2/22/2005

ビリー=ホリデイ「アット モンタレイ 1958」

  学生の頃だったと思うが、ジャズの雑誌かなにかに誰かが「ビリー=ホリデイの歌を初めて聴いた人が、すぐに『感動した』とかいうのを、自分はあまり信じたくない」みたいなことを書いていたのを憶えている。この人が言いたいことは僕にも何となくわからなくはない。

 ビリー=ホリデイの生い立ちについて書かれたものすべてに共通している項目は、1)娼婦の娘として生まれた、2)10歳で強姦される、3)自らも娼婦として働く、4)麻薬に溺れる、の4つである。別の言い方をすれば、この4つが彼女を語る上での必要条件のようになってしまっている。この3)と4)の間に、シンガーとして成功したとか、そこに代表作の名前を2,3入れると、これでもう彼女の即席バイグラフィーの出来上がりというわけである。

 今回のCDは、彼女の人生で最晩年にあたる1958年10月に、カリファルニアのリゾート地モンタレイで開催されたジャズフェスティバルに出演した際の模様をそっくりそのまま収録したライブ録音である。この年の2月に、彼女は晩年を代表する名作「レディ イン サテン」(写真右下)を録音している。そこで聴かれる歌声は、既に1940〜50年頃のいわゆる全盛期のものとは異なり、なにか森の中の深い湖で歌っているような雰囲気なのだが、それがまた大きな魅力である。事実、その作品を彼女の最高傑作という人も少なからずいるのだから。

 ところが、麻薬に蝕まれた彼女の身体は、その後急激に悪化し、そのわずか8ヶ月後に開催されたこのモンタレイのライブで聴かれる彼女の声は、往年のものからすれば随分とひどい状態になってしまっている。これがリリースされた1986年当時は、ビリー=ホリデイの未発表音源が発掘されたと話題になる一方で、そこに記録された彼女の状態を痛々しく感じる往年のファンの人たちの声があがった。

 そんな評判を雑誌で読みながら、21歳だった僕はこのCDではじめてビリー=ホリデイを聴いた。もうジャズにハマッって2年近く経っていて、いろいろなものを手当り次第に買い集めていた頃だった。彼女の名前はもちろん知っていた。最高の女性ジャズヴォーカル。それでもはじめて聴いた感想は「なにこれ?この人、歌ウマイの?」に近いものだったのを憶えている。

 僕には、気に入ったCDに出会うと、それに関連する作品をどんどん開拓するという習性がある。いま持っている2000枚のCDはそうして集めてきたものだ。でも、彼女についてはそうはならなかった。それでも、なぜか僕はその後時折、思い出したようにこのCDを取り出してはCDプレーヤのトレーに載せたものだ。

 晩年、彼女の歌伴を務めたピアニストのマル=ウォルドロンは、普段は暗いピアノで有名だがこの時の演奏はショーを盛り上げようと一所懸命明るく振る舞っているようにさえ聴こえる。その彼が軽快に奏でるバンドテーマでショーは幕を開け、当時の彼女の体調を気遣ってのことと思うが、たった30分という短いステージに、彼女のベスト盤的内容の全11曲が次々に繰り広げられていく。

 面白いのは、会場がモンタレイ空港周辺の農場に設けられた野外特設会場だったせいで、3曲目と6曲目の途中で、飛行機がステージのすぐ上を通過する音が収録されていること。なんともレトロな感じである。そして、ビリーを一目見ようと集まったお客さんの熱狂ぶり。明らかに不調でも以前と変わらず明るく振舞うビリーが、ヒット曲の歌詞を歌い始めるその度に、うれしい拍手を贈る様子がなんとも微笑ましい。その様子は曲を重ねるごとに熱を帯びてきて、最後の「ラヴァー カムバック トゥ ミー」を歌い終え、バンドテーマをバックに観客に挨拶するビリー=ホリデイに、観客から惜しみなく贈られる熱狂は、間違いなく輝かしい一つの栄光の瞬間であり、感動的だ。このわずか9ヵ月後の1959年7月にビリー=ホリデイは逝ってしまう。

  彼女の名前は知っていても、歌を聴いたことがないという人は多いと思う。ジャズを聴くという人でも、特にヴォーカルものを好んで聴くという人でも、ビリー=ホリデイの歌はある意味特別な存在なのではないだろうか。ある時期になにか必要に迫られて聴きまくるということはあっても、毎日の食事の様に彼女を聴くという人はあまりいないのではないだろうか。なんというか、あまりに生々しく伝わってくる感じが、もはやお気楽に聴くと言う今日的音楽視聴スタイルを越えてしまっているところがある。その意味で、この10数年の時代といってもいいかもしれないが、いまの時代の風潮があえて目を背けている、とても大切なものが彼女の歌にはあるようにも思える。まだビリー=ホリデイを聴いたことがない人、一度聴いてみませんか。

 と、言いたいところなのだが、これを書いていてわかったことが、このCDが現時点では、完全廃盤の状態にあるということだ。ビリー=ホリデイほどの人の音源であれば、たとえ音源の所有者が変わっても、常にどこかの会社からCDとして発売されているものと思っていたら、この音源は発掘して発売したブラックホークレコードの存在とともに、どこかに失踪してしまった様なのである。このろぐを書いていて、たとえアマゾンで取り扱いがない様な作品でも、ネット上にその存在が確認できないものはこれまでなかったので、これは意外なことだった。誰か真相をご存知の方がいらっしゃいましたら、教えていただければ幸いです。

The Official Site of Billie Holiday 公式サイト。。。なんですが、本作品の情報がありません。
The Unofficial BILLIE HOLIDAY Website 公式サイトよりはマシかもしれません

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