ぱっとしない天気の一週間。このまま梅雨入りするのでは、という観測もある。この時期に期待する気候があるわけではないから、別に構わないのだけど、通勤時の雨はあまり有難いものではない。この週末はかなり気温があがり、いまこれを書いている時間でも、部屋の中でTシャツ1枚で過ごせるようになった。
比較的忙しく過ぎた一週間。飲みに行く機会もなく、もっぱら家に帰って寝る前に少し音楽を聴きながら、缶酎ハイとかビールを飲った。小説「カラマーゾフの兄弟」は少しずつ着実に物語が進んで、ようやく最終巻である下巻に入った。まだ読んでいるのかと思われる方もいらっしゃるかもしれないが、僕にはちょうどいい進み具合だ。
前回、アンソニー=ブラクストンの「フォー アルト」で少々支離滅裂なことを書いた。今回はその最後でお約束した通り、最近購入した彼の新しい作品について。これは、僕が日頃お世話になっている、米国のJazz Loft.comからのメールで予約購入したものである。アマゾンでの取り扱いがない商品なので、今回はジャケ写から同店へのリンクを張ってある。
Jazz Loftを運営するアラン=ローレンスとの付き合いが、いつ、どの作品から始まったのか思い出せない。彼の店はその名の通りジャズを中心としたCDやDVDを取り揃えているのだが、とりわけ熱心なのが、ヨーロッパのインディーズ系フリージャズのカタログである。アンソニーをはじめとする様々なアーチストの作品が、非常に豊富に揃っている。
この手の作品は、それまでは首都圏のディスクユニオンで偶然見つけて購入することが多かったのだが、最近ではほとんど、レーベル各社のサイトなりDMで得た新譜情報を元に、アランの店で購入するのが僕のスタイルになっている。おかげで今ではレーベルの新譜情報よりも先に、彼から優先予約の案内をもらう様になり、それがまた有難いことに僕のツボを心得てくれているものだから、ついつい購入させられてしまう状況になってしまっている。
今回の作品は、アンソニー=ブラクストンが自己のクァルテットを率いて行った2003年の欧州ツアーから、タイトル通りいわゆるスタンダードナンバーと呼ばれるものをばかりのテイクを集めたもの。CD4枚組に23曲、4時間半の演奏が入ってる。後から知ったのだが、このリリースの直後に、同じくCD4枚組で20曲を収録した続編が発売されており、これも先日さっさと購入手続きをすませてしまった。
いずれのセットも1000セットの販売で、これはもちろん企画発売元のLEO Recordsの意図によるものだ。1000セットと聞くと、随分少ない様に思われるかもしれないが、果たしてアンソニーの音楽を好んで聴く人が、地球上にどのくらいいるのか、それを一番よく知っているのは、アンソニー本人よりも、彼の作品をこうして記録しては販売しているレコード会社の人ということになるのだろうから、彼等が決めた数はそれなりに妥当な目安なのだと思う。
日本では「限定」とか言ってもったいぶった商売をする貧しい風潮が、まだあるように見受けられる。確かにマスマーケットを前提にした商売ではそうした手法もわからないではないが、もはや時代はそういう状況ではない。特に音楽のような嗜好性の強いものほどその傾向は強いと思う。しかもそれがフリージャズとなればなおさらである。ともかく僕はアランのおかげでこの作品の存在を知り、それを実際に手にして聴くことで、素晴らしい体験をさせてもらったわけである。大げさかもしれないが、一期一会とはこのことだろう。
さて、ブラクストンのスタンダード集とは一体どういうものかと、興味をそそられる方もさほど多くはないとは思うが、これがなかなかどうして非常に面白い選曲なのである。収録曲のリストは上のジャケ写をクリックして見ていただければお分かりの通り、いわゆるコール=ポーター作品のようないわゆる狭義のスタンダードナンバーに加えて、コルトレーンやショーター、モンクと言った演奏者サイドからの名曲がずらりと並んでいるのが面白い。ある意味、やっぱりブラクストンも普通のサックスオタクなんだなと安心させられる内容である。
例えば、このセットではコルトレーン作品が3つ取り上げられている。"Giant Steps", "Countdown"そして"26-2"の3曲だが、いずれもいわゆる「コルトレーンチェンジ」(彼流の独特のコード進行をそう表現する)の代表作で、演奏技量があるレベルまで達した人なら、一度は挑戦するもの。現代音楽の作曲家として音楽の構造面でもかなりの研究を積んでいるブラクストンらしいところである。モンクの作品についても同様のことが言えると思う。
かと思えば、"Desafinado","Black Orpaeus","Recorda Me"といったボサノヴァ系の有名作品もまとまって取り上げられていたりして面白い。テンポなしの静かな集団即興のなかから、突然テーマが浮かび上がってドキリとさせられる"Desafinado"や、原曲好きの人からは「ちゃんとテーマ吹けよ、この下手クソ!」と怒号が飛びそうな後2曲など、それぞれに彼らしいやり方(ここはあまり軽く考えない方がよいと思う)で演奏がなされていて、やはりコイツは一筋縄ではイカンなあとほくそ笑んでしまう。まあそれがブラクストン流のスタンダード集の醍醐味なのだ。
ブラクストンのソロは、サックス演奏をする人からはある意味気味悪がられる演奏スタイルなのだと思う。タンギングが中途半端に聴こえるし、音も太くて力強いのとは対象である意味病的である。しかし、そのスタイルだけが醸し出す独特の雰囲気は、スローでの可憐さ、ミドルテンポでの気怠さ、アップテンポでの疾走感などどの曲についても見事な表現をしていると思う。「フォー アルト」で聴かれる計算された技巧の世界は、こうした演奏スタイルにおいても十分にその力を出していると思う。
クァルテットを編成するメンバーも素晴らしい演奏を聴かせてくれる。ドラムとベースのリズム隊は意外にも堅実な演奏で、長尺のソロで時に暴走するブラクストンをしっかりサポート。そしてギターのケヴィン=オニールはブラクストンに負けない超絶技巧でしっかりとソロを楽しませてくれ、ブラクストンとの対話も素晴らしい。
いずれ届く続編と合わせて、43曲9時間のスタンダード集だが、これはiPodで繰返し聴いてもなかなか飽きそうにない極上の演奏集である。これを企画したLEO Recordsにも拍手を贈りたい。
昨日、アランの店から、やはり別に購入していたCD10枚組のセットが届いてしまった。最近他に聴きたいものがたくさん出て来て嬉しいのだが、消化不良にはしたくないので、そちらはカラマーゾフの兄弟の様にゆっくりと聴いて行きたいと思っている。これがまた凝った作品集なのだが、またいずれ必ずこのろぐで採り上げることになるだろう。
まったく大変なものを買わせてくれる店である。でも僕はとても親しみを感じているのだ。
LEO Records Music for the Inquiring Mind and the Passionate Heart 今回の作品を含め試聴やダウンロードができます。
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