6/16/2007

ミワコ=アベ「ヴァイオリン作品集」

 父の具合を案じながらの1週間がまた過ぎた。今週は妻も仕事が忙しく、久しぶりに会社帰りに外で友達と飲んで帰ることが2度あった。1度は、妻の会社の人で、以前からよく飲みに行っている男と、僕の自宅に比較的近い新丸子のお店で夜を楽しんだ。彼もたまにろぐを見てくれていて、父ことをいろいろと心配してくれていた。彼自身に関する、昔の話から近況に至るまでのいろいろなお話を聞かせてもらううちに、僕の心の中にある悩みや苦しみも少し相対化されて、冷静に考えられるようになった。こういうとき、話せる友達というのは本当に大切だ。

もう1回は、珍しく会社の同僚2人と会社がある田町で飲んだ。まあ必然的に仕事の話になるわけだが、そこはさすがに3人ともそろそろ会社での役割や立場を自覚している人間である。つまらん愚痴大会に陥ることもなく、何か久しぶりに少しまじめに仕事の話を酒の席でした様に思う(他の2人はそう思っていないかもしれないが)。まあ内容はともかく、うまいビールをたっぷり飲むことができた。東京は入梅したと思ったらすぐに真夏の気候になったから、旨さはまた格別だった。少しだけ父親のことから自分の意識が遠のいていた時間になった。

この週末に父を彼の実家に連れて行くという計画の実施を前提に、段取りや父の様子を見守る1週間だったわけだが、いろいろな事情があって今週末はそれを見送ることに決めた。仕事が特に忙しいわけではなく、こうしてビールを楽しむだけの時間的な余裕があるというのに、父を看てあげることができない。いろいろな経緯で、父や兄や僕の意思でこうした生活スタイルになっているのだが、やはりいざ今回のような状況になってみると、そのことがとてももどかしく、実際に和歌山に行って帰ってくるのに要する以上の、エネルギーがストレスとなって消費されるように感じられる。結果的にそのストレスを和らげてくれることの一つとして、こうした友人たちと楽しむひと時だったりビールがあるのは有難いものだ。

今回取り上げるのは、アランのお店Jazzloft.comで買ったクラシック音楽の作品。彼の店は、フリー、アヴァンギャルド系のジャズに加えて、クラシック音楽というかいわゆる現代音楽の取扱いも豊富である。つまり、まさに僕好みのお店ということになる。僕が彼の店から買うときは、CD1枚だけだと送料の関係でちょっと割りにあわないので、必然的に購入枚数が複数になってしまう。今回の作品は、アランから届いたダイレクトメールに推薦作品として掲載されていたもの。何かもう一枚というとき、お店の人のお任せで買うというスタイルは、こういう時代になってもしっかり機能している。

20世紀から今世紀にかけて活動している作曲家8人のヴァイオリン作品が収められているのだが、いわゆる「難解」という僕の嫌いな言葉のイメージで取られそうな作品はほとんどなく、非常に美しく親しみやすい作品が揃っている。8人の作曲家うち、僕が名前を聞いたことがあったのは、最初に収録されているヘンリー=カウウェルだけだった。 20世紀の代表的ヴァイオリニストである「シゲティに捧ぐ」と題された、彼が唯一残したヴァイオリンソナタは、コンパクトな5つの楽章からなるとても美しい作品。一度聴くと、とことん愛し続けたくなる音楽である。僕もアランの店の試聴でこれを耳にして、このCDの購入を決めてしまった。

演奏者のアベミワコは、日本人の女性ヴァイオリニストで、欧州で修業を積みいろいろな演奏活動を行い、現在はオーストラリアに居を構えて、現代の音楽作品に力を注いで幅広い活動をしている方なのだそうだ。僕はこの作品に出会うまで、彼女のことは知らなかった。

アルバムを通して聴くと、まるで全体で一つのソナタを聴いているかのような気分になる。これはこの様な作品集を作るうえでの一つの理想だと思うが、実際にはなかなか難しいことだと思う。理由の一つに、やはり作曲者や作品の知名度が先行してしまうことがあると思う。その点、今回の作品はその道の専門家を別にして、ほとんどのリスナーにとっては気にする必要のないことだと思う。音楽に限らず、こうした先入観を持たずに物事に向かう姿勢というのは大切だ。何か困難に遭遇したとき、自身にどこまでそうしたリセットをかけられるか、あるいは同じ状況にある同僚にそうした視点を持たせてあげられるか、これは様々な集団を扱ううえで重要なことだろう。

すべての作品がそれぞれに聴きどころを持っている。僕が特に気に入ったのは、冒頭のカウウェルのソナタと、中盤に収録されたチャールス=ドッジという人の「ヴァイオリンとテープのための練習曲」である。この作品中で唯一エレクトロニクスが登場する小品2曲であるが、これがまたアルバム全体の中で調和的な存在感を示している作品である。

昼間は暑かったが、夜には僕の住んでいる付近では涼しい強めの風が心地よく吹き流れている。風の音に合わさって、今回の作品にある先入観のない優しく繊細なヴァイオリンとピアノの演奏を楽しむのはいいものだ。いろいろと考えることはたくさんあるけれど、この作品の持つ世界に包まれるひと時は、僕に自分の進む世界の広大さと明るさを示してくれているように感じた。

Miwako Abe Move Recordsのサイトにあるミワコ=アベに関する紹介。

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