以前にいた職場の同僚で、僕と音楽の好みが少し似ている人物がいる。彼は僕よりも10歳若く、ここ2,3年でジャズに興味をもっていろいろ聴いているようだ。先日その彼とメールをやり取りしていると、最近興味を持ってCDを買ってみたアーチストとして、エリック=ドルフィーとオーネット=コールマンの名をあげていた。
この2人のジャズミュージシャンについては、僕もかなり好きな方で、それなりにCDも持っているわけだけど、以前このろぐでもとりあげたドルフィーはともかく、オーネット=コールマンの名前を身近な人から聞いたのは、本当に久しぶりのことだなと思った。相手の方からその話題が出たという意味では、もしかしたら初めてのことかもしれないとさえ思った。そういえば僕自身もこのところあまり聴いていなかったなあ、と思うと急に聴きたくなり、これがまた満開の桜の季節に実によくマッチしてすっかりハマりこんでしまった。というわけで、今回はオーネット=コールマンの作品をとりあげます。
オーネットについては、ずっと以前から少し気の毒に感じていたことがある。それは彼に貼られた「フリージャズ」というレッテルである。この話をするうえでは、先ず彼の経歴に少し触れておく必要があると思う。以下に、僕の独断でオーネット=コールマンの歴史を語るアルバム10作品を挙げてみた。
1959年「ジャズ来るべきもの」:オーネット流ジャズ事実上のデビュー作
1960年「ディス イズ アワ ミュージック」:早くも完成したスタイル
1960年「フリー ジャズ」:さらなる自由を求めた実験
1962年「タウンホール 1962」:トリオ編成による新たな旅立ち
1965年「クロイドン コンサート」:トリオスタイルの黄金期
1972年「スカイズ オヴ アメリカ」:シンフォニーオーケストラへの挑戦
1976年「ダンシング イン ユア ヘッド」:プライムタイム〜ハーモロディック原点
1983年「オープニング ザ キャラヴァン オヴ ドリームズ」:プライムタイム完成
1985年「ソングX」:コマーシャル音楽への付き合い
1987年「イン オール ランゲージズ」:音楽生活30周年記念作品〜集大成
まあこれで何がわかるというわけでもないのだが、オーネットの音楽には明確な方法論があり、それはすでに1960年までには完成されていた。その方法論はあくまでも音楽理論の世界に属するものであって、黒人運動やアフリカの神様を拠り所にした精神的とか宗教的なものとは無縁のものなのである。
オーネットの代表作といわれ、その後のジャズムーヴメントの呼称になった1960年の「フリージャズ」については、既にある程度の完成を見た自分の音楽に、さらに新しいスタイルを追求するために行った編成上の実験にすぎなかったと、僕は考えている。
オーネットがここで考えた自由とは、あくまでも音楽的な自由のことであり、政治思想とか既存のイディオムの破壊を提唱していたわけではない。この作品の副題になっている「集団即興(=collective improvization)」の方法論は、その後のフリーインプロヴィゼーションミュージックにはなくてはならないものとなったが、当のオーネット自身はその方法論の面白さを認識しつつも、それによって音楽演奏の調和が希薄になることを、必ずしもよしとはしなかったのである。それは、彼がその後の作品においても、引き続き一定の編成を重視し続けていることからも明らかだと思う。
その後、フリージャズという言葉は政治や民族の問題にもまれ、それが亡命する形でヨーロッパにわたり、今度は楽器の自由な技法を追求する芸術のスタイルへと形を変えて、今日も息づいているわけであるが、オーネットがその最初の一石を投じたのは事実としても、今日のその姿は彼がやりたいと考えた音楽とはかなり異なるものなのである。
オーネットに貼られた「フリージャズ」のレッテルについて、僕が気の毒だと書いたのは、それが故に彼の音楽が敬遠されたり、十分に聴かれもせずに「難解」と片付けられてしまうことが多いのではないかと思うからだ。僕自身の経験からすれば、ジャズを聴いているという人の中でも、実は彼の音楽をまともに聴いたことがないという人は結構多いはずだ。
今回の作品は、オーネットの音楽生活30周年を記念して作られたもので、発売当初はLP2枚組のいわゆるダブルアルバムだった。このアイデアがなかなか優れもので、1950年代後半に完成された彼の最初のクァルテットをオリジナルメンバー(ドン=チェリー、チャーリー=ヘイデン、ビリー=ヒギンズ)で再結成すると同時に、一方でその30年後である1987年当時に完成されていた彼のユニット「プライムタイム」(オーネットを中心に、ギター・ベース・ドラムのトリオを2組配したダブルクァルテット)を用いて、同じ楽曲を1枚ずつのLPに収録するというものである。
収録されている作品はすべてこのアルバムのために新たに書き下ろされた作品で、いずれも親しみのあるメロディーテーマに続いてコンパクトなアドリブパートを挟んで再びテーマという3,4分程度の作品にまとめられている。このコンパクトさが実に見事であって、この2枚(CDでは1枚に収録されている)でオーネットの音楽を、実に気軽に楽しむことができるようになっている。
これからオーネットを聴いてみよう、あるいはもう一度ちゃんと聴いてみようと思われる方には、一番お勧めしたい作品がこれである。この作品で、オリジナルクァルテットの演奏に興味を持たれた方は、上記の10枚を最初から聴いていけばいいし、プライムタイムに興味を持った人は逆順に聴いていけばいい。彼の音楽は自由であり快活なのだ。何も難解なところはない。
1986年だったと思うが、当時日本で開催されていた「セレクト ライヴ アンダー ザ スカイ」というジャズフェスティバルに、オーネットのプライムタイムが来日し、僕も大阪の万博公園でその生演奏に触れる幸運に恵まれた。会場の反応は概ね9対1の割合で無関心と関心が分かれたが、オーネットの自由で快活な音楽は僕を魅了してしまった。それ以前にも彼のレコードは持っていたが、僕が彼の音楽をはじめて自分で感じることができたのはあの瞬間だった。ステージを終えて笑顔で去るオーネットの歯の輝きが印象的だった。
このところ新作のリリースがないが、公式サイトによると、昨年も数回の演奏活動を行っている様なので、機会があれば是非ともまた元気な姿を拝みたいものである。
桜が満開に咲くこの時期に、久しぶりにオーネットの音楽を聴き返すことができて本当によかった。
Ornettte Coleman Harmolodic Inc.の公式サイト
Ornette Coleman Masumaさんによるオーネット作品の編年体解説。充実です。
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