11/20/2004

ブランフォード=マルサリス「フットステップス オブ アワ ファーザーズ」

  忙しい一週間だった。なんとか峠は越えたようだが、なんとも後味の悪い越え方だった。そんなことは酒を飲んで音楽を聴いてさっさと忘れるにこしたことはない。しかし、今回の後味の悪さは、どことなく異質なもののように僕の中にとどまっている。

 今回はジャズサックス奏者のブランフォード=マルサリスである。このアルバムは2001年12月に録音されたもので、その意味では少し前から書いている21世紀のジャズに相当するものだ。タイトルの意味は「親父たちの軌跡」ということだろう。その通りに内容は、彼自身が敬愛する偉大なるジャズ演奏家4人の作品が収められている。その4人とは、オーネット=コールマン、ソニー=ロリンズ、ジョン=コルトレーンそしてジョン=ルイスだ。「なんだ21世紀って言ったって、昔の曲ばかりじゃないか」ということになる。しかも演奏のスタイルも、すべてオリジナル演奏を彷彿とさせる。しかし、ブランフォードが21世紀の始まりに際してこれを録音したことは、まったくもってある意味新しいことなのだった。彼にとっては非常に大きな転機となった作品だった。

 ブランフォードもデビュー後数年を経て、1980年代半ばにリーダー作を弟と同じコロンビアレコードから発表した。「シーンズ イン ザ シティ」と題されたこの作品を聴いた僕は、当時の6畳一間のアパートで「サックスってカッコいいなあ」とつぶやいた。以来、彼のジャズリーダ作はすべて揃えてきた。弟とは異なり、ブランフォードはポップカルチャー指向の一面も持ち合わせていて、ロックやラップなどのアーチストとの共演も多い。有名なのは、スティングがポリスを解散して最初のソロ活動を始める際に結成したグループへの参加だろう。彼を聴いたことがないと思っている人も、当時のスティングの名曲「イングリッシュマン イン ニューヨーク」での彼のソプラノサックスを耳にしている人は多いはずだ。

  彼はコロンビアから10枚程のジャズアルバムを発表した。そのほとんどがオリジナル作品で占められている。ウィントンは早くからスタンダーズナンバーの録音にもとり組んでいて、それがシリーズ化していくわけだが、ある意味それが彼なりのポップカルチャーだったのかもしれない。僕は全然そう感じないが、スタンダードのないことがブランフォードのアルバムに取っつきにくいイメージを持たせた一面も否定できない。ちょっとふざけた様な写真をあしらったジャケットの作品もあったが、中身は音楽的にかなりシリアスである。なかでも、コロンビア時代最後の作品となった「コンテンポラリー ジャズ」(写真右)は、僕の愛調盤だ。

 その後、ブランフォードはコロンビアレコードからジャズ部門の音楽監督を引き受けてくれというオファーを蹴って、自分のレーベルを設立して独立することになる。十何年間にわたって務めあげてきた大企業には嫌気がさしたようである。そして新たに再出発する第一作となったのがこの作品なのである。コロンビア時代のオリジナル路線がレコード会社の方針だったのかどうかはよくわからない。しかし彼は何らかの理由で過去の作品を演奏せず、ここまでためてきた想いを一気に吹き出している。

 作品のライナーノートの最後にもブランフォード自身が「この作品は自分の音楽人生で中核的な位置づけになるものだ」と書いてある。なかでもテナーサックスの2大巨人については、それぞれの最も代表的な組曲を全曲演奏する形で賛辞を捧げている。この2つの組曲を本人以外の演奏家がこういう形で全曲とりあげたのはおそらく初めてであろう。ブランフォードはそれらを、こんな名作を新しいスタイルにリメイクするななんてヤボだよと言わんばかりに、原曲そのままのスタイルで一気に吹き切っている。いずれもはっきり言って壮絶の一語に尽きる。コロンビア時代に十分に発揮されたオリジナリティの積み重ねとあわせて聴いてみると、彼が現代最高峰のテナーの一人であることに誰もが納得するはずだ。

 21世紀に入ると同時に人生の転機に立った彼が、一番最初に取組んだことが、先人たちの軌跡をなぞることだった。素晴らしいことだ。CDジャケットで海に向かって果てしなく続く橋の下で、波打ち際の足下を見下ろす彼の姿がとても印象的である。ジャケットを裏返すと、波は満ちて彼の姿はそこにはもういない。再びジャズの橋を歩き始めた彼は、その後も次々と新しい作品を発表している。今度、このアルバムに収録されているコルトレーンの「至上の愛」のライブ演奏を収録したDVDも発売になるらしい。彼もまた来日公演が待ち遠しいアーチストの一人であるだけに、このDVDはうれしい。入手次第、すぐまたとりあげることになるだろう。

 ブランフォードが再出発したとき、彼は40歳だった。

Branford Marsalis 公式サイト

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