8/12/2013

海からのお見舞い

本当であれば短くものんびり楽しく夏休みのはずだったのだが、今年はいつもと事情が違った。

休みに入る直前の水曜日。ちょっと無理をして始発電車で出社して、朝からある会社のエラい人との打ち合わせに備えた。5時半少し前のオフィスはいつもの感じだったが、どうも気力と身体がイマイチ最後の追い込みに乗って来ない。

打ち合わせはなんとか無事に済ませて、残務と机の片付けなどを少しやって早々に会社を後にしたのだが、身体が怠くて夏休みに入った解放感を実感できない。

家に帰るとますます身体が重く、この日は子どもよりも早く布団に潜り込んだ。明日1日で体調を立て直して、次の日から3日間の南伊豆旅行に備えようとしたのだが、肩がどんどん重くなってきてなかなか寝付けない。

少し眠ったら眠ったでこともあろうに中途半端に終わっている仕事のことが夢に出てくる始末。最悪である。どのくらい眠ったのかわからない状態で翌朝を迎えると、どう考えてもこれは熱がある。信じられないくらいに肩が重い。

起きられず朝食も食べられず、妻が持ってきてくれたジュースを飲んで熱を計ると39.8度ある。こりゃダメだ・・・声に出したのか心の中でだけだったのかわからぬ罵声をあげて、やむを得ず旅行のキャンセルを決断した。

妻には宿に電話してもらい、僕は朦朧としながらiPadで電車の指定席をキャンセル。ともにキャンセル料だけかかって何にも楽しめはしない。それこそバカみたいとはこのことである。

結局この日は夜に少しだけ妻が用意してくれたうどんを口にしただけで、飲み物以外は何も食べられなかった。

その夜も実はあまり眠れず、結局また同じような夢を見る。まったく夢でなど見る価値のない事象であるだけに余計に肩に力が入る様な気がして、安静どころではない。

旅行に出かけるはずだった金曜日の朝、熱はウソの様に引いていた。しかし身体の怠さは相変わらずで、肩も張りまくり。こんな変な肩こりは生まれて初めてである。

「病院行って、整体にでも行ったら?」と言われて、とりあえず近所のかかりつけ内科を受診。音楽と酒をこよなく愛する風情の先生に診てもらい、そういう風邪だと言われて、熱冷ましとかの薬をもらって帰った。

その時はまだ何だかわからなかったのだけど、次の日になって妻の気付きでこれが何の病気であるのかがわかった。だけど、いまはそれについて書くのはやめておく。

そんな散々な夏休みのスタートだったけど、それでも妻と子どもが広島にある妻の実家に行く前の2日間は、それなりに楽しく過ごせた。

体調はまずまず回復したので、旅行にいけなかったせめてもの償いに子どもを海に連れて行ってやりたかった。妻と思案した結果、またまた津久井浜に行ってみることに。この日は午後の気温が38度を超えた猛暑日である。

遅めに出発したので、京急津久井浜駅に降りたのは午後1時過ぎだった。降りる人はいつも以上にまばらである。一応、地図上には海水浴場という名が残っているが、駅には「ようこそ津久井浜海水浴場へ」とかの看板もなく、浮き輪やビーチボールを売るお店など、それらしい雰囲気はまるでない。

いつもの京急ストアでお昼を買い出しして、いざ浜へ。

海の家があるとは思ってなかったが、まあちょろちょろとは海水浴客がいるのではと想像していたのだが、居たのは甲羅干しをする地元のオジサンが1人と、あとは沖合にボードセーリングの姿がぱらぱら。なんとも寂しい真夏の浜である。(まあそこがイイのだが)

折り畳みテントを拡げて、お昼を食べたのが午後2時前。そこから2時間半近くにわたってほぼ貸し切り状態で子どもと海で遊んだ。その間ママはテントでのんびり読書(暑くないのかなあ)。スーパーで買った2リットルのスポーツドリンクがきれいに無くなった。

最初は波打ち際で波と戯れて慣れる。水はお世辞にもきれいとは言えないけど、藻だらけの金沢海の公園の砂浜よりは断然きれいである。

中盤は恒例のお砂遊び。子どもはちょくちょくママの居るテントで燃料補給。僕はちょくちょく海に戻って体温を調節。

後半は子どもを足の付かないところに連れて行ってみた。まあ怖がることはなかったけど、顔をつけてケノビとまではいかなかった。すぐにプールの様にはいかないね。

津久井浜の海に胸まで浸かったのは初めてだった。底の砂に小さな虫のような生き物がいて、それが時折足について噛むのかチクッとすることが何度かあった。なんか懐かしい感覚だった。

海で元気をもらって気分もだいぶん楽になった様に思う。途中から中学生くらいの子ども達のグループとか、数組の家族がやって来たが、みんなご近所の人っぽかった。

夕方4時半にテントをたたんで、いつもの不二家レストランに立ち寄って、そこで晩飯を食べることになった。洋食料理は意外に美味しかった。ペコちゃんを眺めながら呑む生ビールもよく冷えていた。

しかし三浦海岸って最近はあんまり人気ないのかなあ。帰りの京急もすごく空いていた。単に時間がずれていたからなのだろうか。

翌朝、まだ怠さは少し残っていたがだいぶんマシに。ただこの病気特有のある症状が出てきていたので、それがちょっと気にはなったけど。

朝、庭の草木に水を撒いていると、近所の奥さんがやって来て、昨日ご主人が釣ってきたのだという黒鯛をまるまる1尾いただいてしまった。「とても家だけでは処理できませんので...」ってよっぽど大漁だったんだろうなあ。

恐縮しつつもあり難くいただき、妻のところに持って行ってくるんであった新聞紙をとってみると、体長30cmはある立派で身の厚い黒鯛がそこにあった(内臓と鱗はご主人が丁寧に取り除いてくれていた)。晩ご飯はこれで決まり!

妻が得意の大雑把な判断で、頭としっぽはお味噌汁に、身の半分は塩焼きに、残りの身で鯛飯を炊くことに。なんせ妻と子どもは次の日の朝から広島に行ってしまうわけだから、残してもしょうがない。ここは大胆に丸ごと一晩で食っちまおうとなった。

身が引き締まって脂が少なく、とても上品で贅沢な味わい。大きな切り身と、お頭のお味噌汁、2合の鯛飯があっという間になくなった。子どももタイは大好物の様子(贅沢な!)。

とまあ、病気で散々なお休みになったが、旅行はまたいつか行くことを約束し、いただいた黒鯛で元気をつけた妻と子どもは広島に向けて出発した。パパは独りで静養しつつ横浜近場散策でもしようかな。

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