とうとうタートルネックのセータは着られないほどの陽気になった。土曜日の今日は20℃近くまで気温が上がり、半袖のTシャツにスウェットという格好でも十分に外を出歩ける1日だった。春だ。
先週の前半のある日、翻訳会社の幼なじみとその同僚の3人で呑みに出かけた。四谷三丁目にある島根料理のお店。サバを中心としたお魚が美味しかった。今回集まった趣旨は、幼なじみのお嬢さんが無事に公立高校に合格したお祝いというのが名目である。オヤジの飲み会の名目なんて何でもいいだろうと思われるかもしれないが、今回の趣旨はいささか真面目なものだった。
以前のろぐで少しだけ書いたのだが、そのお嬢さんというのはこの1年である問題を発現してしまっていた。いわゆる「不登校」である。不登校というと「いじめ」を連想しがちだが、不登校は必ずしもいじめで起こるわけではないし、彼女にいじめがあったのかどうか僕は知らない。しかし、父親の説明を聞く限りではそういうことではないようだ。
具体的なことはわからないが、「自分の生き方のある部分が周囲のシステムと合わない」、彼女が感じた違和感はそういうことだった。おそらくそれに気づいたのはかなり以前のことなのだと思う。しばらく彼女はそれを我慢し続けたが、これまでなんとか保っていたバランスが自分の心の成長と環境の変化によって崩れ、ある日から学校に行けなくなった。
人間は身も心も進化し続けている。いわゆる進化論では骨格的肉体的な変化ばかりが注目されがちであるが、心も確実に時代とともに変わり続けている。それは重視される価値が変化してゆくというよりも、感じ方が深くなってゆくという方が表現としてはより適当だと思う。その進化に情報は大きな役割を果たしているのは間違いない。
学校に行けなくなった彼女だが、それでも次の進学については自分なりに考え、志をもった。その結果、受験をし、努力の甲斐あって合格したわけだ。だからといって新しい学校に何の問題もなく通うことができるかはわからないのだが、本人は頑張るといっているらしい。環境の変化が人間の考え方や心にもたらす効果は大きい。それで本人が望む方向に生き方を引き寄せることができるのであればいい。とりあえずはその道を自分で選ぶことができたのだから、ある意味一番いい展開なのだと思う。
結局のところ飲み会はその話題で始まったものの、まあ酒と肴がはいればあとは流れに任せるいつもの展開である。熱燗を味わえるのもそろそろかなという想いからか、僕はかなり飲んでしまい翌朝が少し辛かった。まあそれでもいい酒だった。
翌日は京都に日帰り出張だった。京都もすっかり春の陽気だった。僕の会社の後輩が3年間休職をして大学で学位を取得したのだが、その彼が一度本格的に大学に身を置くことになり、正式に退職することとなった。それに伴い、お世話になった先生とこれからお世話になる先生に彼の上司であり、僕の上司でもある部長がご挨拶に伺うことになり、それに何故か僕も同行することになったのだ。
その夜、京都で湯豆腐を食べて最終の新幹線で東京に戻った。なんとも忙しない話だが仕方がない。湯豆腐の季節は終わろうとしていたが、とても美味しいお料理をいただいた。やはり京都はいいものだ。できれば仕事抜きにゆっくりと訪れてみたいものだ。
そんな春だからというわけではないのだろうが、この1週間ほとんどこればかり聴いていたというのが、トニー=ウィリアムスの「スプリング」だ。僕は大学生の頃に初めてこのCDを手に入れて以来、この作品とは常に一定の距離を置いてつきあってきた様なところがある。このCDは聴きたいときに手の届くところに置くようにしているものの、これまではそれに手を伸ばすのは年に1、2回といったところだったろうか。iPodに入れたのも実は今回が初めてだった。
自己名義のアルバムとしては2枚目にあたるこの作品を収録したとき、トニーはまだ若干20歳だった。これが何よりも凄いことである。いまの時代でもこんなに完成された新しさを表現できる20歳はそうそういないだろう。ここで聴かれるトニーのドラミングは、いわゆるポリリズムやパルスビートと呼ばれるスタイルであって、1970年代以降のパワープレイとは異なるもの。競演はサム=リヴァースとウェイン=ショーターという2人のテナーサックスと、ピアノにハービー=ハンコック、そしてベースがゲイリー=ピーコックという面々である。
まあよく言われることだが、この作品に対する好みはかなりはっきりと分かれる。しかし僕が思うにこの作品は、トニーはもちろんここに参加している5人のアーチストの誰に対してでも、何らかの興味を持った人なら一度は必ず耳にするべき作品である。収録された5つの曲はいずれも個性的で極めて秀逸な演奏ばかりで、まさにアルバムと呼ぶにふさわしい作品になっている。
1曲目「エクストラ」の冒頭からして既に異様なテンションが漂い、アルバムの世界観を十分に表現している。リヴァースとショーターはこの曲含め3曲で競演するが、リヴァースの演奏が持つ存在感は時にショーターを凌ぐほど相当な内容のものだ。この曲でリヴァースが登場してしばらくのところ(5:00あたり)で聴かれるフレーズの美しさが、僕がこのアルバムで最も好きな瞬間でもある。
続く「エコー」は5分間にわたるトニーのドラムソロ。ここでアルバムはいきなりクライマックスを迎えると言ってよい。ここにはトニーのドラミングに対する考え方が大胆かつ繊細に表現されていて実に見事だ。もはやスウィングとかフリーとかではなく、現代にも通じるモダンジャズドラミングのお手本と言える神業である。できることなら、いつか最高のオーディオセットで大きな音でじっくりと何度も味わってみたいと思う演奏である。
このアルバムにおいて多くの人が名曲と賞する4曲目の「ラヴ ソング」だが、初めて聴く人は、このタイトルからあまり変な期待やイメージを持たない方がいい。ここでトニーが表現しようとしている「ラヴ」はどういうものか、とか言う話になると喜びそうな人もいるかもしれないが、まあそんなことは置いといて、続く「ティー」とともに後半2曲は明確なテーマを持っている曲だというにとどめておこう。それでももちろんアルバムの世界観では重要な作品に違いない。
トニーがアルバムにつけたタイトルとジャケットデザインは、極めてシンプルなものだがその分普遍的な存在感を持っている。春になって何か新しいことにむけてうずく気持ちを十分に刺激してくれる素晴らしい音楽だ。
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