2/15/2004

冨田勳「ホルスト:惑星」

Isao Tomita(冨田勳) / Gustav Holst:  最近、日本のヒットチャートでは平原綾香の「ジュピター」という歌が話題になっている。少し前からヒットチャートの世界はリバイバルとかカバーが流行であるが、この作品の場合もやはりカバーというのだろうか。僕はこのCDを買ってはいないが、もう既に4,5回はこの歌をフルコーラスで聴いた。テレビの歌番組で、CDショップの店頭で、そして餃子の王将でチャーハンを待つ間、等々である。J-Popのヒット曲はこちらが求めなくても、どこでも耳にすることができる。便利な世の中だ。

 クラシックの作品に歌詞をつけて歌うのはそう珍しいことではない。また彼女自身もテレビの歌番組で話していたように、もともと歌うことを前提に書かれた曲ではなく、非常に音域も広いので、歌いこなすのは相当に大変である。その点では彼女の歌唱力はなかなか見事だと思う。既にアルバムの発売も決定しているらしい。

 この「ジュピター」の原曲は、グスタフ=ホルストが1918年に発表したオーケストラのための組曲「惑星」の一部「木星」のメインテーマである。僕がこの曲を初めて聴いたのは1970年代に放映されていたテレビ番組「木曜ロードショー」のエンディングテーマだった。洋画を中心にテレビで上映する番組で、解説は確か荻昌弘氏が務められていた。木曜日だから木星という主旨だったのだと思う。当時まだ洋楽といっても映画のサウンドトラックに親しみ始めた頃で、この曲も何かの映画の音楽だと思い込んでいたら、クラシック好きだった親父から事実を教えられたのだ。

 僕にとってホルストの「惑星」といえば、カラヤンでもバーンンスタインでもなく、この冨田勳の演奏になる。「世界のトミタ」といえば、オリンピック選手かメジャーリーグかというご時世だが、彼がこの作品でその名声を確立したのは1976年のことだ。

 この作品は全編シンセサイザーの多重録音で構成されている。冨田氏は放送音楽の作曲家として活躍する傍ら、シンセサイザー研究の第一人者でもあり、当時まだ珍しかったこの楽器の普及に務めてこられた。当時いわゆる「プログレ」にはまっていた僕は、全編シンセサイザーで演奏された音楽があると聞いて、この作品のエアチェック(FM放送を録音すること)を心待ちにしたものだった。

 ホルストの太陽系は「海王星」で終わっている。そう「冥王星」がないのだ。理由は簡単で冥王星の発見は、作品の発表から12年も後の出来事だったからだ。冨田氏の演奏は、原曲にかなりのアレンジを施しているにもかかわらず、ホルストの意図をさらに高めているところが見事だ。シンセイサイザーならでは美しさで表現される金星、そして天王星と海王星は合体してふかーい神秘の世界になっている。これが彼なりの冥王星なのかもしれない。

 さらにこの作品ではいかにも彼らしいロマンチックな工夫が2つしてある。原曲では「火星」の重厚な弦楽のイントロから始まるわけだが、このアルバムはなんとロケットの打ち上げシーンからスタートする。その中で、管制官と宇宙飛行士の無線でのやりとりが出てきて、あの木星のメロディーをハモるという演出がある。曲はこのロケットの飛行とともに進行するという展開になるのだが、その木星で再びその交信が再現されるところはなんともユーモアでありロマンチックだ。それらがすべてシンセサイザーの音だけで作られているというのも、長年ラジオの仕事に携わられた冨田氏ならではのものだ。

 もう1つの工夫も木星のメロディーを使ったものだが、唯一これだけがシンセサイザーではないあるものの実際の音色を使ったものなのだが、これは実際に作品を通して体験していただきたい。それは作品の一番最初と最後に現れる。こうした発想は情報が豊かになりすぎた現代では、意外と新鮮なのかもしれない。

 かのアルバート=アインシュタインは「考える、そして跳ぶ」と語ったそうだ。冨田氏が本作を録音した当時のシンセサイザーといえば、いまから思えば電卓と最新型のパソコン位の差がある代物だった。そこで一から音を作り、それを幾重にも重ね、さらに原作者ホルストの意図と、自身の時代での宇宙への想いをはせて、この作品は誕生した。そう思い起こしてみて、簡単に手に入る情報を貪るだけの日常に、どこか反省を促された作品だった。

 平原彩香の歌でホルストの原曲に興味を持った方は少なからずいることと思う。実際、クラシック音楽売り場に足を踏み入れて購入した人もいるだろう。管弦楽オーケストラによる演奏はやっぱり重いなあ、という方は、一度この冨田氏の作品にチャレンジしてみてはいかがだろうか。

Tomita - Sound Creature
Robert Moog and the Moog synthesizer
MOOG MUSIC
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