前回に引き続き、連休中、広島に滞在したなかで特に印象に残った話題をもう一つ。
まだ休みに入る前の四月のある日、職場でウェブを眺めていたら、「広島県呉市に大和ミュージアムが開館。目玉は戦艦大和の1/10スケール模型」という記事が出ていた。それを見た僕は思わず目を疑った。戦艦大和は全長262メートルにおよぶ船で、その1/10というと26メートルの模型ということになるからだ。そんなものが本当にあるのかと思ったが、実際にそこに足を運んでみると、それは確かにあるのだ。僕自身はしばし我を忘れて見入ってしまった。
僕が小学校に通っていた頃、ちょっとしたプラモデル狂だったことは以前このろぐにも書いた。戦艦大和といえば、プラモデルの世界ではある種象徴的な存在である。僕の家にも、兄が作った1/300スケールの大和のプラモデルがあった。それでも全長は1メートル近いものだった。なかでも極めつけの商品として、ニチモというプラモデルメーカから発売されている1/200スケールの大和があった。この商品は、発売から既に30年以上経過しているが、いまだにプラモデルの王様として君臨している。
もしプラモデル売場に足を踏み入れる機会があれば、その姿を探してみてはいかがだろうか。大抵は、お店の奥の方の上方の棚にわざわざパッケージを起こした状態で、まるで名画かなにかのように鎮座しているその姿を見ることができるはずだ。ちなみに価格は25200円である。なお間違っても、日頃プラモデルと縁のない人が、いきなりこれを買って作ってみようなどという暴挙に出てはいけない。どんなものでもそうだが、最高峰の挑むには単なる技術だけでなく、様々な人生経験が必要になるのだ。たかがプラモデルと馬鹿にしてはいけない。
戦艦大和は終戦の年である1945年の四月に、沖縄に向かう途中の九州南部の洋上で、アメリカ軍の攻撃によって沈没した。最近になって、フランスとの共同プロジェクトにより海底に沈む大和の船体が初めて確認され、話題になった。
この大和ミュージアムに展示されている大和、零戦、回天、海龍などには共通するテーマがある。それは「特攻」ということだ。爆弾を搭載した零戦で敵の艦船に体当たり攻撃をするという、いわゆる「神風特攻隊」については既に様々な形で語られ、映画などにもなっていて、戦争の悲劇をいまに伝える有名なエピソードとなっている。一方、戦艦大和の最後がいわゆる「海上特攻」であったことは、大和や戦史に詳しい人はともかく、一般の人には意外に知られていない事実だと思う。
「大和は沖縄に向けて出撃する途中、米国の航空機による攻撃を受けて沈没しました」というのはもちろん間違いではない。しかし、戦艦大和をはじめとする当時の連合艦隊にくだされた指令は、アメリカ軍が上陸間近に迫った沖縄に全艦で突入し、船を海岸に座礁させて自ら巨大な砲台となり、ありったけの砲弾を迫りくる敵軍に向けて撃ちまくり、玉砕して歴史に帝国海軍の栄光を残せ、というものだった。大和に積まれた燃料は沖縄までの片道分のみだった。
この作戦(もはや戦略とはいえないが)で、大和は3300人以上の乗組員とともに沖縄に向けて特攻し、400機あまりのアメリカ軍航空機の攻撃を受けて大爆発とともに沈没。奇跡的に生還した乗組員はわずか300名にも満たなかったという。つまり、3000名以上の乗組員の命が巨大な戦艦とともに、軍の命令に従う形で失われたのである。もちろん人数の問題ではないのだけど、それは神風特攻隊で戦死した人数の比ではない。変な例えだが、大和は都心にそびえる高層オフィスビルとほぼ同じ大きさで、同じくらいの数の人間を擁している。それが、何かの目的によってその人命と形を一瞬にして失うと考えてみれば、なんとなく想像できるだろうか。
戦艦大和の外観やら兵器としての装備、造船の技術などは確かにいまの時代においても、戦争の悲惨さということとは別のところで、人の興味をひきつける素晴らしいものがあると思う。しかし、その一方でこの船は、(いまとなっては幸いというべきかもしれないが)その兵器としての力で多くの人命を奪う戦果をあげる代わりに、3000人もの乗組員の命を自国の軍隊の栄光のために失わせるという、なんとも空しい戦果を残した悲劇の船でもある。
広島から川崎に帰って、すぐに購入したCDが今回とりあげたキース=ジャレットの新作である。この作品では、2002年の日本でのソロコンサートの演奏が2枚のCDに収録されている。キースのソロピアノとしては、1971年の「フェイシング ユー」から数えて、12作目になるのだそうだ。
病気療養中にキースを支えた奥さんに捧げたスタンダード曲集である前作「メロディ アット ナイト ウィズ ユー」を例外として、キースの一連のソロピアノは彼にしかできない非常に特別な音楽表現であって、本当の意味で様々なジャンルが融合され、それを超越した音楽である。今回のCDでも様々な音楽表現が展開されており、まだ数回しか聴けていないが、たぶん彼のソロピアノ作品のなかでも、とてもレベルの高い内容になっていると感じた。初期の傑作1973年の「ソロ コンサート」以上のものかもしれない。
CDのライナーノートに、キース自身がソロピアノについてのある考えを書いていて、非常に興味深い。短い文章だが、これは是非とも読むべき内容だと思う。また、今月の下旬には、彼の即興演奏に対する姿勢について、様々なインタビューや演奏記録で構成されたドキュメンタリー番組がDVD化されるらしく、いまから楽しみである。
戦艦大和が3000人の乗組員とともに海上から姿を消して60年目にあたる今年、大和が誕生した呉市によみがえった巨大な模型を見つめながら、僕の頭はいろいろなことを思い出したり考えたりした。そして、自宅に戻って今回のキース=ジャレットの作品を聴いていると、なぜか、僕の頭には大和ミュージアムで見たものや考えたことが再びよみがえってきた。それがどのレベルでつながっているのかはわからないが、これもキース=ジャレットの音楽の力なのかもしれない。
呉市海事歴史科学館 大和ミュージアム公式サイト
ニチモ(日本模型)ニュース 艦船模型マニア憧れの1/200スケール戦艦大和はこちら
HIGH-GEARedの展示室 1/200スケール戦艦大和のプラモデルを通算5回も製作されたHIGH-GEARedさんによる製作記録など(これぞプラモデル職人!圧巻です!)
0 件のコメント:
コメントを投稿