天気のいい土曜日、近所の小学校では運動会(僕の住んでいるあたりではこの時期に運動会が行われるようだ)が開催されていて、窓を閉め切って大音量でジャズを鳴らすにはもってこい(?)の機会である。ビールを3リットル程用意して、あとは彼が焼酎を1本持参してくれた。僕が用意した簡単な昼食をすませて、できあいのおつまみをお皿に広げて、いざスタートである。
当日演奏されたプログラム(CD)は以下の通り(ほぼ演奏順のはず)
リー=コニッツ「モーション」
エリック=ドルフィー「ライヴ アット ザ ファイヴ スポット Vol.1」
セシル=テイラー「ダーク トゥ ゼムセルヴズ」「インデント」
アルバート=アイラー「スピリチュアル ユニティ」
オーネット=コールマン「ライヴ イン ベルリン 1989」
スティーヴ=ライヒ「ドラミング」
エヴァン=パーカー「サクソフォン ソロ」
サインホ=ナムチュラク「ロスト リヴァーズ」
ローヴァ サクソフォン クァルテット「ジョン=コルトレーンズ アセンション」
海童道祖「法竹」
登川誠仁「スピリチュアル ユニティ」
マイルス=デイヴィス「マイルス エレクトリック」(DVD)
ブランフォード=マルサリス「ア ラヴ サプリーム ライヴ」(DVD)
最近、このろぐでとりあげた作品が中心になっている。まあ、わかる人にはわかると思うが、前半はほとんどフリージャズ大会になってしまった。これには理由があって、彼が興味はあるものの買うには勇気が要るということで、どういうものか是非聞いてみたいと言ったことからこうなった。
結果的に、彼がこれらの作品をどう聴いたのかはわからない。僕も押し付けるのはあまり好きではない。だけど、この時間は僕にとってもとても貴重なものになった。なにせこれだけの作品を、部分的にではあったが、大きな音量でこれだけまとまって聴く機会は、考えてみれば最近あまりなかったからだ。やっぱりフリージャズは素晴らしいということも実感したが、それよりも音楽を「ちゃんと聴く」ということについて、居を正させられたような感じである。日頃、CDラジカセやポータブルプレーヤで音楽を聴くことになれてしまって、忘れかけていた大切な感覚が少し取り戻すことができた。
そんななかで、改めて素晴らしさを実感したのが、今回の作品。アルバート=アイラーはフリー系のテナーサックス奏者として、いまなお熱烈なファンを持つある意味カリスマ的存在の人物である。1930年にアメリカに生まれ、1960年前後にプロとして活動を開始。すぐにフリージャズに傾倒し独特の奏法で自己のスタイルを確立した。アメリカでのフリージャズの高まりと挫折を背景に、他の仲間達と同様活動をヨーロッパに求め、熱狂的な支持を集めた。
彼のサックスを称して「世界で一番肉声に近いサックス演奏」と言った人がいた。確かにいい表現である。彼の作品はすべて親しみやすいテーマ演奏があり、そこからフリーなアドリブに突入する。その変化がとても自然で素晴らしい。アイラーのアイドルはソニー=ロリンズだったと思われるが(初期の録音にはロリンズの作品が収録されている)、彼の音を聴けばそれはよくわかると思う。この作品で聴かれる彼のソロ、そしてサニー=マレイのドラム(といってもほとんどシンバルのパルスなのだが)、これは全く素晴らしい。僕にはマレイのシンバルが、アイラーの口元から垂れ流れる涎の雫が放つ光のように聴こえる。アイラーの演奏はなぜかいつも視覚的である。
アイラーの名盤として、1964年の本作品、1965年のニューヨークでのライヴ盤「ライヴ イン グリニッジ ヴィレッッジ」(写真右上)、そして1970年のフランスでのライヴ盤「ニュイッツ デュ ラ ファンダシオン マグー1970」(同下)がある。いずれも現在CDで入手することができる。特の1970年の作品は、ながらくCD化されることのなかった名作で、僕はいまだに大事にそのアナログ盤を持っていて、どこかに飾っておきたいくらいだ。
聴けばわかるが、1965年のニューヨークのライヴでは熱い演奏とは裏腹に、観客の拍手がなんとまばらなことか。やはりこれは辛い。その後、欧米を行ったり来たりの生活が続き、作品も発表され続けたが、1969年一時的に失踪状態となった。そして突如としてフランスに出現したアイラーは、驚くほど最高の状態で吹きまくりを披露した。集まった聴衆がその姿に熱狂する様がアルバムにはっきりと収録されている。
アイラーはこの演奏のあと再び姿を消し、4ヶ月後の1970年11月にニューヨークのイーストリヴァーで水死体で発見される。何があったのかは誰にもわからない。
おかげでビールは快調に空いていった。開始から1時間半も経たないうちに3リットルはなくなってしまい、部屋の空気を入れ替えながら、氷を入れたグラスに焼酎が注がれると、さらにディープなダイヴィングとなった。ジャズ大会の最後は、マイルスとブランフォードのDVDを観ながら「いやーすごいねえ」と恍惚の酔っぱらいになってしまった。幸せな土曜日であった。
そしてこの一週間、僕はポータブルプレーヤに入れた「スピリチュアル ユニティ」を毎日聴き続けた。彼のフリージャズはよく言われるような破壊的とか攻撃的とかいうものではない。明るい、笑顔を感じさせるフリージャズなのだ。僕の脳みその中でアイラーの涎が流れ、輝いた。フリージャズを聴いてみたいなら、アイラーを聴くならまずはこの作品をお勧めしたい。29分間の「精神統一」である。