1/14/2013

1970年のウェイン=ショーター

長い冬休みから明けた仕事始めの1週間はそれなりに長かった。お休みの最終日の夜なんかは「会社行きたくない病」の発作をなんとか鎮めようと、焼酎を半分やけも手伝って結構呑んでしまい、仕事始めの朝は予定より大幅に遅れての出発になった。

やらなければならない仕事(大したものではない)を、手当り次第にばったばったと倒している間に5日間が過ぎ、無事に成人の日を含めた3連休に滑り込んだ。

連休初日は今年の「歩き初め」で大さん橋にも行けた。家を出るのが早過ぎて日の出の30分も前に着いてしまったので、それを拝むことはできなかった。空気は思いのほか冷たくてあまり身体が温まることはなかった。

その日は家族3人でも出かけ、みなとみらいから赤レンガ方面をうろうろしているうちに暗くなってきたので、夜ご飯を関内の居酒屋「かっぽうぎ関内店」で食べて帰った。たまたま通りかかっての飛び込みだったけど、なかなかいいお店、安くて美味しい。

日曜日には風邪気味のママを家に残して、子どもと2人で「こどもの国」へ。存在はずっと以前から知っていたけど、訪れたのは初めてだった。

入園料大人600円と知った時は「えっ、金いるの?」と思ったけど、広い園内を実感すればまあこのくらいは仕方ないかな。

すべてを回りきることはできなかったけど、それなりに楽しむことができた。お弁当はなにか外で好きなもの買って行った方がいいかな。今度はママと3人で行こうね。

成人の日は横浜では久しぶりに見るまとまった雪の1日。朝は雨だったのが午前中から雪になり、昼過ぎにはあっという間に10cm近く積もって、近所の子どもたちも交えて雪だるま作りなんかも楽しめた。

年末あたりからじっくり聴く音楽がブルーノートに偏り始めたのだが、それがお休みに入ってからウェイン=ショーターに絞り込まれ、その状態がいまも続いている。別にももクロばっかり視聴してるわけではないのですよ。

ショーターはいろいろな意味で独自性のある人だ。独特のフレージングしかり、独自の作曲作品しかり、そしてキャリアの点でもユニークな人だと思う。

幼い頃から興味を持ったのは絵を描くことで、楽器を始めたのは15歳の頃だと言う。ミシン工場で稼いだお金で入学した音大を出てすぐに徴兵され、入隊した陸軍では狙撃の名手となって慰留されるも、自らの意思で除隊してプロミュージシャンの世界に入る。

即に頭角を現して除隊の翌年にはアート=ブレイキーのジャズ・メッセンジャーズに入って音楽監督に就任。すぐにマイルスの目にとまるも、さすがのマイルスもジャズ界のドンのグループからショーターを引き抜くことはできぬまま、5年が経過する。

マイルスがようやく彼を引き入れたのは1964年のこと。そこからの6年間は言わずと知れた「黄金のクィンテット」として数々の名演を名作を残すことになる。

そして「ビッチズ・ブリュー」「イン・ア・サイレント・ウェイ」を経て、1971年位にジョー=ザヴィヌルとウェザー・リポートを結成。それが1985年まで続くことになる。

ところが、こうした「影のリーダー」的な25年以上のキャリアの最中でも、ショーターは自己名義のリーダーアルバムを15枚も出していて、ちゃんと自分の世界を堅実に表現し続けてきている。これは実は相当スゴいことだと思う。

メッセンジャーズでもマイルスでもウェザーでも、ショーターなしには決してなし得ない音楽を出す一方で、当の本人はそこではあくまでもボスを立てて脇役に徹しながら、したたかに(と言っては怒られるか)自分の世界はそれとしてやり続け、1985年のウェザー・リポート解散後から、本格的に自分のグループを持って活動を始めているのである。

僕は気がつけばショーターのソロ作品はほとんど全部持っている。どれも素晴らしいのだけど、今回お祭り状態になっている中心は、1970年に制作された2つのアルバム「モト・グロッソ・フェイオ」と「オデッセイ・オブ・イスカ」だ。

と、ここまで書いて...んんん〜なかなか言葉が出て来ない。この素晴らしさをなんと言葉で表現したらいいのか。

これまでも別のところでそう言う表現使ってきたと思うけど、「緻密」で「濃厚」な「構成」、そして「瞬間性」と「偶然性」がもたらす「驚き」と「スリル」、それらが一体になっているとでも言うのだろうか...やっぱり音楽の前では言葉は無力だ。

2つの作品は、当時のショーターが大きな興味を感じていた南米の芸術からの影響と、マイルスからウェザーへという過渡期に録音されたという点で、そうした時代の音楽との関連性が共通に感じられる。しかし音楽性は微妙に異なっている。

「モト...」は、即興性や実験的な色彩が強く、ブルーノートが録音後しばらくはこれを発表するのをためらった。

なにせあのチック=コリアがドラム&パーカッションで参加していることからも、ショーターがここでやろうとした音楽が、従来的なものの延長というより、土着的かつ原始的(つまりは即興的)なものに軸を求めている様に思える。

そこで展開される内容は、どこまでが紙に書かれたものでどこまでが即興なのか、容易に窺い知ることはできない。しかし、それは音楽として文句なしに「絶妙」なのである。

アルバム最後に置かれた(おそらくは)集団即興の作品「イスカ」は、冒頭のタイトル曲とともにショーター・ミュージックの白眉である。

そして、その「イスカ」の「長い旅」と題されたもう一つのアルバムでは。音楽の構成は従来のジャズと同様に、テーマとそのハーモニーに基づいたアドリブというスタイルをとりながら、南米の音楽に素材を求めたある意味「聴きやすい」作品に仕上がっている。

この広大で豊かなな自然を思わせる音楽の美しさはどうだろう。やっぱりショーターの作曲家としての能力を改めて実感させられる。

しかし、よーく聴き込んでいくと、これまた凄まじい世界が繰り広げられているのがわかる。まずもってロン=カーターとセシル=マクビーのダブルベース!これがスゴい!加えてジーン=ベルトンチーニの妙にウネウネするギターもぞくっとキモい(ほめてます、笑)。

同時にアルバムのところどころで、「モト...」での試みがしっかりと存在感を示していて、これがまた「絶妙」な引き立て役になっている。ただただ唸るばかりである。

いずれもアルバムジャケットにショーターのポートレートを使用していて、これがまたカッコいい。

2つの写真を眺めていると、この人が、子どもの頃は絵が好きで漫画家を志したこととか、元陸軍の狙撃の名手だということとか、著名なジャズアーチストの引き立て役を務めつつ、自分の世界をしっかりと築き上げてきたこととか、そういうことが妙に納得できてしまう。

この人は決して控えめな人ではなく、強い野心を持った人だ。自分の思いを実現するために、何が必要でどうすればよいのかをしっかりと見定め、それを着実に実現に移していける人だ。

そんなことを考えるうちに、ふと自分は一体何をしてきたのかなと考え、なんとも空しい気持ちが心をよぎる。ショーターに比べればほとんどの人はそんなものだとは、言われなくてもわかってはいるのだけれど。でもね...。

ショーターは今年で70歳を迎えるらしいが、間もなくブルーノートから久しぶりのアルバムが発表されるのだそうだ。いまからとても楽しみである。


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