの演奏を記録したCDのほとんどを僕は持っており、それがディジョネット氏のドラム演奏の深い魅力を知るきっかけになった。彼のドラムは、リズム演奏という域を遥かに超えて、ドラムで歌ってしまう表現がぴったりなところが大きな魅力だろう。これはもうこの人にしかできない独自の境地である。ある僕の友人は彼のドラム演奏を賞賛を込めて「とにかくヘンなタイコ」と表現した。

 この作品は、ディジョネット氏が「平和」をテーマに取組んだ作品である。目玉は、ロックグループ「リビングカラー」のメンバー2人(ギターのヴァーノン=リードとドラムのウィル=カルホーン)が全面的に参加していることである。他にはディジョネット氏周辺の大所ジャズミュージシャンも参加しているが、内容はほぼロックである。ネイティブアメリカンやアボリジニなど少数民族の文明を反映させた作品が中心で、様々な音楽が融合するエネルギーから平和を実現させようという主旨のものだ。作品にディジョネット氏自身がこんな言葉を寄せている。

 Music is energy, and I feel we need the kind of energy that this recording evokes to create the changes needed to heal ourselves and our environment.

 残念ながら現在は廃盤になっているようだが、別の意味で残念ながら(?)、僕の経験上、大きな中古CD屋さんに行けばかなりの確率でこのCDに出会うことができるのも事実である。大御所ジャズドラマーのアルバムということで飛びついてみたものの、中身がまるでロックなので買ってはみたもののサヨナラということらしい。まあその辺は人それぞれであろうが、僕にとってははじめて聴いた瞬間から、とてもとても大切な音楽になっている。このメンバーでなければ絶対に演奏できない、とにかくどエライ音楽である。ロックかジャズか民族音楽かとかはどうでもいい話である。ディジョネットの「ヘンなタイコ」は1曲目から全開で心地よい。

 それぞれの曲は、よく聴いてみるとリズムやハーモニーはかなり複雑な構成なのだが、そういうことを全く感じさせない素晴らしい「賛歌」に仕上がっている。ディジョネットはシンセサイザーやらヴォーカルまで披露しているが、やはり聴きどころはドラムだと思う。この演奏を聴いていると、「じっとしていたって何も起こらない、とにかく立ち上がらないと何も始まらないよ」というようなメッセージが聴こえてくるような気がする。

 タイトルにある「第5世界」の意味は、ディジョネット氏がこの作品を作るきっかけになったアメリカン・インディアンの詩人トゥワイラ=ニーチの言葉によるもので、「セパレーション(分離)の時代である第4世界は終わり、我々はいまイルミネーション(光)とインテグレーション(統合)の第5世界にいる」というような内容らしい。この光という概念、最近つい忘れがちなように感じるのは僕だけだろうか。どうやら日本は光で溢れてしまったらしい。

 世界は平和を願っている、というのはおそらく間違いない事実だと思いたいのだが、こればかりは総論各論の違いがある意味最も如実に出てしまっているテーマだろう。まあこんなところで僕一人がどうのこうのと言っても仕方がないが、やはり音楽は国境や民族の違いを越えて、人々が理解し合える有効な手段の一つとして、大きな役割があると思いたい。そのためにも、先ずはすべての音楽を尊重して理解しなければはじまらないと思う。偏見はいけない。


Jack DeJohnette
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MCCS Iwakuni アメリカ空軍岩国基地公式サイト(基地に勤務する隊員やその家族を主に対象にしたサイトです)