7/22/2006

スティーヴ=コールマン「ウィーヴィング シンボリクス」

 久しぶりに少し長めの散歩に出かけた。自宅がある川崎の中原区から多摩川にかかるガス橋を渡り、環八通りを渡って大田区池上を経て、JR大森駅まで足を伸ばした。大森駅東側の商店街にある「食堂富士川」でお昼を食べた。ここはいろいろな種類の定食が500円前後で食べられる、とてもよいお店だった。僕はミックスフライ定食(520円)、妻は刺身盛り定食(600円)を食べた。隣にある同じ名前の居酒屋も、非常に興味をそそられるメニュー(花咲ガニが1パイ780円と書かれていた)と雰囲気だったが、残念ながらまだ開店していなかった(午後3時では無理もない)。

満腹になったので、居酒屋はいずれということにして、さらにそのままJRの線路沿いに歩いて、隣の蒲田駅まで歩いて行くことにした。このあたりの道は毎朝通勤電車から眺めている景色なので、とてもなじみ深く感じられる。蒲田に着く途中、日本工学院付近で町内を流れる呑川沿いを歩くのだが、川のあまりの汚さと悪臭に2人で閉口してしまった。

川沿いに建てられた小さな一軒家に「オープンハウス」のノボリが建てられ、販売会社の人と思われる男性が、僕らに「どうぞ中をご覧になってください」と笑顔で話しかけてくれたのだが、僕は思わず無視して反対側の川面に目をやり「きったないなあ、この川」というのが精一杯だった。あれでは、とても人の住むところではない。

このところの雨のせいもあるのだろうが、いつも通勤の車窓から眺める川が、最近だんだんと汚くなっているように気がしていた。たまたま実際に川沿いを歩いてみることになったわけだが、正直ここまでひどいとは思わなかった。少し前まではコイが泳ぐ川だったらしいのだが。付近のおじさん達も足を止めて、悪臭の立ちのぼる川面を心配そうに見つめていった。

JR蒲田駅について、トイレ休憩をかねて少し駅ビルのお店をぶらぶらした後、結局そのまま東急目黒線沿いに歩いて帰ることにした。駅の西側の商店街ではお祭りをやっていて、わけもわからず人だかりに並んでみたら、冷えた発泡酒を1本ずつくれた。気前の良さに嬉しくなったのだが、もはや商店街で食べたり買ったりするものがなにもなかったので、少し申し訳ない気がした。

少し雲行きが怪しくなったりもしたが、なんとか雨は降らずに済んだ。武蔵新田を過ぎて多摩川沿いに出ると、空が開けて気持ちがよかった。この川沿いでは、いつものようにいろいろな人が思い思いに時間を過ごしている。そのまま下丸子の「オリンピック」で夜の食材などを買って、再びガス橋を渡って自宅にたどり着いた。距離にして十数キロだったが、曇り空にそこそこ風もあって、美味しい定食も食べられ、不快な景色もあったが、全体としては快適な散歩だった。

前回のろぐでも少し触れた通り、今回はスティーヴ=コールマンの新作をとりあげる。フランスのラベルブリューへの移籍第1弾となった大傑作「レジスタンス イズ フュータイル」から4年、早くも同レーベルで4作目の作品になる。ほぼ1年に1作というペースは、ジャズミュージシャンとしては決して珍しくはないのだが、彼の場合、常に複雑なオリジナルを中心に、毎回新しい音楽を盛り込んだ作品ばかりで、それを考えれば、僕にはかなり驚異的なクリエイティビティだと思われる。

「レジスタンス〜」が、それまでのスティーヴの音楽を総括したライブ演奏集だったのに対し、それに続く2作はスタジオ録音で、しっかりと新しい音楽のスタイルを追求して来たような印象があった。伴奏からピアノがなくなったり、新しいスタイルのヴォーカルを取り入れるなど、表面的な変化ももちろんだが、作曲のスタイルが、従来の作品に比較してさらに複雑にかつ洗練されたものになってきているようだ。

今回はスタジオ録音で2枚組という大作になっており、内容は極めてエキサイティングである。これほどまでに新しいジャズ、新しい音楽が連続して出てくる様には、ただただ圧倒されるばかりだ。前々回とりあげた「サウダージ」ももちろん良かったが、僕としては今回の作品が最近のベストアルバムだと思っている。もう何回聴いたかわからないが、19曲の演奏は大きな興奮のうちに過ぎ去る。

編成はソロ、デュオ、トリオから、ブラジルのリズム・アンサンブル・トリオ「コントラ」を含む11人編成のものまで様々だが、そうした異なる編成を使いながら、同一のモチーフを使った曲を多面的に展開したりしている。特に「リチュアル」と題された5つのヴァリエーションは、現在のスティーヴが持っている音楽観を非常によく反映したものだと思う。

スティーヴ含めそれぞれのメンバーの演奏は、超一流の最先端ジャズを存分に楽しませてくれる。特に今回注目されるのは、後半で素晴らしいソロを聴かせてくれるギターのネルソン=ヴェラス、そして韓国人女性ヴォーカルのジェン=シュユも、スティーヴの作品が求める非常に幅の広いヴォーカルを、個性的に聴かせてくれる。さらには、現在ブランフォードのグループを支えるリズムの重鎮、エリック=レヴィスとジェフ=ワッツによる2曲のサックストリオ演奏は、やはり圧巻の出来映えである。とにかく聴き所がいっぱいのアルバムなのである。

そして、一番驚いたのは、今回のディスクがそれぞれCDとDVDを片面ずつに収録したものであるという点。どういうことかというと、1枚のディスクの片面がオーディオCD、裏がDVDになっているのだ。1枚目には、スティーヴが自身の音楽について語るロングインタビューを収録、2枚目にはブラジル録音のリハーサル中に収録された、スティーヴとドラムのマーカス=ギルモアによる"Littele Willie Leaps"のデュオセッションが収録されている(輸入盤ではジャケット裏の最下段に小さく記載があるだけなので注意)。

とまあ、いろいろな意味で驚くことばかりの作品であるのだが、よくまあこれだけ次々と新しい音楽やそれにとどまらない試みをやれるものだと、本当に感心させられる。それは決して音楽的な創造性の問題だけではないだろうと思う。スティーヴはやりたいことが本当にたくさんある人なのだが、彼が凄いのは、それを着実に実現していくところにある。

今回のようなCD−DVDでのリリースは、レーベル会社やディスク製作サイドからすれば、非常にイレギュラーな案件だろう。企画を聞かされた段階で、それをビジネスベースで前向きに捉えられる人がどれほどいただろうか。スティーヴはそれをちゃんと説得して実現し、しかも、その間にはブラジルまでメンバーを引き連れて、コントラを含むセッションをレコーディングしたり、欧米を中心に演奏活動や音楽理論の教鞭をとったりしているわけである。

このあたりのタフネスが、彼の素晴らしい音楽を支える根本にあることは間違いない。少しでも良いから自分も見習わねばと思う。ともかく、早く来日公演を観たいものだ。いまの僕だったら、仕事を休んでもすべてのセッションにつき合ってもいいと思う。

M-Base Web Site Steve Coleman公式サイト

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