8/15/2004

エマーソン・レイク・アンド・パーマ「恐怖の頭脳改革」

  先月初め頃からというもの、本当によくビールを飲んでいる。東京では、真夏日が40日間続いてきたが、今日は一転して急に涼しい一日になり、午前中の雨降りを除けば、エアコンなしでも十分過ぎるくらい快適な日曜日だった。アテネではオリンピックも開幕し、相変わらず派手な開会式だなと感じたが、「オリンピックの原点に帰る」という意図はなかなか上手く表現されているように感じられた。開けて翌日にはさっそく2つの金メダルが日本にもたらされた。今朝起きてテレビをつけたら決まっていたという感じでも、やはりうれしいものである。

 さて、ここしばらくジャズの作品をとりあげてきたが、今回は少し趣向を変えて久しぶりにロックをとりあげようと思う。「原点に帰る」というわけではないのだが、僕が音楽にのめり込み始める小学校5,6年生の頃に和歌山の田舎町で聴いていた音楽だ。通称ELPと略されるこのグループの名前は、バンドメンバー3人のファミリーネームを並べたもの。キース=エマーソン、グレッグ=レイクそしてカール=パーマの3人である。

 ビートルズの出現を境にロックは1970年代までには急速に音楽の主流となっていった。そしてそれはさらに多くのジャンルに分かれていくことになる。その中に、このELPを含め、ピンクフロイド、イエス、キングクリムゾンなどに代表される「プログレシヴ・ロック」(通称プログレ)というジャンルがある。そのまま訳せば進歩的ロックということになる。8ビートのロックをベースに、クラシックやジャズなど様々な音楽のエッセンスを融合すること、エレキギター以外に様々な楽器を使ってサウンドに変化と広がりを追求すること、そして多くは美学的あるいは社会的なテーマの歌詞を含んでいること、といった点がこのジャンルの特色である。音色面では、以前に冨田勳についてのろぐでもふれた、シンセサイザーの起用が大きなポイントだった。

 僕がELPをはじめて聴いたのは「展覧会の絵」というアルバムだった。これは有名なクラシックの組曲をアレンジした大作で、そのことが先ず作品の大きな聴き所となっている。しかし、何度も聴いていくうちに僕の耳は、多くのELPフリークと同様に、キース=エマーソンという人の見事なキーボード演奏に魅せられていった。もちろん魅惑のシンセサイザーもフィーチャーされているのだが、彼が長年引き続けたハモンドオルガンの奥深さも特に素晴らしいと感じたものだ。いま考えてみると、随分と音楽的には早熟だったと思う。

 ELPには再結成も含めて大きく3つの活動期があるが、やはり1971〜1974年にライブアルバム含む6枚の作品をリリースした最初の活動期において、その魅力を存分に出し切ったと言っても過言ではないだろう。この作品「恐怖の頭脳改革」はその最後にあたる作品で、ここでは多重録音や当時まだ珍しかったポリフォニックシンセサイザー(要するに和音が出せるシンセサイザー、当時はまだなかったのです)、またシンセドラムなどが駆使され、異常なまでに高まっていたメンバーの(特にエマーソンの)作曲に対するインスピレーションも相まって、それまでの4つのアルバムを遥かに凌ぐ壮大な音楽が展開されている。

 ちょうど近所で仲の良かった友達が、僕の家に遊びにきて音楽を一緒に聴いたりしているうちに、やはりこのELPにカブレてしまい、彼がお小遣いで購入したLPレコードを、僕の家のステレオで聴こうとやってきたのが、僕のこの作品との出会いだった。僕はその際に録音させてもらったカセットテープを、それこそ何百回と聴いたものだ。つい最近久しぶりにCDで聴いてみたが、あれから20年以上経ったいまでも、作品の細部にわたるまですべて記憶している自分の耳が恐ろしかった。

