6/11/2005

アルバート=アイラー「ニュイット デュ ラ フォンダシオン マグー 1970」

  前々回のろぐでとりあげたアルバート=アイラーをそのまま引きずった一週間だった。通勤の行き帰りはそこでとりあげたアイラーの3つの作品だけを繰返し聴いた。家ではなかなか聴くことはできないので我慢したが、彼の音を欲する状態で他の音楽を聴くのなら、何を聴いてもあまり響いてこないものだった。押し入れにはまだ他に彼のCDが数点眠ってあるのだが、面倒なのでそのままにしてある。その分、3つの作品を久しぶりに何度も繰返し聴けたのはよかった。ヘッドフォンステレオだったのがやや残念である。

 前回のろぐでアイラーに関する資料を取寄せ中と書いた。うち一点が中上健次氏の「破壊せよ、とアイラーは言った」だった。この本は現時点では絶版になっていて、僕はインターネットの中古取引で文庫本を手に入れた。手元に届いたのは1983年発売の集英社文庫で定価は260円だった。それが800円近くもした(元値がいくらかわからなかったのだ)。

 思えば本は随分高くなった。僕の記憶では、これが発売された高校生の頃、新潮文庫から出ていたサガンの「悲しみよこんにちわ」が80円だった。いまではこれと同じ位の厚さの文庫本一冊が500円前後する。中身の様子も大きく変わった。文字は大きい、行間は広い、カタカナと台詞が多い。別に悪いと言っているのではない。本に限らず、時代が変わればスタイルは変わるのだ。

 アイラーのことを書いたときに、僕は嫌でもこのタイトルの言葉を思い出した。これが本のタイトルであることらしいのは知っていたが、誰のどういう作品であるかはうろ覚えだった。日本でアイラーの作品を探し求める人にとって、アイラーのことについて書かれたものを目にしているうちに、この言葉はいつか勝手にその目に入りこんでくる。まるで日本のアイラー論を代表しているかのようだ。だからこの本の内容も、きっと陰鬱な1970年代の青春日記に違いない、と勝手に決めつけていたのだ。

 目次をながめてみると、アイラーを始めとするジャズのアルバムタイトルが7つの章につけられていて、内容は小説ではなく、中上健次氏が自身の半生をその時代を象徴するジャズ作品に絡めて綴ったエッセイだった。考えてみればこのろぐもそれに似ているなと思うと、なにか親しみがわいた。内容はさすがに当時を感じさせるものだったが、日頃あまりこの手の文章を読まないせいか、なかなか面白く読めた。

 僕と中上さんは同じ和歌山県の生まれだが、彼の生まれた新宮は僕の生まれた北部とはかなり異なる土地だと思う。歳は僕の18歳上であるから、同じ時代を生きたとは言えない。やはりちょっとうらやましいのは、ジャズが彼にとってコンテンポラリー音楽であること。でもその時代は僕の同じ頃とは異なる意味での苦悩の時代だった。「破壊」はその時代の若者に共通する直接的な憧憬だった。その先の目的があったのかは極めて疑わしいのだが。

 それでもやはり僕はこの本のタイトルはいただけない。アイラーを知らない人に「アイラー=破壊」というイメージを勝手に刷り込むのはよくない。僕の耳に届くアイラーは「破壊せよ」とはまったく言っていない。その思いはアイラーをはじめて聴いてからいまも変わらない。今回の作品で聴かれるように、彼の音は最後までどこまでも明るい音楽なのである。

 一連の楽曲に彼がつけたタイトルから、彼の音楽的な原点が精神的なものにあることは明確である。そして「スピリッツリ ジョイス」のテーマとしてフランス国家「ラ マルセイエーズ」が引用されているあたり、彼が音楽で目指したものは、破壊することよりもその先にある理想に向けられている。気高いのだ。僕がアイラーの音楽を「笑顔のフリージャズ」というのはそういうことである。

 先を見たものは長生きする。刹那的なものの寿命は短い。

 この作品に収められている、自身の音楽を総決算するかのようにひたすらに吹き捲くる彼の姿は、本当に素晴らしい。全編通して素晴らしいが、あえて聴き所をあげるなら、冒頭の感動的な旋律「イン ハーツ オンリー」、そして3曲目「ホリー ファミリー」ロリンズの演奏にもこれほどまでに愉快に吹きまくるものは稀だろう。そしてそれらを素直に受け入れて熱狂するフランスの観客たち。80分間があっという間に過ぎる感動のラストコンサートである。

 いままで無視してきた本のことが気になり、とうとう読んでみることにしたのだが、結果的には確認と誤解がバランスよく解決し、僕にとっては意味のある出来事になった。それほど今回の僕のアイラーブームは大きいということだろう。なにせ他にもう一点高価な資料を取り寄せているのだから。それについては未着なのでまたいずれ。

CAPE 中上健次公式サイト
Maeght | Art moderne et contemporain マグー現代芸術財団公式サイト

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