6/26/2004

エリック=ドルフィー「アザー アスペクツ」

  今回はある日付が近づいてきたので、それにちなんで以前から考えていたネタを書くことにする。実のところ最近、少し音楽から遠ざかってしまっている。何か新しいものはないかと冒険心で購入したソフトがあまりぱっとしなかったり、仕事やらその他のことでいろいろ考えるところがあってやや悶々としたり、月の初めに暑くてふとんをまくり上げて寝たら風邪をひいてしまい、それが意外に長引いてしまって体調がもうひとつすぐれなかったり、まあ他にも理由はあるのだが、いままでもたまにこういうことがあったので、あまり気にはしていない。

 最近買ったCDでは、ジャズリード奏者のエリック=ドルフィーが1963年に遺したいくつかのセッションをCD2枚に収めて1480円というお買い得商品に、タワーレコードで巡り会った。Jazz Worldというおそらくは著作権期限切れの音源を格安セットにして販売するレーベルからのもので、タイトルは"Eric Dolphy Sound"となっている。これは「アイアンマン」と「メモリアル アルバム」という名称で発売されていたインディーズ盤をベースにしたもので、僕はどちらもCDでは持っていなかったので、安いし他に良さそうなものもないしちょうどええわと、購入したのだった。まあドルフィーに駄作はないのだが、これがなかなかツボにハマってしまい、ちょくちょくお酒や通勤のお供になっている(お酒が先かい!)。

 今年はドルフィーが亡くなって40年目にあたる。彼は1964年6月29日にドイツのベルリンで死んだ。その独特の演奏スタイルから、玄人には受けが良かったものの、ようやくジャズが商業音楽として定着し始めた本場米国でのウケはイマイチであったらしい。アメリカが新しいものに冷ややかであることを嘆いたドルフィーのコメントも実際に遺されているようだ。音楽活動はかなり精力的でリーダー作以外に、多くの大物とのセッション記録が遺されている。

 なかでも、ジョン=コルトレーンのグループと、ジャズベース奏者チャールス=ミンガスのグループでの活躍が特に有名である。そしてそれらのグループでのヨーロッパツアーにも度々同行していた。ジャズが音楽芸術として評価されていた同地での、彼に対する評価はなかなかのものであったようで、そうしたこともあってか、彼はミンガスグループの1964年4月の欧州ツアー終了後、メンバーから離れてそのまましばらく残る決心をする。その後、ドイツやストックホルムなどで現地のミュージシャン達の熱烈歓迎を受けて共演したいくつかのセッションの記録が遺されおり、いよいよ本格的なリーダー活動のスタートかと思われた矢先に、ベルリンで病死してしまったのだ。

 先に紹介した格安盤は彼の様々な魅力がいっぱい詰まったものなのでぜひお勧めしたいのだが、今日のメインタイトルは彼の異色作「アザー アスペクツ」である。この作品はドルフィーの死後およそ20年を経た1985年に発表されたもので、タイトルにもある通り、それまでに知られていた一連の演奏作品とはかなり音楽的に異なる内容になっている。ドルフィー好きの間でも好みが分かれる作品だと思うが、別の意味ではこの作品で彼の考えていた音楽がとんでもなく奥深いものであったことが明らかになったのはまぎれもない事実である。実は生きていたドルフィーが20年後に突然この作品を発表して復活したのだとしても不思議ではない。作品の発表にいたるまでのエピソードもなかなか面白いので、興味のある方は是非ともライナーノートを参照されたい。まさに「縁は奇なもの」である。

 僕自身、この作品が発表されたころは大学生で、ドルフィーの未発表作品が出るというのでわくわくしてこれを聴いた。オーディオから流れてきた音楽に最初一瞬「?」となったが、不思議なことに数分後には、僕はこの作品の虜になったのを憶えている。いま振り返ってみれば、僕の音楽への興味はこの作品を聴いたあたりから急に拡張をはじめたように思う。その意味ではあの扉が急に開いた様な感覚がなぜ起こったのかはよくわからないが、この作品にきっかけがあったことは否定できない。その意味で、僕にとっては何か特別な想いがある作品なのである。

 ベルリンで病に倒れたドルフィーの最後の言葉は「家に帰りたい」だったそうだ。ジャズミュージシャンの死に関するエピソードはいろいろあるが、僕が最も印象に遺っているのはこれだ。「アザーアスペクト」を聴きながらこのことを考えると、僕の心はいっそう強く作品に引き寄せられる。

Eric Dolphy Discography "Jazz Discography Project"によるドルフィーの演奏記録集
エルビン=ジョーンズ(左)とエリック=ドルフィー(右)(コルトレーンのグループで共演していた頃のものと思われます。ドルフィーの気さくな人柄が感じられるようで、僕が好きな写真です)

