5/14/2005

リー=コニッツ「モーション」

  連休明けの一週間が終わった土曜日の朝これを書いている。連休後半の好天をそのまま引き継いだような天候で始まり、雨期の到来を思わせる様な「梅雨寒」で終わった。さすがに一週間以上も会社から離れていたので、休み明けの月曜日は切り替えるのもままならないで過ごしてしまったけど、それ以降は意外にすんなり仕事を過ごすことができた。気分転換になる飲み会などもあり(やや飲み過ぎたが)、久しく顔を合わせた面々での楽しいひと時もあった。

 朝ものを書くというのは意外にはかどるものだ。僕は比較的朝は強い方だと思う。決して早起きしているわけではないし、早く出社する方でもない。でも大抵は決まった時間に目覚め、ほぼ一定の時間に出かける。そのリズムは休みの日でもあまり変わらない。会社に出社する道で見かける知人には、まだ目覚めてないのかという顔をして歩いている人もいる。遅くまで本でも読んでいたのかと声をかけると、「いやあ、10時には寝たんですけどねぇ」などといっている。そういう朝が弱いという人を見るといつも少々気の毒に思う。

 今週はそういう状況にぴったりのジャズを毎朝聴きながら通勤していた。リー=コニッツの「モーション」。初めて聴いたのがいつだったのかは、はっきりとは憶えていない。たぶん大学生の頃だったと思う。いまと比較するとまだそれほど深く聴いていなかったのかもしれないけど、少なくとも最初からこの作品が持っている独特の味というか雰囲気は、僕を強く捉えた。そのことだけは間違いない。そういう作品は、いつ聴いても、その第一印象がよみがえるものだ。それはまさに演奏しているその人との出会いと同じと言えるかもしれない。

 この作品は、コニッツのアルトサックスに、エルヴィン=ジョーンズのドラムス、ソニー=ダラスのベースというトリオ編成になっている。ピアノやギターなどのコード伴奏はない。要らないのだ。それはコニッツが原曲のハーモニーに忠実に淡々と並べていく見事な音列から、誰でも十分にハーモニーを感じることができるからだ。こんなに力を抜いて楽しめる熱い演奏は、そうそうあるものではない。

 収録されているのはいずれも有名なスタンダードナンバーばかり。現在CDでは、オリジナルLPに未収録だった3曲を追加したものが販売されている。初めてこの作品を聴く方は、先ずは是非ともオリジナルLPの作品だけの40分間を体験してみて欲しい。もちろん追加の3曲はいずれも素晴らしいのだが、まあ先ずはオリジナルの世界で体験して、当時の制作者への敬意も表するのもこの作品に関してはありだと思う。

 このメンバーで最初にセッションした曲だったという「アイ リメンバー ユー」は、出だしは何やらおそるおそるな感じでコニッツの演奏が始まるが、それはすぐに見事な音列となって歌い始める。まるでこのトリオの成功をすぐに確信したかのようだ。

 続く「オール オブ ミー」はややアップテンポで軽快な演奏。ロックなどのコンサートでもシンボリックなオープニングナンバーに続く、2曲目が大切な役割を果たすのと同じ役割をこの曲は担っている。1曲目で「どうだい?イケるだろこのトリオ」との問いかけに納得させられたリスナーは、早くももうただただ演奏に身を任せて楽しめる世界に引きずり込まれる。

 3曲目は「フーリン マイセルフ」。比較的スローな演奏で、このユニットの柔軟性がさらに深く味わえる。同時にこの曲を聴きながら、リスナーは後半への備えをしておかなければならない。

 そしていきなりテーマなしでアドリブから突入する4曲目「ユード ビー ソー ナイス トゥ カム ホーム トゥ」。この作品のハイライトであり、最も興奮する瞬間である。他の曲でも、コニッツはほとんどテーマを演奏していない。この作品はスタンダードの中でもよく知られた曲だと思うけど、あらかじめ曲名を見ていればほとんどの人はその出だしの数秒で、先ず足下をすくわれすぐに納得しそしてぞわぞわと興奮する。あとはハイテンポで繰り広げられるインタープレイをたっぷり10分間堪能すればいい。曲の終わりにワンコーラスだけ演奏されるテーマが、もっと聴きてぇー!っとの気持ちをかき立てる。

 そしてラスト、いわばアンコールの様な5曲目が「アイル リメンバー エイプリル」。エルヴィンのドラムで始まり、またまたテーマなしで演奏が展開されてゆく。ひたすら身を任せていれば、もう電話が鳴ろうが、他人から声をかけられようがお構いなし状態である。やはり最後にテーマが奏でられて見事に幕を閉じる。

 この作品のいいところは録音にもある。通常、時には耳をつんざく様な強力な演奏で収録されるエルヴィンのドラムが、演奏自体もやや控えめなのだが、録音においても少しだけ後ろに配置したように録音されているのだ。従って、聴くときはなるべくいいオーディオで大きめのヴォリュームで聴かれることをお勧めします。コニッツのアルトサックスがすぐ身近で雄弁に語る様は圧巻である。

 思えば、妻とのはじめてのデートが、青山のジャズクラブ「ボディーアンドソウル」で聴いたリー=コニッツのライヴだった。その時もたまたま空いていたカウンタ中程の席に座っていると、ライヴが始まったらコニッツの真っ正面、ほとんど1メートル程度の距離だったのだ。あの時僕が受けた音の風はいまでも忘れられない。

 作品のライナーノートにあるコニッツの言葉が素晴らしい。
「以前、あるラジオ番組でレスター=ヤング(ジャズテナーサックス奏者)が、自分のレコードについてコメント求められた時に言ったんだ『悪いけど、プライベートなセックスライフはこういうパブリックな場では語れないよ』。なんともカッコいいじゃないか!」(中略)「このセットについて一番気に入っているところは、全員が即興演奏を試みていることだ。音楽を聴けばそのことがよくわかるだろう。」
 非常に単純にさらりと言ってしまっているのだが、これだけの凄い演奏を残したうえでのご発言だけに、もう頭が上がらない。

 まだ聴いたことのない方はもちろん、すでにお持ちの方で「あれ、モーションってそんなアルバムだったっけ」とか思われた方、いますぐディスクを回しましょう。

Body&Soul 東京青山のジャズクラブ ボディーアンドソウル

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