久しぶりにメセニーの音楽をいくつかまとめて聴いた。
そもそもは10段あるCD棚の最下段左隅に入れてあった、"80/81"を思い出したように発見したことに始まる。1年以上前から子どもの絵本箱がそこを隠すように置かれるようになり、その場所は死角になっていて、しばらく顧みることがなかった。
少し前にあるCDを捜索した際にその場所に光が当てられ、そこでこれを見つけた僕には何か懐かしさからくる強い興味がわき上がった。なんせ参加メンバーがスゴいからねえ。残念ながらサックスの2人はすでにもう世を去ってしまったけど、ここにもやっぱりスゴい演奏をしっかり遺している。
これを聴くのは本当に久しぶりだった。まともに聴くのは10年ぶりくらいかもしれない。その間、僕の耳はやっぱり変わったのかな。手元に残してあったのだからもちろん好きなアルバムなんだけど、久しぶりに聴いてこんないいアルバムだったんだねえとあらためて感動してしまった。
メセニー名義のアルバムで本格的にサックスがフィーチャーされているのは、オーネットとの共作"Song X"を除けば、これが唯一の作品じゃないかな。それが結構意外なところであり、またこの作品の大きな魅力でもある。それからピアノレスだということも。
作品が録音された1980年には、既にメセニー・グループでの活動をスタートさせていた。僕はそれらの音楽も大好きだけど、あれはいわゆる「フュージョン」だと思っている。この"80/81"はもちろん「ジャズ」の作品。その内容はメセニーの音楽のエッセンスとも言える2つに分けられると思っている。
1つは冒頭の"Two Folk Songs"に代表される、アメリカン・フォーク・ミュージック。気持ちのいいアコースティックギターによるコードワークや、哀愁帯びたアルペジオに、中西部の大平原を連想させる味わい深いテーマが乗せられるスタイルだ。
そしてもう1つが表題曲"80/81"に代表されるモダン・ジャズ。これについては、僕が持っているCDにある日本語のライナーノートを書いた評論家は「ビバップのメセニー的追求」みたいなことを書いているのだけど、僕はちょっと違うと思う。これは明らかにオーネットの音楽だ。それが彼の音楽の大きな柱になっている。
2枚組のこの作品には全部で8つの曲が収められているけど、ちょうどいま書いた2つのエッセンスをベースにした音楽が4曲ずつ入っているのだと僕は思う。
フォーク・ミュージックは"Two Folk Songs"、"Bat"、"Every Day (I Thank You )"そして"Goin' Ahead"の4曲。そしてオーネット・ミュージックは"80/81"、"Turnaround"(まあこれはオーネットの曲だが)、"Open"、"Pretty Scattered"の4曲。そのいずれもが信じられないくらいの名曲名演である。
以前、"Travels"について書いた時に少し触れた、僕が感じるメセニーの音楽の変化について、今回このろぐを書くに際して、もう一度彼のこれまでのディスコグラフィーを眺めて考えてみた。(あくまでも私論だ)
1978年のメセニー・グループとしてのデビュー作以降、彼の音楽的創造性はとどまるところを知らぬ勢いで突き進むかに思えたが、僕にはそれが1990年を過ぎる頃にある種の枯渇と言うか、疲労のようなものを感じるようになったと思える。
1992年に発売された"Zero Tolerance for Silence"はそれに区切りをつける作品だったといまは思う。あれは不可解で非常に苦悩に満ちた作品だ。その苦悩は音楽的な苦悩というよりは、むしろ音楽とビジネスという狭間における苦悩だったのではないかと思う。
音楽的な内容については、それまでメセニー・グループの音楽(いわばパン-アメリカン・フォーク・フュージョン)しか聴いたことのない人にとっては、それは驚きの内容かもしれない。
しかし、先に書いたようにオーネットを師と仰ぎ、早くからそのエッセンスを様々なアルバムににじませながら、1985年には彼との共作を果たした。そればかりか、その翌年にはフリー・インプロヴィゼーションの巨匠デレク=ベイリーとの素晴らしいコラボレーション(The Sigh of 4)も発表している。
こちらはあまり知られていない作品かもしれないが、3枚組CDにデレクとのダブル・ギターにグレッグ=ベンディアンと(メセニーグループのドラマー)ポール=ワルティコのダブルパーカッションで臨んだ、濃密な即興演奏を収録した大作である。
そんなメセニーが、"Zero Tolerance..."に至るまでに、あそこに収録されたような音楽を頭に持っているのは何ら不思議でも不可解なことでもない。僕が不可解だと書いたのは、なぜあれを当時の所属レーベルであるゲフィンの様なところからリリースしたのかということだ。
あれを売らなければならなくなった当時の関係者もちょっと可哀想だし、あの作品をそれまでの信頼関係と薄っぺらなコピーに乗せられて買ってしまって被害にあった(?)人もお気の毒である。ちなみに"The Sign of 4"は事実上のインディーズレーベルから発売されたものだ(それを日本の会社が国内販売権を買って出したのには驚いたが)。
"Zero Tolerance..."は苦しい演奏だ。僕も持っているけど、僕にとっては正直とるに足らない即興演奏だ、あまりメセニーのことを悪く言うつもりはないのだけど、いまのところはそう感じる。もう十何年聴いていないけど、内容はおぼろげに憶えています。
パット自身が当時語っていた言葉も憶えているけど、なんだかなあという感じ。まあこれを発売したゲフィンの懐の深さは大したものだと思うが、そう言ってしまうとちょっとキレイ過ぎるよなあ。
あれ以降、僕にとってメセニーの音楽は失速していた。もっともメセニー・グループについて言えば、もう少し前から僕はそういう気配を感じていた。1987年の"Still Life"はいまでも信じられない大傑作と思うが、続く1989年の"Letter from Home"は残念ながらいまはもう手元にない。その次の"The Road to You"(1991年)もとりあえずは手を出したが、すぐに処分してしまった。
2000年に出たトリオ作品が僕の幻滅にとどめを刺したが、これはもうあまり語りたくはない。もちろん他にもいい作品はあるのだろうが、敢えてそれを聴かなくてもという気になってしまって、まあ別にいいかと思うようになってしまった。でも手元には本当に素晴らしい作品がいくつもある。
そのなかの1つである"80/81"を本当に久しぶりにじっくり聴いてみて、新しい感動があったのは嬉しかった。その勢いでいま手元にあるほかのものも聴いてみて、メセニーのことを(僕は彼を生で3回聴いているがそんな思い出も含めて)考えているうちに、こんなふうな整理になってしまった。あくまでも私論だ。
メセニーのことはもっといろいろ書きたいけど、今日は疲れたのでこのへんで。