6/19/2004

金森穣/Noism04「Shikaku」

 以前このろぐでも少し触れた、振付師の金森穣と彼が率いるユニット「Noism」によるダンスパフォーマンス「Shikaku」を、新宿のパークタワーホールに観に行った。

 この公演の特徴は、前半において舞台と客席という概念がないということ。「開演=開場」で、観客はホール内に作られた迷路のような、最新式お化け屋敷のようなセット(大きく4つの部屋に仕切られている)のなかを移動しながら、10人のダンサーたちと空間を共有する。ダンサーたちは激しく踊りながら観客に極限まで接近しつつ、それを無視するでもなく直視するでもない、不思議な対話を挑んでくる。途中、ダンサーの1人が眺めていた手紙を僕に手渡してくれた。

 後半、突然に空間を仕切っていたセットの壁が上昇しはじめ、ホールは本来の「広場」のような空間に還る。ここでおもむろに観客は壁際に移動し、細いロープでホール中央に舞台が仕切られる。空間に解き放たれたダンサーたちは、音と光の効果がいっそう明確になった時空のなかで、驚異的なパフォーマンス繰り返しながら、物語のないストーリを展開してゆく。

 1時間と少しの公演はあっという間だった。秋にDVD化される予定だそうだが、やはりこういうものは生でないとダメだ。観客の9割は女性だったが、意外にもいろいろな人が見に来ていたように思う。終演後のトークライブでダンサーのひとりが「今日のお客さんはよかった」と言ってくれていたが、それはまんざらでもなかったようだ。また新しい可能性と楽しみにできる未来を感じることができたように思う。観ることができて本当によかった。

 (公演パンフレットの表紙と内容の一部)
   

6/12/2004

スティーブ=レイシー「リメインズ」

ソプラノサックス奏者のスティーブ=レイシー氏が2004年6月4日に亡くなられた。彼は6月11日金曜日に、横浜のジャズクラブ「ドルフィー」でライブを行う予定だった。かねてからの大ファンだった僕は、友人と2人でこれを体験すべく、会社を早退する手はずまで整えていたのに、前日になってまったく偶然にネットでこの報を知った。残念無念である。やっと生でレイシーが体験できると思ったのに。

 ソプラノサックス1本で演じられる彼の音楽は、本当に奥深いもので僕のお気に入りだった。僕は彼のソロ演奏のものを中心に、数多くのCDを集めている。一番のお気に入りは、hatArtレコードから1992年に発表された「Remains」。東洋の思想、とりわけ老子の「道徳経」に深い関心をよせたレイシーの組曲「Tao(道)」が収録されている(残念ながら現在は廃盤)。

 彼がなぜソロ演奏にこだわったかはよく知らない。演奏そのものは関心のない人が聴いたら「体育館の裏で個人練習に励むブラバン部員」のように思えてしまうかもしれないが、まあじっくり聴けばそんな誤解はあっさり吹き飛ぶと思う。彼の音楽は緻密であり、やさしく躍動する。僕にとって理想の音楽のひとつだった。だから是非とも生で聴きたかったのだが。。。

 彼が長年暮らしたフランスのSenetorsレコードにあるレイシーのサイトのトップページに掲げられている、彼の音楽に対する考え方(漢詩を意識したものと思われる)が、彼の音楽を一番よく言葉で表現していると思う。
Steve Lacy 
We don't determine music,
The music determines us;
We only follow it,
To the end of our life:
Then it goes on without us.

It begs to be born and,
Wants to go its own way,
We just make it up and,
Then we let it out.

Music speaks for itself,
And needs no explanation
Or justification:
Either it is alive,
or it is not.

 さよなら、レイシー。


※この「えぬろぐ」もはじめてから今月で半年が経ちます。これまでやって来たなかで得られたいろいろな反省を含め、もう少し内容を自分の日常や肉声に近づけていきたいと思います。今後ともよろしくお願いします。

6/06/2004

行定勲/片山恭一: "世界の中心で愛を叫ぶ"

  妻が原作を読んだら観てみたくなったので行こうと誘われ、片山恭一の「世界の中心で愛を叫ぶ」を川崎のシネコンに観に行った。原作がベストセラーで映画もかなりの人気ということで、僕の場合は期待も不安もそれほどではなかったのだけど、映画館が久しぶりだったし、柴咲コウが出るというので、まあテレビドラマを観るようなつもりで行くことにした。作品のストーリー自体は悲しい内容が中心だが、僕自身はそれよりも、懐かしさと清々しさのようなものを感じて、なかなか楽しめた作品だった。決して悲しいだけの映画ではない。

