音楽のコレクターの間には「無人島に持っていく1枚」という議論がある。単純な話、一番好きな作品は何か、ということだと思うのが、「そんなぁ、1枚だけなんていわれたってぇ」とかいってへらへら笑いながら身体をくねらせて悶絶する(困っている一方で明らかに喜んでいる)輩が続出するわけだ。まるで二股がバレて詰問されているようでもある。そこで、どうしても1枚選ばなければいけないという状況を、わかりやすく提示しているわけだ(それにしても無茶な設定だと思うが)。おそらく本や絵画の収集においても似たような議論があるのではないかと思う。別に無理に1枚選ぶなんてことしなくてもいいと思うのだが。
以前、横浜の元町にある中古レコード屋「バナナレコード」で買物をした際、商品と一緒にお店が作ったフリーペーパーを入れていただいた。帰りに暇だったので眺めていると、お店のスタッフの自己紹介コーナーがあった。名前に始まり、出身地や年齢、あだ名や好きな食べ物と続いて、最後に恒例の「無人島に1枚持って行くとしたら」の質問があった。そこで若いバイヤーの男の子があげていたのが、リー=モーガンの「ライブ・アット・ザ・ライトハウス」だった。
リー=モーガンは1938年生まれの名ジャズトランペッターである。若くして頭角を顕し、名門ブルーノートでの最初のリーダー作を発表したのは1956年、なんと弱冠18才である。彼はブルーノートだけでも25枚のアルバムを残したらしいが、一番有名なのはおそらく1963年の「ザ・サイドワインダー」だろう。ジャズをあまり聴いたことがない人でも、このタイトル曲のメロディーはどこかで耳にされたことがあるはずだ。
僕自身はそれほど熱狂的なモーガンのファンではなかった。ところがそのフリーペーパーを眺めているうちに、以前にもジャズの雑誌かなにかでモーガンの熱狂的ファンだという人が、やはり「無人島企画」でこの作品をあげていたのを思い出した。きっかけはいつもそういうものだ。僕はすぐに飲みかけのコーヒーもそこそこにお店に舞い戻り、ジャズの棚を眺めてみた。普通、中古品はそんな簡単に見つかるものではないのだが、この時はなんと奇跡的にそれに巡り会ったのだ。しかも、僕が見つけたのは、当初LPレコードで発売されたものに、後に発見されたテープから優れた演奏を全部収録したCD3枚組のセットだった。2000円と中古にしては値が張ったが、僕はためらわず購入し、また同じフリーペーパーをもらって家に帰って聴いた。
全部で12曲、時間にして3時間もあるのだが、僕はその日だけでこれを2回聴いた。確かに凄まじい熱気に満ちた演奏だ。そのとき僕は32才、これを演奏した当時のモーガンとほぼ同じ年齢だと気づいて、「自分は何をやってるんだ」と自己嫌悪に陥ったのも覚えている。当時は恋愛で悩んでちょっと辛い時期だった。
このCDのジャケット写真にあるモーガンは、珍しく演奏中の写真ではなく、どこか屋外で楽器片手にポーズをとっている。普通ジャズのレコードジャケットは演奏中のシーンを写したものが多く、大抵は目をつぶっていたりほっぺたを膨らませていたりと演奏に陶酔してる。だからカッコいいのだが、正直、このCDのジャケットにあるモーガンは、カッコいいかもしれないが、ある意味、ヤクザのあんちゃんのようである。コワイ。彼のアルバムにはその名も「ジゴロ」という作品があるぐらいで、たいそう女好きでモテたらしいのだ。
ところが、この演奏の後、さらにクリエイティビティ溢れるアルバムを発表したモーガンは、1972年2月に突然この世を去る。死因はなんであったのか。なんと彼はニューヨークのクラブで演奏中、当時の愛人(common-law wife)にピストルで射殺されてしまったのである。まだ33才だった。別れ話が原因ともいわれるが、当時のエピソードの詳細について記されたものがあればぜひ知りたいものだ。それにしてもコワイ話だねぇ。
一番好きなCDはいくつあっても構わないと思うが、やはり浮気はいけないのだ。
Blue Note Records
同サイトにあるLee MorganのBiography
Lee Morgan (Jeff Helgesen氏によるサイト)