12/09/2007

カールハインツ=シュトックハウゼン「イン フレンドシップ」

 ドイツの作曲家カールハインツ=シュトックハウゼン氏が、2007年12月5日にキュルテンの自宅で亡くなったそうだ。79歳だった。死因は現時点では明らかにされていない。

シュトックハウゼンは僕の音楽生活のなかで最も大切な人物の一人だ。

僕がシュトックハウゼンのことを知ったのはいつだったか、いまははっきりとは思い出せない。少なくとも名前だけはかなり以前から知っていたが、初めて彼の音楽に触れたのはいまから10年以上前になる。ピアニストのマウレッツィオ=ポリーニの来日演奏会でのことだった。ポリーニはその年の来日で4回の東京公演を催したが、そのうち3回がベートーベンばかりのプログラム、そして1回がシュトックハウゼンばかりのプログラムだった。

その直前にポリーニの演奏するショパンをCDで聴いて、クラシックピアノの魅力にある程度目覚めていた僕は、当時まだ結婚していなかった妻を誘ってその演奏会に出かけることにした。もちろん僕が買ったのはシュトックハウゼンの演奏会だった。実際には当日までにプログラムが変更され、いくつかの演目がリスト後期のピアノ曲とシェーンベルグのピアノ曲に差し替えられ、近代のピアノ音楽が現代につながっていく軌跡をたどるという趣旨になっていた。たぶんチケットの売行きを気にした主催者の配慮だと思うのだが。

有名なシュトックハウゼンのピアノ曲第9番、10番、11番などが演奏された他に、やはり有名な彼の初期の電子音楽作品「少年の歌」と「コンタクテ」がテープで演奏された。これはいまから考えれば非常にポリーニらしい計らいだった。この演奏会を期に僕は彼の音楽のファンになり、少しずつ彼の作品を集め始めることにしたのだった。

彼の音楽に触れるのは実はあまり容易なことではない。1969年以降、作品の版権はすべて彼自身が設立した出版会社の管理に置かれ、すべての作品はそこから言わばインディーズ作品という位置づけでリリースされている。一部のタワーレコードなど大きなCDショップで入手できるのだが、値段が高い上に作品の内容に関する情報が極めて少なく、なかなか現代的な買い方をするには手の出しにくい代物である。作品に対する世の評価は、ゴミ、難解、天才、神とかなり様々なものに満ちあふれている。

いろいろと論はあるだろうが、現代における音楽というものについて、音、時間、空間の様な極めて哲学的な本質論から、シンセサイザーやショーパフォーマンス、音楽ビジネス、教育といった現代的なテーマに至るまで、シュトックハウゼンほど広く深く考え、なおかつ自ら実践した人間はおそらくいないだろう。20世紀の半ば以降、音楽を取り巻く環境は言わば断層的に変化してしまったわけだが、シュトックハウゼンの業績はその変化の橋渡しを多面的に行ったことだと僕は思う。

彼の死はもちろん残念ではあるが、幸いにも彼の業績はしっかりと記録に残されている。彼が音楽生活の後期に最も意欲的に取り組んだオペラ「光」も全編が完成されている。晩年の連作「音」は完成しなかったのは残念だが、どんな偉大な芸術家にも未完の大作は訪れるものだ。僕にとっては2005年の来日公演で、生のシュトックハウゼンの生の姿と、彼が生で操る音楽に触れることができたことが、僕の音楽人生のなかでの最も貴重な経験の一つだと思っている。

僕は彼の音楽については十数枚のCDを持っている。いずれの作品も敬意を表さないわけにはいかないものばかりだ。いずれまたこのろぐでも少しずつ紹介できればと思う。今回は彼の死を悼んで、彼がともに音楽と人生のパートナーとして過ごした女性管楽器奏者、スザンヌ=ステファンのために作った作品をまとめたものをあげておきたいと思う。

全集の23番に相当するこのCDには、"IN FRIENDSHIP"、"DREAM FORMULA"、"AMOUR"と題された管楽器独奏の3つの組曲が収録されている。これらの表題に作曲者が演奏者に込めた想いに考えをめぐらせるのは自由で自然なことだと思う。僕にはそれが「音楽を作る」ということへの人間の関わり方の究極形だと思う。音楽は人が人のことを想い奏でるものだ。彼の業績に感謝し冥福を祈りたい。


この週末にあった出来事—湯河原への温泉旅行—については、また来週あらためて書こうと思う。

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