 1曲目の十字軍をテーマにした「聖地エルサレム」がもう既に神々しい。レイクのクリアなヴォーカルにエマーソンの重厚なハモンドオルガン、そして後半には見事なシンセサイザーによるオブリガート、たった3分にも満たない作品なのに、もう圧倒的なスケールと密度である。この歌は内容的に一種の軍歌であり、いまこのご時世にこんな作品をリリースしたら確実に大きな物議をかもすであろう、その意味ではやはり古き良き時代である。そして、南米の現代音楽家ヒネステラの作品に取組んだ「トッカータ」ではパーマが大きくフィーチャーされ、シンセドラムのソロ演奏パートは、その後いろいろな映像や舞台の演出でお目にかかることになった。レイクのバラード「スティル・ユー・ターン・ミー・オン」、エマーソンのホンキートンクピアノ(意図的に調律を少し狂わせたピアノ)が楽しい「詐欺師ベニー」という小品2曲を挟んで、いよいよ本作のハイライト(おそらくはELPの最重要曲でもある)「悪の教典#9」になる。この作品は3つのパートからなる30分近い組曲で、このグループが完全燃焼した恐るべき成果が記録されている。これはもう文字では表現しようのない素晴らしさなので、気になる人はぜひとも作品を聴いていただきたい(それなりの集中力が必要です)。

 後にラジオのインタビューに応えたエマーソン氏が、この頃のことを振返って「あるアイデアから次のアイデアに移ってしまうのが少々速すぎた」みたいなことを語っていた。この作品のリリース後、大掛かりなツアーも成功させたELPは、2年間活動を休止し、新たな出発となった次の作品からは、各自のソロを充実させる一方で、グループとしてはオーケストラとの共演でさらなるスケールアップを図った。確かにサウンドはよく練られたものになっていて、それはそれで素晴らしいものだったが、グループとしては長続きはしなかった。やはり理屈抜きにがむしゃらに突き進んだあの時期が、本人たちも音楽的に一番充実していたのではないだろうか。大きなことを成し遂げようとして関わる人が増え、マネジメントやらの問題が絡んでくると、人間本来の勢いは不思議と精気を失うように思える。

 いま聴いてみると、彼らの音楽にはジャズやクラシック、特に20世紀の現代音楽のエッセンスをかなりしっかり取り込んで、自分たちのオリジナリティを創り上げていることがわかる。こういう音楽ができる人は、この先そうそう出てくるものではないだろう。1970年代というロックにとっては短い黄金期に遺された貴重な財産だろう。まだ子供ではあったが、その時期に同じ時代の人間としてこの音楽を体験することができたことは、やはり僕自身には貴重な体験だったと思う。

 プログレは様々な音楽がミックスされていることから、パンチのあるストレートさはないが、ハマる人には深いところでその虜になってしまう。僕はその後プログレ体験が中学2年頃まで続き、楽器演奏に興味を持ち始めた後は、フュージョンやジャズに足を踏み入れ、さらに様々な音楽に興味を拡げることができた。一方、その友人はその後もエマーソンフリークであることを続け、自らピアノを独学で学んで、シンセサイザーやハモンドオルガンを購入して演奏に取組む一方、聴く方では海賊盤収集に飽き足らず、テープのフリートレードなどにも手を染めて、日本ではちょっと有名なELP系プログレコレクターになった。いまは札幌で歯科医をしており、最近は愛する娘さんのピアノレッスンに熱をあげて、ご自宅にグランドピアノを買おうかと頭を悩ませているそうだ。

 短いお盆休みに、久々に自分の音楽体験の原点にあたる作品に触れてみて、やはりまた当時と同じ熱さがこみ上げて来た。こういう原点回帰ならたまにやってみるのも悪くはない。今度、この作品を同じように聴く機会はあるのだろうか。それはたぶんあるだろうと思う。

The Official ELP Global Web Site 公式サイト
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おまけ:週末に鎌倉に出かけて山の中のハイキングコースを散策した。その折に見かけた竹林の写真です。

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