12/12/2004

ローヴァ1995「ジョン コルトレーンズ アセンション」

  前回前々回とマイルス=デイヴィスがいわゆる電化という大変革を遂げた時期の作品を取り上げた。結局、ほぼ2週間にわたって僕は持っているほとんどすべてのエレキマイルス作品を通勤の行き帰りに繰り返し聴いた。それぞれの作品はどれもそれなりに聴きどころを持ったものばかりだったが、やはり「ビッチズ ブリュー」のずば抜けて高い完成度をあらためて確認したというところで落ち着いた。本当はこの流れでもう1枚とりあげたい作品があったのだが、それは次のマイルスブームの時までとっておくことにしようと思う。

 マイルスのような長きに亘ってジャズの第一線であり続けたアーチストには、それこそいくつかの転換点があるわけだが、「ビッチズ ブリュー」が最も大きなそれであることには、多くの人が同意することと思う。転換点は常に大きな変化、それも非連続的か時に破壊的ともいえる変化を伴うことを意味するわけで、そこには幸せと同じかそれ以上の不幸せがある。歓迎する人の一方で、ついていけなくなる人、快く思わない人も必ずそこにいる。それが転換点の実現を難しくしている大きな理由でもある。

 今回はその「転換点つながり」で、僕が最も敬愛する音楽家、ジョン=コルトレーンの音楽人生における最大の転換点となった作品を取り上げてみようと思う。コルトレーンについては、以前にもこのろぐで取り上げており、つい熱くなって長々と書いてしまった思い出がある。そこで彼の音楽キャリアの4つの頂点ということを書いた。マイルスの「電化」に相当するコルトレーンのそれは「フリー」である。その幕開けとなった作品が、1965年に発表された作品「アセンション」である。

 両者の転換点に共通するのは、それを「音楽人生における事実上の終わり」と見なす人が少なからず存在するということである。つまり彼等にとってはコルトレーンもマイルスもその転換点をもって音楽的自殺を図ったというわけである。

 「さてと、飯も食ったし、飲みながらコルトレーンでも聴くかい?」
 「おっ、いいねいいね」
 「何がいいかなあ」
 「うーん、なんでもいいよ、『アセンション』以外なら・・・」

 僕自身以前にどこかで聴いた様な会話である。ここで「アセンション以外」という意味は、アセンション以降のすべての作品ということを意味しているのは明らかだ。彼等にとってはアセンション以降のコルトレーンは存在しないのである。まあファンというのはそういうものである。

 よく考えてみると、ジャズの世界ではマイルスとコルトレーン以外には、こうした破壊的転換点を持っている巨人は意外にいないかもしれない。ビル=エヴァンスもソニー=ロリンズもそしてデューク=エリントンも、音楽性こそ少しずつ変化していったが、これほどまでに断層的な変化を遂げたわけではない。従来のリスナーに受け入れがたいのは、音楽性が大きく変わったことももちろんだが、それを実現するためにグループの編成が大きく変わったことが承服しがたい要因だったりする。やることが変わる、そしてメンバも変わる。そこでバンドの音楽との接点がうすくなり、ついていけなくなる人が出る。別に音楽の世界に限った話ではない。

 コルトレーンはこの作品で、長年続いた「黄金のクゥアルテット」に、当時の新潮流であったフリージャズで頭角をあらわしていた6人の若手演奏家を加え、さらに土台を強固にする目的でベースをもう1人加えた11人編成で演奏に臨んだ。演奏の内容に関して、それだけの大編成で無茶苦茶な音の洪水を生み出しているという、いかにもうるさい音楽であるかのようなことを書いてあるのを見かけるが、それはあまり正当な表現ではない。

 「アセンション(Ascension)」とは、聖書における「神の降臨」を意味する言葉である。日本で最初に発売された当時に付けられた邦題は「神の園」だった。ここではコルトレーンや他の演奏家が神というわけではなく、フリージャズに表象されるこうした新しい状況をもたらしてくれた力を神と考え、その降臨(つまりは到来)を迎え讃える演奏ということが意図されていると考えるのが正しいだろう。

 作品は冒頭の神の光が雲の隙間から洩れてくるような印象的なイントロに始まり(このイントロだけを知っている人は多い)、その降臨を讃えるようなアンサンブルが全員で演奏され、続いて各メンバーが個別に賛辞を表し、その合間に再びアンサンブルを全員で演奏するということを繰返しながら進んでいく。このアンサンブルの部分が、楽譜の存在を意識させつつも、そこは新しい音楽の表彰としてフリー特有の混沌とした雰囲気で演奏されるので、聴くものはそこにとてつもない魅力的な力を感じるか、恐れをなして単にうるさいと感じるかというふうになるのだろう。

 この作品は、コルトレーンの「フリージャズ宣言」として、ジャズシーンに衝撃を与えることになり、折しも高まりつつあった公民権運動などとも結びついて、ジャズは黒人の芸術として政治的な世界に巻き込まれてゆくことになった。コルトレーンは1967年に世を去り、1968年のキング牧師暗殺事件で頂点に達していた黒人運動は急激に失速、同時にフリージャズも米国での活動の機会が狭まるなかで方向性を見失い、米国内での音楽はヒッピー文化を基盤とするロックに移行していき、ジャズの魂は欧州に亡命することになった。アセンションは評論家や研究家が歴史学的に取りあげて云々する象徴的な存在になってしまい、作品の演奏内容を顧みる人はいなくなった。

 そのアセンションの誕生から30年を経た1995年に、少し前にこのろぐでとりあげたローヴァ サキソフォン クゥアルテットが中心になって、なんとこの作品を再びこの世によみがえらせるコンサートがアメリカで行われたのである。今回の作品はその時の模様を収録したライブアルバムである。僕自身、前のろぐを書いた際に、彼等のウェブサイトを調べている時にはじめてこの作品の存在を知り、さっそくCDを取り寄せたのである。コルトレーンのアセンションはやはり僕の家でも押し入れに格納されてしまっていた。

 聴いてみて驚いたのは、この演奏が30年前のオリジナル演奏とまったく同じ編成で演奏され、構成も非常に原曲に忠実なものとなっていることだ。当然だが、リード楽器の演奏技量は30年前に比較して全体的に向上していて、それはもう凄まじいソロが次々に展開する豪華な内容になっている。僕は時間を忘れて聴き惚れてしまった。さっそく長らくしまっていたオリジナルのCDを取り出して、そこに収録されている2種類のテイクと、今回の現代版をあわせた3種類のアセンションを、それぞれ数回ずつ楽しんだ。この週末は予期せぬ神の降臨に、僕の耳は一足早いにぎやかな(?)クリスマスとなった。

  マイルス時にも似た様なことを書いたことだが、新しいものが生まれつつあった激動の転換点に渦巻くエネルギーという意味で、やはり1965年のオリジナル演奏には独特のテンションとパワーがみなぎっていることがあらためて感じられて良かった。もしかしたら、再び聴くことはなかった可能性もあったこの作品を、ローヴァは自身の演奏で再現し、聴くものをもう一度再びオリジナルの演奏にまで引き合わせてくれた。こういう温故知新的な役割はなかなか果たせるものではない。感謝である。このエネルギーを忘れて無駄にしたくはないと思う。転換点とは自らつくりだすものである。(写真右はジョン=コルトレーンの「アセンション」)

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