 久しぶりに映画館に足を運んだ。1年半ほど前に腰を悪くして以降、ホールの座席や応接のソファーなど低く深く腰掛ける椅子が苦手になってしまい、映画館もしばらくご無沙汰であった。最近になってようやく調子がよくなって来たものの、いざ行こうと思っても、観たいという気になる映画がなかったりする。僕は最近、ハリウッド映画を劇場で観ることはほとんどなくなった。たぶんマトリックスの1作目が最後だったと思う。僕が映画に求めるのは、CGで演出されたスリルやファンタジーではなく、人間が演じる日常と人間性が中心になったようだ。

 物語の舞台となっている1986年といえば僕は大学3年生。もう高校を卒業して3年が経過したころだ。僕の高校生活は、楽しい思い出もあるが、ときめき的なものは特になかった。部活の思い出も修学旅行の思い出も特にない。そんな懐かしくも空虚な思い出しかない僕には、アキ役の長澤まさみはまぶしく映った。四国高松という海辺の舞台は、僕が高校2年生まで住んでいたところにそっくりだった。佐野元春の名曲「Someday」にのせて展開するああいう青春は、僕の現実にはなかったが、時代や土地柄が必ずしも大きく違っていない自分には、それがあり得なかったわけではないことに懐かしさと清々しさを感じさせてもらえた。

 アキの白血病という病気と入院生活、そして病死ということには、やはり自分の母親のことを思わずにはいられなかった。薬の副作用で髪が抜けてしまい、無菌病棟に忍び込んで遭いに来た主人公に「えへ、こんなになっちゃった。。。」と無理に照れ笑いするシーンには、ちょっと涙が出そうになる。

 映画の最後の方で、山崎努が扮する近所の写真屋の親父が主人公に言うセリフ、「天国なんてものは生き残った人間が勝手に作り出したもの。逝ってしまった人はそこにいる、いつかきっとまた会える。そういう思いが作らせたものだ。生き残った人間がやらなければいけないのは、後かたづけだ」。それと、オーストラリアの先住民族が主人公に言うセリフ、「我々は死者を2回埋葬する。1回目は肉を2回目は骨を。そうすることで死者の血がこの地にしみ、地中にある泉に流れ込む。我々はそのおかげで生きていける」。この2つのセリフに、意外にも急速に変化しつつある現代の我々の死に対する新しい見方が表されているように思った。「世界の中心」は人間が本能的に向かうところを象徴しているのかもしれない。

 ところで、この映画に出演している長澤まさみはと柴咲コウは、ともに映画「黄泉がえり」に出演している。僕はこの作品を以前にビデオで観た。ストーリは決して悪くないと思うのだが、テレビで見かけるタレントがたくさん出てくるわ、場面の展開が単調だわ、などなど気に入らない点が多かった。さながらテレビドラマの様な感じだった。

 それに比べて、この「世界の・・・」は、多少強引な設定などがあって気にならないわけではないが、映画として十分に楽しむことができた。観ようか観まいか迷っている方がいるなら、映画館でご覧になることをお勧めしたい。ただ残念なことに、テレビドラマ化が決定したとのこと。製作委員会にテレビ局が入っているので、いた仕方ないとは思うのだけど、せっかく大きなキャンバスに描いたものを、わざわざまた小さくする必要があるのだろうかと思うと、残念である。この手の話で作品として成功した例を僕は知らない。ビジネスとしてみれば必然のことなのだろうが、そういう発想そのものがなにか時代遅れの感じがする。

 ちなみに、この作品名をはじめて耳にしたとき、僕は真っ先にアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」のテレビシリーズ最終話のタイトル、「世界の中心でアイを叫んだけもの」を思い出した。この両者に何か関連はあるのだろうか。ご存知の方は教えてください。

 映画館には若い人からお年寄りまでいろいろな人がこの作品を観にやってきていた。終わって退出する時に、皆それぞれいろいろな感想を口にしていた。原作の小説とは設定などでかなり異なる点があるらしいが、それは映画化のお約束であると思う。映画を見終わり、そして映画に集ってきた人たちの表情を観ているうちに、あらためて映画はやっぱりいいものだなと感じた。これからまた映画館にちょくちょく足を運ぶようにしたいと思う。もう少し入場料が安ければいいのだが。

「世界の中心で愛を叫ぶ」公式サイト
-Peace- Masami Nagasawa(長澤まさみ公式サイト)
もっと高松(香川県高松市公式サイト)
Moto's Web Server(佐野元春公式支援サイト)
わかりやすい白血病の話
新世紀エヴァンゲリオン公式サイト