5/22/2005

スティーヴ=ライヒ「ヴァイオリン フェイズ」

  今回とりあげる作品のテーマは「相」というもの。英語でいうところの"phase"(フェイズ)である。単純に言うと「繰返し変化する物や状態における、ある時点での一つの姿」という意味である。

 作曲家スティーヴ=ライヒについては、このろぐの最初の頃に彼の最新作についてとりあげた。今回の「ヴァイオリン フェーズ」はライヒの初期を代表する作品であり、彼の音楽作品における一貫したコンセプトである「反復的演奏における位相変化を用いた音楽表現」がよく現れている。簡単に書くと、複雑なメロディやハーモニーそれ自体を追求するのではなく、非常にシンプルなフレーズの繰返しから、複数のトラック間で微妙に時間をずらせた組み合わせを展開することで、様々な「相」を導き出そうというものである。

 単純な相変化としてわかりやすいのは、「ごめん」という言葉を何度も繰返して言い続けると、やがて「めんご」と言っているように聞こえる、というような遊びをした経験は多くの人にあるだろう。今度は、同じ言葉を二人の人間が同時に繰り返し言い続けると、単に「ごめん」がより大きい声で聞こえるだけに過ぎないわけだが、ここで片方が、タイミングを少しずらして、一方が「ご」と「め」を発音するちょうど中間のタイミングで「ごめん」と発音すると、どの様に聞こえるか。それは「ごごめめんん」と聞こえるはずだ。今度は「め」を発生するタイミングで、もう一方が「ごめん」と繰返し発声したらどうなるか。聞く人には「め」と「ご」、「ん」と「め」、つぎの「ご」と「ん」が重なって聞こえることになり、なにやら意味不明な音が続く不思議な音となって受け止められることだろう。いわばこれが新たなハーモニーとなるわけである。

 ライヒは、戦後の現代音楽で盛んに行われたテープを用いた音楽表現を研究するうちに、単純な表現のループ(繰返し)でも、同じものを組みあせて音を厚くしたりすることを試みているうちに、微妙なテープ間でのズレが、思いもよらぬメロディーやハーモニー、リズムを生み出すことに気付き、その手法にのめり込んだのである。

 僕がライヒのことが好きな理由に、彼についてのこういうエピソードがある。

 位相変化による音楽表現さらに深めようと、ライヒは1960年代半ばから当時世の中で出回り始めたエレクトロニクスに当然のように飛びついた。電子的に演奏される単純なフレーズを、電子的な仕掛けて微妙にかつ正確にタイミングをずらして複数のトラックを演奏することができれば、人間やテープにはできないより複雑な組み合わせで、微妙なズレを正確に表現できる、ライヒにとって夢のような表現が可能になると思えたのである。

  しかし実際の結果は、ライヒにとって大きな失望をもたらすことになった。彼の結論は「コンピュータによって正確に演奏される音列は、例えそれが複雑に組み合わされようと、あくまでも退屈な機械信号にすぎず音楽ではない」というものだった。彼はその後、アフリカのガーナに留学し、人間によるリズム演奏について研究を深め、帰国後に有名な「ドラミング」(写真右)を作曲するのである。この作品は、9名の打楽器奏者他が参加する完全生演奏による位相音楽の傑作であり、ライヒの評価を決定づけるものとなったのだ。

 これはもちろん単純なコンピュータの批判や否定ではない。人とコンピュータの共存に関する音楽的な問題として、彼が出した一つの結論は、現代のテクノミュージックにしっかりと受け継がれている。テクノを単純な機械音楽だと思っている方、違いますよ。一時期は確かにほとんどそれに近い粗悪なテクノも出回ったけど、いまはそういうものは淘汰されてしまった。音楽は人間を離れて成立しないのだ。それはコンピュータも同じだろう。

  なお、今回の「ヴァイオリンフェーズ」をはじめとするライヒの初期作品に、振付けを行って演じるベルギーのダンスグループ「ローザス」による、ライヒ作品集もDVD化(写真左)されていることを付け加えておこう。彼等は「ドラミング」全編のダンス作品としての上演も行っており、これは僕も数年前に埼玉で行われた公演を生で見て、いたく感動したのをいまでも憶えている。

 僕らの生活は決して単純なことの繰返しではないはずなのだが、「日常」という言葉が表しているように、毎日、毎週、毎月、毎年というふうに、何らかのイベントを基点にした生活が繰り返されているように感じる人は多い。しかしその単純な毎日のなかでも、少しずつ起こる小さな変化による影響を受けて、以後の時間に少しずつ変化が生じていく。変化の積み重ねを振返ってみれば、それは唯一無二の偉大な芸術作品になっているのだろう。

 ライヒの音楽が気付かせてくれるのはそういうことだ。僕は時折、彼の音楽を聴く。確実に前とは違った聴き方で。幸せなことだ。

Sonority as Scenery Shigeさんによるミニマルミュージック解説サイト スティーヴ=ライヒに関する解説はこちら
Rosas ローザス:ベルギーのコンテンポラリー ダンス カンパニー公式サイト(DVD等の購入もできます)

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