11/11/2018

キム・カシュカシャン「J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲全集(ヴィオラ版)」

週末、大学来の付き合いである音楽仲間が神戸から来訪。付き合いの長さや深さを考えると、ほとんど幼馴染と言って差し支えない人である。

土曜日の夜に石川町の料理屋で僕の家族と会食したり、翌日曜日には横浜のスタジオで久しぶりの音合わせをしたりして楽しんだ。

お互い仕事だ家庭だ趣味だといろいろあって、なかなかこうした機会を持つことができずないままかなりの年月が過ぎてしまったけど、今回こうして時間を持つことができたのは、僕にとっても本当によい機会となった。あらためてお礼を申し上げたい。

久しぶりの音合わせは、関内にあるレンタルスタジオで日曜の朝から2時間。僕にとってはほぼ十数年ぶりのスタジオとなった。愛用のTUNE WBをアンプにつないで大きな音で鳴らしたのは考えてみれば今回が初めてかもしれない。

家で独りで弾くのとは違って、やっぱりいろいろと思い知らされることしきりである。指は動かない、音程もリズムも不安定で、フレーズは弾くたびに「またこれか」と自分で呆れることの連続であった。やっぱり客観性を一人で保つのはほぼ不可能ということだろう。

スタジオを終えた後は関内から観光客で賑わう山下公園を回って2kmほど散歩を楽しんで、横浜の港を見物しながら遅いランチに僕がいつも行っているピースフラワーマーケットのハンバーガーを食べさせてあげた。

いつもだったらコーヒーかティーをセットにするのだけど、彼がビールをリクエストしたのでお店のお勧めでグースのIPAをやることに。


初めて飲んだけどキレとクリアな味わいは、スタジオ疲れで空いたお腹と頭にグッとキました。まあこんな機会がなければここでビールを飲むこともなかったかもね。ちょっとお高いけど。

そのまま彼とは山下公園の氷川丸でお別れして、僕はベースを背負ってバスに乗って家までフラフラと帰ってきた。

空いていたバスの中では音楽のことやら過ぎ去った時間のことやら妻や子どものことやら、いろいろな憶がIPAのフレーバに乗って頭の中を巡った。

おかげでとても思い出深い週末を過ごすことができた。



さて、ネタが溜まりに溜まっている音楽のことを少し書いておかねば。まずは新しいところから。

世界を代表するヴィオラ奏者のキム・カシュカシャンがECMからなんとバッハの無伴奏チェロ組曲全曲集をリリースした。付け加える必要もないだろうけどもちろん全編ヴィオラによる独奏である。

僕はこれをYouTubeのおすすめに現れたECMチャンネルの新作プロモで知った。



このたった1分間の映像で流れるのは、今回のアルバムの冒頭に収められた第2番の第1曲プレリュードの出だしの部分なのだけど、僕はこれだけでノックアウトというか何かとてつもない魅力を感じて、ダウンロードサイトで320kbpsのAACファイルを2600円で購入した。

記憶に間違いがなければ、ジャズ映画「真夏の夜のジャズ」のなかで、ジミー・ジュフリー トリオのベーシストが両切りのタバコを吸いながら上半身裸で練習するシーンでこれを演奏するのを観たのが、僕とバッハのこの作品の出会いだったと思う。まだ大学生の頃だ。

初めて全曲版に触れたのがヨーヨー・マの1983年録音の処女作。その後も元祖カザルスを含めていろいろな演奏作品を聴いてきた。楽譜も持っている。

彼女にとってはこの作品に取り組むことはライフワークであった様だが、今回それをレコーディング作品として発表したことは、やはり演奏家としての一つの節目となる何かがあったからに違いない。

ECMのサイトにある紹介のなかで、キムはビオラについてこんなことを語っている。
“The viola is still in a state of flux, of experimentation… It is an absolutely flexible tool that can respond to the player’s imagination perhaps more than any other."
ビオラという楽器についてここまで言い切るのもスゴイと思うし、そのうえで今回の作品を聴いて、僕はそのことにとても説得されてしまったと感じている。要するに彼女のファンになってしまったのだ。

この全集を収録した作品は、演奏者の意図なのか単に収録時間との関係なのかはわからないけど、必ずしも1番から6番までが順番に収められているわけではない。

しかし全集の中で重い短調の作品である2番を冒頭に置いたところに、彼女のこの作品に対する自信を感じる。それがあのビデオにもはっきり表れていて、僕はそれにまんまとヤラレてしまったのだろう。

全集で発表するには、どの演奏家も当然のことながらすべての作品の表現に一定の自信を持って臨んでいることと思うのだけど、ある種技巧的な観点で自信をみなぎらせてこれらを弾ききった作品という意味では、やはりヨーヨー・マの右に出るものはないと思う。

バロック作品して驚異の難曲である第6番の素晴らしさは、最初にヨーヨー・マの演奏を聴いてしまった耳には、他の演奏はどうしても一歩劣って聴こえてしまう。

しかし、このキムのヴィオラ作品はそうした技巧云々の問題を超えてしまって、先ほど彼女自身が語っているヴィオラの魅力をこの作品を通じて存分に発揮して表現しているという点で、従来僕が聴いてきた同曲の演奏とは全く異なる体験が素晴らしい。

少し前にヴィオラの魅力について書いたが、今回の作品でそれが僕の中で一気に確信に変わった。素晴らしいです!イチ推し!

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