シェリー・マンの"2 3 4"のジャケットが急に頭の中で大きく蘇ってきた。
大学生時代、大阪の中古レコード屋でジャズコーナーを漁っている時、このジャケットはいつも何の予感もなく突然現れた。まるでトランプのジョーカーか麻雀の赤五筒のように。
左半分は煙草をくわえて部屋の隅を凝視するシェリー・マン。オレンジ色の背景の右には彼の名前と、より鮮やかなオレンジ色で不思議なアルバムタイトルの数字が縦に並ぶ。そしてその上には僕の憧れを強烈にもよおすインパルスレーベルの刻印。
中古レコード店での僕とこのジャケットの束の間のにらめっこは、たぶん20回以上は繰り返されただろう。
シェリー・マンはウェストコーストジャズを代表するドラマーである。
これより先に手に入れていた彼の代表作"My Fair Lady"は、アンドレ・プレヴィンの明快なピアノとマンのドラムが絶妙な作品だったが、当時の僕からすれば軽いポップジャズにしか聞こえなかった。
それでもこのジャケットに出くわすごとにこのアルバムの存在は少しずつ僕の印象に刻まれていった。それだけ中古屋の常連盤だったということでもあるわけなのだが。
これを購入したのは、たぶんこれを狙ってお店に行ったのではなく、収穫の寂しさを紛らわせるための半ばのジャケ買い的なことだったのだと思う。
1曲目はエリントンの「A列車で行こう」なのだが、イントロでマンが刻むシンバルはタイトルに反して超スロー。まるでインパルスのもとで何かが規制されているかのように重い。そこにハンク・ジョーンズのピアノが異様な速さであの有名なイントロを流し込んでくる。一度聴いたら忘れられない鮮烈なオープニングだ。
この極わずかに遅れたタイミングでありながら、音の強弱含めてまったくムラのない正確なリズムが、彼のドラミングの醍醐味なのだということを悟ると、以後は耳がそれだけを追うようにアルバム全体を最後まで導いてくれた。
ハンク・ジョーンズとエディ・コスタという2人の対照的なピアノが代わる代わる登場する面白さ。そして深めにエコーをかけたコールマン・ホーキンスのテナーサックスは最高に官能的な音色で魅惑のフレーズを謳う(とりわけ3曲目の"Slowly"は、もう...エッチ!)。
タイトルの3つの数字は、この作品に収録されている曲が、デュオかトリオかクァルテットのいずれかで演奏されていることからつけられたもの。ハンク・ジョーンズのイントロのあとホーキンスとのデュオで展開する終曲"Me and Some Drums"の素晴らしさも格別である。
今回、大学時代からの付き合いであるバンド仲間とLINEでやり取りする中で、突然、ソニー・ロリンズのウェストコーストの代表作"Way out West"の話題が持ち上がり、そういえばあのドラムは...と思ってシェリー・マンの名前を思い出すと同時に、あのジャケットが蘇ってきた。
持っていたLPは社会人になって段階的に売り払ってしまい、お気に入りだったあのジャケットも、CDを含めてもはや手元にはなかった。
ジャケットと共にあのサウンドを想い出して無性に聴きたくなり、これを含むマンの8つのアルバムをひとまとめにしたパッケージが、わすか900円(!)でダウンロード販売されていることを知って、早速手に入れた。
懐かしさと同時にこんなサウンドを30年近く放っていた自分の遍歴を思って、我ながら不思議なもんだなあと感心したりもした。
同じパッケージには"My Fair Lady"の他に、ビル・エヴァンスとの名演"Empathy"を含まれており、花粉に目をこすりながらシェリー・マンに明け暮れた週末となった。
やっぱり素晴らしいサウンド。8枚のアルバムを聴いてみて僕にとっての彼の代表作はやっぱり"2 3 4"だと思った。
なお、このパッケージアルバム"Shelly Manne The Classic Albums Collection 1955-1962"では、その後のCD化等に際して追加されたボーナストラックの類は収録されていない。まあその手の演奏は特に要らないとは思うのだが念のため。
1990年にCDでリリースされた際には、クァルテットによる"Avaron"がボーナスで追加されたようで、これも別のところで聴いてみたところ素晴らしい演奏だった。
このアルバムは、ジャズをほとんど聞いたことがない人でも、気軽にジャズの「大人の」雰囲気を味わえる作品である。シェリー・マンのドラムの妙技と、ジャズの巨人たちのリラックスした玄人技をしばしお楽しみください。
春の訪れとともに、周囲では入学や就職、転職等々いくつかの喜ばしい話題も聞こえてきた。本当におめでとうございます!
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